124話 オーウェンの憤懣
オーウェン邸を根城にした王都散策を楽しんで4日目。
再びオーウェンとの会合に呼び出された。
神聖ミリトス王国侵攻計画の目処がついたらしい。
集まったのはオーウェン、マキ、公爵、マグダレーナ様、ソフィー、私。
オーウェン邸の防音設備完備の会議室に集まった。
部屋の周囲はバリオス家の護衛が他人を近づけないように警備している。
部屋に入ったときからオーウェンは苦虫を噛み潰したような顔をしている。
どうも何かが上手くいかなかったらしい。
部屋の扉を閉め、オーウェンの合図で私が無音空間を展開した。
そもそも防音設備完備の会議室にいるのにずいぶんだな。
6人で額を寄せ合って話し始めたが、いきなりオーウェンの鬱憤が爆発した。
「何か進展がございましたか?」
「何かもクソもあるかっ!!!」
「そんなお貴族様らしからぬ・・・」
「貴族なんてクソ食らえだっ!!」
憤懣やるかたないオーウェンを何とか公爵とマグダレーナ様がなだめて、話を出来る状態まで落ち着かせた。
が、今度は私に向かって憤懣をぶつけ始めた。
談話室に入る前はマキが相手を務めていたらしく、マキはげんなりした表情を隠しもしなかった。
御前会議の席で、オーウェンは論点を整理し、アノール侵攻の利について、そして民衆の改宗について計画を述べたとのこと。
決して否定的なニュアンスにならぬよう注意深く言葉を選び、主戦派の反感を買わぬよう心懸けた。
ところが主戦派の間ではいつの間にかアノール侵攻計画は無かったことになっていた。
ケイン国務大臣とコスワース騎士団長から、
「オーウェン、そちは何を言っているのだ?」
とシレッと言われたそうだ。
どうやら侵攻計画を立てては見たものの、戦の終わらせ方や補給計画、占領計画の落とし所が見えず、彼らの間ではなし崩し的に立ち消えたらしい。
そしてその情報を主戦派だけにしか共有しなかった。
そしてオーウェンは一人芝居をさせられ、梯子を外された。
憤懣やるかたない。
「まあまあ、抑えて下さりませ」
「・・・」
「昨日は『白』といっていたのに、次の日に突然『黒』と言い始めることはあります」
「・・・」
「さすがによくあるとは申しませぬが、それなりにあるものでございます」
「・・・」
「それは良いのです」
「よくないぞ!!」
「いえ、良いのです。 国を取り巻く状況が一晩でガラリと変わることなど滅多にございませんが、決して無いわけでは無いのです。そのとき素早く方針を転換しなければ、甚大な被害を被るのです」
「むう・・・」
「厄介なのは、昨日は『白』と言っていたことを認めず、俺はそんなことは言っていない、などと言い始める輩がいることなのです」
「それだ・・・」
「まあ、はっきり申し上げますと、その方は子供なのです」
「・・・」
「ひとこと『一晩で状況が変わった。すまんが黒で行くぞ!』と宣言すれば良いだけなのです。その一言が言えず、陛下の前で良い格好をしたがる子供なのです」
「・・・」
「私の様な下々の者からすれば、別に白でも黒でも良いのです。然るべき立場の人が練りに練った大方針なのですから」
「・・・」
「ですが、下の者が勝手に『白』と思い込んで暴走したかのような言い草はやめなさい。みっともない。 という話なのです」
「・・・」
「そんなことを言われると、実働部隊のやる気が削がれますし、以降、あんたを信用できなくなります。 という話なのです」
「・・・」
「きっと陛下も勘付いておられるのではないでしょうか」
「お主・・・ こっそり覗いていたのか・・・」
「何も知りませんが?」
「実は陛下も一瞬怪訝な顔をされてな・・・」
とりあえずオーウェンの毒を中和して、話を続けた。
アノール侵攻計画は立ち消えたらしいが、主戦派からミューロンへ派兵する計画が提出されたという。
ミューロンは神聖ミリトス王国の商都の一つで、ミューロン川河口の港湾都市で、私が亡命するときに舟に乗った町だ。
将来的にどこまで神聖ミリトス王国を蚕食する計画なのかは不明ながら、橋頭堡としての利用価値は高いし、ミューロン川の対岸にブリサニア王国の港湾都市ヒックスがあるので補給計画は立てやすい。
うむ。
現実路線に鞍替えしたな。
「ミューロン派兵はまだ決定では無い。だが御前で説明されたので公式の計画案になった。 もう『知らぬ。言っていない』は通用せぬ」
「オーウェン様のお役目は?」
「ミューロン派兵に伴い、ミリトス教徒の改宗策を立てねばならん」
「念のため伺いますが、ミューロン派兵の目的は何でしょう?」
「もちろん神聖ミリトス王国を併呑し、ミリトス教会に打撃を与えるための第一歩だ」
「よろしゅうございます。 占領は問題無くできますでしょうか?」
「まず間違いだろう。 私には明確に “そうだ” と保障できぬのだが・・・」
