159話 (幕間)ジョバンニ・ピントゥー二
(武闘派貴族ピントゥー二伯爵家次男 ジョバンニ・ピントゥー二の視点)
ここ数年、穏健派の躍進が続いている。
その最たるものが、
・ライムストーン公爵領の誕生
・イルアンダンジョンの発見と探索。リッチ戦の勝利
どちらも我が武闘派へ御下命あって然るべき案件だった。
だが現実には穏健派へ御下命があり、穏健派の連中が務めている。
それが許せない。
この尚武の国では武闘派が主導権を握り、穏健派は草むしりでもしていれば良いのだ。
我が国の歴史を紐解くと、これまでにも何度も穏健派が頭をもたげようとし、その都度危険の芽を摘み取ってきた。
王立高等学院はその舞台である。
今回も当然そうなるはずだ。
アベル・コレット。
ここまで使えないとは想定外だった。
確かに奴にとっては想定外の椿事が連続して起きた。
そこは認める。
だが・・・
そもそも新入生のバカ共が何の準備もせずに重要ターゲットに因縁を付けたのがケチのつき始めだった。
挙げ句の果てに自爆までして。
武闘派は複数の派閥と中小貴族がひしめいている。
手柄は奪い合いだ。
だから些細なチャンスも見逃せない。
それはわかる。
だがチャンスを成果に繋げるための準備をしないのか?
罠を張っていないのか?
最上級生も一枚噛んでいたくせに、何の勉強もしていなかったのか?
学内で無差別に火魔法を放つなど、学院に対する敬意が感じられない。
その一点だけでも許せない。
私が騎士団だったら死刑一択だ。
次の誤算はエリオ・ラピーネだ。
ラピーネと言えば名門貴族だ。
そして奴は侯爵家の御曹司ではなかったのか?
しかも3年生。
これまで何度も何度も穏健派をカモにしてきたのではなかったのか?
その経験はどこにいった?
奴に依頼したのは穏健派の寮に密偵を送り込むだけの単純な仕事。
穏健派の軟弱な連中など、軽く脅しておけば勝手にブルッて勝手にハーフォード公爵家の令嬢に泣きつく。
それが奴らの習性だ。
極めて自然にハーフォード公爵寮に密偵を送り込めたはずなのだ。
何故そこで剣を抜く必要がある?
いや、そもそも何で剣を携行していた?
どのボタンを押したら卒業間近の侯爵家の御曹司が奴隷落ちするのだ?
いや、もう奴の運命はどうでも良い。
ひょっとすると全ての計画を台無しにしたのかもしれないのだぞ。
俺は悪夢を見ているのだろうか?
考えられない。
信じられない。
それとも考えたくはないがラピーネ家とはあの程度なのか?
これほど危ない橋を渡って送り込んだアベル・コレット。
奴は誰がどの魔法に属性があるかを報告してきた。
これは、まあ、情報だ。
使うときが来たら使おう。
だが奴の真の任務は穏健派の弱体化だ。
仲間内の好き嫌いを煽り、疑似恋愛でいがみ合わせ、寮内をぎくしゃくさせる。
物の貸し借りの齟齬や情報漏洩など、些細な事件の積み重ねで疑心暗鬼を起こさせる。
機が熟したら武器や魔道具を盗み出し、犯人は寮内にいる、と思わせる。
亀裂は決定的になる。
古典的なやり方だが面白いように引っ掛かる。
兄上の話では、アベルはこれまでに2度成功しているという。
だから今回も雇った。
相手は穏健派筆頭公爵家令嬢だ。
実力と実績のある者を送り込まねばならない。
そして今、アベル・コレットが俺の前に立っている。
コイツの報告を聞いたところだ。
ハーフォード公爵寮内の分裂 なし。
ハーフォード公爵寮の弱体化 なし。
ハーフォード公爵寮の武器、魔道具の損失 なし。
なし、なし、なし。 何もなし。
そして正体がバレそうになって逃亡しただと?
成果ゼロ。
いや、コイツが密偵とバレた以上、成果はゼロ以下。 マイナス。
◇ ◇ ◇ ◇
ここまで武闘派は連敗を喫してきた。
武闘派は取るに足りない泡沫派閥とラピーネ派を失った。
だが穏健派の者共め。いい気になるなよ。
本番は荒神祭だ。
武闘派には大御所が控えておられる。
彼の御方は今の状況のあることを予見され、1年前から準備を始めていたという。
素晴らしい先見の明と企画力、実行力を兼ね備えておられる。
次世代の武闘派のエースであらせられる。
流石に彼のお方の要求に応えるのは大変だった。
父上始め領地が疲弊したことは否定できない。
だがそれだけに成功は間違いない。
穏健派の奴ばらめ。
首を洗って待っているが良い。
貴様らの春は荒神祭までだ。