135話 イルアンダンジョン中層階の探索
(クロエの視点で書かれています)
マキ様が英気を取り戻すのを待って、イルアンダンジョンの手入れを再開します。
前回は炎帝に3層、4層を経験して貰うことを目的としていましたので、私たちの出番はあまりありませんでした。
でも今度は私たちが主役です。
でもリッチ戦はソフィーさんの戦いを見学です。
4層ボス、リッチ戦。
早速ソフィーさんのリッチ攻略法を見せて貰います。
いつも通りビトーさんが扉を開けました。
いつもなら皆で部屋の中に飛び込んでいくのですが、今回ソフィーさんはゆっくりとボス部屋に入っていきます。
そしてリッチとメンタン切り合いました。
「おまえなど魔力の力勝負でねじ伏せてやる」
まるでそう言っているみたいです。
驚いたことにリッチもいきなり火魔法を撃ってきません。
ソフィーさんだけを注視しています。
ソフィーさんが何をしてくるのか探っているみたいです。
ソフィーさんがいきなり氷槍を出しました。
ほぼ同時にリッチも火槍を出しました。
ソフィーさんは遠慮も会釈も無く、リッチに向かって氷槍を発射しましたが、ここがソフィーさんのソフィーさんたる所以。
同一軌道で3連射しました。
リッチも火槍を撃ちましたが1本でしたので、1本目の氷槍で相殺され、2本目、3本目の氷槍でダメージを受けて怯んでいます。
ソフィーさんはその隙にマミーに向かって氷槍を連射しました。
一瞬でマミー達は動かなくなりました。
ビトーさんが 「キカンホー」 と意味のわからない言葉をつぶやきました。
キカンホーとは何でしょう?
後で聞かないと。
そしてリッチと再度相見えました。
リッチは少し迷っていたみたいです。
速さの火矢で勝負するか、火力重視の火槍で勝負するか。
結局火矢ではソフィーさんの氷槍を相殺できないと判断したのか、再び火槍を撃ち始めました。
火槍と氷槍の真っ向勝負。
魔法単体の威力は火槍の方がやや上のようです。
しかしソフィーさんは真っ正面から撃つ氷槍に加え、ソフィーさんの十八番、氷槍のオールレンジ攻撃を展開します。
リッチは全周囲から攻撃が迫ることを察知して、火壁を展開しました。
それが勝負の分かれ目でした。
ソフィーさんはオールレンジ攻撃を継続しながらリッチの頭上から特大の氷槍を落としたのです。
火壁が消え、後には頭蓋骨を砕かれたリッチが転がっていました。
「すげぇ・・・」
「すごい・・・」
「信じられない・・・」
「なんでこんな人がビトー君の妻なの・・・」
マキ様。
私もそう思いますが、それを口に出して言ってはいけません。
「これだけ安定してリッチを倒せるなら、A級冒険者試験に挑んでみても良いな」
とウォルフが言いましたが、ソフィーさんは
「私は火系統の魔術師には強いのですが、それ以外はもう一つです。それにもう冒険者一筋というわけではありませんから」
とのことでした。
あくまでビトーさんの妻であり続けるらしいです。
リッチの杖、リッチの魔石、マミーの魔石を拾い、さあ先に進みましょうと思ったら、ビトーさんが「待って」と言いました。
部屋の奥、リッチが倒れた辺りを見ています。
床は滑らかですが・・・
「ソフィー、あれ・・・」
「うん。よく気付いたな」
「マロン?」
「わうっ!」
「ルーシーは?」
「わかりません」
「マキ」
「ひょっとして宝箱? ほとんど床に埋まってる?」
宝箱らしいです。
この部屋は宝物が出たり出なかったりですが、出たときはアタリの様な気がします。
今回は何が出るのでしょう?
