109話 呼び出し2
夕食後、ユミの手紙をウォーカー全員に見せた。
「ふむ。治癒の依頼だろうな」
「依頼主は人間ではないのだろう? アイシャ様に取りなしをお願いできるなんて、相当な大物だぞ」
「ということは、すぐに行った方がよいですね」
「ああ」
王都ジルゴンから帰ってきていくらも経っていない気がするが、まあ仕方ない。
私とソフィーで行くことにした。
「頼りにしています。ソフィー」
「当たり前だ」
「ではウォルフガング。また後を頼みます」
「ああ。任せておけ」
「マグダレーナ様から御下命があった時もよろしくお願いします」
「わかった」
マロンにも留守をお願いしたら首を横に振られた。
「マロン。イルアンをお願いします」
「・・・」
「マロン?」
「 (ブンブン) 」 (首を振っている)
「一緒に行く?」
「わうっ!」
はて?
マロンが自分の意思で付いていくと意思表示をしたのは、神聖ミリトス王国から亡命するとき以来かな?
きっと何かがあるのだろう。
同行をお願いした。
◇ ◇ ◇ ◇
私とソフィーは馬。
マロンは自分の足を選択した。
ハーフォードで一泊。
急ぐ旅なのでマグダレーナ様に面会なし。
アンナにも顔出しなし。
ヒックスに着くとすぐにマーラー商会へユミに会いに行った。
「アイシャ様から呼び出しがあったからすぐ行ったの」
「でもアイシャ様にしては変なのよ」
「ビトー君を紹介しても良いか、迷っているみたい」
ユミの話を聞くと不安になるが、迷っていても仕方ない。
古森へ行った。
◇ ◇ ◇ ◇
「どうしてもってお願いされたのよ・・・」
「古森のどなたかではないのですね?」
「違うのよ・・・」
「コスピアジェ様?」
「ちがうわ。あなたのことは知性のある魔物の間では噂になってるわ」
「はい」
「それでアレクサンドラ経由で依頼が来たのだけど・・・」
「はい」
「私はあまり紹介したくなかったのだけど・・・」
「・・・」
「アレクサンドラもあまり紹介したくなかったのだけど・・・」
「はあ」
「どうしてもってお願いされたらねぇ。私も貸しを作っておきたい相手だし・・・」
確かにアイシャにしてはやけに歯切れが悪い。
「依頼人に会ったら誤解しないでね」
「はい」
「きっとビックリすると思うけど」
「はい・・・」
「大丈夫かしら?」
「一応私は素人ながら医者のつもりでまいります。ご心配なされぬよう」
「それはどんな心得なの?」
「生きとし生きる者、病や怪我の前では全て平等でございます。相手様が王侯貴族であろうが、市井の貧乏人であろうが、対応は変わりませぬ」
「まあ・・・」
アイシャは少しホッとしたようだった。
「それで依頼人の代理人に会ったときに誤解しないで欲しいのだけど・・・」
と言いながらソフィーを見る。
「何か・・・?」
「あなたは残った方が良いと思うけど」
「いいえ。絶対に行きます。ビトーの行くところ私も参ります。必ずビトーを守ります」
「そう・・・ でも無理しないでね」
「?」
「今回の相手はあなたでもどうにかなる者ではないのですから」
「それほどの御方ですか?」
「そうよ。それからあなたも母になるのですからご自愛なさい」
「!!!」
ソフィーさん大混乱!!
私も大混乱!
