140話 クエスト(テーマ選定)
(マキの視点で書かれています)
旦那様 (ビトー君のこと)とソフィーさんと私がハーフォード公爵とマグダレーナ様から呼び出しを受けました。
以前はイルアンに住んでいましたので馳せ参じるにしても時間が掛かりました。
今は同一敷地内に住んでいるので出向くのは簡単です。
公爵の使いの方の後について行きました。
謁見の間には公爵とマグダレーナ様がおられました。
会談はいつも2人セットでしています。
なぜなら旦那様とソフィーさんと私はマグダレーナ様の護衛騎士(兼)側仕えだからです。
公爵といえども勝手に使うことはできません。
私もマグダレーナ様の護衛騎士(兼)側仕えに取り立てて頂きました。
『ブラインダー』を装備していますので(そのまま公式の場へ出席できるほど、デザインが洗練された革鎧です)、装備を変えること無くマグダレーナ様の護衛騎士と側仕えを兼務できるのが大きいそうです。
そして引き抜き防止のためだそうです。
私のような『婚姻をしくじった曰く付きの半端な冒険者』を引き抜きたい貴族なんているのでしょうか?
そう疑問をぶつけたところ、いっぱいいるそうです。
若い女で、元貴族で、少々武力があって(ゴブリンやスケルトン程度なら軽くあしらえる)、斥候という特殊スキルまで持つ者は、長期間居城を離れるときに連れて歩くには持ってこいなのだそうです。
旅の間の無聊を慰めさせ、非常時は肉の盾として使い、普段は守ってやる必要も無い。
飽きたら臣下に下げ渡せばよい。
使い勝っての良いことこの上ないそうです。
・・・いつか寝首を掻いてやる。
旦那様が滝のように汗を滴らせている。
「あっ! 旦那様のことじゃないよ」
「そんなに怖がらないで!」
「誤解よ」
「ビトーくんは私の旦那様なのだから、しゃんとなさい!」
公爵とお話しするのは旦那様。
ソフィーさんと私は直接口をきくことは推奨されない。。
公爵やマグダレーナ様に意見を求められたときだけ発言する。
「先日ライムストーン公爵 (オーウェン様のこと)と秘密裏に話をする機会があってな。相談を受けたのだ」
「そのような話を私どもにされてもよろしいので?」
「熟慮の上だ。かまわん」
「左様でございましたか」
「お主も知っての通り、旧神聖ミリトス王国は大雑把に言うと3つに分断された。
北部・中央部・南部だ。 南部がライムストーン公爵領だ。
当初は中央部もライムストーン公爵領に編入しようとしていたが、時期尚早として見送られた。中央部は無政府状態。北部は旧神聖ミリトス王国の残党共が血を血で洗う抗争を繰り広げている」
「はい」
「そのライムストーン公爵領なのだが、中央部から徐々に人が流入している」
「理由はわかりますか?」
「中央部は食えない」
「なぜでしょう? 飢饉でしょうか?」
「スタンピードの影響で物流が途絶し、以降、途絶したままだ。その結果、物価が上がった」
「商人は・・・」
「戻らぬ。 戻れぬ、と言った方が正確なのかも知れぬ」
「そうなった理由をお聞かせ願えますか?」
「メッサーダンジョンのスタンピードで湧き出た魔物が散らばって、あちこちにコロニーを作っている」
「魔物の種類はおわかりになりますか?」
「キラーアント、オーク、コボルトだ」
「オーク・・・」
「そうだ。問題となっているのがオークなのだ。急激に数を増やしている」
オークは厄介です。
オークはオーク同士で繁殖します。
繁殖速度はかなり速く、ネズミかウサギか、といった感じです。
魔物なので生まれて1年で人間の脅威になります。
これも厄介な性質です。
そして最も始末に負えない性癖が、性的欲求の捌け口として人間が大好きなのです。
雄オークは人間の女性を、雌オークは人間の男性を好みます。
一通り楽しんだあと、殺して食べるそうです。
ちなみに最近話題のLBGTですが、オークについては報告がないのでわかりません。
オークが増えると襲われる村が増えます。
旧神聖ミリトス王国の中央部は無政府状態となったため、オークやそれ以外の魔物から国民を守る騎士団、冒険者がいません。
従って商人は戻りません。
物の値段が上がります。
土地の産品の値段が下がります。
悪循環です。
「オークだけではないのだ」
まだ何かあるようです。
「スタンピードでアンデッドが広範囲に散らばり、そこで息絶えた結果、広大な農地が死骸から発生する瘴気に汚染されて、農地として使えなくなったのだ」
「農地として使えなくなる・・・」
「作物が育たんのだ。育ったとしても作物が瘴気を帯びておる」
見たことはありませんが、グールに触れられた作物と思えば良いでしょうか。
とても食べられません。
拷問に使うと良いレベルかもしれません。
ライムストーン公爵領に続々と人が逃げ込んでくるのもわかります。
「ライムストーン公爵は中央部へ統治を拡大するための探りを入れていたが、全て沙汰止みになった」
「それほどですか」
「それどころか騎士団の前線基地をイプシロンまで下げている」
イプシロンは皆でメッサーから逃げるときに通った街ですね。
アノールからだいぶ離れています。
「今、ライムストーン公爵領は人口が増え、食料価格がジワジワ上がっている」
「閣下がお聞きになった相談とはそのことですか」
「そうだ。我が領地に食料の援助を依頼してきた。いや、すでに援助はしているのだ。その援助を増やして欲しいというのだ」
「ハーフォード公爵領(大陸随一の穀倉地帯です)と雖も厳しゅうございますか?」
「いや、まだ大丈夫だ。だが余裕はなくなった。これ以上ライムストーン公爵領に民が流入するとさすがの我が領でも手に余る。そこで先を見越して食料増産をしたい」
