139話 近況
ウォーカーがイルアンダンジョンを8層まで攻略してから半年が経った。
深層階の魔物のバランスは落ち着いた。
そしてこの間に、遂に【炎帝】が4層を攻略した。
ウォーカーの力を借りずにリッチを倒した。
そしてイルアンの冒険者ギルドが4層の情報を公開した。
大反響が巻き起こった。
イルアンは、4層にしてリッチが立ちはだかる途轍もなく兇悪なダンジョンであることが公になった。
そのリッチを倒した冒険者パーティが現れた。
そして、なんとリッチはラスボスではなく、更に深層階があるという。
そしてリッチを倒した勢いを駆って、【炎帝】はさらにその先の5層のボス、オーガキングまで倒したという。
「攻略したのは【炎帝】らしい・・・」
「【炎帝】と言うとジョアンが率いているパーティか・・・」
「【炎帝】が・・・」
「【炎帝】といえばつい最近まで・・・」
「たしかに【炎帝】なら・・・」
「【炎帝】が出来たなら俺たちも・・・」
炎帝の名はブリサニア王国中に鳴り響いた。
その評判は凄まじいものがあった。
ブリサニア王国以外の国でも、炎帝の名を知らない冒険者はいなくなった。
一時、炎帝は大貴族や豪商の指名クエストで引っ張りだこになり、半年ほどイルアンを離れなければならなかった。
炎帝の倒したオーガキングの装備一式(棍棒・兜・鎧・盾)はイルアン冒険者ギルドのホールに飾られ、訪れる冒険者達を鼓舞していた。
そしてイルアンに冒険者が殺到した。
彼らはダンジョンに挑戦もするが、何よりも炎帝に会いたがった。
噂でしか聞いたことの無いリッチの情報と、そのリッチの倒し方を聞きたがった。
炎帝は国内の殆どの冒険者パーティと親交を結んだと思われる。
そしてブリサニア王国を代表する冒険者パーティになった。
イルアンダンジョンの手入れは順調で、ウォーカーの手を煩わせたことは一度もない。
炎帝がいるときは4層、5層まで手入れをしてくれる。
だが炎帝は忙しく、すぐに指名クエストへ赴く。
アイシャの予見通り、低層階だけの手入れでダンジョンは安定していたので助かった。
◇ ◇ ◇ ◇
イルアンは、寒村からハーフォード公爵領の第二の都市へと急成長した。
私の素人村長で統治できる規模ではなくなった。
ダンジョンも落ち着いたので、ハーフォード公爵から代官を派遣して貰った。
ダンジョン管理はイルアン冒険者ギルドに全て任せ、ウォーカーはイルアンを離れることになった。
ルーシーとマロンの子供達(ノワ、ネロ、カイ)は、本人達の希望もあって、イルアン冒険者ギルドの専属として残った。
「活動拠点は別になるけど、君達はウォーカーの一員だからね」
と念を押すと、ルーシーはホッとしたようだった。
ウォーカーのメンバー(ウォルフガング、ソフィー、ジークフリード、クロエ、マキ、マロン、私)とエマ、パトリシア(ベビーシッター)、サマンサ(産婆)と使い魔達はハーフォード(領都)に移り、イルアンの屋敷は返上した。
マリアン以下、マーラー商会から派遣された精鋭達(家政婦、シェフ、メイド)はマーラー商会ハーフォード支社へ異動した。
ウォーカーはマグダレーナ様の手配でハーフォード公爵の公邸の別棟に居住することになった。
多少手を加えても良いとのことで、マロンや使い魔達が住みやすい様、一部改造させてもらった。
アンナの子供は無事に生まれた。
男の子だったのでカールと名付けた(アンナの気持ちが入っていそう)。
エマと一緒にパトリシアに面倒を見て貰っている。
貴族の子供として育てられる。
カールは光と闇の属性が見られ、今から将来を嘱望されている。
マキからは子作りをせっつかれていて、複雑な心境。
前の世界の記憶(マキは女子高生だった)が重なってしまい、どうしても躊躇してしまう。
リアル女子高生ともなれば、斯界の巨魁にとっては垂涎の御馳走なのだろうが、私は一歩引きがち。
アレクサンドラの言う「お前は熟女好きじゃの」という指摘は当たっているのかも知れない。
ソフィーとマキから生暖かい目で見送られながら、アンナの元にも定期的に通うようになった。
アンナからは
「私はもういい年ですので、早めに第二子、第三子を仕込んで下さい」
と頼まれている。
元の世界の常識が残っている私としては、この発言が適切なのか不適切なのか、私が言えば不適切だがアンナが言えば許されるのか、混乱気味である。
