158話 荒神祭(準備編)
ブリサニア王国には伝統がある。
国父ブリスト・スチュアートの故事に習い、一人前の貴族として認められるには強い魔物と戦って勝つか引き分けるかしなければならない。
建前としては良い。
国父ブリスト・スチュアートはラミア族と戦って引き分けたという事になっている。
だが実際にはそれはあり得ないだろう。
ラミア族は人間が立ち会ってどうにかなる魔物ではない。
何秒生きているかが賭けの対象になるような魔物だ。
ただし一国の始祖にその様な伝説があると好都合らしい。
伝説にちなんで王立高等学院で『荒神祭』と言われる祭事が行われるようになり、今では学院を挙げてのお祭りになった。
荒神祭とは何か?
祭りのメインイベントは、将来を嘱望される王立高等学院の生徒が強い魔物(荒ぶる神)と戦うことである。
戦って勝利するところを親類縁者に、更には王族に、そして王都民にアピールする場なのである。
建前を横に置くとやっている内容は古代ローマ帝国と同じである。
そして舞台も古代ローマ帝国よろしく特設の闘技場で行われる。
ここまでは建前である。
騎士団員でもない、グラディエーターでもない、ましてや冒険者ですらない、ひ弱な貴族子弟・子女が『荒神』と尊称されるような魔物と戦って勝てるはずがない。
ちなみに荒神と称される魔物は、オークキング、オーガ、スケルトンキング、ブラックサーペント、レッドボア、といった脅威度Cの魔物を指す。
無理。
無~理~。
では例年どんな事をしているかというと、ゴブリン、オーク、ホーンラビットといった脅威度E~Fの魔物を、王立高等学院の1年生がパーティを組んで退治する。
なぜ1年生?
高学年になると櫛の歯が抜けるように生徒数が減っていくからだ。
生徒が在籍している内にハレの日を演出しようという学院の親心らしい。
魔法はもちろんのこと、どんな武器を使っても良いことになっている。
「本当? 本当にどんな武器を使ってもいいの?」
マキが目をキラキラさせている。
マキさん。
この世界には大砲も機関銃もライトセーバーもありません。
◇ ◇ ◇ ◇
ハーフォード公爵寮はどうします?
そうオルタンスお嬢様に聞くと、寮で1チーム作ることになった。
ハーフォード公爵寮・貴族子弟子女チーム。
平民のお嬢さん方は不参加・見学。
ということで、フォーメーションを決めるために皆さんの実力を申告して頂いた。
(オルタンスお嬢様)
短剣使い:F級
魔法使い:水E級
体育の授業のお陰で短剣使いとしてだいぶ様になってきたが、実戦で前衛を
任せるには怖い。なにしろ初陣なのだ。
後衛の水魔法使いとしての力をお持ちだが、魔法は詠唱が必要。
(カトリーヌ・オリオル)
短剣使い:-
魔法使い:水F級
短剣使いとしては測定下限以下。
水魔法使いとして見ると実戦は怖いレベル。
詠唱しても水球の発現が遅い。
(アナスターシア・バラチエ)
短剣使い:-
魔法使い:火F級
短剣使いとしては測定下限以下。
火魔法使いとして見ると実戦は怖いレベル。
詠唱しても火球の発現が遅い。
(アベル・コレット)
短剣使い:-
魔法使い:土G級
短剣使いとしては測定下限以下。
土魔法使いとしては見学レベル。
詠唱しても石弾を使いこなせない。
(マキ・スティールズ)
短剣使い:D級
魔法使い:土D級
(ビトー・スティールズ)
短剣使い:D級
魔法使い:水F級、火G級
光魔法、闇魔法については・・・ 隠す。
このメンバーでどんなプランが考えられるだろう。
相手がゴブリン、オーク、ホーンラビットなら前衛のマキと私で十分なのだが、後衛の皆様にも見せ場を作らねばならない。
お嬢様の水魔法なら見栄えの良い場面を作れるだろうか。
◇ ◇ ◇ ◇
荒神祭が近付くと通常の授業のコマ数が減り、各自トレーニングする時間を割り当てられる。
ハーフォード公爵寮でもトレーニングを開始した。
私がオルタンスお嬢様(水)、カトリーヌ(水)、アナスターシア(火)の魔法を指導することになった。
皆さんの魔法は安定して発現していますか?
