147話 メルヴィル村(対策変更・ダンジョンボス)
【レイピア】を拾い、さて先に進むか、引き返すか、相談しようと後ろを振り返ると、ウォルフガングが目を皿のようにして前方を見ている。
釣られてウォルフガングの見ている先に視線を送ると、ちょっと不思議な扉? 門?でっかいフタ? があるのが見えた。
イルアンのダンジョンを思い出す。
ダンジョンの階層ボス部屋には扉があった。
しっかりした扉だったり、ボロボロの扉だったりした。
今見ている扉は第1層の階層ボスの扉だろうか?
それにしてはウォルフガングの反応がおかしい。
確かに今見ている扉は何かがおかしい。
何がおかしいのか、最初は良くわからなかった。
皆が無言で扉を見ているので私も見ていると、そのうちにわかった。
扉の表面から魔力の揺らぎが見えるのだ。
「ウォルフ。あの扉は何ですか?」
「ダンジョンボスの部屋だ」
「え~~っと」
「まずこのダンジョンは原始ダンジョンではない。歴としたダンジョンだ。既に刺激されていたようだ。そしてその扉の向こうにはダンジョンボスがいる。そしてダンジョンコアがある。 攻略するぞ」
「え~~、その前に、ですよ。 マロン?」
「ばう」
「ゾンビ、ゴースト、スケルトン以外に魔物がいるって言ってたね?」
「ばう」
「何がいるのかな?」
「ギュワン」
「・・・」
「ギュワン」
「ボア・・・ かな?」
「ばう」
ボア。
つまりイノシシの魔物。
体重があって頑丈だ。
脇差しやショートソードアクセルでは歯が立たないだろう。
武器を【トロールの短剣】(別名:人間から見た大鉈)に変えた。
「ボアか・・・ 1匹でいると思うな。 ジークフリードとクロエは前衛」
「「 はっ 」」
「ソフィーとクリスティーナはマグダレーナ様に付け」
「「 はい 」」
「ビトーは儂の後ろに付け」
「はい」
「マキとマロンは負傷者を後ろへ下げろ」
「はい(ばう)」
「では行くぞ。ビトー、扉を開けろ」
リッチの部屋に入るとき同様に私が扉を開け放ち、そのまま前方に倒れ込む。
私を乗り越えてウォルフガング、ジークフリード、クロエが部屋に飛び込む。
私はすぐに飛び起きてウォルフガングの後ろに付く。
敵は!?
いたッ!
デカいっ!
全長2m。
黒いイノシシの魔物。
我々を見ている。
ウォルフガング、ジークフリード、クロエがじわりと包囲し掛けたとき、それは起きた。
「バウッ!」
マロンが警告を発した。
その途端、ボアが分身した!
・・・ように見えた。
それから色々なことがいっぺんに起きた。
最初に見えていた黒いボアは真っ直ぐウォルフガングに突進した。
新たに現れた黒いボアがジークフリードに突進した。
そして最後に赤いボアが出て来た。
赤いボアはクロエに突進した。
赤いボアは黒いボアより一回り大きかった。
乱戦になった。
クロエを押し退けて、赤いボアが私に向かって突進してきた。
自分以外の戦闘を気に掛ける余裕などなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
事が終わった後で冷静になると、イノシシ系の魔物というのはどうにも厄介な相手だ、という当たり前の感想しか湧いてこない。
ボアは全身を筋肉と分厚い脂肪と分厚い毛皮と泥で覆い、革鎧を何枚も重ね着したようになっている。
私程度がショートソードアクセルでクリーンヒットさせても、到底骨まで通らない。
そしてスピードがあり、耐久力があり、小回りが利く。
ボアの武器は牙。そして体重を活かした体当たり。
そのような攻撃を仕掛けてきた。
ボアの突進を受け止められたのはウォルフガングだけだった。
ウォルフガングはオーガシールドでボアの突進の向きを逸らし、首の後ろにソードオブヘスティアを打ち下ろした。
一撃で脊柱まで断ち切った。
ジークフリードはボアの突進を受け止めきれなかった。
オーガシールドでボアの牙は防いだが、体勢を崩され、押し退けられ、背後への道が開いてしまった。
ジークフリードの後ろにいたのはマキだった。
クロエはレッドボアの突進を受け止めきれなかった。
ウォルフガングでも難しかったかも知れない。
オーガシールドでレッドボアの牙は防いだが、簡単に押し退けられてしまった。
後ろにいたのは私。
この時私は命の危険を感じてゾーンに入っていたらしく、スローモーションを見ているような感覚があった。
レッドボアはクロエを無視して真っ直ぐ私に突っ込んできた。
加速がつき始めており、身を躱す時間が無いことは理解した。
この時私の脳裏にあったのは、
『万剣も帰すれば只ひとつの太刀なり』
レッドボアの牙にトロールの短剣を当てに行った。
振り下ろそうとは思わなかった。
両手でしっかり柄を握っていた。
短剣の刃が牙に食い込んでいくのが見えた。
牙の中程まで食い込み、それ以降は刃の侵入速度が遅くなった。