ビトーさん、マキ様、ルーシーの3人掛かりで宝箱を探っています。
知らない人が見たら、3人が床に這いつくばって細長い棒で床の一点をつつき回して「何の儀式だろう??」 と疑問に思うこと間違い無しです。
ようやく罠を解錠できたらしく、それでも慎重に蓋の背後から箱を開けて行きます。
出て来たのは革鎧でした。
基本グレー基調で、見る角度によってグレーから黒へグラデーションが掛かったように色が変わって見える、おしゃれな革鎧です。
革鎧にしては珍しく両腕までカバーして、垂れも膝近くまであります。
ワンピースみたいです。
おしゃれ着としても着ることが出来そうな程、洗練されたデザインです。
非常に珍しい形をした革鎧です。
ですが革鎧か~
申し訳ないけど防御力は期待できませんね・・・
ソフィーさんが魔術師モードの時に着るのかしら? と思っていたら、ウォルフとソフィーさんとビトーさんで何か話しています。
どうやらマキ様が装着するようです。
マキ様は斥候なので丁度良いですね・・・って、マキ様ったら皆の前でどんどん鎧を脱いで下着だけになりました。
あっけらかんとしています。
あっという間に着替え終わりました。
自分で着替えるなんてお貴族様らしからぬ。
新しい革鎧を着たマキ様は別人の様になりました。
明らかに冒険者ではないです。
王都の有名店で購入した新作のおしゃれ着のような感じです。
とにかく格好良いです。
『正装』としても使えそうです。
後で聞くとこの革鎧には銘があり【ブラインダー】というそうです。
革鎧としてはこれ以上望めないほどの高い防御力と、周囲の風景に溶け込む目眩まし効果があるそうです。まさに斥候のための防具らしいです。
ビトーさんも【ダークレザー】という目眩まし効果のある革鎧を纏っていますが、【ブラインダー】は防御力、目眩まし効果共に【ダークレザー】の上級バーションだそうです。
うん。ビトーさんとソフィーさんがマキ様に差し上げるというのですから、それで良いのでしょう。
マキ様もビトーさんの奥方になるのですからご祝儀です。
ところでジーク、私には何か下さらないのですか?
◇ ◇ ◇ ◇
5層の鍵となるのはオーガウィッチ戦です。
パーティオーナーであるビトーさんに、B級冒険者となったジークと私の連携を見せる時が来ました。
オーガウィッチがいる部屋は、部屋とは名ばかりの通路の突き当たりが広くなった箇所に過ぎません。扉も何もありません。
従って、通路を歩いてくる我々のことは、かなり遠くからオーガウィッチに察知されています。
こちらから不意打ちは出来ないし、むしろオーガウィッチに不意打ちされる可能性を孕んでいます。
部屋からかなり離れた位置から、ジークと私は索敵モードから戦闘モードに入ります。
このフロアにはダンジョン内にもかかわらず土があります。
オーガウィッチは土魔法使いですので、存分に力を振るえる環境です。
でもそれは私たちも同じ。
ジークは土魔法使いです。
ジークは土をフワリと浮き上がらせ、いくつかにグループ分けをしています。
私はウォーカーの周囲に風を流し始めます。
そしてジークが浮かせた土をいつでも操れるように風の触手で触れています。
準備は整いました。
ゆっくりとオーガウィッチ部屋へ近付いていきます。
私が小声でウォーカー全員に注意を促します。
「敵はもう我々に気付いています」
その直後、岩弾が発射される音、というか気配が感じられました。
岩弾が2つ、ジークと私に向かって飛んできましたが、私は風を操作して岩弾のコースを逸らしました。
今の攻撃は小手調べというか、挨拶のようなものだったのでしょう。
続けて岩弾がバラバラと飛んできます。
ですがこれは既に私たちは経験しています。
私の風魔法で逸らすか、威力を弱めて、ジークと私の盾で逸らしながら前進します。
そしてお互いを目視できる位置まで前進しました。
私がオーガウィッチを睨みつけ、無言で剣先を突きつけ、煽ります。
オーガウィッチが煽りに反応し、更に岩弾を撃とうとしたその瞬間に、ジークが操っていた土(土の塊では無く、バラバラの土)がオーガウィッチの顔面を襲います。
これは倒すための攻撃では無く、目潰しです。
ジークはオーガウィッチたちに気付かれないように土を天井付近に漂わせ、オーガどものかなり近くまで動かしていたのです。