お嬢様は安定している。
カトリーヌとアナスターシアは安定しない。
発現しないことの方が多い。
非常に不安定。
これでいいのかブリサニア王国?
お嬢様はハミルトン家に伝わる明確なイメージ(伝家の秘法)をお持ちで、安定して発現している。さすがである。
カトリーヌのイメージを聞く。
これといった明確なイメージを持たず、根性で水を出そうとしている。
そこで私が聞いたやり方を教える。
大気中の水分を冷やして凝集するイメージと、地下水を汲み上げるイメージ。
カトリーヌは大気中の水分を冷やして凝集するイメージで安定して水を出せるようになった。
実家が寒冷地にあるので容易にイメージできたらしい。
「やった!! 凄い! 凄い! ビトー様っ!!」
「そのまま冷やし続けると氷の槍をだせるよ」
「え? あ・・・ ええっ?! え~~~~~~っ!!」
「できたでしょう?」
「凄いっ! 凄いよこれっ! ああっ! もうっ! ビトー様っ!!!」
バラッと大量の氷槍を出して激しく感動するカトリーヌ。
「カトリーヌ、魔力量に気を付けて」
「えっ?」
「そろそろ魔力切れを起こすよ」
「えっ? あっ! あああ・・・・」
魔力切れを起こし、私にもたれ掛かってぐったりするカトリーヌ。
思わず彼女の体をしっかりと抱きしめて支えると、彼女は私の首に腕を回し、至近距離で見つめ合う形になった。
「このご恩は忘れません」
美女と抱き合ったまま言われる台詞としては至高に近いが、すぐ後ろに妻がいる状況では不適切である。
「随分と仲がよろしいようで」
ヒンヤリする声が降ってきた。
引き続きアナスターシアのイメージを聞く。
彼女もこれといった明確なイメージを持たず、根性で火を出そうとしている。
そこで私が考えたやり方を教える。
第一段階として何かを燃やしてみよう。
土の上に枯れた草の束を置いて3mほど離れる。
そして火魔法で枯れ草に火を付けてもらう。
「いける?」
「いけるわ。 ・・・燃えた、燃えた!」
よし、これで八割方成功したようなものだ。
「アナスターシア。その辺にホコリが漂っているよね?」
「え? そうなの?」
「一日外にいれば髪や服が汚れるでしょう?」
「ええ」
「間違いなくホコリが漂っているんだよ」
「そうねぇ」
「ホコリを燃やしなさい」
「え?」
「そのホコリを燃やしなさい」
「え?」
「じゃあ、わかりやすくいくよ。これに火を付けてみて」
私は掃除で出たワタボコリを「パッ」と宙にまいた。
「わっ! わっ! わ~~~~~! 燃えた~~~!」
「出来たじゃない。ほら、まだその辺にまだ漂ってるよ」
「・・・出た! 火が出た! いけるっ! いけるっ! わ~~~~~っ、初めて成功した~~~!!!」
やったー、本当に出来たー、と大喜びのアナスターシア。
流石に火魔法はその辺に撃ちまくるということはできないので、グッと喜びを噛みしめてもらった。
魔法の訓練。
意外と貴族の世界は雑というか、根性論が幅を利かせているのに驚いた。
◇ ◇ ◇ ◇
アベルがマキを指導していた。
???
逆じゃ無いのか?
アベルがマキにベッタリへばりつく。
過度のスキンシップをしているように見える。
マキの不機嫌さを隠さない声が聞こえる。
「何をしているの?」
「キミを指導しているのだよ」
「私に何を指導しているの?」
「土魔法に決まっているじゃないか」
「じゃあ教えて。あなたはどんなイメージで土魔法を出すの?」
「目を閉じて念じるんだ。ストーンバレット、来い、と」
「・・・」
「目を閉じないとだめだよ」
「相手を見据えないとどこに飛んでいくかわからないよ」
「最初はそれでいいんだよ。さあ・・・」
「で、なんで私に触るの?」
「指導しているんじゃないか」
「普通に出来ないの?」
「何を言ってるんだ。これが普通じゃないか」
「私の装備に触らないでっ! ねえ、みんな。この世界ではこれ普通なの?」
カトリーヌ、アナスターシアが首を振る。
「異常です」
「異常です」
「でしょ? 普通にしてよ」
「・・・」
すぐにマキはアベルに関わることを止めた。
だが、アベルがマキに付き纏っている。
マキはお嬢様と私に合流した。
アベルもお嬢様の前では妙なことはしない。
「アイツは何をしているの?」
「私の装備を盗もうとしているみたい。もう寮の金庫に隠すわ。金庫はウチの精鋭が監視しているから大丈夫。全員に周知して」
すぐにお嬢様の命で、アベルの持ち物以外の武器、魔道具、貴重品、金は金庫に収納した。金庫はマロンの24時間監視付き。
こっそりとモニカとラクエルを呼んで聞く。
「アベルの実家ってどんな家?」
二人とも言いよどむ。
「言い辛い?」
曖昧に頷く。
そうか・・・
マリアン。
うん。その件。
情報上がってる?
