157話 中小貴族・平民との交流
入学から3ヶ月経った。
私とマキがなんとか国語の授業に付いていけるようになり、オルタンスお嬢様が体育の授業後に寝込まずに済むようになった。
本日は補助教科無し。
「このまま寮へ直帰だぁ」
「たまにはこんな日もいいよね」
「今度私も補助教科へ行くわよ」
とか3人で駄弁りながら歩いていると、おずおずとオルタンスお嬢様に話し掛けてきた者達がいた。
「ハーフォード公爵家ご令嬢、オルタンスお嬢様ですね・・・」
話し掛けてきたのは同級生(新入生)。
女・女・男の3人組。
身なりから中小貴族の子弟・子女らしいが、見るからにやつれている。
お嬢様は3人の顔を見て、3人の背後を見やり、すぐに私とマキに合図をした。
お嬢様は何も言わず、3人に「付いてこい」と指で合図をして、くるりと背を向け歩き出した。
私とマキは、戸惑う3人に「お嬢様に付いていけ」と指で合図をして、にっこり笑って3人の背後、つまりガードの位置に付いた。
遠くに柄の悪い連中が見える。
さっさと行こう。
お嬢様を先頭に集団で歩き始める・・・
と、男子学生がこけた。
なかなか起き上がらない。
「大丈夫か」
抱き起こしている内に後ろから後ろから声が掛かった。
「おい、どこ行くんだよ」
中小貴族の子女の2人は「ビクッ」として立ち止まりかけたが、私とマキが後ろから「ほらほら、早く行った」と背中を押してやった。
「てめえ、無視すんじゃねえよっ!!」
「ああん。痛い目に遭いたいらしいな」
「はぁ~。今時、どんなに制作費をケチッたガクエンドラマだって、もちっとマシな脚本家をあてるだろうに・・・」
そうつぶやいたら、マキが腹を抱えて笑い始めた。
突然のマキの大爆笑。
突然の違和感に、お嬢様も中小貴族3人組も、ビックリして振り返ってマキを見ている。
絡んできた奴らも口を開け、呆然とマキを見ている。
その表情を見て更に燃料が追加されたらしく、マキの笑いが止まらなくなった。
マキの爆笑に気付いた他の生徒が遠巻きにしてこちらを注視し始めた。
やがて衆人環視の中で自分達が笑われていると気付いたのだろう。
絡んできた奴らは顔を真っ赤にして、今度は私とマキに絡み始めた。
「なんだてめぇは」
「舐めてんじゃねえぞ、コラ!」
駄目だコイツら。
素の状態でマキに燃料を補給し続けている。
マキが戦力にならないので、私一人で応対する。
絡んできたのは身なりの良い、いかにも上級貴族の子弟然とした男子学生4人。
襟章から判断すると全員上級生。
3年生が2人。2年生が2人。
何故か全員腰に剣を吊るしている。
例の事件以降、体育の授業以外で剣の携行は禁止されたはずだが。
これは面白い事になりそうだ。
少し揶揄ってやれ。
この時はそう思っていた。
早速上空のアルに警備隊への連絡を指示した。
「何か用ですか?」
「何か用かじゃねぇんだ。こっちが声掛けたらすぐに敬礼して返事をしろ」
「はあ」
「てめぇ、ふざけてんのかっ!」
二人が剣の柄に手を掛けた。
あらら。
デ・ヒールを掛け始めた。
剣に手を掛けた二人にはもちろん。
抜いていない二人にも。
「体育の授業以外で剣を携行するのは御法度のはずですがね。ましてや剣を抜くとなるとね。先が思いやられますね」
「残念だったな。体育の授業上がりなんだよ。ひっひっひ」
「上級生の体育の授業は2時間も前に終わっているのにおかしいですねぇ。そういう校則の隙を突こうという行為、警備隊が最も嫌うんじゃないですかねぇ」
「てめぇ、痛い目に遭いたいようだな」
「その剣を抜いたらお終いですよ~」
「二度とその減らず口を叩けないようにしてやる」
そう言うと二人は剣を抜いた。
渡ってはいけない橋を渡ったか。
学内で、丸腰の相手に白昼堂々と抜き身を振りかざす。
どこまで本気だったのかはわからない。
おそらくだが、ギリギリで刃を止めて恐喝し、相手をいいなりにさせていたのだろう。
その習性が抜けないのだろう。
明らかにこやつらは “手慣れて” いた。
こんな奴らの犯罪行為をうやむやに収めてやるほど、私は慈悲深くない。
マキもそうだ。
マキにチラッと目をやると、既にやって欲しいことをやっていた。
すなわち、
「うらぁ!」
と、おめき声を上げながら剣を振りかぶった二人に目潰しを掛けていた。
剣を抜いた状態で目潰しを掛けられると人はパニックになるらしい。
剣を抜いた二人は
「グアアアッ!」
「ガアアッ!」
