131話 イルアンダンジョン2層から3層
(炎帝のリーダー・ジョアンの視点で書かれています)
ウォーカーと一緒にイルアンダンジョンに潜っている。
第2層のボス部屋までは延々とスケルトンナイトとスケルトンと戦い続ける。
ここはヴェロニカ(斥候)とマキ(斥候)の訓練場とするとのことなので、前面をヴェロニカ、マキ、ビトー、ルーシー、マロンの斥候クインテットで対応する。
斥候だけで対応するというのも妙な話だし、斥候が5人もいるというのも妙な話だ。
後方から近付くスケルトンナイトとスケルトンにはシルバ、トーレス、ゴルディの炎帝トリオが対処している。
スケルトンはマキを集中的に狙っている。
この中ではマキが一番弱いらしい。
そこでマキを中央に置き、両脇にビトーとルーシーが付き、マキに殺到するスケルトンを整理している。
マキは常に目の前の一体とだけ戦うように戦場を調整されている。
ヴェロニカとマロンは回り込もうとするスケルトンを倒している。
サポートにはジークフリードとクロエが付き、さらに大きく回り込もうとするスケルトンを潰している。
第2層のボス部屋までは両パーティの斥候が前衛を務める。
脅威度の高い魔物ではないが、何しろ数が多く、統制が取れている。
1層から2層に掛けて連続して高密度の戦闘を経験して、マキにとっては集中的にレベルを上げる素晴らしい訓練になったと思う。
ルーシーも同じように鍛えたらしい。
2層のボス部屋の宝箱は、ヴェロニカ、マキは難なく見つけることが出来た。
ルーシーは少し時間が掛かったが見つけた。
以前ヴェロニカが難儀していたことを考えると、マキは見つけるのが早い。
聞いてみるとメッサーのダンジョンで宝探しをしたことがあるという。
素人かと思ったら経験者だった。
そして今、2層から3層に繋がる通路にいる。
さあ、トレントの探知だ。
ヴェロニカ? OK。
ルーシー? OK。
「ルーシーも鍛えたのですね」
とビトーがしみじみ言う。
「そうだ。お前が聖ソフィア公国へ行っている間に鍛え上げたぞ」
とはウォルフガングの弁。
マキは頑張ってトレントを見つけようとしているが難しそうだ。
これは経験の差だろう。
メッサーのダンジョンにはトレントはいなかったらしい。
3層に入るとヴェロニカ、マキ、ルーシーが前線に出て、トレントとストライプドディアーの探知に精を出す。
ルーシーは100%探知できる。
ヴェロニカは90%探知できる。まだ探知漏れが出る。
マキは70%くらいだろうか。完全に経験の差だろう。
トレントを探知するとルーシーはそのまま前衛に残る。
ヴェロニカとマキが下がり、シルバ、トーレス、ゴルディの炎帝の魔法剣士トリオが前に出て討伐する。
魔法剣士のトリオだが、ソフィーの忠告を聞いて魔法を使わず、剣だけでトレントとストライプドディアーに相対する。
そして危ない橋を渡らず、怪我をしないように、安定した戦いを見せる。
我々もダンジョンを離れている間に研鑽を積んだ。
C級、D級の剣士の腕前は伊達じゃない。
一方ルーシーの戦いにも感心した。
斥候でありながら楽々と長剣を振るい、トレントのHPをガリガリ削っていく。
防具の薄さは斥候らしい素早い動きと大楯でカバーする。
あの大楯は軽そうだが、ルーシーは耐久性に自信を持っているらしい。
普通の剣士とは毛色の違う前衛の姿を見せてくれた。
◇ ◇ ◇ ◇
3層の階層ボスの部屋の前にいる。
ここのボスはブルーディアーだ。
鉄壁の活躍と悲劇でハーフォード領内に知れ渡っている。
ブルーディアーの特徴と攻略法はソフィーから聞いているが、まずウォーカーで倒してみせるという。
ウォルフガングからレクチャーを受ける。
「ブルーディアーが前進したら引く。避ける。決して押し合いをしてはいけない。
特に足切りは御法度だ。
離れて見ている連中はブルーディアーの動きを先読みして部屋の中を動き回れ」
疑問があった。
なぜなら我々は話し合った結果、足切りをしてブルーディアーの動きを止める作戦を立てていたからだ。
「なぜ足切りは駄目なのですか? 足切りで動きを止めようと思っていたのですが」
「一撃で切れないからだ。上にのしかかられて潰されるぞ」
本当だろうか?
