105話 報告
見てきたことをアレクサンドラに共有した。
見ただけではわからなかったことを、逆にアレクサンドラに聞いた。
「神聖ミリトス王国の臨時政府を見つけられませんでした。噂も聞きません」
「そうじゃの」
「アレクサンドラ様に『誰かが立った、あるいは立ちそうだ』という噂は入っておられませんか?」
「無い」
「立ちそうな者に心当たりはありますか?」
「そうじゃのぅ・・・ 地方に行けば王家の血が1滴2滴混じった輩はそれなりにいるのじゃ。じゃがあの連中は一人では何も出来やせん」
「取り巻きがいれば、ということですか」
「中央のお膳立てが出来そうなのはみんな死に絶えたの」
「地方政権なら、ということですか」
「地方政権の立ち上げなら、奴らの取り巻きでもできんことはない。じゃがあやつら身の程を知らんからの」
「?」
「どうせ地方で王国の後継の名乗りを上げる。そして別の地方で同じような輩が出る。結局血で血を洗う事になるのじゃ」
「大割拠ですか」
「結局50年前のブルトゥス大公国以下に落ちたということじゃ」
「・・・」
「ま、人間のやることじゃ。黙って見ておれ。それにしてもあの者に関わると碌な事にならないという証拠じゃな」
「私も人間族の端くれなのですが・・・」
「お前はラミアではなかったのか?」
岩の森にはランナバウト隊10名を動かして頂いたが、それに見合う御代が払えない。
「なに。気にするな。また何かを頼むかもしれぬしの」
なんとなくアレクサンドラにしては歯切れが悪い感じがした。
結局岩の森には3日滞在し、ランナバウト隊の皆さんに念入りに癒やしを行い、アレクサンドラの肩凝りを解消し、酒提供。
夜はソフィーといちゃいちゃ。
といっても抱き合って寝て、ソフィーの冒険者ギルド時代の話を聞くだけ。
時々相槌を打って、たまに質問して。
ソフィーが眠るまでそうしていた。
私がラミアの皆さんを癒して回っている間、ソフィーはペネロペを掴まえて、間合いの取り方の稽古を付けて貰っていた。
川を渡り、古森でアイシャに報告。
情報共有し、御礼の品(残りの酒)を置いて退去。
ソフィーの忠告もあり、ヒックスではあえて情報共有しなかった。
下手に話して公爵へ報告する前に情報が一人歩きするとまずい。
「王宮は、まだ誰も掴んでいない情報が欲しい」
「情報発信は王宮からしたい」
「そもそも発信の前に裏で色々と動くはずだ」
納得。
◇ ◇ ◇ ◇
ハーフォードへ帰還。
ハーフォード領に入る直前に伝書鳥を使ってイルアンに連絡。
私とソフィーは無事にハーフォード領に入ったことを知らせた。
ウォルフガングからは「全員恙なし。ダンジョンも安定」の返答があった。
公爵邸に入る。
公爵、公爵夫人、騎士団長、ソフィー、私が一室に籠もり、無音空間を出す。
取り敢えず報告。
取り敢えずって何?