と喚きながらメクラ滅法に剣を振り回し始めた。
遠巻きに見ていた野次馬の間から悲鳴が上がった。
「クレスタ! あぶねえっ!」
「ロレンツォ! 剣を引けっ!!」
後ろの二人が声を掛けるが聞こえていないらしい。
やがて起こるべくして事故が起きた。
お互いがお互いを斬り合った。
ロレンツォと呼ばれた奴は顔面を切られた。
致命傷ではなかったが、顔面の豪快な傷跡は一生消えないだろう。
この世界が「天下御免の向こう傷~」と誇れる世界なら良いのだが。
だがクレスタと呼ばれた奴は頸動脈を切られ、盛大に血を噴出させながらバッタリ倒れた。
ホブゴブリンを思い出した。
中身もたいして違わないな。
「クレスタ!! しっかりしろっ!!」
「ロレンツォ! お前!!!」
遠巻きに見ていた野次馬が静まりかえった。
◇ ◇ ◇ ◇
警備隊が駆け付けた。
再び王都騎士団が出動した。
クレスタと呼ばれた上級生は事切れていた。
ロレンツォと呼ばれた上級生は騎士団の医療部隊の元へ運ばれた。
王立高等学院内で白昼堂々起きた殺人事件である。
大勢の王立高等学院の生徒達の目の前で起きた殺人事件である。
過去の記録を見返しても “自殺は数件あったが” 殺人は初めてだという。
実況見分が始まった。
騎士団は、野次馬を含め、誰一人として帰宅・帰寮を許さなかった。
その場にいた全員が騎士団の鑑定水晶付きの尋問を受けた。
取り調べは深夜まで掛かった。
例によって、当事者である武闘派貴族の子弟どもは嘘を練り固めた証言をしたが、ことごとく尋問官に嘘を喝破されていった。
なにしろもう一方の当事者である我々の証言や、大勢の野次馬の証言と正反対の証言を言い連ねるわけで、鑑定水晶も「嘘で~す」と表示している。
それでも息をするように嘘の証言を積み連ねると言うことは、これまでは武闘派貴族の子弟はどんな罪を犯しても無罪放免されていたのかもしれない。
やがて騎士団の尋問官も聴取を打ち切って言った。
「エリオ・ラピーネ および オルティス・シモネッティ。 そなたらを偽証罪で告発する」
◇ ◇ ◇ ◇
今度は丸々1週間、全ての授業が休講になった。
この間に、オルタンスお嬢様に庇護を求めて声を掛けてきた穏健派中小貴族の子弟・子女の引っ越しを行った。
引っ越し先は当然ハーフォード公爵寮。
特別に依頼して、警備隊の監視の下で引っ越しをした。
共同学生寮から荷物をバンバン運び出していると、平民の子女2人が五体投地し始めたので魂消た。
警備隊も一緒になって抱き起こすと、何かを叫んで再び五体投地しようとする。
・・・わかった。
「オルタンスお嬢様。御沙汰をお願い致します」
「ビトー。 そなたの良きに計らいなさい」
平民の子女2人の引っ越しも行った。
ハーフォード公爵寮は、店子が一気に5人も増えた。
◇ ◇ ◇ ◇
一週間後。
沙汰が下った。
王宮から全貴族(保護者)に対し、事件の経緯の説明と犯人の特定と断罪、そして異例の注意喚起が行われた。
王宮から行われたアナウンスは以下の通り。
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保護者各位
取り急ぎ通達致す。
新学期開始直後の不祥事を受け、校則を改めると共に、生徒の安全を確保するべく取り組んできたが、再び不祥事を発生させたこと、慚愧に堪えぬ。
事件の経緯を詳らかにすると共に、迅速な犯人逮捕、断罪を行い、生徒達の安全を確保したことを共有する。
(事件の背景)
共同学生寮を舞台に、上級貴族子弟が、下級貴族子弟・子女および平民子女に対し、日常的に恐喝・暴行を加えていた事実が判明した。
この度の不祥事はその延長線上にあることが判明した。
(事件の概要)
日時:○月○日 ○○時頃
場所:1年生就学校舎 エントランス前
犯人:
エリオ・ラピーネ(3年)、オルティス・シモネッティ(3年)、
クレスタ・パストーレ(2年)、ロレンツォ・ティルモ(2年)
以上、4名(いずれも拘束済み)
沙汰:
エリオ・ラピーネ(3年) 犯罪奴隷落ち
オルティス・シモネッティ(3年) 犯罪奴隷落ち
クレスタ・パストーレ(2年) 死罪(容疑者死亡)
ロレンツォ・ティルモ(2年) 死罪
以下、判明した犯罪行為。
犯罪1:
エリオ・ラピーネ、オルティス・シモネッティ、クレスタ・パストーレ、
ロレンツォ・ティルモの4名は、校則で禁じられている「体育の授業以外
で剣を携行することを禁ずる」を破り、剣を携行した。
