151話 テンプレート
入学式。
校長の祝辞に対し、新入生代表が答辞。
あれが今年の新入生の武闘派貴族の頭領だと教えられた。
遠慮も会釈も無く、鑑定させて貰った。
コジモ・ベルトゥーリ。
王国北部を拝領する公爵家の三男。
体は大柄ではない。これから伸びるのだろう。
火魔法の素質がある。
久しぶりに、本当に久しぶりに、細部まで人間を鑑定した。
彼は【LUK】を持っている。
つまりこれまでの人生で犯罪に手を染めたことはない。
このまま道を踏み外さずにいてくれることを望む。
今日は式典だけで終わりかな、と思ったら、初日から授業が始まった。
ここのカリキュラムは面白いシステムを採用している。
基本的に飛び級OK。
その逆も可。
授業は何から受講しても良い。
1年目は国語と数学を修め、2年目は歴史と地理を極める。そんなやり方で良い。
逆もまた可。
4年掛けて全部学べよ~、という仕組みだ。
我々はオルタンスお嬢様とセットで授業を受ける。
お嬢様は国語、歴史、地理、体育を選択された。
文系女子。
歴史、地理は地味に予習が効いている。特に困ることはない。
ただし国語はわからないことが多い。
私とマキは貴族独特の言い回しを理解できず、「こりゃ授業について行くのは大変だな」と思い始めていた。
ここでテンプレがあった。
オルタンスお嬢様が絡まれる? と思ったら、マキが絡まれた。
貴族用語がわからないことに対し、わざわざ聞こえるように露骨に「プー」「クスクス」と言ってきた。
奴らの会話を拾うと、どうやらマキは武闘派貴族の子弟の間では有名人らしい。
例の婚約破棄と決闘騒ぎの噂が貴族の間を駆け巡ったのだ。
オーウェンの気遣いの理由がわかる。
わかるが「王立高等学院へ入学しろ」と言われた時点でその気遣いが台無しだ。
これだからお貴族様は・・・
マキがギロリと睨みつけると、絡んできた子供の顔が固まった。
そりゃね。
12歳の子供とダンジョンに潜る20歳過ぎの冒険者では迫力が違う。
12歳では体も精神も子供だ。
だが取り巻きが出てくる。
取り巻きは上級生だ。
やたらと服装と髪型が決まっている。
カンムリカイツブリみたいな奴だ。
成人式だろうか。
そういえばこっちの世界は何歳から大人になるのだろう?
15歳かな? 元服かな?
鑑定すると16歳とでた。
体は大人だが、脳みそはまだまだ。
授業そっちのけ。
大声で教授の話を遮って、露骨に絡み始めた。
子供なんだなぁ。
16歳にもなって躾がされていない。
困ったものだ。
前の世界では高校の不良を主人公にした漫画が隆盛を極めていた。(ちょっと古いかな?)
乗り物を盗んだり、校舎を破壊したりする歌も流行した。
漫画や歌謡曲の中だけなら良い。
だが、実生活でそんな連中と付き合わざるを得なくなったらウンザリする。
「貴族の子弟かと思ったら、随分下品ですね」
「お家に余裕が無いんですね」
「お気の毒に」
「先生の講義の邪魔をしています。下がりなさい」
しっしっ、と手を振ったら、16歳が激高した。
「決闘だっ!」
16歳はそう大声を張り上げ、剣を抜いた。
それが合図だったのだろう。
武闘派貴族の子弟と思われる連中5人が一斉に立ち上がった。
何人もの生徒から悲鳴が上がった。
男も女も悲鳴を上げていた。
平民や穏健派貴族の感覚からすると、常に剣を携行し、些細な事ですぐに激高し、抜刀する粗暴な輩なんて身近にはいない。
それはそれはビックリするだろう。
16歳のガキが教室に剣を持ってくるとか。
それを止められないとか。
世も末だな。
ブリサニア王国、大丈夫か?
