114話 ルーシー強化計画1
ルーシーを呼んだ。
「あなたにウォーカーに加わってもらいたいと思うのですが、あなたのご予定はいかがですか?」
「わたしなんかが・・・」
また震え始めて言葉が出てこなくなったので、なだめて、やや一方的ではあるが私から説明した。
「ウォーカーに欠員がでる予定です」
「・・・」
「さすがにあなたにすぐに代わりが勤まるとは思いません」
「・・・」(ブルブル)
「だからあなたには腕を磨いてもらう予定です」
「・・・」(ガタガタ)
「われわれの行動についてこられるだけの力をつけてもらう必要があります」
「・・・」(ガクガク)
「あなたに厳しい訓練を課さねばなりません」
「・・・」(カチカチ)
ルーシーの歯が鳴り始めたのでいったん話を止め、落ち着かせた。
「なんでそんなに怯えているの?」
「・・・」(泣きそうな目で見る)
「取って食べないから言ってみて」
ルーシーの言うことによると、イルアンの街に一つの噂が流れている。
冒険者パーティ:ウォーカーは「鬼のような」というか「鬼そのもの」と言っても過言でないメンバーが揃っている、恐怖のパーティである。
そして、ヤワな冒険者が加入しようものなら訓練だけで殺されるという評判がある。
誰だ、そんなことを言う奴は。
炎帝か。
鬼はソフィーだけだ。
にっこり笑ったソフィーが私を手招いていた・・・
休憩を挟んでルーシーに最終確認。
「気を取り直して・・・ 今のあなたのレベルからすると、たぶん『死ぬかと思った』ではないと思います」
「何の話ですか?」
「訓練の厳しさの話です」
「・・・」
「きっと何度も『死んだ!』と思うレベルの訓練に勤しんでもらいます」
「・・・」(ブルブル)
「その代わり衣食住は保障します」
「・・・」(ぴたりと震えが止まった)
「大怪我をしても見捨てません。必ず癒やして元の体に戻します」
「・・・」
「何度でも癒やして、必ずあなたを一人前の冒険者にします」
「・・・」
「いかがでしょう?」
ルーシーは涙を浮かべながらうなずいた。
「置いて頂けるなら期待に応えられるまで頑張ります」
◇ ◇ ◇ ◇
ルーシーが初めてソフィーの訓練を受ける日の朝。
これまでどのような訓練をしてきたのか聞いてみた。
答えは “ほぼ” ゼロだった。
我流でランニングをして、草原の中で聞き耳を立てる訓練をしていた。
しないよりはした方が良いが・・・
「今日の訓練はきっと驚くと思うけど、イジメじゃないからね」
「ウォーカーのメンバーはみんなやっていることだからね」
「絶対に役に立つからね」
そう言って安心させた。
安心したかな?
イルアン郊外。
ハーフォード川の堤防の上にメンバー集合。
いつも通りソフィーが監督。
ソフィーの前にジークフリード、クロエ、マロン、私、そしてルーシーが並ぶ。
ウォルフガングは自分の訓練をしながら周辺を警戒。
「まずは軽く体をほぐせ」
各自思い思いに走ったり柔軟体操をしたりしながら体をほぐす。
「よし。走れっ!!!」
堤防の上を疾走するウォーカーのメンバー。
先頭はマロン。
続いてジークフリードとクロエ。
私はルーシーを見ながら走る。
ルーシーはジークフリードとクロエの走りを見て、目を剥いて必死に走る。
だが到底追いつかない。
ある程度まで行くとUターンして戻ってくるが、ルーシーはUターン地点がわからないので、私が付く。
出発地点まで戻ったときは、ルーシーは意識朦朧としていた。
だがウォーカーのメンバーにとっては序の口。
「よし。もう一度。今度は全力だ。行けっ!!!」
「「 応っ!! 」」
猛然と走り始めたジークフリード、クロエ、マロンに対し、鞭が入った。
「後ろからグールが迫っているぞ!!」
グールって・・・ そりゃないでしょ!
