132話 イルアンダンジョン4層
(炎帝のリーダー・ジョアンの視点で書かれています)
これから我々炎帝とウォーカーはイルアンダンジョンの4層を攻略しようとしているのだが、3層から4層へ続く回廊でビトーが、
「ヴェロニカさん、ここで立ち止まって前方を索敵して下さい。マキも索敵して下さい」
という。
何があるというのだろう?
ヴェロニカが前方を索敵するが、ヴェロニカ任せにしない。
炎帝全員で索敵する。
・・・
ビトーに指摘されるまで気付かなかった。確かに何かがいる。
だがよく見えない。
なんだろう?
「わかりますか?」
「何かがいるのはわかりました。種類まではわかりまません」
「わからないわ」
「あれがゴーストです。見落としがちなので気を付けて下さいね」
種族:ゴースト(死霊)
年齢:―
魔法:デ・ヒール
特殊能力:物理攻撃が通りにくい、人語理解
脅威度:Dクラス
「どうやって倒すのだ?」
「魔法攻撃が効きます。特に火魔法に弱いです」
「ならうちらの出番だな」
前方をふわふわと漂う形が良くわからない半透明の魔物に向かって、炎帝の魔法使いが火球をぶち当てていく。
本当に火魔法に当たるとすぐに死んだ・・・
っていうか、元々こいつらは死んでいるのか。
アンデッド系だな。
魔石を拾おうと前に出ようとするとビトーに止められた。
「前方を索敵して下さい」
「もう倒したぞ」
「いいえ。索敵して下さい」
ヴェロニカが必死に索敵している。
だがヴェロニカは何も探知できない。何があるというのだ?
「前方の木立の左端の木。その後ろに何かいませんか?」
ヴェロニカが息を呑んだ。口を手で押さえている。
「いる・・・ ゴーストがいる。隠れている」
「火球を曲射出来ますね? お願いします」
ビトーに促されて俺が火球を曲げて撃った。
微かな悲鳴を上げてゴーストは魔石に変わった。
4層へ降りる階段のところへ来ている。
下を見るとゴーストが6体漂っている。
ここは我ら炎帝の出番だ。
一人一体受け持て。 撃てっ。
「炎帝がいるとゴースト退治が楽だな」
そうウォルフガングに言われ、初めて頼りにされた気がした。
◇ ◇ ◇ ◇
4層におりたところでウォルフガングからレクチャーを受ける。
4層はアンデッド階で、階層全体が薄暗い。
そしてゴーストとマミーが出てくる。
マミー。
聞いたことがある。
全身に包帯を巻かれたミイラが蘇った奴だ。
脅威度が良くわからないのだが・・・
ビトーが教えてくれた。
種族:マミー
年齢:―
魔法:なし
特殊能力:毒
脅威度:C+クラス
「火魔法に弱いです。特に包帯を燃やすと弱体化します」
「おお、任せておけ」
「毒爪と唾に注意です」
「唾?」
「唾を飛ばすんです。唾も毒を持っているのです」
「イヤな奴だな」
「本体を殺しても唾の毒は残ります。ご注意を」
「わかった」
ゴーストを探知しなければならないので、ヴェロニカ、マキ、ルーシー、マロン、ビトーが前衛に立つ。
残念ながらヴェロニカはゴーストの探知が遅い。
後ろから見ていると、ルーシーとビトーはさっさとゴーストを探知しており、ヴェロニカとマキがゴーストに近付きすぎないように細心の注意を払って探知を待っているのがわかる。
実戦で鍛えて貰っていることがひしひしと伝わってくる。
しかしビトーはわかるが、ルーシーがこれほどの斥候に仕上がっているのに驚いた。
斥候を鍛えるのは難しい。
根性で剣を振れば鍛えられる剣士とは訳が違う。
そして、残念ながら全てのパーティで斥候の重要性を理解しているとは思えない。
B級パーティの鉄壁ですらルーシーを不要と判断して放り出しているのだから、他のパーティは推して知るべしだ。
だが、ダンジョンに潜ると斥候の重要性を痛いほど感じる。
以前、3層でウォーカーにヴェロニカを鍛えて貰い、トレント探知とストライプドディアー探知に長足の進歩が見られたが、今回は4層でゴーストとマミーの探知の授業を受けている。
ジョイントの申し出をしたのは大成功だった。
