106話 王都ジルゴン訪問
マグダレーナ様に質問。
王都行きに際し、私とソフィーは冒険者の格好で良いのでしょうか?
マグダレーナ様の回答。
ソフィーは護衛騎士なので基本的には良い。
私も(一応)冒険者なので、側仕え(兼)護衛騎士と言えなくもない。
冒険者の格好で良いでしょう。
ただし、ホコリっぽさと汗臭さは禁物。
ソフィーは念のためドレスも持参するように。
ビトーは気の利いた服を持っているとは思えませんので、そのままで良い。
ははは。
では急ぎイルアンへ先行し、汚れを落とし、着替えを準備致します。
イルアンで公爵御一行に合流致します。
そう願い出て許された。
◇ ◇ ◇ ◇
イルアンに戻る道すがらマーラー商会ハーフォード支店に立ち寄った。
「サビーネ殿、支店長はおられるかな?」
「はい、ただいま」
すぐ出てくるアンナ。
「支店長。2日ほどお店をサビーネ殿に任せられるかな?」
「はい。問題ありませんが・・・?」
アンナを拉致してイルアンに急行した。
イルアンの屋敷でウォーカーのメンバー+アンナに全ての情報を共有した。
ジークフリードとクロエの反応は「へ~え」だった。
メッサーの街もダンジョンもアノールも神聖ミリトス王国も「関係ないよな」だった。
ウォルフガングはさすがに思うところがあり、土地勘もあるので、いろいろと確認してきた。
アンナは黙って聞いていた。
マロンは丸くなって耳だけ立てていた。
「ラミアに関する情報は王宮にも報告する予定はありません」
「アノール陥落の情報は、王宮から公表されます」
「それまでは我々からは一切情報を出さないように」
「王宮から情報が流れてきたら『噂は聞いている』程度に話して良いですが、積極的に話してはならないし、詳しい情報は出してはなりません」
「アンナは会頭にだけ共有をお願いします。そして商売への影響の準備をお願いします。もちろん商機も逃さぬようにね」
アンナがおずおずと聞いてきた。
「皆様はラミアと聞いても全く驚かれていないようなのですが・・・」
「そうなんですよ。秘密ですよ」
マリアンに命じてソフィーの貴族服と私のスーツを準備。
ミカエラとメリンダがすぐに準備してくれる。
念のためソフィーは魔術師の装備を、私は賢者の装備も持った。
アンナの許可を取り、ミカエラがソフィーの側仕えとして同行することになった。
ウォルフガングには引き続きイルアンのダンジョンを頼んだ。
翌日公爵一行がイルアンを通過するとき、ミカエラと荷物をマグダレーナ様の馬車に乗せて貰い、私とソフィーは冒険者(斥候と剣士)の出で立ちで、騎乗でマグダレーナ様の馬車の両脇に付いた。
◇ ◇ ◇ ◇
王都ジルゴン。
ブリサニア王国の首都は、建国当初はヒックスだった。
だがヒックスは王国の東南端に位置していたため、版図が拡がるに連れて国家経営の利便性の観点からジルゴンへ遷都を行った。
ジルゴンは王国のほぼ中央に位置する。
計画的に作られた都市のため、まず大通りが配置され、交わる通りが配置され、王宮、騎士団詰所、貴族街、下町、商業地区が整然と配置されている。
街を囲む城壁は高く、厚い。
城壁内の土地に余裕があるため、後から拡張したり、付け足した部分は一つも無い。
そのせいか街がやたらと整然としており、妙に威圧感がある。
今まで見てきた街の中で、ダントツに人口の多い街である。
公爵一行と共に王宮の門を潜る。
王宮は壮麗ではあるが、アノールよりも質実剛健に見える。
華美な装飾よりも防衛の仕掛けを重視している。
◇ ◇ ◇ ◇
公爵一行は立派な部屋に通された。
おそらく公爵が登城したときにいつも通される、格式を伴った名のある部屋(○○の間とか)なのだろう。
公爵はすぐに国王陛下に挨拶へ行かれる。
現国王は建国の英雄:ブリスト・スチュワードから数えて何代目かは知らない。
アンソニー・スチュワード陛下。
マグダレーナ様は着替えられる。
私たち護衛は装備の汚れを落とす。
一度公爵が戻られ、限られた者が公爵に付き従って移動。
我々はマグダレーナ様に付いて移動。
マグダレーナ様始め我々は控えの間に待機。
公爵だけが呼ばれる。
アノールの調査結果を報告される。
