138話 ダンジョンの管理
ギルドに帰還を報告し、素材売却の相談をし、8層までの地図とハザードマップを報告した。
アドリアーナ(ギルド長)とカレン(会計)が嬉しそうな困った顔をした。
「すみません。トロールとミノタウロスは正しく査定できません。本店に問い合わせますのでお時間を下さい。その間に解体を済ませておきます」
それからアドリアーナから声を潜めて相談を受けた。
「私からビトー様に相談があるのですが・・・」
「はい。どうぞ」
「ダンジョンの深層階の情報をどうやって広げていこうかと悩んでおります」
「ああ、ウォルフガングとソフィーと【炎帝】の皆さんを呼びましょう」
ギルドの会議室に一同が集まった。
アドリアーナが口火を切った。
「本日はイルアンダンジョンの情報公開についてご意見を伺わせていただきたく、お集まり頂きました」
「今までは初級冒険者が死に過ぎたため、射幸心を煽りすぎないようにダンジョンの情報を小出しにしてまいりました。
ただし、イルアンダンジョンの全容を解明することと、スタンピードを防ぐ意味を兼ねて、ウォーカーの皆様には深層階まで潜って頂いておりました。
ここ最近はイルアンダンジョンに挑む冒険者達にも落ち着きが見られるようになったため、これからはダンジョンの情報を徐々に広めていこうと考えます。
皆様のご意見を伺わせて下さい」
炎帝のジョアンから話し始めた。
「多分我々はあんたが悩んでいる問題の全体像が見えていない。おそらくウォーカーの持っている情報をどこまで公開して良いか悩んでいるのだろうけど、お互いの持つ情報を共有しないか。
まず我々は4層を攻略中だ。階層ボスにリッチがいることは知っている。ここまでだ。ウォーカーはもっと情報を持っていると思うのだが」
「大変失礼致しました。私から申し上げるのは憚られるため、ビトー様から説明して頂けますか?」
私から説明することにした。
「まずこれをご覧下さい」
これは炎帝に真っ先に共有したい。
会議室の机の上に、ばさりとイルアンダンジョンの1層から8層までのハザードマップを広げた。
「これは・・・」
炎帝のメンバーが群がって食い入るように見ている。
いちいち説明するのは面倒なので、まずは納得のいくまで見て貰うことにした。
「4層は変わっていないな。リッチも変わっていないのだろう?」
「変わりません」
「5層はオーガの階層か・・・ オーガってどんな奴だ?」
「肌が割とカラフルな大鬼ですね。オーガは基本的に魔法を使わないのですが、ここ、ここにいるオーガウィッチだけが魔法を使います」
「魔法を使わないなら探索は簡単か・・・」
「ええと、やつらは人の言葉を理解します」
「・・・どういう意味だ?」
「オーガの前で作戦の伝達をすると、全てオーガに筒抜けになります。魔法の詠唱も同じです。オーガの前で魔法を詠唱すると、全て防がれてしまうと思って頂けたら良いでしょう」
「無詠唱でないと効かないのか?」
「その認識で正しいです」
「ウォーカーはどうやっていたのだ?」
「魔法は全て無詠唱で。隊列の組み替えや作戦は全て暗号で行いました」
「そんなことまでしていたのか・・・ 面倒だな」
「炎帝の中で取り決めをして、逆張りでも良いかと思います」
「?」
「次はウォーターカッターを撃て、とか言いながら火槍を撃つとか」
「なるほど!」
「階層ボスはオーガキングか・・・」
「身長2.5mの肉体派ですね。全身鎧が硬いですよ」
「6層は・・・ レッドサーペントだとっ!」
「困りますよね~」
「誰が討伐したのだ・・・」
「ウォルフ、ソフィー、ジークフリード、クロエです」
「本当か? 本当に攻略したのか?」
「ええと、魔石を見て頂ければ・・・ はい。これ」
「ジョアン。まちがいありません」 (ヴェロニカが捕捉してくれた)
「バジリスク・・・」
「ご存じですか?」
「聞いたことがある・・・ (ハザードマップの小さな書き込みを見ながら)そうだ。これだ。石化の呪いだ」
そんな感じで各階層について延々と質疑応答が繰り返された。
そりゃあね。炎帝にとっては楽しくて仕方ないよね。
話が止まらない。
「グール・・・ 噂には聞くが・・・」
「私にだけ聞いて下さい。ウォルフやソフィーには聞かないで下さい」
「なぜだ?」