ありがとう。聞こうか。
・・・
ふ~ん。
アルを呼ぶ。
手紙を持たせ、ハーフォード公爵領へ飛ばした。
アベルとマリアンが話をしている。
「マリアン。私の部屋は掃除しなくて良い」
「それは困ります。お部屋が整わないとオルタンスお嬢様からお叱りを受けます」
「オルタンス様には私から言っておく。良いな」
もはやこれまでだな。
お嬢様と私の命でアベルの部屋の掃除を継続させた。
◇ ◇ ◇ ◇
二日後。
アルとパロを伴ってクロエがやって来た。
「マグダレーナ様の側近のクロエで~す」
クロエは超特急で来たことは間違いない。
だがそれを気取らせず、いつもの調子だった。
急にアベルがそわそわし始めた。
クロエはニコニコしながらアベルに話し掛ける。
アベルは上の空。
アベルはクロエを避けようとするが、クロエがアベルに貼り付くように話し掛ける。
その夜、アベルは姿を消した。
朝になるとクロエはニコニコしながら、
「ゆうべアベルは出て行ったわよ~」
と教えてくれた。
大荷物を持って出ていこうとしたので呼び止めて中身を検めたという。
「あいつコソ泥ね~。大半はこの寮の備品だったわ~。盗品は吐き出させたわよ~」
マキの注意喚起で貴重品を金庫にしまっておいて正解だった。
念のため金庫の中も確認。
無くなった物は無い。
翌日、ウォーカーと騎士団を伴って、ハーフォード公爵夫妻が到着された。
3日後からはじまる荒神祭をご覧になるためである。
ソフィーとしっかり抱き合った。
抱き合ったままジ~~ンとしていたら、マキの咳払いが聞こえた。
ハーフォード公爵夫妻に、カトリーヌ、アナスターシア、モニカ、ラクエルがお目通りした。
公爵の命で店子全員とウォーカーを一室に集めた。
そしてコレット家の話を聞いた。
アベルの実家のコレット家は王都在住の穏健派小貴族(男爵)で、「小さすぎてどこの貴族からも声を掛けてもらえない」のは事実だった。
これまでに幾度か借金を踏み倒したため、王都の商人から見向きもされていない。
息子を王立高等学院へ通わせる金などないはずだが、実際に通学している。
ピントゥー二伯爵家の者がコレット家に出入りしている情報を掴んだ。
ピントゥー二家は武闘派。
ピントゥー二家とコレット家は裏で繋がっていると見る。
アベルは密偵としてお主らに近付いたのだろう。
ここまではマリアンの情報と一緒だった。
この先は初耳だった。
アベル・コレットは1年生ではないという。
王立高等学院に入学と中退を繰り返している。
そしてその都度穏健派貴族にすり寄って何かをしている。
寮内にアベル・コレットが入り込んでいるとの報に接し、先行してクロエを送り込んだ。
アベルに対してクロエは相性が良いという。
なぜだろう?
クロエが教えてくれた。
「クロエ、彼のものはどう見た?」
「弱者ですが、弱者なりに頭を使っていますね。彼自身は風魔法使いなのに土魔法使いのフリをするなど、なかなか芸が細かいです。風魔法使い同士ならではのちょっかいを掛け続けたので退散しました」
「貧乏が高じて貧乏貴族から職業犯罪者に転職した、ということですか?」
と私が聞くと、公爵が苦笑いをしながら、
「まったく・・・ お主の表現は独特だが、そういうことだ」
そして公爵から「荒神祭では最初からアベル・コレットなどいなかったという前提で動け」と注文を付けられた。