やがて使者が私とソフィーが呼びにきた。
だがマグダレーナ様が穏やかにお話しをされ、使者は一度退出された。
その後もう一度呼びに来られ、マグダレーナ様、私、ソフィーで入室した。
入室した部屋は豪華な会議室のようだった。
この世界に召喚されたときの、神聖ミリトス王国王宮の謁見の間に似ている。
そこにおられたのはブリサニア王国の重鎮達。
フォスター宰相。
ケイン国務大臣。
コスワース騎士団長。
オーウェン筆頭宗教査問官。
そしてハーフォード公爵だった。
順番に紹介された。
私とソフィーも紹介された。
なんとも居心地が悪い。
オーウェン筆頭宗教査問官は、私を見るとニヤリと笑った。
怖い。
報告は既に公爵よりされており、みな納得している。
より詳しい情報、空気感を、実地検分した者から聞きたい。
そうフォスター宰相が言われた。
騎士団長から魔物について詳細に聞かれた。
やはり騎士団としては、(他国の騎士団といえども)キラーアント、ゴブリン、オーク、コボルト、グール、ゾンビ、スケルトンといった魔物に後れを取ったということが信じられないらしく、戦争の経過を詳しく聞かれた。
正確な情報はアレクサンドラの情報しかないため、ソフィーとの事前打ち合わせ通り、
「関係者が全員死んでおりまして聞き取りもままならず、戦闘の経過を知る者がおらず、何とも・・・」
で押し通した。
騎士団長が、
「その方、B級冒険者と聞くが、そなたでも(判断は)難しいか?」
とソフィーに聞いてきた。
ソフィーはマグダレーナ様を確認してから答えた。
「当事者で無いため正確にはわかりかねますが、おそらく魔物の数が多く、数で押し切られたのでありましょう」
「ほう、どのくらいと見る」
「キラーアント4000、ゴブリン3500、オーク500、コボルト2500、スケルトン・・・」
「まっ、待て! そなた適当な数字を並べているのではあるまいな」
「魔物の死体の山を確認しました。アノール騎士団は、少なく見積もってもゴブリン3500、オーク500、コボルト1000、スケルトン1000、ゾンビ1000、グール500を葬っております」
「ううむ」
「アノール騎士団は空前の大戦果を上げたものと推察いたします」
「・・・そうか」
国務大臣が、
「アノールが無人になっていると言うが、今我が国が騎士団を派遣してアノールを占領すれば神聖ミリトス王国の併合を主張できる。神聖ミリトス王国の民衆はどう思うだろう?」
厄介な質問をする。
「神聖ミリトス王国の民が『エルンスト王は降伏した』というイメージを持つかどうかはやってみなければわかりませぬ。ちなみに個人的にはお勧め致しかねます」
「ほう。なぜだ」
「1つ目はアノールに隣接するダンジョン都市メッサーに、キラーアントが立て籠もっているためです。いつ腹を空かせて獲物を漁りに出てくるかわかりませぬ」
「・・・」
「2つ目がアノール周辺の魔物の死体の山をそのままにしていること。何割かがアンデッド化するでしょう」
「・・・」
「3つ目はメッサーダンジョンの管理がされていないので、再びスタンピードが発生する可能性があるためです」
「王宮でそなたらを雇ってやるから、そなたらが管理すれば良いではないか」
マグダレーナ様が艶然と話に割って入った。
そして王国の貴族人事の仕組みについて微に入り細を穿ってクドクドと解説し、なぜその様な決まりができたのか、当時起こった事件の詳細を延々と引用し、当時の王の御判断とその理由を極めて御丁寧に御説明なさった。
更に、後の時代にこのルールを無視しようとした時に起きた弊害事例を説明されようとしたため、国務大臣がたまりかね、
「マグダレーナ、わかっておる」
「おや。わかっておられるなら私の側仕えにあのような言葉を投げつけるはずがございません。 そうでありませんか? 宰相閣下?」
マグダレーナ様がギロリと宰相を睨むと、宰相は
「マグダレーナの同意無しに、今後この話を議題に上げることは無いと約束する」
そう言明した。
公爵は広い額に玉の汗を浮かべていた。
それから筆頭宗教査問官にミリトス教会総本山の状態について聞かれ、女神アスピレンナの動向について意見を交わした後、会談は終了した。
◇ ◇ ◇ ◇