「はい」
「その潜在力はあるとみている。 耕作放棄地だ」
ここからは旦那様から聞いた話の受け売りになります。
ハーフォード公爵領はブリサニア王国の食料庫です。
その生産高は領民だけでなく、全国民を食べさせてまだ余裕があります。
他国へ輸出もしているくらいです。
なにしろ『ハーフォードがくしゃみをすれば、ノースランビア大陸全土が風邪を引く』とまで言われているのです。
これほど豊かなハーフォード公爵領なのですが、公爵の言われるとおり、まだイケそうな土地があります。
といいますか、今現在イケていない土地があるのです。
「ハミルトン村からグラント川を渡って更にその奥だ。70年前に起きた地龍の呪い(大地震)で隆起した土地と沈下した土地がある。隆起した土地は水路も隆起して逆高低差が生じ、グラント川から水が引けなくなった。水が無ければ作物は作れぬ。
沈下した土地は次の年の水龍の呪いで大勢の村人と家畜が死んだ。村人が死にすぎて、耕作できなくなって放置して湿地と化した。
結果として村が消えたのだ。
以降、荒れ果てたままだ。アンデッドが出たという記録もある。
農民ではどうにもならぬ。
冒険者でもあるそなたらならどうにかできないか」
魔物討伐でしょうか。
得意分野の依頼ですね。
と思ったら旦那様の反応が渋いのにちょっと驚きました。
旦那様は少し考えた後で
「閣下。私は土と向き合ったことが御座いません。それどころか鑑賞植物すら育てたことがありません。閣下もそれは気付いておられると思います。つまり閣下の御要請は『鍬を持て、深く耕せ』ではなく、村を復活させる道筋を立てろ、という事と理解致しましたが、間違っておりますでしょうか?」
「その通りだ」
「微力を尽くします」
旦那様はそう返事をしました。
「それからな。ひょっとするとライムストーン公爵から魔物退治の応援要請があるかも知れぬ」
「ライムストーン騎士団・・・」
「元々穏健派なのでな。目の前で飛び散った魔物共に対し、どれほど有効に打撃を加えているのかわからん。 いや、これは我が領も同じなのだが」
「私どもに応援要請が掛かると見た方がよろしゅう御座いますか?」
「知恵を貸せ、くらいは言ってくるだろう。 まだ先の話だがな」
公爵は極めて多忙で、すぐに退出されました。
◇ ◇ ◇ ◇
公爵との会談の後、マグダレーナ様の居間に呼ばれました。
やはり旦那様が代表してお話をします。
「耕作放棄地ですが。公爵はハミルトン村からグラント川を渡って更にその奥といわれました。マグダレーナ様はご存じでしょうか?」
「ええ。ハミルトン村の西を流れるグラント川に橋が架かっているでしょう?」
「はい。グラント橋です」
「橋を渡った先にも耕地が拡がりますが、更にその奥です」
「私はそこまで行ったことが御座いません」
「ええ。普通はそうでしょうね。ハミルトン村の者もなかなかそこまで行きません。耕作地の奥まで行くと小高い丘になっていて、その先に水路があります」
「はい」
「水路の先がメルヴィルです」
「メルヴィル?」
「かつてあった村の名です。耕作放棄地です」
「公爵はアンデッドが出たと仰いました。ハミルトン村に近すぎませんか? 危ないのではないでしょうか?」
「昔、徹底的にアンデッドを退治しました。その後、アンデッドが出なくなったとは申しませんが、出現する頻度は下がったはずです。
それに水路沿いにちょっとした仕掛けがあるのです」
「承知致しました。それからメルヴィルを襲った地龍の呪い、水龍の呪いについて詳細をお教え願いたいのです」
「私では教えて差し上げられません。私の兄に聞いて下さい」
「承知致しました」
「あなたに確認があります」
「はい」
「この度の依頼、どこまで行うつもりですか?」
「それを御方様と相談したかったのですが、よろしゅう御座いますか?」
それから旦那様とマグダレーナ様で今回の依頼の狙い(落とし所)について相談をされました。
マグダレーナ様によると、現状、飢饉や戦乱に備えた備蓄を放出するまでは行っていませんが、かなり逼迫しているそうです。
「公爵がメルヴィルで期待する収穫は、ハミルトン村の半量、といったところです」
「左様でございますか・・・ って、相当な収量ではありませんか!?」
「そうね」
「これから私はメルヴィルに赴いてみますが、残念ながら私は土地を見ても収量を目算できませぬ。公爵のお眼鏡に叶う土地か否か判断できませぬ」
「そう。現状どうなっているのかがわからないのですから、それは誰にも判断できないでしょう。
ただし、あなたが詳細な情報をもたらしてくれれば判断できる者はおります。ですから、まずあなたはできる限り詳しく土地の情報を集めて下さい。
あなたへの正式な要請は『メルヴィルの現状の情報を集めよ』です。
メルヴィルが手を入れるに相応しい土地か否かの判断は公爵と私がします」
「はっ」
クエストの難易度が下がってほっとしました。
「御方様のお手元に残すメンバーは、ウォルフガング、ジークフリード、クロエの3名でよろしゅうございますか?」
「あら。エマは連れていくの?」
「いいえ。訂正させて下さい。 御方様の手元に残すメンバーは、ウォルフガング、ジークフリード、クロエ、エマ、カール、パトリシアの6名でよろしゅうございますか?」
「ええ。結構ですわ。 それからお願いがあるのだけど・・・」
ビトーは何やらマグダレーナ様とマグダレーナ様の侍女に伴われ、別室に消えました。
後で何をされたのか、ソフィーさんと一緒に厳しく取り調べなければなりません。