142話 メルヴィル村(現状把握)
(ソフィーの視点で書かれています)
空からビトーの肩に舞い降りた使い魔が、一生懸命ビトーに何かを話している。
声は出ていない。
直接頭に伝えているようだ。
使い魔から得た情報をビトーが地図に起こしていく。
そういえばビトーはダンジョンの地図も的確に起こしていた。
ビトーはそんな才能があるらしい。
ビトーが描いた地図を見ていく。
旧メルヴィル村全域。
グラント川から水を引く水路(涸れている)。
旧居住地。
旧耕作地。
・・・
うまいこと地図上に高低差を描くものだ。
北側は標高が高く、居住地痕がある。
南側は標高が低く、元農地の湿地が拡がる。
東側は水路と堤防で仕切られている。
西側は崖があり、崖の先は海だ。
南側の湿地の南端がやや標高が高くなっている。
村の中心部(農地)が巨大なお椀の底のようになっており、もともと水が溜まりやすい地形らしい。
ビトーが使い魔と顔を見合わせて悩んでいる。
何だ? 言って見ろ。
「村全体で魔物の密度が低いと言っています」
「いいことじゃないか」
「ビッグトード(馬鹿でかいカエル)とレッドニュート(馬鹿でかいイモリ)の気配は少しあるそうですが、ゾンビとゴーストの気配は無いそうです」
「・・・」
「ただ、湿地の南端に非常に強い魔力を感じます」
「非常に、とはどのくらいだ?」
「今まで経験したことが無いほど、です」
ふ~ん。
「ハミルトン男爵は、私らに頼む前に、他の冒険者に魔物の間引きを頼んでいたのか?」
「いいえ。村人がたまに様子見で来た以外で、誰かがここに来るのは初めてです」
「ハミルトン男爵の情報はかなり古いのか?」
「古いです」
「ねえ、何がおかしいの?」
マキが不思議そうに口を挟んだ。
うん。そうだな。
今の話に引っ掛かるには、ちょっと想像力が必要だな。
「マキ。お前がビッグトードを討伐する時はどうする?」
「剣で切ります」
「レッドニュートは?」
「剣で切ります」
「ゾンビは?」
「えぇぇ・・・ やっぱり剣かな?」
「ではゴーストは?」
「剣で・・・」
「剣で切っているうちにエナジードレイン攻撃を受けるな?」
「はい・・・」
「イルアンではどうしていた?」
「旦那様が魔法で倒していました」
「そうだな」
「ということは誰かが魔法で退治した?」
「その可能性が高い」
「確率的にはどのくらい?」
「パロ(オウム)がアンデッドの気配が無いと言っている。普通剣で魔物を倒すと2~3匹は撃ち漏らしが出るものだ。それが無い。と言うことはどういうことだ?」
「そもそもアンデッドなんていなかったか、あるいは倒したのなら絶対に魔法使い・・・」
「そういうことだ。 可能性としては低いが、とんでもなく強い魔物が蹂躙したのかも知れない。ではマキが考えなければならないことは何だ?」
「誰がアンデッドを倒したのか。その実力は・・・」
「そうだな」
さっきからマロンの落ち着きが無い。
そわそわしている。
逃げたがっている訳ではなさそうなのだが。
「マロン。どうした?」
「・・・」 (じっと私を見ている)
「ビトー。マロンの話を聞いてくれ」
ビトーがマロンとぼそぼそ話をしている。
マロンと話が出来るというのもあいつの特技だ。
不思議なほど会話が成立している。
話が終わったようだ。
ビトーが全員を集めた。
「ええと・・・ どこから話そうか迷いますね」
「危険なのか?」
「危険です」
「どのくらい?」
「極めて危険です。いつ死んでもおかしくないです」
「どういう意味だ」
「あのお方の気持ち次第になります」
「誰だ」
マロンがビクッとした。
マロンがビトーに何かを話している。
ビトーがこちらに向き直った。
「その方が我々を呼んでいます」
◇ ◇ ◇ ◇
かつて村の畑だった湿地を大きく迂回して、湿地の南端に位置する小高い丘に向かう。
遠目には少し盛り上がった程度と思っていたが、近付くにつれてかなり大きな丘であることがわかった。
樹木も少し生えている。水龍の呪いでも水を被らない場所かもしれない。
マロンの先導で、丘をゆっくり登っていく。
頂上が見えてきたところでマロンが立ち止まった。
マロンは何かに気付いたらしい。
私は何も感じない。
マロンが伏せたのを見て、我々も跪き、頭を垂れた。
「面をお上げなさい。そしてどうぞこちらにいらっしゃい」
“玉を転がすような声” とはこのような声を指すのだろう。
若い女性の澄みきった声が降ってきた。
ゆっくりと顔を上げて・・・
◇ ◇ ◇ ◇
気付いたら私はビトーに抱きしめられていた。
ビトーは心配そうに私の顔を覗き込んでいる。
何が起きたのかわからない。
マキとマロンも私を覗き込んでいる。
クソッ!
