013話 闇魔法
相変わらず私は冒険者ギルドで治癒に勤しんでいた。
冒険者以外でも秘密を守れるケース(深夜こっそりと担ぎ込まれる重傷者。主にメッサーの町の金持ちで、魔術による秘密保持契約を受け入れる人)は治癒していた。
この世界で初めてできた会員制救急病院といった位置付けだ。
私は治癒しながら世間話。
「飛び込みで治癒を依頼できるなんてお金持ちなんですねぇ」
「まあね」(ドヤ顔)
「ちなみにお金持ちってどの辺から言うんですか?」
「イザと言うとき、飛び込みで治癒を依頼できる奴ってことかな。大金貨5枚ポンと出せる奴」
「大金貨5枚ですか(500万円)? ミリトス教会は確か1枚だったのじゃありませんか? といいながらウチは大銀貨1枚(1万円)から金貨1枚(10万円)ですけど」
「ああ、大金貨1枚っていう触れ込みだよなぁ。でもあいつら1枚で済む事なんて絶対無いからなぁ」
「そうなんですか?」
「最低3枚。普通で5枚。死んでも5枚で止めさせないとイカンぞ。ケツ毛まで毟られるからな」
「はえーー」
教会で治癒を依頼すると、まず部屋に通され、名前、住所、財産、収入を聞かれるそうだ。そこでかなり待たされる。
何をしているかというと、コイツからどれだけカネを毟れるか、奴隷として売り飛ばせる女子供がいないか、調べているそうだ。
そしてヒールを依頼しているのに「ハイヒールでないと直らない」とか「呪われている」とか言い始め、延々と押し問答が続くそうだ。
「まっ、金持ちでも商人じゃないと無理だな。言いくるめられちまう」
いやー、何と言ったら良いか。
教科書に出てくるような霊感商法じゃないですか。
ミリトス教を信じる人って奇特な人なんですね。
教会が私を付け狙うのもわかります。
「でもそこまでわかっておられるなら、ポーションで済ませるわけにはいかないのですか?」
「他人に任せられない取引があるからなぁ。1週間も寝込んじゃおれんのよ」
「大金貨5枚以上の利を見込める取引ですね」
「そんなときに限って魔物に襲われるんだよなぁ」
「持ってますね」
「はははは」
私はヒールもキュアも少しずつ効くので1回の治癒に掛かる時間が長い。
また1回で治癒しきれないときは何度も掛ける。
お客さんは不安になるのがお約束。
師匠から改めてお代を聞いて驚くのもお約束。
最近治癒依頼が増えて経験だけは積んだので、魔法のレベルはかなりアップした。
かなり非道い怪我でも『こんな順番で直るよね』というイメージ(ケーススタディ)をいっぱい持っており、だいたいどんな怪我でも対応できるようになった。
治癒魔法のレベルで言うと3に当たるようだ。
一日の終わりにはレベル0からレベル3にアップしている。
MP(魔力量)とINT(知力)の伸びも良い。
ただし翌日にはレベル0に戻っている。
◇ ◇ ◇ ◇
治癒に勤しむかたわら、ギルド長から面白い話を聞いた。
「おまえ治癒魔法を使えるなら、光魔法と闇魔法も使えないか?」
???
治癒魔法=神聖魔法=光魔法じゃないのですか?
今も使えていますが。
「違う。治癒魔法=神聖魔法だが、治癒魔法は光魔法の中の1つだ」
「そうですか。それで治癒魔法が使えるなら光魔法が使える、というのはわかりました。でも闇魔法も使えるとはどういうことですか?」
「光魔法と闇魔法は表裏一体と言われている。だから光魔法を使える奴は闇魔法も使えると言われている」
そんな言い伝えがあるらしい。
具体的にどんな魔法なのか聞いてみた。
ギルド長が知っているのは光魔法の『ライト』と『ライトボム』。
ライト。
提灯かランタンのようなもの。
松明があれば良いのではないか?