私は無言で座っていた椅子を16歳に投げつけた。
16歳は対処できず、剣を構えたまま椅子に激突した。
椅子の脚が当たったらしく、頭から大出血。
頭の出血はド派手だよね。
血を見た16歳は完全に逆上し、意味を成さない奇声を上げなら剣を振りかぶって突進してきた。
どれ、椅子をもう一脚・・
と思ったら、既にマキが椅子を16歳の足許に滑らせていた。
足を取られて盛大にこける16歳。
手から離れた剣がすっ飛んでいって危ないことこの上ない。
マキに目配せし、私はオルタンスお嬢様を担いだ。
教室の出口へ走ろうとすると、武闘派貴族の子弟(5人)が襲いかかってきた。
剣を持っている奴もいる。
黙ってマキが目潰しを掛けた。
突然の激痛に目を押さえて目標を見失う5人。
剣を持っている奴は目を押さえながらめくらめっぽう剣を振り回し始めた。
教室内に更に悲鳴が上がる。
そっと後ろから近寄って剣をたたき落とし、教室の外に走り出た。
一目散に警備隊詰め所まで走る。
ここで驚くべき事が起きた。
教室の外に武闘派貴族の子弟が更に5人も潜んでいたのだ。
いじめが始まったら合流するつもりだったらしい。
この5人。
我々の後を追いかけ始めたが、オルタンスお嬢様を抱えた私にも追いつけない。
ここで奴らはとんでもないことをし始めた。
このままでは逃げられると思ったのだろう。
攻撃魔法(火球)を撃った馬鹿がいた。
狙いはお粗末で、しかも制御できておらず、ある程度の距離を過ぎたらあさっての方向へ飛んでいった。そして植え込みに着弾した。
これを見て、他の4人もめくらめっぽう火球を撃ち始めた。
全員冒険者の素質は無かった。
奴らが撃ちまくった火球があちこちに着弾してやばい事に・・・
警備隊詰め所に駆け込んだ。
先日懇意になった直長が迎え入れてくれた。
「おお。初日からか」
「はい。実地検分をお願いします。それから火事ですっ!」
「「「 何だとっ!! 」」」
直員全員が色めき立った。
何人か飛び出していった。
火事となると警備隊の職掌を超える。
対応する部隊の規模も異なる。
王都騎士団本体が駆け付け、現地指揮を執り始めた。
どんどん投入される騎士団員。
次々に火災現場へ向かう水魔法師。
やがて鎮火した。
幸い人的被害は無く、建物の被害は少なかった。
◇ ◇ ◇ ◇
「さて話を聞かせて貰おうか」
騎士団長直々の取り調べ。
表情を消した騎士団長から滲み出る空気が怖い。
私が事の発端から時系列を追って事情を説明。
騎士団が最初に「決闘だ」と騒いだ16歳を連れてきて事情聴取。
早速思わず頬が緩むような嘘を並び立てる。
次に取り巻き連中も連れてくる。
取り巻き連中も嘘を並び立てる。
教室の外に潜んでいて、火球を撃った連中も連れてくる。
連中も嘘を並び立てる。
奴らの方が人数が多い。
嘘も100回唱えれば真実になる、とでも思っているのだろう。
居並ぶ騎士団の前で我々を罵り始めた。
騎士団長は奴らが静まるまで冷たい目で見続けていた。
やがて不穏な空気を感じたのだろう。
奴らが静かになった。
騎士団長が口を開いた。
「お前たちは何か勘違いしているようだが、これは放火の取り調べだ」
「学生同士の揉め事の仲裁ではない」
途端に私達に放火の罪をなすりつけようとする武闘派貴族の子弟たち。
だが騎士団長は冷たく言った。
「学生同士のくだらない揉め事の仲裁ではないと言ったはずだ」
「王立高等学院内の放火は重罪だ。最初から重犯罪の取り調べを行っている。お前たちの嘘は鑑定水晶で全てお見通しだ」
それから頭ごなしに
「問われ事にだけ答えよ。それ以外は一切口を開くなっ!!」
と怒鳴り付けられた。
窓が振動したのではないかと思った。
我々も厳しい取り調べを受けた。
何度も同じ事を聞かれた。
嘘を発見しようとしているのだと理解した。
やがて騎士団長が、オルタンスお嬢様に対し、
「捜査へのご協力、ありがとうございました。お陰様で迅速な逮捕に漕ぎ着けました。公爵閣下に礼状をお送り致します。 では寮までお送り致します」
