125話 顛末とフォロー
ハーフォード公爵とマグダレーナ様、ソフィーと私はオーウェン邸を辞去した。
ハーフォードへの帰り道。
マグダレーナ様は何か言いたげだったが、黙っていた。
イルアンで公爵一行と別れ、帰宅した。
◇ ◇ ◇ ◇
私は久しぶりに自宅で寝起きしている。
そしてエマを真ん中にして一家団欒を楽しんでいる。
ソフィーと私とベビーシッターがいるのは当然のこととして、家政婦や料理人やメイドやウォーカーのメンバーや冒険者ギルド職員まで、入れ替わり立ち替わり出入りしている。
私は家族というものがわかっていないが、賑やかなものなのだな。
王都で買い求めた鎧はルーシーにプレゼントした。
パーティーオーナーである私から渡した。
鎧を抱きしめて涙を流して喜んでくれた。
誰かから価値あるアイテムを貰うのは初めてだそうだ。
◇ ◇ ◇ ◇
最近のウォーカーの活動は、というと。
ウォルフガングとルーシーは冒険者ギルドの運営管理が6割。
イルアンの街の治安維持が3割。
ダンジョンが1割。
ジークフリードとクロエはダンジョンが7割。
市場や農家のおばちゃんの頼まれ事が3割。
あのイルアン攻防戦以来、ジークフリードとクロエは村のマダムの受けが良い。
マロンは子犬が3頭生まれ、教育に余念が無い。
頭脳、体力両面でかなり厳しい教育を施しており、私が甘やかすと追い払われる。
がんばれ。子供達。
ソフィーと私はエマの能力開花に力を入れている。
水・光・闇の素質があることがわかっているので、魔力の通りを良くしている。
鉄壁がイルアンを去ったので、ダンジョンの手入れは残った冒険者達の双肩に掛かっている。
鉄壁と炎帝以降、3層の安全地帯を根城に出来るパーティは出て来ていない。
しかしイルアンを拠点に活動する冒険者が増えてきている。
ダンジョンの魅力は大きいのだな、と改めて実感する。
だがレベルはまだまだ。
ハーフォードの冒険者ギルド基準だとC級~D級冒険者だが、ウォルフガング基準だとギリギリE級に届いたかどうか、と言うレベル。
ジークフリードとクロエは精力的に3層まで潜っている。
ダンジョン内で怪我を負ったり、迷子になったり、安全地帯から出ることが出来なくなった冒険者達と臨時パーティを組み、地上に帰還するまでサポートしている。
二人に救われた冒険者はかなりの数に上る。
面倒見の良いアニィ、アネゴとして、冒険者の中でかなり顔が売れている。
人に教える立場になると理解が深くなる。
ジークフリードとクロエは進境著しいらしい。
◇ ◇ ◇ ◇
王都のオーウェン邸を辞してから約1ヶ月後。
イルアンの街をオーウェン一行が通った。
イルアンでは宿泊せず、通過しただけだったが・・・
呼び出しが掛かりそうだな。
案の定公爵から呼び出しがあった。
私とソフィーに来て欲しいというのでハーフォードまで出張。
マロンが一緒に来てくれた。
子供達は?
一通り教育は施した?
少し休暇を与える?
そう。ありがとう。
公爵邸の会議室で、公爵、マグダレーナ様、オーウェン、ソフィー、マロン、私で打ち合わせ。
オーウェンは怪訝な顔でマロンを見る。
ウチの腕利きの斥候ですが何か?
