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平凡勇者の異世界渡世  作者: 本沢吉田
10 風変わりな依頼主編
113/272

113話 鉄壁


最近はB級冒険者パーティ【炎帝】がイルアンを離れているため、ダンジョンの3層は寂しくなっている。


3層の安全地帯は、もう一つのB級冒険者パーティ【鉄壁】が主のようになっており、時折他の冒険者が無理して訪れる程度の稼働率だ。


炎帝と並ぶB級パーティ鉄壁は、イルアンに残って魔物の間引きを続けてくれている。



鉄壁。

B級冒険者パーティ。

剣士・剣士・槍士・斥候・魔術師・魔術師 で構成される。

土魔法を使う剣士 (ケヴィン)がリーダーで、C級冒険者。

メンバーはC級冒険者とD級冒険者とE級冒険者で構成される。

全員が土または水魔法を使う。

土壁、氷壁で安全を確保しながら戦う防御型のパーティ。



鉄壁は炎帝と同じく3層のトレントに手こずっている。

炎帝と異なるのが、鉄壁はそれでも実入りがあることだ。


鉄壁はトレントに襲われたとき、氷壁で守りを固めながら1体ずつ対峙する。

トレントを1体、2体倒したところで体力・魔力の限界が来て撤収するのだが、剣と槍で討伐するため、素材を魔法で駄目にしないのだ。


トレントは珍しい魔物で素材の価値が高く、当初はウォーカーと鉄壁だけが冒険者ギルドに持ち込んでいたため、かなり高く引き取ってもらえた。


炎帝はウォーカーとの合同訓練を経験した後、トレントを冒険者ギルドに持ち込む様になったため、素材の買い取り価格がちょっぴり下がったが、今は炎帝がいないのでまた価格が上がっている。


いずれにせよ、鉄壁はイルアンにおける稼ぎ頭のパーティである。

(ウォーカーは表に出ない)