「では入るぞ」
扉を押し開けて中に入る。
ウォーカー、鉄壁に続き、我々炎帝はこの部屋に入る3つ目のパーティになった。
部屋の奥に一頭の巨大な獣がいる。
シルバは炎帝のメンバーの中では一番デカい。190cm以上ある。
だがそのシルバでさえブルーディアーの肩まで届いていない。
なんとデカい生き物だろう。
奴が一歩前に出るとダンジョン全体が揺れるような気がする。
奴の質量に圧倒されてしまう。
前足切りをしたい・・・
だが奴の前で身をかがめたら、上からのし掛かられて潰されるのがわかる。
魔法は効かない。
ウォーカーは本当に剣だけでこの魔物を倒せるのか?
ウォーカーの剣士(ウォルフガング、ソフィー、ジークフリード、クロエ、ルーシー)が散開した。広くブルーディアーを取り囲む。
ブルーディアーは四方に気を配り、自分から動かない。
ジークフリードがフェイントを掛けるが、ブルーディアーはフェイントを見極めているようで、体に届く攻撃以外は反応しない。
これは面倒だなと思ったとき、ジークフリードのフェイントに合わせ、ウォルフガングが石を投げた。
巨大なブルーディアーに石をぶつけたところでダメージにはならないが、ブルーディアーは驚いた。
そしてフェイントに引っ掛かるようになった。
それから20分。
我々炎帝とウォーカーの戦闘に参加しない組は、ブルーディアーの動きに合わせてボス部屋の中を逃げ回っている。
だんだん不安になってきた。
本当にブルーディアーは倒せるのだろうか?
この方法で良いのだろうか?
そんな疑念が頭をもたげ始めた頃、ブルーディアーの動きが鈍ってきた事に気付いた。
5分後。
ブルーディアーは大木が倒れるように倒れた。
歓声を上げて駆け寄る私たちにソフィーが怒鳴った。
「まだだっ! まだ終わっていないっ!」
何の前触れも無く、ブルーディアーの角が振り回された。
その角の先端がヴェロニカを掠めた。
ヴェロニカが悲鳴を上げて倒れた。
足から血が噴き出している。
かなり太い血管を損傷したようだ。
「ポーションだっ!」
私が怒鳴るとサンチェスがローブの下から下級ポーションの瓶を出した。
くそっ。 下級ポーションか・・・
下級ポーションで間に合うような傷に見えない。
だが毒を受けたときのために中級ポーションは残しておかないと・・・
ヴェロニカ・・・
ビトーが我々を押しのけてヴェロニカの前に座った。
思わず 「おい、何を・・・」 と言いかけて息を呑んだ。
ヴェロニカの傷はかなり深く、血が泉のように噴き出している。
その傷にビトーが手をかざすと、ヴェロニカの傷口が淡い光を纏ったように見えた・・・
そして見る見るうちに血が止まり、傷が塞がっていく。
「治癒魔法だ・・・」
サンチェスがつぶやいた。
やがて傷跡も消えた。
周囲に血痕が残っていなければ 「誰も怪我をしていなかったのでは無いか?」 と思えるほどの効果だった。
治癒魔法・・・
初めて見た・・・
治癒魔法・・・ 凄い・・・ 凄すぎる・・・
形容する言葉が出てこない・・・
炎帝のメンバー一同、呆然としたままビトーとヴェロニカを見ていた。
ブルーディアーはソフィーが喉を掻き切っていた。
ビトーは治癒の代金を受け取ろうとしなかった。
「今は炎帝も身内です。身内からはお金は取りません」
「しかし・・・」
「ダンジョンの外に出て、ジョイントを解消してから治癒を行ったときは代金を頂きますよ」
「それはいくらだ」
「ヒーリング大銀貨、ハイヒール金貨、キュア(解毒)大金貨、ディスペル(解呪)白金貨 ですね」
「今のはハイヒールか? 金貨1枚(10万円)!? 安すぎだろう! 大金貨1枚じゃないのか?! だいたい中級ポーションでもあれほどの治癒は見込めない。
あれは上級ポーションだ」
