149話 突然・・・
突然のことである。
突然と感じるのは情報収集のアンテナの感度が鈍いせいだ。
前の世界ではそう言われてきた。
確かに先輩達はどんな依頼を振られても「きたか」と言う顔をしていたものだ。
意見を求められたら細部までよく考えられている提案をし、あるいは詳細な理由を付けてお断りの進言をしていた。
だが、これは流石の先輩方でも予測できなかったに違いない。
なんで今更私はガッコウに通わなければならないのだろう?
メルヴィルの顛末を見届けることができないじゃないか。
事の発端は、公爵家次女のオルタンスお嬢様が王立高等学院にご入学されるご年齢に達したことだった。
王立高等学院は貴族や富豪平民といった上流階級の子弟が通い、卒業後はこの国を担う人材を輩出する。
ちなみにこの学校、貴族の子弟は無試験で入学できる。
平民の子弟は、試験に合格すれば入学できる。
「そこでお主とマキも王立高等学院へ入学し、オルタンスの学友兼側仕え兼護衛をして欲しいのだ」
公爵とマグダレーナ様とソフィーとマキと私が顔を突き合わせて、全員辛気くさい顔をしている。
一応私とマキの顔を立てて要請とはしているが、実情は命令だった。
この国の貴族は、一人前の貴族として認められるには中央の高等学院に在席して無事卒業することが望ましい。
そこは国の仕組みなので、私がどうこう言う話ではない。
私はハーフォード公爵領内で認められればそれで良いローカル貴族である。
今更私が中央の高等学院に在籍する必要も無い。
その私に白羽の矢が立った理由は、ガッコウの内情による。
貴族社会とは階級社会・派閥社会である。
何度も言ってきたが、ブリサニア王国は武闘派が幅を利かせる国である。
そしてハーフォード公爵家は少数の穏健派である。
(平民の子弟は自動的に穏健派にカウントされるという。 ほうほう)
オルタンスお嬢様は数少ない穏健派貴族の娘。
それも穏健派の頭領の娘ともなると、間違いなく狙われる。
激しいイジメの対象になりうるという。
え~。
正直ピンときていない。
むしろ、公爵の娘をいじめたら、後日どのような災いが降りかかるか想像も付かない、という感覚である。
やはり私はピントがズレているようだ。
こういうのはざっくばらんに訊いてしまうに限る。
「お嬢様をいじめるなど、後が怖いと思いますが?」
「ふむ。その様な貴族には便宜を図ってやるいわれは無い。不作の年には真っ先に食料の供給を絞り、真っ先に飢える領地だ。それがわかっている貴族は無体なことはせん。大領地をもつ大貴族ほどわかっておる」
「すると突っかかってくるのは?」
「中央を拠点とする中小貴族だ」
「それは厄介なのですか?」
「厄介だ。奴らは領地を持たぬ。そして武闘派内での序列の向上を狙っておる。武闘派同士で争うと傷が深くなるのでな。常に矛先は穏健派に向かう」
「穏健派をいじめれば序列が上がる・・・と。 どうもその理屈が私の理解の範囲外にあるのですが・・・ 今まではどう対処されていたのですか?」
「ライムストーン公爵は昨年まで王都ジルゴンに本拠があってな。その頃はまだ侯爵だった。イザと言うときはライムストーン侯爵邸に逃げ込め、というのが穏健派貴族の子弟の合い言葉だった」
「なるほど」
「ところがライムストーン侯爵が公爵に陞爵され、王都ジルゴンを去った。ライムストーン侯爵邸が無くなり、逃げ込み寺が無くなってしまったのだ」
「それは・・・ 困ります。 それでどうなさるおつもりで?」
「学院には我がハーフォード公爵領の寮がある。この寮が穏健派貴族の子弟の唯一の砦になる」
「なるほど」
「寮長はオルタンスが務める。だがオルタンスでは学業と穏健派貴族の子弟の保護の両立はできまい。なによりオルタンス自身がイジメの対象になりかねん」
「イジメとはどのような形をとるのです」
「どうしても武闘派の子弟のほうが数が多くてな。数に物を言わせて言いがかりを付け、学内の課題の無理難題を押しつけようとする。時には全く無意味な、そして危険な遣いをさせようとしたりする」
「武闘派貴族の子弟は頭が不自由な子供たちですか?」
「そちの表現は独特過ぎて理解に苦しむときもあるが・・・ 否定できぬ」
「身分を弁えよ、と言って門前払いすることはできませんか?」
「数を頼んで取り囲むのだ」
「学内に治安組織は無いのですか?」
「ある。王都騎士団の分隊が回されている。だがよほどのことが無い限り、学内で起きた揉め事は当事者同士で納める、という不文律があるのだ」