◇ ◇ ◇ ◇
生活が落ち着くと考える時間ができた。
すると今まで考えないようにしてきたことを考えるようになる。
『元の世界に戻れるのか?』
『いや、おまえは戻りたいのか?』
『ではこの世界に根を下ろすか?』
『既に根を張っているだろう?』
『ではおまえはこの世界で何をしたい?』
毎日マキと顔を合わせていると、柄にもなくテツガク的なことを考えてしまう。
マキと2人で深夜まで話し合った。
「面と向かって訊かれたからはっきり言うけど・・・」
「うん」
「意外とビトー君は若造なのね」
「ごめんなさい。まだお尻に蒙古斑が残っています」
「ビトー君ならとっくの昔に決心を固めていたと思っていたのだけど」
「すみません」
「私、ビトー君の妻になって幸せだよ」
「そっかー」
「なにそれ」
「いろんな感情がごちゃ混ぜになってる」
「教えなさいよ」
「だってさ、前の世界では一夫一妻だよ」
「うん。でもみんなビトー君のこと好きだよ。ソフィーさんやアンナさんは使命感を持ってるみたい」
「どんな使命を・・・」
「絶対にビトー君を死なせない。ビトー君を幸せにする。ビトー君の子供をいっぱい産むって」
「そうなんだ。だったら戻れないね。みんなの気持ちを反故に出来ないね」
「神様も言っていたでしょ。戻れないよって」
「そう言えばそんなニュアンスのこと、言っていたな」
「あなたは今の暮らしに不満はあるの?」
「不満はない。でも何となく自分はこの世界ではピントがズレている気がするんだ」
「そうなんだ。元の世界でも外国で暮らしたらそんなもんじゃない?」
「なるほど! そうかもしれないな」
「私は元の世界とこの世界なら、この世界もいいなって思ってるよ。あなただっていろんな人たちに必要とされているのだからそうでしょ?」
「うん。そこは間違いない。 ただなぁ。今までの私って需要に流されてきただけなんだ。なにか人生の目標を見つけたいよなぁ」
「あなたはもうお父さんなんだから青臭いこと言ってるんじゃないわよ。自分探しなんて馬鹿なまねしないでよ」
「はい」
「取り敢えず明日の朝までの目標は私に子供を仕込むこと」
「・・・」
「返事は?」
「はい」
◇ ◇ ◇ ◇
暇だから余計なことを考える。
私とマキは志願して、改めてソフィーの冒険者訓練を受けた。
座学と実技、両方を並行して受けた。
冒険者として一皮も二皮も向けた気がする。
そしてこの経験が将来的に役立ちそうな気がする。
マキはというと、これは本人の感覚によるとしか言えないが、マキは岩槍や岩弾は使えなかった。
砂利より小さな粒しか扱えなかった。
「土魔法って念力じゃないでしょう? なんであんな大きな石が出てくるのか、石が宙を飛ぶのか、わからないのよ」
マキは走りながら目潰し、砂嵐、煙幕が得意だった。
私はと言うと、やっと走りながら治癒魔法を使えるようになった。
いままで治癒魔法は傷を鑑定し、傷の状況に応じて治癒を掛けていたのだが、一切鑑定せず、掛けっぱなしにした。
効果の程は『傷に訊いてくれ』。
二人はD級冒険者証を貰った。
だがそれ以上ソフィーは訓練を進めなかった。
「お前たちはこれが限界だろう。既に短剣術と盾術だけでD級冒険者の中級クラスだ。 これ以上やると命を縮める。今後は魔法や他の技を磨け」
マキは貴族の振るまいと領地経営と土魔法について学び始めた。
「いつか旦那様の役に立てるといいね」
とはマキの弁。
頭が下がります。
私はこの世界の歴史の知識習得と、光魔法・闇魔法の深化、そして使い魔達とのシンクロに努めた。
なにしろオウムとフクロウなので寿命が長い。
下手すると私より長い。
訓練のしがいがあった。
オウムの昼間の視界と、フクロウの夜間の視界(と立体聴覚)の共有が出来るようになり、ある程度の距離なら無言で指示を伝えられるようになった。
備えあれば憂い無し。
いい感じで鍛えられてきたね。
とマキと話していると、次の仕事が舞い込んできた。
本編を読んで下さる皆様。
誠にありがとうございます。
この話から新章に入りますが、私の中で想像の枝葉が分岐し始めており、
私自身、自分を引き戻しながら記述しております。
更新が跳び跳びになることがありますので、どうか暖かく見守って頂けると
幸甚でございます。