出発前に指示された調査項目に沿って報告していく。
アノールで何がおきたのか。
アノールは、魔物の襲撃を受け、陥落した。
アノールの主は誰か
主不在。
魔物を含め、どこの勢力もアノールを占領していない。
アノールを襲撃した魔物も殆ど残っていない。
王族はどうなったのか
全滅。
今、政府はどこにいる
臨時政府は立ち上がっていない。
神聖ミリトス王国は無政府状態に入った。
アノールの主と交渉可能か
アノールの主はいない。従って不可能。
政府と交渉可能か
前にも述べたが臨時政府は存在しない。
交渉不可能。
ミリトス教会総本山の現状
ミリトス教会総本山は壊滅。
臨時の総本山も存在しない。
ええと。
こんなところですが、どこから補足しましょうか。
「最初からわからぬ。アノールが魔物の襲撃を受けたと言うが、どうして魔物はアノールを襲うのだ? 誰かが操ったのか?」
「誰かが操った訳ではございません」
「余計にわからん」
「魔物はキラーアント、ゴブリン、オーク、コボルト、グール、ゾンビ、スケルトンが出ました。ゴブリン、オーク、コボルトはキングも出ています。
これほど多種多様な魔物を一度に操るのは不可能で御座いましょう」
「ううむ・・ 魔物はどこからきたのだ?」
「メッサーダンジョンから湧き出しました」
「・・・」
「ダンジョンがスタンピードを起こしたのです」
「スタンピード・・・」
「私のパーティのウォルフガングがメッサーの冒険者ギルド長をしていたことは、以前ご報告したと思います」
「うむ」
「ウォルフガングがミリトス教会の襲撃を受け、傷を負い、私が救い出したこともご報告したと思います」
「うむ」
「その後、神聖ミリトス王国はメッサーのダンジョンの管理を適切にしなかったのです」
「・・・」
「ご安心頂きたく。イルアンは新たに立ち上げた冒険者ギルドの運営が軌道に乗っております。そして私が不在の折も適宜手入れを継続しております」
「そうか・・・ だが騎士団はどうしたのだ? アノールなら王宮騎士団がいたはずだろう?」
「騎士団も全滅しております」
その後、神聖ミリトス王国のダンジョン管理の不手際や騎士団の戦いについていろいろ聞かれたが、ソフィーの合図もあり、
「関係者が全員死んでおりまして調査もままならず、詳細は何とも・・・」
で通した。
「アノールの主は神聖ミリトス王国の次の主となるが、誰もおらぬのか?」
「はい。生存者が一人もおりません。王宮も焼け落ちて廃墟になっております」
「して王宮関係者は誰一人逃げ延びなかったのか?」
「実はアノールに潜入した時に瀕死の者が1名おりました。すぐに死んでしまったのですが、その者は王族が全員死ぬのを見届けたようです」
「それはどのような者だ?」
「王宮の元料理人でした」
「・・・」
「料理人がどれほどの情報を得られるのか、私も最初は疑問でした。ですが話を聞き出すにつれ、信じるようになりました。
食料が尽きて料理を作ることができなくなり、一方では戦死者が増えたため、その者は王宮の伝令を務めていたのです」
「う~む」
「料理人ですので食事を提供する王族の人数を間違えるはずがございません」
「臨時政府は立ち上がっていないのか?」
「ブリサニア王国へ戻る途中、イプシロン、ミューロンと主立った街で探りを入れましたが、いずれも臨時政府は立ち上げられておりません。
アノールから政府関係者は避難して来ておりません。来たのは商人だけです。
それどころか、どの街も正しい情報を持っておらず、むしろ私がアノールのことを聞かれる始末でした」
「となると、今、神聖ミリトス王国は国としての体を成していない、ということか」
「ミリトス教会総本山は壊滅したと言ったな」
「はい。アノールのミリトス教信者は枢機卿以下、全員死亡しました。教会総本山は完全に焼け落ちておりました。大聖堂、社務所、信者の宿舎など、全て灰燼に帰していました。
あとは各地に残っている信者がいるだけになります」
「ふむ」
「ただし、女神アスピレンナは逃れました。スタンピードが起きる数日前に雲隠れしました。スタンピードについて、事前に何かを掴んでいたことは確かです。信者を見捨てたことも確かです」
「ほほう」
公爵は必要な情報を得たようだった。