ハーフォードへ戻る準備をしているときにマキが会いに来てくれた。
会いに来てくれて良かった~
こちらから会いに行ける雰囲気では無かったからね。
お互いの健在ぶりを確認。
マキは元気そうだった。
例のキャンペーン時は殺人的な忙しさだったそうだ。
「私はソフィーさんに鍛えられていたからビクともしなかったけど、同僚の人は何人も倒れちゃった」
「ほえ-」
意外なところで役立つもんだ。
「私、貴族になっちゃったんだよ~ 全く、もう!」
「それはおめでとうございます。女伯爵ですか?」
「子爵よ。オーウェン様配下の子爵」
「これからは “様” を付けないといけないね。マキ様」
「止めて」
「それとも “閣下” とお呼び致しましょうか?」
「本当に止めて」
「でも公式の場では・・・」
「うん・・・ そう・・・ それから縁談が凄いのよ」
「それは・・・ おめでとう? なのかな?」
「う~ん。よくわからないの」
「オーウェン様の家人に申し込むのだから、相手の家柄はしっかりしているんでしょう?」
「うん。みんな貴族の子弟ね」
「じゃあ一定の条件はクリアしてるね」
「うん。でも良くわからないのよ。どうして一度も会ったことのない女に結婚を申し込めるのだろう?」
「貴族の結婚ってそんな風だよ」
「でもビトー君は違うじゃない。ソフィーさんを娶ったんでしょう?」
「うん。でも私は半平民だから」
「都合がいいんだから」
「今回のアノールの件でオーウェン様が色々画策しているみたいなの。近いうちに私も相談されると思うんだけど、ビトー君にも相談したいな」
「それって極秘じゃないの?」
「多分極秘」
「まずくない?」
「多分大丈夫」
「?」
「オーウェン様、ビトー君のこと、すっごく買ってるわよ」
「・・・」
「策士だって」
「・・・嫌な予感しかしないのだが」
「ふふっ じゃあ、またね。相談するときは連絡するわ」
忙しいのだろう。
あっという間に去って行った。
なぜ突然マキが子爵に叙爵されたのか、理由がわかったのはだいぶ後になってからだった。
◇ ◇ ◇ ◇
ハーフォードへの帰路。
イルアンで公爵と騎士団とお別れし、我々はイルアンに残った。
マグダレーナ様もイルアンに残られた。
ジルゴンからハーフォードへの帰路、マグダレーナ様とある話を事前に詰めており、その最終確認のためだった。
私が拝領している屋敷で、マグダレーナ様とウォーカーのメンバーが正式に顔合わせを行った。
そしてその席上で私とソフィーは正式にマグダレーナ様配下になることを報告した。
すぐにウォルフガングが気付いた。
「ちょっと待て。お前は時々アイシャ様から呼び出しが掛かるだろう。お前の不在時はどうする気だ?」
「そこでこの会合です。私とソフィーの不在時にマグダレーナ様が武力を必要とされたとき、ウォーカーのメンバーがマグダレーナ様の麾下に入って欲しいのです」
「護衛や武力を提供するだけなら問題無いが・・・」
「政治向きの話は無しです」
「なら良い。ウォーカーはお前のパーティだ。オーナーの意向に従う」
「ジークとクロエは?」
「俺たちゃビトーとソフィーに返しきれない恩がある。従うぜ」
「もちろんよ」
「マロンもいいかな?」
「わうっ!!」
ウォーカーが丸ごとマグダレーナ様の庇護下に入ることを誓い、了承された。
私は、ハーフォード公爵領準男爵、イルアン村監察官、マグダレーナ様付側仕え(兼)護衛 という訳のわからない身分になった。
そしてマグダレーナ様から今回の報酬を渡された。
破格だった・・・
「公爵もきちんと受け取られておられますよね・・・」
恐る恐る聞くと、マグダレーナ様はにっこり笑った。
「もちろんですわ。こたびの依頼は公爵が受けたのですから。もっとも王宮も公爵も、任務の難易度を正確に理解していたとは思えませんけど」
◇ ◇ ◇ ◇
ウォーカー全員でマグダレーナ様の馬車を護衛しながらハーフォードまで行った。
ハーフォードの街の守衛、公爵邸の守衛に顔を覚えて貰った。
帰りにマーラー商会ハーフォード支店に立ち寄り、アンナを掴まえ、クロエの下着と平服(公爵邸で侍女が着るような服)を発注した。
ウォルフガングとジークフリードのスーツも発注した。