あっという間にマロンの姿が見えなくなる。
「うおおおおぉぉぉぉぉぉ・・・」
「きゃあああぁぁぁぁぁぁ・・・」
ドップラー効果を残してジークフリード、クロエが猛烈な勢いで走り去る。
さすがC級。
私も走るだけなら彼らに引けを取らないが、今日はルーシーを見捨てて走り去る訳には行かない。
ダンジョン内で仲間に見捨てられ、次の仲間には訓練初日に見捨てられ・・・ ではむごすぎる。
ルーシーは何が起きたのかわからないまま、周囲の雰囲気に呑まれて必死に走った。
だが呼吸が続かず、酸欠になってブッ倒れた。
顔面から地面に突っ込んでいったので、慌ててこっそりヒールを掛けた。
「うん。やはりルーシーはものになりそうだ。私の檄が飛ぶ前にいきなり倒れるまで走れる奴なんて滅多にいないぞ」
ソフィーは好感触を持ったようだった。
半分魂が抜けながら、何とか話せるまでに回復したルーシーが、
「あのお二方は空を飛んだのですか・・・?」
「いや、走っただけだよ」
「走っただけって・・・」
ソフィーが
「あんたにもあのくらい走れるまでになってもらう。この調子で鍛えていくよ」
と言ったら絶望の表情をしていた。
「グールって何ですか・・・」
「7層で出てくるとんでもない魔物です。逃げるが勝ちの、絶対に関わり合いになりたくないアンデッドです」
「7層って・・・」
「そのうち連れていって差し上げます」
口をパクパクさせていた。
◇ ◇ ◇ ◇
走って、剣を振って、匍匐前進して、癒やして、食べさせて、眠って。
魔物の勉強をして。
ダンジョンの勉強をして。
これを繰り返すこと1ヶ月。
徐々に体が出来てきた。
ソフィーの剣戟を受けて、叩き潰されて、体を痛めて、私がこっそり癒やして。
何とかソフィーの剣戟を受け流せるようになるまで更に1ヶ月掛かった。
私が治癒魔法使いだという事は自然にバレた。
「使えるのは弱々のヒールだけですよ」
「秘密ですよ」
秘密にして貰った。
ルーシーは最初に出会った頃が思い出せないくらい体が絞られた。
顔はシャープになり、キリッとして、ソフィーほどではないが美人さんになった。
(はい。ここは惚気るところです)
腕力も剣の才能も私より上で、彼女は斥候だが前衛の戦闘斥候として、長剣と普通の盾を装備して貰った。
並行して水魔法の訓練も課した。
彼女の水魔法の発現の仕方は独特で、地下水を汲み上げるイメージだという。
このイメージで彼女は魔石に頼ることなく自力で水を出すことができた。
このイメージに理由がありそうだが、彼女は一度に大量の水を出すことができた。
しかし氷を出すのは苦手とした。
思うように氷壁を出せないので、鉄壁の中では「使えない奴」認定がされていたという。
ソフィーは氷槍・氷壁を自在に操る水魔法使いだが、ルーシーは氷を使えない。
教えようがなくて困っていた。
「お前が水で攻撃するとしたらどんな手がある?」
そうソフィーに聞かれた私はウォーター・レーザーを教えた。
だがルーシーとソフィーはイメージが湧かない。
そこで二人を連れてハーフォード川の河原へ行った。
「ここは水がいっぱいあって広々としているので練習できるでしょう」
「では川の向こう岸の黒い岩に水を掛けて下さい」
遠くの岩に水を掛ける。
ルーシーがどうするのか見ていた。
これがソフィーなら、魔力の遠隔操作で岩の真上に水を出す。
だが普通の魔術師はそんな器用なことはできない。
案の定ルーシーは、まるで手でホースを握っているかのごとく、手元からだばだばと水を飛ばし始めた。
手のひらで水量や勢いを調整しているようだ。
「こんな感じでいいですか?」