「ご苦労であった。騎士団長。明日ジルゴンへ出発する。 ビトー。そなたらも一緒だ」
「はっ」
慌ただしく動き始めた公爵と騎士団長に一礼し、私とソフィーが退出しようとするとマグダレーナ様に呼び止められた。
マグダレーナ様から小規模な慰労会に誘われた。
◇ ◇ ◇ ◇
マグダレーナ様の居間に移動した。
呼ばれたのは私とソフィーのみ。
顔馴染みの侍女がお茶の準備をしてくれる。
「残って頂いてごめんなさいね。あなた方に伝えておきたいことがあるの」
「はい」
「あなた方、ビトー・スティールズ準男爵とその妻ソフィーは、公爵領の貴族ではありますが、正式に私の側使えと護衛騎士に致しました」
ソフィーと顔を見合わせた。
どう返事をすれば良いかわからなかった。
マグダレーナ様はそんな私たちを見て微かに微笑んだ。
「これはハーフォード公爵領のエゴです」
マグダレーナ様が言われたのはこういうことだった。
「今回の任務の前に、王宮があなたとソフィーに注目していることは伝えました」
「はい」
「今回の任務完了報告に王宮に行った際、必ず引き抜かれるでしょう」
「・・・はい?」
「それでは困るのです」
それからマグダレーナ様はブリサニア王国の貴族の人事事情を教えてくれた。
それによると準男爵という半端な身分の者は、貴族同士では引き抜くことはできないが、王家は引き抜くことができるそうだ。
しかし、領主夫妻の側仕えや護衛騎士となると、主人の許可無く引き抜くことはできない。
「イルアンダンジョンの管理、治水の技術、解呪の技術、流行の発信。
ハーフォードはあなたとソフィーを失う訳にはいかないのです」
恐る恐る聞いた。
「私とソフィーはここハーフォードに常駐しないといけないでしょうか?」
「本拠地はハーフォードと致します。あなた方夫妻の部屋を準備致します。
しかしイルアンの治安維持の為、イルアンに派遣する形とします」
「はい」
「私が必要と判断したときは即参じなさい」
「はい・・・」
私とソフィーでボソボソ相談。
「重なったらまずいな」
「うん」
マグダレーナ様が話に入ってきたので無音空間を出した。
「何か問題があるのですか?」
「私はアイシャ様、アレクサンドラ様から呼び出しを受けることがございます。万一ブッキングが重なった場合、アイシャ様とアレクサンドラ様を優先させなければなりませぬ」
「アイシャ様とは・・・」
「古森のラミア族の族長です。アレクサンドラ様は岩の森のラミア族の族長です」
「岩の森?」
「ミューロン川の対岸に拡がる森です。神聖ミリトス王国内にあるラミアの里です」
「これまでに呼び出されたことがあるのですか?」
「はい。アイシャ様から呼び出しを受けたことがございます。最短で馳せ参じました」
マグダレーナ様はちょっと考え込んだ。
「もしかして今回の調査もラミア族が関係していますか?」
「はい。岩の森のラミア族の協力を募りました」
「それは・・・」
「アノールとメッサーの視察に行きたいと頼みましたところ、選りすぐりのラミア族を10名付けてくれました」
「それはどのくらいの戦力なのですか?」
「ラミア族は1体で脅威度Aクラスの “災害級” の魔物とされます。10名ですので10都市を一度に壊滅させることが出来る戦力です」
「・・・」
「つまり、スタンピードは収まっていますが、それほど危険な場所だと、ラミア自身が判断したのです」
「・・・」
「現在のアノールとメッサーはそれほどの状況なのです」
「メッサーには入ったのですか?」
「いえ、メッサーには入っておりません」
「なぜですの?」
「メッサーは今でもキラーアント4000匹に占領されているのです」
マグダレーナ様はしばし沈黙した。
「あなたとソフィーはラミア族を使えるのですか?」
「ビトーはラミア族の信を得ています。しかし私には信はありません。私が一人で行ってもラミアの里に足一歩踏み入れることは出来ませんし、生きて帰ることは無いでしょう」
ソフィーが答えた。
「このことは誰かに・・・?」
「私とラミア族との関係をお話ししたのは御方様、マチルダ様、お二方の侍女だけです。アイシャ様、アレクサンドラ様との関係をお話ししたのは今初めてです。
もちろんウォーカーのメンバーは知っております」
「この件は他言無用です」
「はい」