ヴェロニカ、マキともにかなり良い確率でゴーストを探知し始めたとき、遠くから足音が聞こえ始めた。
自身の存在を全く隠す気のない、傍若無人な足音だ。
一体何だ? と思って待っていたら、ビトーの合図で前衛の斥候はルーシーだけ残し、後退した。
シルバ、トーレス、ゴルディ(炎帝の魔法剣士トリオ)が入れ替わって前に出た。
ほどなく全身に薄汚れた包帯を巻き付けた大男が一人で現れた。
片目は潰れているようだ。
これがマミーだった。
マミーは咆哮を上げると、我々に向かって走ってきた。
腕を振りかざしている。
よく見ると爪が伸びている。
「丸焼きにしてやれっ!」
「「「 応っ! 」」」
シルバ、トーレス、ゴルディが一斉に火魔法を放つ。
火槍と火球×2がマミーを襲う。
的がデカイので外しようが無い。
全弾命中し、マミーは派手に炎に包まれた。
「来ます」
ビトーの冷静な声がした。
全身に炎を纏ったマミーが前進してきた。
トーレスとゴルディが怯んだのがわかった。
咄嗟に思ったことが口を突いて出た。
「コイツ、火魔法を喰らってもダメージにならないのか!?」
答えを期待した問いでは無かったが、返事があった。
「効いています。ただコイツは耐久力が高くて馬鹿みたいにHPを持っています。ブルーディアーほどとは申しませんが」
「むう」
「ですので攻撃を受けないようにして、コツコツ削って下さい」
「「「 応っ! 」」」
シルバ、トーレス、ゴルディが安心したように剣を振るい、火魔法を撃ち始めた。
マミーは消耗している。終わりが見えてきた。
そう思った頃だった。
ビトーが小さな声で炎帝の前衛に聞かせるように言った。
「そろそろ唾を吐きますのでご注意下さい」
その声が掛かってすぐだった。マミーは大口を開けて 「ブゥエッ!!!」 と変なわめき声と共に唾をまき散らした!
シルバは咄嗟に飛び退き、トーレスは盾で受け、ゴルディは左腕に浴びたようだった。
ルーシーはさりげなく避けていた。
ゴルディが顔をしかめた。痛いらしい。
問題はトーレスだった。
盾を構えて動きが止まったトーレスに対し、マミーが捨て身で抱きついてきた。
爪がトーレスに届いた。
トーレスは悲鳴を上げて剣と盾を振り回し、マミーを振りほどこうとするが、マミーはトーレスの盾を掴んで離さない。更に毒の爪をトーレスの体に突き立てた。
「ぐあああ・・・・」
苦悶の声を上げるトーレス。
トーレスに多少の火傷を負わせても、とにかくマミーを引き離さなければならない。
マミーに対し、火槍を叩き付けようとしたところ、ルーシーがトーレスを守るように私とマミーの間に立った。
ルーシーは無詠唱で、いきなり巨大な水球をマミーの顔面に叩き付けた!
マミーはトーレスの盾を握ったまま、後ろに吹っ飛ばされた。
それから色々なことがいっぺんに起こった。
マキとソフィーがゴルディとトーレスを引き摺って後ろに下げさせた。
ルーシーが尻餅をついているマミーに襲いかかり、一瞬遅れてシルバもマミーに襲いかかった。
ソフィーが水魔法でゴルディとトーレスに付いた毒を洗い流した。
その間にルーシーとシルバがマミーのHPを削りきった。
トーレスが横になって苦しんでいる。
体内に毒が入ったのだ。
ビトーがトーレスの前に座り、体を触っている。
と見る間にトーレスの苦しそうな息づかいが穏やかになった。
変色していたトーレスの腕が健康そうな色に戻った。
傷口も無くなっていた。
トーレスは目を見開いてビトーを見ている。
口を開けている。
だが、言葉が出てこないようだ。
私も口を開けていたかも知れない。
『キュア』
被毒状態を解消してくれる、治癒魔法の中でも高位の魔法。
解毒ポーションは白金貨1枚で売られている。
だが、ポーションではこれほどの即効性は期待できない。
ヒールも重ね掛けしてくれたらしく、既にトーレスは全快している。
治癒魔法。
理屈ではわかるが、実際に目の前で治癒が行われるのを見ると、改めてとんでもない魔法だと気付かされる。
ウォーカー最大の秘密はビトーの治癒魔法なのかも知れない。