「いいですよー では水の勢いを増して下さーい」
ルーシーはホースの口の大きさはそのままに、水の量を増やしている。
水の量が凄い。
これはこれで相当凄いと思うのだが・・・
「では水の量はそのままに、水が出る口を絞って下さーい」
「絞るってどうやって?」
「水の出るところを指でキュッと押さえるイメージで・・・ あ、全部塞ぐのではなくて、少し隙間を空けて下さーい」
水の勢いが増した。
「いいですねー もっと絞って下さーい」
更に勢いが増した。
「いいですねー もっと絞ってみて下さーい」
水の量がチョロチョロになった。
「水を力強く押し出して下さーい」
途端に勢い良く水が噴き出した。
「おお・・ いいですね-」
ルーシーの手元から水が勢い良く一直線に伸び、対岸の岩に叩き付けられている。
水しぶきが凄い。
「これ・・・ 凄い」
ルーシーが自分に感動している。
「もっと行けますか?」
「・・・はい ・・・でももう魔力切れです」
「では今日はここまでにしましょう」
魔力切れでぐったりしているが、何かわくわくしているルーシーを連れて家に帰った。
ルーシーは頑張った。
教育担当がソフィーからウォルフガングに替わり、全力走、ダッシュをしながら水魔法を磨いた。
魔力量も底上げを行った。
ウォルフガングによると、ここまでできてやっと真のE級冒険者(ダンジョンに潜って良い)レベルだという。
ソフィーによると、ウォルフガングが自ら手を砕いて後進の指導に当たるのは珍しいそうだ。
ウォルフガングが買ったのはルーシーの気質だった。
「一般に、B級冒険者になるのは生まれついての才能が必要だ。だがC級までなら誰でもなれる。そう言われている。 だがこれには前提がある」
「性格が素直であること。先達の忠告を聞けること。そして忠告を全て受け入れるのではなく、自分に適したやり方を見抜く本能を持っていることだ。ルーシーはこれが備わっている」
ウォルフガングはここから更にカチ上げを行った。
ルーシーは走りながら魔法を撃てるようになり、剣を振りながら魔法を撃てるようになった。
ウォルフガングから、ウォルフガング基準のE級冒険者のお墨付きを貰い、イルアンの冒険者ギルドでE級冒険者証を発行し直して貰い、正式にウォーカーのメンバーとして登録した。
ここまでくると、ダンジョン内でもちょっとは安心できるという。
イルアン冒険者ギルド発行のE級冒険者証を見ながらボロボロ涙を流すルーシー。
私は気付いていなかったのだが、ダンジョンを管理する冒険者ギルド発行の冒険者証と、ダンジョンを持たない(例えばハーフォード)の冒険者ギルド発行の冒険者証では、その価値は雲泥の差があるのだという。
ルーシーはイルアン冒険者ギルドが発行したE級冒険者証第一号になった。
そして「ウォルフガング基準」のE級冒険者になった。
我が家のシェフ(マルティナ)が腕を振るって、ルーシーのE級冒険者再認定を盛大に祝った。
宴会の席上で大変なことが判明した。
ウォーカーのメンバーは、
ウォルフガング B級冒険者(魔法剣士)
ソフィー B級冒険者(魔術師・魔法剣士)
ジークフリード C級冒険者(魔法剣士)
クロエ C級冒険者(魔法剣士)
マロン 階級の外にいるが、実質D級冒険者(斥候)
ルーシー E級冒険者(戦闘斥候・魔法斥候)
私 E級冒険者(斥候・治癒士・賢者)
私とルーシーが一緒のレベルだが、戦闘力では明らかにルーシーが上。
何のことは無い。
私が一番レベルが低いのだった。
「お前は私が守る。気にするな」
ソフィー。
そう言われて意気消沈しない男は一人もいないと思うのですが。