こいつらの前でこんな醜態を晒すなんてっ!!
こいつらは私が守らなければならないのに。
「気が付きましたね」
「ああ」
「ごめんなさい。あらかじめ心当たりを言っておけば良かった」
「何だ? 何が起きた?」
「たぶんだけど。ソフィーはコスピアジェ様の精神に触れたのだと思います」
「・・・コスピアジェ・・・様・・・?」
ビトーに抱き抱えられながらゆっくりと視線を巡らすと・・・
いた・・・
人間の女、そして蜘蛛。
胴の差し渡しは私の身長より長いだろう。
そしてその体積はとんでもなく大きい。
胴は細かな毛で覆われている。
毛が日の光を反射して虹色に変わる。
体に朱色の斑点が散っている。
巨大な胴に比べると足は細く見えるが、マキの胴体くらいの太さはありそうだ。
足には堅そうな漆黒の剛毛が密生している。
そして人間の部分。
腰から上の美しい裸の女。
真っ白な肌。
真っ赤な長い髪。
どこを見ているのかわからない真っ赤な目。
私を見て微笑んでいた。
思わず私がコスピアジェを見ようと(鑑定しようと)したのに気付いたのだろう。
ビトーが私の視界を遮った。
「また気を失います」
それでわかった。
私が受けたのは “スタンナー” だ。
彼我の実力差が大きいとき、そして精神系のスキルを持っているとき(例えば魔眼など)、瞬間的に相手の心神を喪失させることが出来る。
絶対強者が持つインペリアルスキル。
コスピアジェは何か術を操ったようには見えなかった。
恐らく自分を鑑定されていると気付いたときに反射的に出るスキルだろう。
それだけ私とは実力が隔絶している。
正直、アレクサンドラやアイシャと相対した時よりも絶望的な力の差を感じる。
私はコスピアジェの前では何も出来ぬ。
こいつらを守ってやれぬ。
ところでビトーやマキは何でパニックを起こしていないのだろう・・・ と疑問に思ったとことで思い出した。
既にこやつらはメッサーダンジョンで知遇を得ているんだ。
私の考えを読み取ったのだろう。
コスピアジェが私に話し掛けてきた。
「ここにいる限り、あなたはビトーを守ろうとしなくても大丈夫ですよ。あなた方全員が私の庇護下にありますからね」
改めて正式に挨拶をした。
「お初にお目に掛かります。ビトー・スティールズ男爵の妻。ソフィー・スティールズで御座います。どうぞよしなにお取り計らいくださいますようお願い申し上げます」
「まあ。ビトーの縁者はみんな礼儀正しいのね。ご存じかもしれませんけど、私はコスピアジェというの。アラクネよ。よろしくね」
コスピアジェと目が合うと真っ赤な瞳に吸い込まれそうになった。
気付いたら恐怖心が消えていた。
魔眼の影響を受けたことがわかった。