「目が据わってきて怖くなるので」
「それほどなのか・・・」
「8層はミノタウロスだと?」
「はい」
「伝説では無いのか?」
「それがいたんですよ~ 困っちゃいますよね~」
「本当にミノタウロスか?」
ここでアドリアーナが助け船か、余計な一言か、わからないことを言った。
「ごらんになりますか?」
「何だと!」
「今ならまだ解体前だと思いますが」
みんなでナオミの解体場へ移動。
ミノタウロス。
皮膚が極端に粘り硬いので、解体は後回しになっていた。
その分、コイツの皮で作った革鎧はプレートメール並みの防御力を発揮する。
値段も凄みがあるが。
「これです」
「これがミノタウロス・・・」
炎帝のメンバーは、その巨体と怪異な風貌に見入っている。
誰もミノタウロスなんて見たことはない。
伝説やおとぎ話の世界の話だ。
だからこれを見せられても本当にミノタウロスかどうかなんて判断が付かない。
だが、少ししてヴェロニカが言った。
「ジョアン・・・ これは確かにミノタウロスです」
「お前が言うなら間違いないか」
ヴェロニカの鑑定スキルが上がっているようだ。
ミノタウロスとの戦いについて聞かれた。
ウォルフガングに促されて私が説明した。
「ミノタウロスは魔法を使えない。毒も持っていない。脅威度Bです。斧で攻撃してきます。完全な肉体派です」
「では与し易いのではないのか?」
「問題は、そんな魔物がなんで脅威度Bなのかです」
「・・・」
「ミノタウロスは極めて頑健な皮膚を持っています。剣で切っても、魔法の槍を叩き付けても、ダメージは少ししか与えられません」
「・・・」
「コツコツと安全第一で削ります。ブルーディアー戦の上級版ですね」
「どのくらい掛かった?」
「40分です」
「40分・・・」
ジョアンが炎帝のメンバーを見ると、炎帝のメンバーは全員首を横に振っている。
ヴェロニカが答えた。
「ウォーカーで40分なら私達なら1時間以上でしょう」
「それで無事倒したのか?」
「いえ、ミノタウロスも狡猾でして。2人やられました」
「何だと! 誰がやられた?」
「ルーシーとジークフリードです。すぐ癒やしましたよ」
「そうか。あんたがいるから・・・」
会議室に戻って会議の続き。
「私の案を話しますと、炎帝の皆様が探索された場所を公開していくのが一番良いと考えます」
「ウォーカーが探索した情報は?」
「ギルドと炎帝の皆様には公開しますが、一般公開はなしで」
「なぜだ?」
「今ウォーカーの情報を出すと、また死者の数が増えるでしょう」
「どういう理屈だ?」
「我々ウォーカーはハーフォード公爵領では知名度はありません。名も無いパーティがそこまで攻略できたなら『大したことは無い』と思われて、無謀な探索が始まるでしょう。
一方炎帝の皆様は冒険者の間で信用がありますので、ダンジョンの危険度を正しく理解されて安全な攻略を考えます。むしろこの方が、攻略が進むでしょう」
「しかしウォーカーの名誉は・・・」
「ええと・・・ 私達は公爵からダンジョンの適正な管理を命ぜられていますので、名誉は二の次なのです。
私達の目的は、スタンピードを起こさせないこと。次にイルアンをダンジョン都市として発展させること。この2点です。
下手に名を揚げてダンジョン管理に支障が出たら、公爵からお叱りを受けます」
「・・・」
「炎帝の皆様に名を揚げて頂けると、ダンジョンの管理、ダンジョン都市の発展、双方に貢献されるのです」
「言っていることはわかるが、あんたらはそれでいいのか?」
ジョアンはウォルフガングとソフィーに向けて聞いた。
ウォルフガングが苦笑いをしながら
「ビトーがパーティ・オーナーなのでな。方針はビトーが決めて我々は従うさ」
◇ ◇ ◇ ◇
3日後。
炎帝がリッチを倒した。
保険としてウォルフガングとソフィーと私が同行したが、一切手を出さなかった。
イルアンダンジョンの4層の攻略成功と、階層ボスがリッチだったことが公表されると、国内に大反響が巻き起こった。
同時に炎帝の株がうなぎ登りとなった。
ウォルフガングのお墨付きを得て、炎帝のジョアンとシルバはB級冒険者証を手にした。
トーレス、ゴルディ、サンチェス、ヴェロニカもC級冒険者証を手にした。
◇ ◇ ◇ ◇
炎帝は本拠地をイルアンに移した。