「占領を維持するのにお金が掛かることは了解済みですよね?」
「さあ、私にはそこまでは知らされておらん。戦費の話は出なかった」
「さようでございますか」
「私は戦の話にこれ以上踏み込む気は無い。こりごりした」
◇ ◇ ◇ ◇
「オーウェン様は占領下の民を改宗させた経験はございますか?」
「ない」
公爵から補足があった。
「そもそも今生きている者で、他国と戦争をして、領土を広げ、敵地を占領した経験を持つ者はいないはずだ。意外かも知れぬが、ブリサニア王国は他国を侵略した経験がほとんど無いのだ・・・」
なるほど。
誰もノウハウを持っていない、と。
改めてオーウェンから聞かれた。
「先日聞かされたそなたの案をもう一度聞きたいのだ」
「私も戦事はわかりませぬ」
「戦の後の民の慰撫と改宗のことだ。実行の方策についてある程度具体的に詰めたいのだ」
マグダレーナ様がピクッとされた・・・
「まず基本的なところですが、民は占領軍の命令など聞きたくないでしょう」
「うむ」
「軍はオーウェン様にはいかんともしがたいですので、これは横に置きましょう」
「うむ」
「オーウェン様はご自身は前面に出ず、民の代表者を使うのがよろしいでしょう」
「民の代表者?」
「はい。ミューロンの街には市長がいます。商業ギルド長がいます。冒険者ギルド長もいます。当然ミリトス教会ミューロン支部長もいます。彼らを慰撫して、交渉して、オーウェン様の傘下に入ってもらうのが良いでしょう」
「私は敵国の貴族だ。唯々諾々と言うことを聞くだろうか?」
「これは試してみなければわかりませぬ。しかし彼らも話の通じる誰かの庇護下に入り、ひとときの生活の安寧を欲しているはずです。その相手は決して軍人ではないはずです」
「う~む」
「オーウェン様はまずこれら市政に関わる代表者を集め、占領者と被占領者という立場は明確にしつつ、言辞は同等の貴族であるかのごとく慇懃にして、これまでの相手の労苦をねぎらい、それこそ『民への影響を最小限に止めたい。協力してくれ』と頼めば、まさか否はありますまい」
「う~む」
「それからオーウェン様は前面に出ず、これら協力者に施策を行わせるのです。まず必要なことはミリトス教会の取り潰しでは無く、市政の安定でございましょう。
占領後も変わらず、市長、商業ギルド長、冒険者ギルド長、ミリトス教会といった連中が切り盛りしている姿を見れば、市民は安心するでしょう。次の命令も通りやすくなります」
「う~む」
「ミューロンは神聖ミリトス王国一の商都です。黙って運営すれば、放っておいてもかなりの利が見込めます。極力反感を買わず、無傷で手に入れたいものです」
「う~む」
◇ ◇ ◇ ◇
「ミリトス教の撲滅の方はどうなる?」
「ミリトス教会ミューロン支部をそっくり使いましょう」
「なに・・・」
「ミリトス教会ミューロン支部には支部長がいます。位は司教か司祭だと思います」
「うむ」
「彼とサシで話し合うのです」
「・・・」
「既存のミリトス教会の体たらくを、責める口調では無く、淡々と事実を列挙するのです。そして本来のミリトス教の教義について、聖ソフィア公国で調べた事実と共に話すのです」
「・・・」
「その上で『もう一度教義を検め(あらため)、信仰の立て直しを図らないか?』と誘うのです」
「・・・」
「その際、支部長には既存のミリトス教会から分離独立してもらい、新たに『総大司教猊下』になって頂くのです」
「なるほど。彼に新教団トップになってもらうのか」
「はい。位から言えば2階級陞爵にあたりますので不満は無いでしょう」
「それで釣るのか」
「はい。それからここからが悩ましいところなのですが、ミリトス教の名前を使い続けるのか? ということです」
「それだ」
「結論はミューロン市民の感触を確かめた後でしか下せますまい。もし愛着が強い場合は、それこそ『真・ミリトス教』とでもなんでもすることになりましょう」
「ふむ。そこから先は私の腕の見せ所だな。徐々に新たな教えを広め、転向しないミリトス教徒を排斥していく。そしてミューロンの中を新たな教義で統一する、と」
「これはオーウェン様は表に出ないで下さいませ。
学校や集会で、神聖ミリトス王国は女神アスピレンナ=ロクサーヌに操られて、かつてのサン=スキピオ王国と同じ轍を踏んだことを教える。
『ミリトス教はこのままではだめだ』と集会で市民に訴えさせる。
これを、あくまでミューロンの市民の中から生まれた宗教改革運動とする」
「上手くいくかな?」
「集会の中にサクラを仕込んでおけばよろしいです」
「ふっふっ。 そなたわかっておるではないか」
「集会の中で既存のミリトス教会が暗躍する危機感を煽れば、あとは任せておいてもかなりやってくれるのではないかと」
「やはり、お主は相当な悪よの」
心外な・・・