「あら。気付いていなかったの?」
ソフィーさん更に大混乱。
「だからこの子が付いてきているのでしょ?」
そう言ってアイシャはマロンを優しく撫でた。
マロンは尻尾をブンブン振ってドヤ顔をしている。
そうか、マロンは気付いていたのか。
だからマロンは一緒にくると言ったのか。
ソフィーは・・・
言われてみれば・・・ らしい。
でもソフィーは私と一緒に行くと言い切った。
◇ ◇ ◇ ◇
依頼人の代理人と落ち合う場所を指定された。
古森からミューロン川沿いに道なき道を北上。
1日進むとミューロン川の支流に当たる。
この時期(冬)は水量が少なくて水深が浅くて助かる。
徒歩で渡河した。
支流を越えて更に北上。
更に1日進むと森が見えてくる。
ここで古森に入るときのように挨拶。
「私はビトー・スティールズと申します。
こちらは我が妻ソフィーで御座います。
こちらは我が友マロンで御座います。
アイシャ様の紹介を受け、参上いたしました」
マロンを先頭に森の中に入っていく。
マロンはすぐに何かに気付いた。
「この先に誰かいる?」 いる。
「強い?」 凄く強い。
「1人?」 1人。
森の中のやや開けたところに女性が一人佇んでいる。
背格好はソフィーより二回り小柄。
私と同じくらいか。
こちらに横顔を見せている。
ソフィーがグッと私の手を握る。
思わず私もソフィーの手を強く握り返した。
女がゆっくりとこちらを向く。
衝撃が走った!
何という美しさ!!!
まるで理想の女性のような・・・
ん?
私の理想?
ソフィーか?
ソフィーのバージョンアップ版か?
ちょっとまて・・・
輪郭がぼやけた。
ソフィーに似てい・・・る?
さっきまでと違う。
巨乳?
いや・・・美乳。
あれ? 貧乳?
いや・・・ やっぱり美乳。
頭髪は見事なプラチナブロンド。
眉は?
眉は黒?
ということは髪を染めてますか?
あれ?
髪の色がわからなくなってきた。
目は・・・ 瞳はグリーン。
光の加減でグレーに見える?
グレー? グリーン?
万華鏡のように変わる。
ほんの少し目尻が下がって柔らかな感じ・・・
最初に振り向いたときは切れ長の目でキリリとしていた印象があるが・・・
どうやら私が何かを思う度に、彼女の見た目がコロコロ変わるらしい。
実際に本人の外見が変わるのではなく、私の知覚が影響を受けているのだと思う。
そうやって相手の理想に近づいていくのだろう。
女はこちらに向き直ると挨拶をしてきた。
「ようこそお越し下さいました。ビトー様」
「お初にお目に掛かります。人間族のビトー・スティールズと申します」
「私は夢魔族のアルマと申します」
「夢魔族?」
「はい」
「魔族の方でいらっしゃいますか?」
「はい」
ソフィーがわたしの手を握る力が強くなった。
夢魔族は立派な魔族である
ミリトス教会が一生懸命各国をけしかけて退治しようとしていた相手。
「あなたが私の治癒をご所望ですか?」
「いいえ。望むのは我が主で御座います」
それからアルマの先導で森の奥深くへ分け入った。
ある程度進むと目隠しをされた。
「大変申し訳ありません。ここから先はビトー様にとってもお連れ様にとっても道をご存じない方がよろしいでしょう」
ご丁寧にマロンにも目隠しをした。
アルマに手を引かれながら進む。
ただ歩いているのではないことはわかる。
感覚的には同じところを行ったり来たりしている感じだが、徐々に周囲の気温が下がっていく。
異空間を通って遥か彼方へ移動している感じ。
「どうぞ。目隠しを取って下さい」
そう言われて目隠しを取ると、手入れの行き届いたイングリッシュガーデンのような庭園に立っていた。
ところどころ雪が積もっている。
奥の方に、この庭に相応しい趣味の良い東屋がある。
「主はあの小屋の中でビトー様をお待ち致しております」
アルマの先導で小屋へ向かう。
小屋に近づくと、何かが微かに臭う。
何だろう。
「マロンは大丈夫?」 大丈夫。
「硫黄臭だな」
ソフィーが教えてくれた。
なるほど。
火山が近いのか。
アルマが小屋の扉の前に立ち、何か喋った。
私が知らない言語だった。
異世界パックにも入っていないと言うことは、極めて特殊な言語なのだろう。
小屋の中から返事があった。
突然ソフィーが凄い力で私の手を握った。
驚いてソフィーの顔を見ると、目を見開いて扉を凝視している。
「どうぞ、お入り下さい」
アルマはそう言って扉を開けた。