「つまり数を頼んでいじめるが勝ち?」
「表現は悪いがそういうことだ。そしてそれを推奨している家もある。当主を引き継いだ後も、将来にわたって穏健派に無理難題を押しつける流れを作れる。そう思っているのだ」
「閣下は私とマキに学院へ入学せよと言われます。狙いは何ですか?」
「そなたらにオルタンスを守って欲しい。陰からではなく、学友として表から守って欲しい」
「ハーフォード騎士団を寮に常駐させる、という案はいかがでしょう?」
「学内は高度の自治が認められており、式典以外で貴族の騎士団が出入りすることは認められていない」
「悪い意味でかなりの自由が認められているのですね」
「そうだ」
「その自由に乗っかって、こちらから仕掛けても良いのですか?」
「何をする気だ?」
「どうせ奴らは二言目には『決闘だ』と騒ぎますでしょう? それに乗っかって、一人二人血祭りに上げるというのはいかがでしょう?」
「それはいかん!」
「しかし取り囲まれても断り続ければ、終いには奴らから暴力を振るってくるのでしょう?」
「怪我人が出たらさすがに王都騎士団も黙ってはおるまい」
「武闘派の暴力は許され、穏健派の暴力は許されない、と言われますか?」
「・・・」
「ではしばらく様子を見ることに致しましょう。人物を特定しましたら、生かさず殺さず、締められるだけ締めると致しましょう」
「なんだそれは?」
「武闘派貴族の子弟に対して、決して身体的危害は加えませんが、学院に在籍することが苦痛になるような措置を取る、と言う意味で御座います」
「そちはいったい・・・」
「私は『陰険派』を作ろうかと存じます」
ここでようやくマキが口を挟んだ。
「御方様はご了承なったのですか?」
「もちろんです。あなた方がいてくれたら安心します」
「そうなのですね。ところで私どもの勉学は本当に大丈夫でしょうか?」
「貴族の子弟は成績が悪くても放校はありません。しかし、あまりに成績が悪いと留年はあります。オルタンスと別の学年になってしまうと護衛が難しくなりますので。ほどほどに励んで欲しいのです」
まあ、がんばれ、と。
「ところで何歳から入学されるのでしょう? 年齢制限はあるのでしょうか?」
「12歳から4年間ですの」
オルタンスお嬢様ってそんなに若かったの!?
もっと大人に見えた。
「一応何歳で入学してもよい建前ではあります。ですが18歳を過ぎてから入学した例は無いと聞きます」
ええ・・・ 大丈夫かな?
「私は20を遥かに超えておりますが・・・」
「そうなのですか? もっと若いと思っておりましたが・・・ そうでしたか」
東洋人の年齢不詳の顔立ちらしい。
「オルタンスお嬢様には、初めて閣下と御方様にお目通りしたときに挨拶させて頂きましたが、あのとき以来一度もお会いしたことは御座いません」
「私は一度もお目通りしたことが御座いません」 これはマキの弁。
「そうでしたか。勉強をさせておりました。出来が悪いとイジメの対象になるのです」
「私とマキは勉学も進んでおりませんし、トウがたちすぎておりませんか? これだけ遅れて入学する理由としてはどのようなものが考えられるでしょう?」
「ありきたりなのは、貧乏貴族の家に生まれ、生活に追われ、学問の進みが遅かった、というものですわ」
「なるほど。それで行かせて頂きます」
「制服はあるのでしょうか?」 これはマキの質問。
「ありますわ。でも学年を示す校章を付けていれば私服でも良いのです。貴族の子弟で制服を着る者は少ないわね。 主に平民が制服を着るイメージです」
ハーフォード公爵領の寮の運営体制を聞いた。
オルタンスお嬢様が寮長。
使用人(料理人、メイド)はハーフォード公爵領から派遣する。
派遣される人は公邸からローテーションで選ばれる。
「その使用人は特別に選ばれた者たちですか?」
「質問の意図がわからん」
「例えば全員『騎士団上がり』ですとか、メイドでも武術のたしなみを持っているとか・・・」
「そういう者はいない」
「そうですか。では一つ提案させて頂きたいのですが・・・」
提案は了承を頂いた。
これで少しは学生生活が楽になれば良いのだが。
オルタンスお嬢様と面会した。
顔を見て思い出した。
よくこの公爵からこのような佳人が・・・ と感心した記憶がある。
最後にマグダレーナ様がソフィーに丁重に感謝の言葉を述べられて会談は終わった。