そしてここぞというタイミングで顔面に叩き付けたのです。
オーガウィッチは我々の手元から魔法攻撃が飛んでくると思い、そちらに注視していたところ、斜め上から、それもかなり近い場所から不意打ちをされ、慌てています。
慌てている間にウォルフ、ソフィーさん、ジークと私で手下共を葬ります。
あとは全員でオーガウィッチを袋叩きにすれば安全確実に倒せます。
ただし、B級昇格試験の時や、オーナー(ビトーさん)に私たちの力を見て欲しい時はジークと二人で倒します。
今回はジークと二人で倒します。
オーガウィッチは岩弾、岩槍、剣山を目倉めっぽう撃ってきます。
岩弾、岩槍は私が風魔法で相殺しながら、ジークが同じ魔法で相殺します。
剣山は足下から土で作られたスパイクが飛び出してくる攻撃で、ちょっと厄介です。
ですのでジークに魔法の発現を邪魔して貰います。
これは感覚的なものなので同系統の魔法使い同士でないとわからないのですが、どうやらジークは自分から何かを仕掛けるよりも、他人の魔法を邪魔する方が得意らしく、にこにこしながら(ニヤニヤ?)剣山の発現を止めてしまいます。
オーガウィッチが焦って次の魔法を出そうとしているときに、私のウインドカッターが背後から襲います。
致命傷を負わせれば良し。まだまだ元気なときは遠くから魔法攻撃を継続します。
下手に近付くのが一番危ない。
オーガウィッチは渾身の、捨て身の攻撃魔法を撃ってくるからです。
こんな時もジークの目潰し攻撃が有効です。
今日も安全にオーガウィッチを倒しました。
「素晴らしいです。B級冒険者昇級、納得しました。これからもイルアンで頑張ってください。お給金もベースアップしますね」
ビトーさんからお褒めの言葉を頂戴して、お給料も上げて貰ってほくほくです。
オーガウィッチの魔石と杖、シールドオブオーガも入手してほくほくです。
5層の安全地帯で一息入れ、英気を養って、さあボス部屋攻略です。
ボスはオーガキング。手下はオーガ9匹。
ここは魔物が多いので全員で魔物退治に掛かります。
オーガキングとオーガ。
魔法は撃ってきませんので、扉を開けるときにビクビクしないで済みます。
部屋の中に入ってから隊列を整えます。
1点注意。
オーガは人間の言葉を理解しますので、部屋の中に入ってから相談をしていると、作戦は全て筒抜けになります。
今回はジークと私の見せ場ですので、私とジークがオーガキングに当たります。
私とジーク以外の皆さんでオーガ9匹をお願いします。
オーガキングが手下をマキ様に殺到させようとするのですが、どうも手下のオーガ共はマキ様を認識できていない様子。
マキ様は新作の革鎧の効果を早くも実感しています。
ただのおしゃれ着ではない。素晴らしい性能をお持ちです。
オーガ共は誰に殺到すればよいがわからず、戸惑っています。
そしてそれば我々にとって願ったり叶ったり。
私とジーク以外の皆さんで、統制の取れないオーガ共を各個撃破していきます。
オーガキングはなにやら怒鳴っていますが、そのオーガキング自体、マキ様を見えたり見えなかったりしているようで、的確な指示を出せずにいます。
そんなオーガキングにジークと私がちょっかいを掛けます。
先ほどのオーガウィッチ戦と同様、この階層には土があるのでジークの魔法が生きます。
オーガキングは立派な兜をかぶり、巨大な盾を持っていますので、岩弾やウインドカッターは防がれやすいのですが、目潰しは目の中に異物が入れば良いので、速さや威力は必要ありません。
ジークがそのへんに砂粒を漂わせていてくれれば、私が微風で砂粒を目の中に届けるのです。
オーガキングは戦闘どころでは無くなり、目をこすっているところを、鎧の隙間を狙ってジークと二人でブスブス刺します。
凄く卑怯な手段をとっている気がするのですが、相手がオーガキングという化け物ですので、罪悪感は軽くて済みます。
私がオーガキングの膝の裏を刺してこちらに注意を向けさせ、その隙にジークが兜の下に剣を突き入れてとどめを刺しました。
オーガキング。
5層の階層ボスなのですが、これまでウォーカーで幾度か戦いました。
でも一度も力を発揮すること無く退治されてしまい、ちょっと気の毒なボスです。