鉄壁のリーダーは今の状態に満足していた。


冒険者の間で、常に自分達が炎帝と比較されていることは知っていた。

炎帝の方が派手で(火魔法使いを揃えているので戦闘が派手になりがち)明るく、他の冒険者達の受けが良いということは知っていた。


だが、イルアンダンジョンにおける稼ぎは、自分達の方が遥かに上であることも知っていた。


冒険者にとって大事なことはリスクコントロールと収益である。

両方とも自分達の方が上だ。


だが、最近炎帝が素材を壊さずにトレントを倒すようになった。

トレントを相手にあまり苦戦していない様に見えるようになった。

炎帝は3層の攻略に近づいた様に見えた。


焦りを感じた。


その炎帝が隊商の護衛任務のため、イルアンを離れている。

3層攻略一番乗りのチャンスである。



◇ ◇ ◇ ◇



ソフィーの胎教および肩慣らしのため、ウォーカーで3層まで潜って安全地帯に入ったとき、偶然鉄壁と顔を合わせた。


両パーティとも会釈し、



「申し訳ない。お邪魔するぞ」


「こちらこそ」



と挨拶を交わし、ウォーカーは食事の準備に掛かった。

準備するのは私。

パーティオーナー自ら飯の準備。

マルティナ(我が家のシェフ)が持たせてくれた野戦糧食を暖めるだけだが。



飯の準備をしていると、鉄壁のリーダー(ケヴィンといった)がおずおずと聞いてきた。

応対は全てウォルフガングにお任せ。



「あなた方はウォーカーですね」


「そうだ」


「私達は鉄壁といいます」


「3層を拠点にしているパーティだな」


「はい。ギルドは情報を抑えているようですが、ウォーカーは3層を攻略していますよね?」


「ああ」


「どうやってトレントとストライプドディアーを安全に倒しているのですか」


「安全に、という言い方は引っ掛かるが・・・ なるべく正確に探知するよう心懸けている。君達はどこに難儀する?」


「言葉足らずで申し訳ありません。私達は不意打ちを受けるのです。気をつけているようでも不意打ちを受けて、なかなか先に進めないのです」



やはり魔物探知が課題か。

どうも冒険者パーティの中で、不思議と斥候職が軽視されているような気がする。


一方ウォーカーはというと、マロンは別格として、前衛の剣士のウォルフガングとソフィーが玄人はだしの探知能力を備えている。

B級冒険者だからといえばそれまでなのだろうが、一体どうなっているのだろう。



ウォルフガングの応対は続いていた。



「鉄壁はトレントに不意打ちを喰らいそうな時はどうしている?」


「氷壁で防いでいました」



敵を足止めして、背後に回り込まれないようにして、態勢を整えて順番に退治する。

正面の敵を退治するときは剣や槍で倒すので、収入の安定化につながっていた訳だ。



「ふむ。正しい対処ではないか?」


「不意打ちを受ける回数が多いと防御に魔力を割きすぎて、探索を続けられなくなるのです」


「聞けば無理をせず、上手にリスクを管理しながらスキルアップを図っているではないか。このまま研鑽を積むのが王道ではないのか?」


「・・・」


「ん? どうした?」



冒険者にとって研鑽を積みながら安定した収入を得られることは理想である。

今の鉄壁がこれに該当する。


だが冒険者には、もう一つ別のモチベーションがある。


功名心。


今やイルアンダンジョンは難関ダンジョンとして国内に広く知られている。

そして第3層が一つの壁になっていることも認識されている。

そして2つのB級パーティが3層の初攻略を争っていることも知られている。


今までは自分達も炎帝もトレントに難儀していた。


ところがある時から、自分達よりも困っていたはずの炎帝が、トレントを確実に攻略し始めたように見える。

そして3層の攻略に近づいているように見える。


炎帝は攻略のヒントを掴んだのだと見て、密かに彼らを観察していた。

そして得られた結論は、炎帝の斥候が魔物の探知が上手くなったということだった。



「ウォーカーの斥候はトレントを正確に探知しているのですね」


「そうだな。ほぼ探知出来ているな」


「私たちはどうやって斥候を鍛えれば良いか、ノウハウがありません。私たちの斥候を鍛えて頂けませんか?」



炎帝も斥候を鍛えるのに難儀していたけど、やはり難しいらしい。

そう思っているとウォルフガングが私に聞いてきた。



「ふむ、ビトー?」


「はい。良いでしょう。お引き受けしましょう」


「おお、ありがとうございます」


「では場所を変えましょう」


「?」



私の提案に、良くわからない、という顔をする鉄壁のリーダー。



「どこへ行くのです?」


「2層のボス部屋から3層へ繋がる通路が訓練に適しているでしょう」


「では彼女(斥候)を預けます。よろしくお願いいたします」



???

全く躊躇いのない回答に、私はすぐに真意が掴めなかった。


メンバーを一人だけ別パーティに預ける?

しかもダンジョンの中で?

こういうことって普通なの?