「メッサーではその値段で治癒していたのです。ビトー価格ですよ」
「おまえ・・・」
「でも炎帝の皆さんの中だけの秘密にしておいて下さいね」
「ああ・・・ わかった」
「それからここで少々休憩します。ヴェロニカさんには肉を食べさせて下さい」
「なぜだ?」
「ヒールで傷は塞ぎましたが、失われた血は戻ってきません。血を作る食事をして下さい」
「干し肉しかないが・・・」
「結構です、良く噛んでゆっくり食べて下さい。皆さんも休憩して下さい」
休憩の後、ヴェロニカの調子を確認してから一度ボス部屋の外に出た。
部屋の外で10分ほど様子を見ていると、ゆっくりと扉が閉まっていく。
扉が閉まりきるとボス部屋の準備が整った(新たに階層ボスが出た)という合図だ。
扉を開けて中に入る。
いる。デカイ奴。
今度は我々炎帝が主体で挑む。
シルバ、トーレス、ゴルディの剣士3名にヴェロニカ(斥候)とルーシー(ウォーカーの戦闘斥候)で囲む。
「ヴェロニカさんは疲れを感じたらすぐに離脱して下さいね」
そうビトーが声を掛ける。
戦闘が始まるが、先にウォーカーの戦いを見ていて本当に良かった。
初見で我々だけで戦っていたら、あまりの魔物の頑丈さに不安を覚え、絶対に無理をして犠牲を出したと思う。
欲張らず、安全を優先して、コツコツ削る。
コツコツと。
地道に。
黙々と。
ビトーから声が掛かる。
「ヴェロニカさん、そろそろ離脱して下さい」
ヴェロニカが剣を構えたままゆっくりと下がる。
代わりに入ったのがビトーだった。
ビトーは短剣を2本抜いている。そして皆の動きに合わせて戦列に加わる。
皆のリズムを崩さない。
こういうところが流石だ。
引き続き5人で囲んでコツコツと削っていく。
シルバ、トーレス、ゴルディが妙な顔をしている。
「どうした。疲れたのか?」
「いえ・・・」
「どうした?」
「逆です。妙に調子がいいんです」
確かにブルーディアーという巨体をコツコツ削るのでは無く、ゴリゴリ削っているように見える。
やがて巨木が倒れるようにブルーディアーが崩れ落ちた。
今度はすぐに近づかない。
どうしようかと思っていたところ、ビトーがヴェロニカを呼び寄せた。
二人でぼそぼそ話している。
ビトーがヴェロニカに何かをしたようだ。
ヴェロニカが剣を抜いてそぉ~っとブルーディアーに近づく。
なぜかブルーディアーはヴェロニカに気付いていないようだ。
そしてヴェロニカはサクッと喉に剣を突き立てた。
ついに炎帝も3層を踏破した。
ブルーディアーを倒した後だった。
ウォーカーが倒した後も、炎帝が倒した後も、宝箱は出なかった。
このブルーディアーが報酬らしい。
ちなみに角は金貨○枚、毛皮は大金貨△枚、肉は・・・ なかなかの逸品だそうだ。
冒険者ギルドに持ち込めば高値で引き取ってくれる。
そういえば王都のギルドで角と毛皮の納品のクエストがあったな。
だがどうやってこれを持ち帰るのだ?
解体して肉を捨てて毛皮を取ったとしても、角はどうやって持って帰るのだ?
ビトーがいそいそと何かをしていたら、ブルーディアーが消えた!
重要なことですのでもう一度いいます。
ブルーディアーが消えた!!
「ビトー! あんた何をした?!」
「イリュージョンです」
何を言っているのかわからない。
ウォルフガングに目を向けると苦笑いをしていた。
ブルーディアーはどこへいった? 誰か教えてくれ!
そういえばウォーカーが倒したブルーディアーは?
治癒魔法に気を取られて忘れていた。
アレはどこに行った?!
そういえばストライプドディアーもいたはずだが・・・
誰も毛皮を剥いでいないよな?
アレはどこに行った?!
色々驚き過ぎて疲れてしまった。
いったん地上へ戻り、英気を養うことにした。