イルアンダンジョンの攻略をメイン業務とし、指名クエストを受けたときは、かつてのお得意様を回るようになった。
私とソフィーはハーフォードを訪れ、公爵、マグダレーナ様、バーナード騎士団長、ジュード(冒険者ギルド長)にイルアンダンジョンの探索に一区切りが付いたことを報告した。
ダンジョン管理はハーフォードの冒険者達だけで事足りる。
つまり定常業務に移行したことを報告し、8層までのハザードマップを献上した。
そしてレッドサーペントの魔石、トロールの魔石、ミノタウロスの頭骨(大角の立派な奴)を献上した。
「冒険者達はどこまで攻略したのだ?」
「炎帝というパーティが4層のリッチを攻略致しました」
「遂に我が領内にリッチを攻略できる冒険者が生まれたのか!」
ジュードが感動を噛みしめていた。
「これで我が領も他領に対し、少しはにらみが利くというものです」
「公邸の玄関にこれ(ミノタウロスの頭骨)とオーガキングの鎧を飾っておけば、武闘派の連中も黙らざるを得ないでしょう」
バーナード騎士団長が嬉しそうに言い、満更でも無さそうな顔をしていた公爵が、ふと訊ねてきた。
「そういえばお主に聞きたいことがある」
「なんでございましょう」
「オーガキングの鎧はまだあるのか?」
「ございます」
「儂が貰っても問題無いか?」
「ございません」
「ではライムストーン公爵へ1セット贈りたいのだ」
「よろしゅうございます。私が持って行って参りましょうか?」
「是非お願いしたい」
「承りました」
「ダンジョンの管理とイルアンの発展。見事であった。スティールズ男爵に褒美を取らせる」
「有り難き幸せに存じます」
公爵とマグダレーナ様が退出された後、バーナード騎士団長とジュードに食いつかれ、ハザードマップについて質疑応答が繰り返された。
まあ、炎帝もそうだったからわかる。
もう、本当に、念入りに、一つ一つの魔物について聞かれた。
バーナードは真剣にイルアンを騎士団員を鍛える場所として検討しているし、ジュードは国内の冒険者のランキングの見直しとランキング試験にイルアンを使うことを真剣に検討し始めた。
ソフィーに聞くと
「メッサーでもやっていたことだ」
さて退出・・・ といったところでマグダレーナ様の侍女達に拉致された。
マグダレーナ様の居間に監禁され、マグダレーナ様の詰問とお説教を受けた。
結局ソフィーは8層まで行動を共にし、ミノタウロスと40分も剣戟を交えたことを知ると、マグダレーナ様は怒髪天を突き、我々夫婦は頭を下げたまま視線を合わせることは出来なかった。
クリムゾンリザードの魔石を献上して、やっと気持ちを落ち着かせて貰った。
「何ですのこれは?」
「クリムゾンリザードという第6層の階層ボスの魔石でございます」
「まったくあなた達はもうっ!!」
「御方様。このクリムゾンリザードは、ソフィーが剣を突き付けただけで優雅に倒した魔物の魔石でございます」
「・・・」
「この魔石に魔力を流しますと治癒魔法『キュア』を使えます」
「・・・」
「万一公爵閣下が刺客に襲われた時、御方様の奥の手として使える逸品でございます。どうぞお収め下さい」
「・・・」
◇ ◇ ◇ ◇
何とかマグダレーナ様に機嫌を直して貰い、ヒックスへ走った。
ハーフォード公爵の手紙をかざしてオーウェンへ面会を申し入れ、公邸の玄関にオーガキングの鎧一式を飾った。
「お主、これは・・・」
「イルアンダンジョン5層の階層ボス、オーガキングが付けていた全身甲冑でございます」
「確かにハーフォード公爵から贈ると手紙に書かれていたが・・・」
「ライムストーン家の威を示すためによろしいかと」
「威か・・・」
「ラミア族との会談を成功させるなど、並みの胆力ではありませぬ」
「ラミア族か・・・」
「でしょう?」
「・・・だな」
ライムストーン公爵邸の玄関にオーガキングの鎧が飾られ、訪問者をギョッとさせるようになった。
次は古森へ走った。
アイシャに【Naga】と【Rainstorm】を見せた。
アイシャは手に取ってしばらく見ていたが、やがて
「これは当方で引き取っても良いの?」
「アイシャ様以上に価値がわかる方はおられないかと」
「恩に着ますよ」
「もったいのうございます」
アイシャに魔剣を献上してようやく今回のダンジョン探索が終わった。