私が無音空間を展開すると、オーウェンは開口一番、
「ミューロンへの派兵は無くなった」
嬉しそうにいった。
公爵も嬉しそうだった。
例のオーウェンが荒れた御前会議の後日譚を聞かせて貰った。
不審に思ったフォスター宰相のお声掛かりでアンソニー陛下、フォスター宰相、オーウェンの3者会議が持たれたという。
やはりアンソニー陛下とフォスター宰相も主戦派のアノール侵攻計画を掴んでおり、主戦派がそれを言い出さなかったことに違和感を持たれたのだった。
「無理な派兵を自ら思い止まったのは大いに評価すべきであるが、それを他の者に黙っておきながらあのような態度は感心せん」
とのこと。
ミューロン派兵も検討され尽くしていないと判断し、時期尚早として却下された。
「なぜ閣下は嬉しそうなのですか?」
「派兵となると我がハーフォード領が割を食うことになるのだ」
軍糧は穀倉地帯のハーフォードから調達することになる。
軍費で調達するのだが、支払いは底値換算だそうだ。
「軍糧には余裕を持たねばならぬ、とか言ってな。必要量を大幅に超える量を調達するのだ。そして作戦終了時に余った軍糧を相場で売るのさ」
「なんと申しますか。主戦派では無くて相場師ですね」
公爵とオーウェンが二人とも含み笑いをしたので、過去に何かあったのだろう。
ここでいったん秘密会合を終え、無音空間を消し、オーウェンの部下の宗教査問官(数名)とマキとバーナード騎士団長に加わって貰った。
改めてオーウェンより公式に報告がされた。
・ミューロンへの派兵が無くなった
・ミューロンに対し、無血開城の工作をする
・既にミューロン市長から内々にオーウェン傘下へ入る意志を確認している
最後の情報には驚いた。
「それでだ。ビトー殿」
「はい」
「一緒に来て欲しい」
「は・・? ミューロンへ?」
「いや、ヒックスだ。ヒックスにミューロンを統治する本部を置く」
「そ・・」
「そうだ。そなたが付けてくれた知恵に乗ろうというのだ」
「ま・・」
「マキも一緒に行く」
「私の仕事は?」
「例の宗教で宗教を抑える案を実行に移す。軌道に乗るまで監督して欲しいのだ」
「どの部分を監督するのでしょう?」
「全体をだ。 実はな・・・ マキなら監督出来ると思っていたのだ。だがマキは全然知らないというのだ。そなたしか知らぬと」
「マキ様? 世界史の『宗教○○』はご存じですよね?」
「うん。名前は聞いたことあるよ。何があったのか全然知らないけど、用語は知ってるよ」
「※※※とか、×××××とか」
「※※※は聞いたことある。×××××は知らないな~」
「そっかー。そうだよね。生活に必要ない知識だもんね・・・」
公爵とマグダレーナ様を見る。
「閣下。閣下はよろしいので?」
「そちはハーフォードの貴族だ。それは変わらぬ。一時的に領外で仕事をするだけだ」
「御方様?」
「・・・」
「マグダレーナ!!」
「・・・」
公爵、オーウェン、宗教査問官達、バーナード騎士団長がおろおろとマグダレーナ様の機嫌を取り持とうとしたが、マグダレーナ様は口を開かなかった。
私は私でイルアンの治安を心配しなければならない。
「ソフィー、ダンジョンの管理は大丈夫?」
「ジークフリードとクロエが育ったからね。ウォルフガングもいる」
「うん」
「7層まで攻略したからね。しばらくは1~2層だけ手入れをしていれば大丈夫さ」
「7層ってお主っ!!!」
突然バーナード騎士団長が色めき立った。
それから場違いのダンジョン話になってしまった。
驚いたことに、公爵もオーウェンも宗教査問官の皆さんも、全員がダンジョン話を聞きたがった。
穏健派のみなさんでもダンジョンにはロマンを感じるらしい。
マグダレーナ様ですら 「困ったこと!」 と言いながらもダンジョン攻略の話を聞きたがった。
ソフィーが剣を杖代わりにして、バジリスクやクリムゾンリザードを華麗に葬る話は特に喜ばれ、機嫌を直してくださった。
騎士団長は、バジリスクやクリムゾンリザードの名が出ると眉を顰めていた。
立場上、攻略を考えなければならない人は大変だ。
話の途中で『オーガキングシリーズ』を公爵邸へ持ってきていないことに気付いた。
持ってこさせることにした。
「それはどんな物なのだ?」
「棍棒、兜、鎧、大盾 でございます。なにしろ身の丈2.5mのオーガキングが装備していた物ですので、大変に立派な物でございます。公爵邸の玄関に飾っておけば主戦派からも一目置かれることでございましょう」
満更でも無さそうだった。
◇ ◇ ◇ ◇
会議はお開きとなり、公爵、マグダレーナ様、オーウェン、マキ、ソフィー、マロン、私だけが残った。
再び無音空間を出した。
「マキもヒックスに行くの?」
「うん」
「ご苦労様。ところで結婚式の準備は進んでいるの?」
「やめた」
「え?」
「結婚やめた」
「?」
「婚約破棄された」
「はい? 何ですかそれは?」
「こんな田舎女御免被るだってさ」
「ほー、どこが田舎者なのかな?」
「え~っとね、所作全般。言葉遣い。食事のマナー。気の利いた側仕えがいない。仕事ばっかりで家にいない。っていうところかな。
それから私個人の持ち物が短剣、小盾、革鎧、籠手、ポーチとか冒険者のものしか持っていないのが下賤だって。
そのくせ問題のその短剣、小盾、ポーチはジルゴンの武器屋でも、道具屋でも手に入らない超高級品なのも気に入らないんだって。
首飾りもジルゴンのどの宝飾店を回っても売っていない、身分不相応の超高級品をぶら下げているのが気に入らない。 だってさ」
「そうなのですか?」 (オーウェン様?)