犯罪2:
クレスタ・パストーレ、ロレンツォ・ティルモの2名は、1年生修学校舎
エントランス前で剣を抜き、1年生に斬りかかった。
犯罪3:
クレスタ・パストーレ、ロレンツォ・ティルモの2名は、逆上した挙げ句
目標を見失い、互いを斬り合った。
クレスタ・パストーレ死亡。
ロレンツォ・ティルモ重傷。
犯罪4:
エリオ・ラピーネ、オルティス・シモネッティの2名は犯罪行為隠蔽のため、
騎士団の取り調べに際し、偽証を繰り返した。
(王都騎士団から注意喚起)
此度の犯罪行為に対し、犯人は、あたかも校則を遵守しているかのごとき嘘の証言を積み重ねた。そして自分の家は特別である、罪は免除されると言い募った。
言語道断である。
今後同様の事例が見受けられたときは、今回以上の厳罰に処す。
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一週間かぁ。
たったの一週間でこれだけのことをやってのけるんだ。
「マキ。前の世界で証拠は全部出そろっているとして、もし財前が逮捕されたらどのくらいの時間で判決が確定すると思う?」
「無罪判決ならすぐに出るんじゃない? 有罪判決なら5年後くらいかな。それもたかだか厳重注意。もしくは2~3万円の罰金じゃない?」
「だよなぁ」
王宮から出された周知文は、すぐに寮内に公示した。
新たにハーフォード公爵寮に入寮したメンバーが食い入るように見ていた。
◇ ◇ ◇ ◇
ハーフォード公爵寮のニューフェイス歓迎会を行った。
彼らの身の上を聞いた。
カトリーヌ・オリオル。
北国出身らしい金髪と青い瞳の美しい、長身細身の美人さん。
王国北部に領地を持つ穏健派中貴族(辺境伯)・オリオル家の令嬢(次女)。
爵位上は中級貴族(辺境伯)だが、領地が王国の北辺に位置し、気候が寒冷のため、領地経営は苦しい。
常に武闘派貴族子弟のいじめのターゲットにされていたらしく、ハーフォード公爵寮にきてからもビクビクしていたが、ようやく慣れてきた。
領地は人口が少ないこと、収入が少ないことから、辺境伯でありながら大きな部隊を編成・運用することが難しく、必然的に穏健派になった。
「戦事にうつつを抜かしている場合ではない」がお父上の口癖。
アナスターシア・バラチエ。
王都出身らしく、所作が洗練されている小柄な美人さん。
王都在住の穏健派小貴族(子爵)・バラチエ家の令嬢(長女)。
ライムストーン公爵が寄親になるが、公爵が領地を得て遠方に赴任してしまったため、弱い立場になった。
ハーフォード公爵領で例えると、エマ(私の娘)のような立場らしい。
アベル・コレット。
王都出身らしく、所作が洗練されている中肉中背の若者。
年齢がわかりにくい。
王都在住の穏健派小貴族(男爵)・コレット家の子弟(三男)。
本人曰く「小貴族過ぎて、どこの貴族からも声を掛けてもらえない」ために、寄親を持てずにいる。
モニカ。
王都の穀物商の次女。
学院で他の富豪子弟・子女との商関係を作るべく、入校した。
あわよくば貴族とご縁があれば・・・
ラクエル。
王都の服飾雑貨商の三女。
学院で他の富豪子弟・子女との商関係を作るべく、入校した。
あわよくば貴族とご縁があれば・・・
マーラー商会王都支店とライバル関係にあるようだ。
夕食後、全員で食堂に残って今回の件について話してもらった。
マキと私以外の意見が一致していたのは、
・沙汰が出るのが遅い
・沙汰が軽い
・だが、これでもオルタンスお嬢様(ハーフォード公爵)に気遣っている
だった。
マキと私を含め、全員の意見が一致したのが、
・奴隷落ちした者が実家から縁を切られていないのが訝しい
だった。
マキと私以外は、トカゲの尻尾切りをせずに素直に沙汰を受け入れたのではないか、とみている。
だがマキと私にはどうも信じられない。
世界が違うので説明のしようがないのだが、マキと私は意見が一致している。
「あの連中は自分が悪いと思っていても絶対に非を認めない。そして他人に責任を押しつけるのが第二の天性になっている」
「二度あることは三度ある」
それが形となって現れたのはもう少し先だった。
さて。
歓迎会の様子を見ると、モニカとラクエルはアベルを敬遠している。
カトリーヌとアナスターシアには普通に(丁寧に)接している。
なんだろう?
ということでここからはマリアンの出番だ。
マーラー商会ハーフォード支社の情報網をフルに使わせてもらう事にした。