事実、ほぼ100%の冒険者が松明を使っている。
光魔法のライトを使っているという話は聞いたことが無い。
ただし、それは光魔法使いが教会に独占されていることと、教会の連中はライトの使いどころを知らないということらしい。
私もライトの使いどころがわからない。
ライトボム。
強い光で目くらましを掛ける魔法。
こちらの世界に『光球』という魔術具があるらしい(見たことはない)。
強力な光で目くらましを掛ける道具だが、結構なお値段がする。
覚えておいて損は無い。
勉強しよう。
闇魔法はソフィーに聞け、とのことだったので、早速師匠に聞いてみた。
師匠も闇魔法はあまり詳しくない、と言いながら『鑑定』と『結界』を教えてくれた。
鑑定。
武器やアイテムの性能を教えてくれる。
人や魔物を鑑定するとスキル、特殊能力、状態を教えてくれる。
レベルが上がると性格や家族、犯罪歴などもわかるらしい。
結界。
目に見えぬバリアを張れる。
バリアの大きさ、強度は術者のレベルによって変わる。
闇魔法はどうもイメージしにくい。
師匠も実際に闇魔法を見たことがなく、それ以上の説明はできなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
治癒しながら、書類整理しながら、光魔法、闇魔法について考えた。
ライト。
いくら魔法でも無から何かを生み出すのはハードルが高い。
まさか “無” は光らないだろう。
何でも良いので光源が必要だ。
例えば空気中を漂うチリ。
小さすぎて目視できないだけで、そこら辺にチリやホコリが漂っているのは間違いない。それは容易にイメージできる。
丹田から魔力が湧き出し、魔力を体内に充填し、指先に魔力を集める。
前方1m。何も無い空間を指差す。
指の指し示す場所にチリが漂っている、と想像する。
間違いない。
うむ。確かに漂っている。
私には見える。
さあチリよ。その身を光らせるのだ。
光の色は白が良い。
遠慮はいらぬ。
ズイッと光りたまえ。
・・・
・・・
針の先くらいの小さな1点がチカッと光った。
お、点灯した。
ふ~ん。
おお・・・ 光点が動く。思い通りに動く。
光点か・・・
ショボイな。
ホコリだからな。
ということは、光る面積が大きければ光量も多いのか?
恐る恐る壁を光らせてみた。
・・・
・・・
ちょっと日焼けした。
ライトボム。
ライトもライトボムも同じだ。
イメージはつかめた。
室内でやるとやばいので後日試してみた。
昼間で良かった。
夜やったら敵襲と間違われたかもしれない。
鑑定。
これはすぐにイメージがついた。
治癒するとき、最初は怪我の状況を目視してから治癒魔法を掛けていた。
慣れてくると傷の表面を見れば、あとは手をかざして魔力で撫でるだけで傷の深さ、傷の重さを感じ取ることができるようになった。
つまり怪我を鑑定していた。
こう考えた。
別に対象が怪我をしていなくても良い。
怪我の深さを探るのと同じ感じで見ればよい。
すぐに鑑定魔法を使えた。
もともと治癒の経験は豊富だったので、最初からかなり詳細な鑑定ができた。
阻害(認識阻害)。
鑑定を考えていて気付いた。
鑑定の反対ってなんだろう?
自分を相手に鑑定させない、と考えた。
具体的には、相手が自分を見ることを邪魔するイメージ。
割と簡単にできてしまった。
相手から見ると、私は透明人間にはなれないが、背景に溶け込むように存在感の無い、影の薄い人になる。
皆さんも「確かにその場にいたはずなのに、その人の顔や声を憶えていない。全く印象に残っていない」という経験が無いだろうか?
ちょっとした変装を施せば、ほぼ100%存在感を消せることがわかった。
ただし万能では無い。
私がそこにいると知っており、そして私を捜している人からは、なかなか姿を隠せない。
ここから調子に乗って色々考えた。
元の世界で読んだ小説から、すぐにイメージを掴むことができた。
反治癒。
治癒の反対。
相手の体から生体エネルギーを奪い、体調不良にさせる。
これは治癒士としてはお手の物。
しかし気付いてしまった。
これって一種の『呪い』だよね。
遠隔操作。
ライトを使うとき、直接触らずに光点を自在に動かすことができた。
対象の物、魔物、人間、武器攻撃、魔力攻撃を、直接触れずに操作する。
目に見えない魔力の手で押したり引いたりするイメージ。
実際に出来たのは、手を触れずに軽い物を操ることが出来る、という程度だった。
使い物にならないな・・・ 最初はそう思った。
ところが、直接手を触れるとかなり重い物を動かすことが出来た。
また手で直接触れなくても、棒や杖で触れていれば、かなり重い物を動かすことが出来た。
マロンを相手に練習してみた。
マロンを押さえつけ続けることが出来た。
使い方次第で面白いかも。
音阻害(無音空間)。
阻害の音バージョン。
相手がこちらの話し声を認識できなくする。
一定の空間内の音が外に伝わることを阻害する。
自分は厨二病かもしれないと思った。