「・・・概ねその通りです」
「それでね。ビトー君に娶ってもらおうかなって。ビトー君と結婚してビトー君の子供を産もうかなって」
「オーウェン様?」
「これはハーフォード公爵にも了承を頂いているのだ」
強い視線を感じた・・・
「御方様?」
「・・・」
「マグダレーナ!!」
「ビトーとソフィーは私の護衛騎士です。絶対に渡しません」
「マグダレーナ・・・」
「マキ嬢は子爵ですわ。普通ならビトーがマキ嬢の元へ行くことになります。それは認めません」
おろおろしながらオーウェンが答えた。
「マグダレーナ様、それは飲み込んでおります。異例ではございますが、マキはビトー男爵の元へ嫁がせます。両家の絆を強固なものにするための政策です」
「・・・」
それからハミルトン家(ハーフォード公爵の家の名)とバリオス家(オーウェンの家の名)の関係について説明を受けた。
ブリサニア王国は国父が強力な魔物と戦って土地を割譲された歴史から、伝統的に武が貴ばれる気風がある。
その中においてハミルトン家とバリオス家は文に力を置いてきた非主流派である。
非主流派であるにも関わらず、ハミルトン家は農業生産で、バリオス家は厳格な宗教施策で高い評価を得てきた。
とはいえ文を司る両家は、武辺の国において常に下に見られ、割を食う立場である。
両家はことある毎に協力し合い、助け合ってきた。
「突然アノール侵攻を辞めたり、突然ミューロン侵攻に鞍替えすることを黙っていたのもその影響ですか?」
「・・・そうだ」
それからオーウェンがぽつりぽつり話し始めた。
「今回のマキの突然の婚約破棄も、ミューロン懐柔において功を上げつつあるバリオス家に対する嫌がらせの一環と考えている。
マキの婚約相手は、名門ではあるが、最近凋落の気配がある武辺の家だ。家格から言えば、本来ならばマキが縁付かないような家だ。
だが相手の家が衰えており、将来を見据えた時、有力な穏健派と結び付いて将来の見通しを明るくするための施策だったと理解しておる。
私もそれに乗るつもりでおった。
マキに子爵位を授けたのも先方の希望だ。
だが武辺の家にとって、マキの発言、考え方、所作、どれもが軟弱にみえる。そのくせマキ装備はどこで調達したのかもわからぬほど豪華な装備であることも気に入らない。
マキには失礼なことをしたと思っておる。
悔いておる。
この件の納め方についてはマキの意向に沿いたいと思っておる。
そのマキの意向が・・・」
「ビトー君になら嫁いでもいいよ。ビトー君の子を産んであげる。ソフィーさんを第一夫人として立てるし、ソフィーさんと一緒にビトー君を補佐する。ソフィーさんは武寄りの補佐をしてくれるけど、私は文寄りの補佐をしてあげられる」
◇ ◇ ◇ ◇
会合の後で私とソフィーとマロンだけマグダレーナ様の部屋に呼ばれた。
「ビトー。これは私の我が儘です。決してお前とソフィーを手放すつもりはありません。そしてこの領地に根を下ろして欲しいと思っております」
「私どもも御方様の願いに逆らって何かをするということはございません。
マキ様との婚姻の件はともかく、此度のことはミリトス教会を弱体化させるためです。御方様とマチルダ様に仇なした者どもの残党を討伐するための施策です。
御方様のため、そして自分のために手掛けてみたいと思っております」
「ソフィー、あなたは良いのですか? マキを受け入れるのですか?」
「御方様。私はビトーの家を大樹に育て上げる責務を負っております。私一人でできることには限りがあります。機会を逃さぬべきと考えます」
「私よりあなたの方が、よっぽど貴族らしい考え方ね。それで、マキとは面識があったの?」
「マキを冒険者として鍛えたのは私です」
「なんと・・・」
マグダレーナ様はしばらくソフィーを見ていた。