むしろそれが良かったのだろう。
トロールの短剣が支点になって私の体が浮き上がった。
体が浮いたところでレッドボアの体当たり喰らった。
車にはねられたような衝撃とともに宙を舞い、壁に激突し、私の戦闘は終わった。
もし踏ん張った状態でレッドボアの体当たりを受けたら、ズタボロの血袋になっていただろう。
◇ ◇ ◇ ◇
そこから先の戦闘の経過はソフィーに聞いた。
レッドボアは私を弾き飛ばしたが、その時の衝撃で牙が折れた。
奴もパニックになったらしく、よく前を見ないまま突進した。
進路上にいたのはマグダレーナ様だが、当然ソフィーがその前にいる。
ソフィーは本邦初公開の秘技を見せた。
『氷剣山』
巨大な氷槍を壁状に並べ、レッドボアの体当たりを待ち構えて串刺しに仕留めた。
それでもまだ死に切れず、もがいているレッドボアに対し、氷槍の連続射撃で止めを刺した。
ジークフリードを押し退けたボアは、そこで目標を見失った。
一瞬動きが止まったボアを、ジークフリードとウォルフガングが袋叩きにして仕留めた。
マキは【ブラインダー】の効果で認識されにくくなっており、ボアは目が悪かったことから、完全にいない人になっていた。
◇ ◇ ◇ ◇
戦闘が終わった。
ソフィーが、壁際でボロ雑巾と化している私を拾い上げ、ボス部屋の中央に運んでそっと寝かせてくれた。
「誰か・・・ 怪我人はいませんか?」
メンバーにそう聞いたら、
「怪我人はお前だけだ。お前が一番重傷だ。馬鹿」
そう言うと、ソフィーは私の頭をポカリと殴ろうとした。
が、途中でその手が止まった。
「死んだかと思った・・・」
ソフィーにぎゅうと抱きしめられた。
「イデ、イデ、イデ・・・・」
背中が痛い。
重度の打撲だ。
肋骨が軋む。
差し込むような痛み。
何本も折れているらしい。
その他は?
左腕が折れている。
壁に激突したときに頭を庇った奴だ。
頭部のダメージは? ない。
内臓のダメージは? ない。
筋肉、腱にダメージは? まあ、容認できるレベル。
よし。
では、ヒールっと。
え~と。
ソフィーさん?
・・・
しばらくソフィーに抱きしめられていた。
◇ ◇ ◇ ◇
急にボアが増えたように見えた理由を聞いた。
床面に凹みがあり、ボアの泥浴び場になっていた。
そこに潜んでいたらしい。
賢いじゃないか。
レッドボアとボアを背負い袋に仕舞いながら鑑定した。
種族:レッドボア
年齢:3歳
魔法:-
特殊能力:-
脅威度:Cクラス
種族:ボア
年齢:5歳
魔法:-
特殊能力:-
脅威度:Dクラス
レッドボアはボアの上位種で、ブルーディアーと脅威度が同じ『C』だった。
ブルーディアーは魔法攻撃を無効化する特殊能力があったが、レッドボアには何も無い。それなのに脅威度はC。
ミノタウロス戦のときにも感じたことだが、特殊能力抜きで高い脅威度を持つ魔物は本当に強いな。
おそらくウォルフガング、ソフィー、ジークフリード、クロエは、好き勝手に動いてよいのなら上手にあしらうのだろう。
だが私やマキといった弱者を守りながら戦うとなると、そうはいかない。
パーティというのも難しいものだな。
そして今回のクエストの最終目的。
「ウォルフ。ダンジョンコアはありますか?」
「ああ。そこの祭壇だ」
ボス部屋の壁の一部が窪んで祭壇になっており、その上に直径が50cmほどもある宝珠が鎮座していた。
宝珠から淡い光が脈打ちながら溢れ出ているように見える。
魔力を帯びた光だ。
これがダンジョンの心臓であり、頭脳なのか・・・
鑑定する。
種族:ダンジョンコア
年齢:5歳
魔法:-
特殊能力:ダンジョンを形成する
脅威度:-
「どうやって破壊するのです?」
「祭壇から動かす。そして剣で打ち壊すか、炎で炙れ。 お前がやれ」
言われたとおり両手で宝珠を抱え(割と軽い)、祭壇からそっと下ろした。
そして炎杖を構え、火炎放射で炙り始めた。
5秒ほど何事も無く、「あれ・・・しくじったかな?」と思い始めたとき、宝珠がカッと強い光を放ち、魔力の脈動が止まった。
これで良いらしい。
改めて鑑定すると、
種族:宝珠
年齢:-
魔法:-
特殊能力:生命
脅威度:-
と出た。
何でしょうね「特殊能力:生命」って。
死んでも1回限り生き返ります、とでも言うんですかね。
「マキ・・・」
「うん。もう探してある」
さすがはマキさん。話が早い。
全然宝箱に見えない宝箱を既に探し当てていた。
宝箱は2つあった。
2つともマキに開けて貰った。
出て来たのは、
【アミュレット】
神木から作られたお守り
アンデッド除け
【豊穣のブローチ】
デーメテールの力を宿したブローチ
素っ気ない説明だな。
だが【豊穣のブローチ】は記憶がある。
確か一つ持っていたような気がする。
メッサーダンジョンで拾ったような気がする。
まあ、いいか。