危険地帯に彷徨い込んでしまった初心者パーティが、一時的にベテランパーティに行動を共にさせて欲しいと頼むのならわかるのだが・・・



ウォルフガングが声から感情を消して反問した。

相当怒っている。



「お前達はどうするのだ?」


「私達は探索を続けます」


「彼女(斥候)は?」


「不要です」


「鍛える意味があるのか?」


「ものにならなければ鉄壁には必要ありません」


「では今言おう。ものにならん」


「では鉄壁と彼女の縁はここまでです。依頼の件はなかったということで。 ルーシー、いままでお世話になりました」



そう言うと、鉄壁のメンバーは彼女(斥候・ルーシー)を置いて安全地帯を出て行った。



◇ ◇ ◇ ◇



呆然としていた私の肩に手を掛けたのはソフィーだった。



「なんですあれ?」


「まあ、ああいうパーティもいるということだ。どちらかというとああいうパーティのほうが多いと思うぞ。

 ダンジョン内にメンバーを置き去りにするのは感心しないがな」



そう言ってソフィーは鉄壁が出て行った安全地帯の扉を睨みつけていた。


そういえば最初にソフィーに教えられた。

冒険者パーティは互助会ではない。

メンバーは個人商店だ。

いつ取り引きを打ち切られるかもしれない。




突然仲間に見捨てられ、呆然としている女性冒険者。

安全地帯とはいえ、ダンジョン内に置き去りにされて生きた心地がしないだろう。


取り敢えず彼女を誘って一緒に飯を食い、ウォーカーで守りながら地上へ連れ帰った。



◇ ◇ ◇ ◇



冒険者ギルドに立ち寄ってアドリアーナに事情を説明した。


アドリアーナはキャロラインに命じ、冒険者ギルドで管理する鉄壁のメンバー表から彼女の名前を抜いた。

彼女は鉄壁のメンバー表から淡々と自分の名前が抜かれていくのを見て、ガタガタ震え始めた。



彼女の名はルーシー。

17歳。

レント村出身の冒険者で、職業は斥候。

水魔法の素養がある。

E級冒険者。

背丈は私と同じくらいなので、女性冒険者としても小柄。


E級冒険者とは言うが、特に鍛えられている感じはしない。

ふやけているとは言わないが、一般人に毛が生えた感じだ。

E級の判定はハーフォードの冒険者ギルドで行ったという。



宿泊している宿を聞き、鉄壁と同じ宿に投宿しているというので、立ち寄って事情を説明し、チェックアウトさせた。

宿代は鉄壁のリーダー持ちなので、鉄壁を追い出されたら宿泊できない。

わずかな荷物だけ抱えてウチの屋敷に連れ帰った。



ウォルフガングとソフィーがルーシーから色々聞き出したが、全然よろしくない。


まず冒険者としてのレベルは、メッサーだったらG~F級らしい。

到底ダンジョンに潜れるレベルではないという。


隊商の護衛の場数は踏んでいるようだが、修羅場はイルアンダンジョンが初めて。

人型の魔物と戦うのもイルアンダンジョンが初めて。


だだっ広い草原でゴブリンを殺しただけで気が動転した私としては、信じられない暴挙だ。



彼女は「自分は斥候」と言っているが、斥候としての訓練をしていない。

鉄壁には人数合わせで入った。

女性で小柄で非力なので「斥候でもやれ」と言われて斥候担当になった、というのが実情だった。

やはり斥候というのは軽く見られているのだな。



ウォルフガングとソフィーの見立ては私と同じらしい。

つまり体格的に前衛の剣士・槍士は疑問。ただし私よりも適性があるという。

魔術師か斥候の二択。

でもソロの魔術師になれるほどの魔法は使えない。

だから斥候一択。


冒険者を辞める選択は無いのか聞いたが、親兄弟は死に絶え、家も無い。

どこかに3食付・住み込みで働ける職場があるなら・・・ ということらしい。


イルアンの宿屋、食堂、酒場、冒険者ギルド、武器屋、道具屋といったところは全て通いだ。夜勤はあるが、住み込みではない。

それに鉄壁の連中の立ち寄り先で働くのは辛かろう。

当然娼館は勧めない。



ウォルフガングとソフィーが話し合っている。

どうやら結論が出たようだ。

私を手招きしている。



「ルーシーを鍛えてみようと思う」


「斥候として?」


「そうだ」


「それで?」


「お前レベルの斥候になったらウォーカーに加えたい」


(先を促す)


「素材としては悪くない。斥候としてはお前よりも上のレベルまでいけるだろう」


「本当ですか」


「ああ。お前は『鑑定』ができるからかなり優秀な斥候だが、純然たる斥候の才能なら彼女のほうが上だろう」


「・・・」


「それに水魔法使いとしてどこまでいけるのか鍛えてみたい」


「水の素質ありですか」


「そうだ。ソフィーほどではないが、いい線行きそうだ」



考え込んでいる私にソフィーが声を掛けた。



「お前は忘れていないか?」


「何をですか?」


「私はそのうちダンジョンに潜らなくなるぞ」



あ・・・

思わずソフィーを抱きしめた。



「それにな、次はいつクロエが潜らなくなるかわからんぞ。ルーシーは鍛えれば貴重な戦力になる」



そうか・・・

まだまだだな、私。




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