と護衛を付けてくれた。
◇ ◇ ◇ ◇
翌日。全ての授業が休講になった。
翌々日も全ての授業が休講になった。
翌々々日。
沙汰が下った。
民主主義ではない世界の厳しさだった。
教室の外に潜み、我々を追いかけて火球を撃った奴。(放火犯)
計5人。
賠償金と禁固刑を課せられた。
だが未成年なので賠償金を払えない。
親(貴族)に打診が行った。
親は賠償金を払い、親子の縁を切った。
貴族なのに禁固刑をくらうような恥さらしはいらない、ということらしい。
ここからややこしいのだが、禁固刑というのは貴族の子弟に課される刑である。
対象が平民となると刑が異なる。
平民の場合は奴隷落ち。
それほど王立高等学院内での放火の罪は重い。
5人とも実家から縁を切られたので平民落ちし、奴隷落ちした。
犯罪奴隷なので年季が明けることはない。
一生奴隷。
江戸時代の赤猫は火炙りだったと聞いたので、そんなものかもしれない。
教室内で剣を抜き、「決闘だっ!」と騒いだ奴。
賠償金と厳重注意と学内におけるいくつかの権利の停止を課せられた。
放火に比べれば刑の程度はグッと軽かった。
だが、やはり親は賠償金だけ払い、親子の縁を切った。
王立高等学院内で刃傷沙汰を起こすような恥さらしはいらない、ということらしい。
(実際には誰も怪我をしていないのだが)
やっぱりここからがややこしい。
貴族が抜刀した場合と、平民が抜刀した場合は、その罪の重さが異なる。
ここからは受け売り。
貴族には様々な教育が施される。
その一環として剣を扱う心得も伝授される。
貴族が剣を抜く時は “剣を扱える” かつ “必要に迫られて剣を抜いた” という前提なのだった。
一方平民が剣を抜く時は、正当防衛以外は “人殺し” または “犯罪” という前提になる。
平民はやはり奴隷落ちだった。
犯罪奴隷なので年季が明けることはない。
一生奴隷。
江戸時代の松の廊下は切腹だったので、そんなものかもしれない。
抜刀した奴に呼応して騒ぎを大きくした奴。(5人)
騎士団長に対する心証の悪さは主犯(抜刀した奴)以上だった。
騎士団長は「こういう陰から犯罪を助長する」奴が一番許せない、と吠えておられた。
騎士団長。熱い正義漢だった。
賠償金と禁固刑を課せられた。
やはり親は賠償金だけ払い、親子の縁を切った。
貴族の家に恥さらしはいらない、ということらしい。
そして平民に落とされた途端、やっぱり奴隷落ちだった。
犯罪奴隷なので年季が明けることはない。
一生奴隷。
ううむ。
身分制・封建制の厳しさだ。
対岸の火事じゃない。
我が身を律しなければならない。
その後、王立高等学院の校則に「体育の授業以外で武器の携行禁止」という一文が加えられた。
◇ ◇ ◇ ◇
先んずれば人を制す、という。
アル(フクロウ)を使い、真夜中に正門の前、各学年の校舎の前、食堂の前に大量のビラを置いた。
内容は、トラブルの経緯(火球を放って火事を起こした奴、教室で剣を抜いた奴、そいつに同調して騒ぎを大きくした奴)を明記し、その結果騎士団から下された制裁を正確に、丁寧に書いた。
機先を制して全学校関係者に正確な情報を広めた。
武闘派貴族の嘘が付け込む隙を与えなかった。
しばらく学内はその話題で持ちきりだった。
武闘派貴族の子弟どもが暗躍する隙を与えなかった。
打つ手の無くなった当該派閥は周囲から距離を置かれた。
構成員を大量に失った上、残った構成員も一人欠け、二人欠け、やがて溶けるように消滅した。
彼らは中退していった。
前の世界の基準から言えば、私のやったことはやり過ぎなのだろう。
だが、奴らは貴族の子弟なのだ。
ここできっちり潰しておかないと、やがて権力を持ち、ハーフォード公爵領に対し、当たり前の顔をして無理難題を押しつけるようになる。
そんな奴らに情けを掛ける謂れは無かった。
マキは暗い目をして、「当然の報いよ」とつぶやいていた。
この日以降、我々ハーフォード公爵領の者が校内を移動する時は、上空からアルが見張るようになった。