104話 潜入調査
ソフィーと2人旅。
ヒックスへ向かう道中。
前回と違うのは、ソフィーに
「お前が思いつくメッサーとアノールで起きたと思われることを言え」
と言われて、馬上で頭をひねっているところ。
「ソフィー、私はスタンピードが発生する原理がわかりません。冒険者が手入れをしなくなったら、ダンジョンは現状維持ではないのですか?」
「ダンジョン内の魔物の密度は少しずつ上がる」
「全ての階層で?」
「そうだ」
しばしメッサーのダンジョン内の様相を想像。
「1層から5層まで魔物の強さに大きな差は無いです。差があるとすれば、4層、5層に配下を指揮できる魔物が出てくることです」
「うん。それでどうなる?」
「4層、5層から、1~3層に対する圧力が上がります」
「うん。それで?」
「1層の魔物から順番にダンジョンの外に押し出されます」
「そうだ。その様に進行したはずだ。それでどうなると思う?」
「キラーアントとゴブリン。どちらが先に外に押し出されるか、わかりません」
「その通りだ。ゴブリンにはホブゴブリンが混ざるので、やや優位に争いを進めるかもしれぬ」
とりあえず正しく予想できたようなのでホッとする。
でもテストは続く。
「キラーアントが先に出るとどうなると思う?」
「わかりません・・・ 周囲に散らばるのでしょうか?」
「メッサーが墜ちる」
「メッサーにアリの好物があるのですか?」
「ある」
「それは何ですか?」
「食料と日陰だ」
「アノールの方が立派な日陰がありそうだけど?」
「メッサーの方が近い」
まず大前提として、キラーアントの前に城壁は無力だということ。
簡単に乗り越える。
食料は、おいしそうな人間がいっぱいいる。
日陰は、建屋。
「騎士団はいない、冒険者もいないメッサーは、無抵抗で陥落したはずだ」
ソフィーは歯ぎしりしそうな声で言った。
目に涙が滲んでいる。
「アノールは陥落したと聞きました。メッサーについては聞いていません」
「アノールが陥落した際、メッサーが健在なら政府はメッサーに移動する。すぐに四方に発信する。それをせず、アノールが墜ちて詳細不明と言うことは、メッサーが先に墜ちたのだ」
私が質問をするようになっていた。
「つまり、キラーアントから先に出た、と?」
「その可能性が高い」
「アノールもキラーアントに落とされたのでしょうか?」
「いや、キラーアントはメッサーに巣を作って動かないはずだ」
「どうしてわかるのですか?」
「そういう習性なのだ。食料と日陰が確保できると、そこに居着くのだ」
すると最大の疑問が残る。
「アノールを落としたのは誰でしょう?」
「それを確かめに行くんだろう?」
キラーアントを防ぐ方法なんてあるのだろうか?
そう聞いたら、
「水堀だ」
なるほど。
海城を作りましょうか。
◇ ◇ ◇ ◇
ヒックスに着くと、すぐに両ギルド長を呼び出して貰った。
冒険者ギルドの一室で密談。
参加者はリー、マーラー、レイ、ユミ、ソフィー、私の6名。
「ちょくちょく済みませんね」
「とんでもない。お前のお陰で売掛け金は全て回収できたし、各国の商人達からもえらく感謝されたぞ」
「それよりもどうして知っていたんだ? と問われて困っている。まさか “アイシャ様の情報だ” とは言えんからな」
「アノール陥落の知らせが入ったのはいつですか?」
「正確に言うと『アノールが陥落した』という情報は、我々も掴んでいない」
「?」
「アノールから取引先が続々と去ったことと、アノールが音信不通になったことを掴んでいるのだ」
「取引先・・・ 商人ですね。彼らはどうしているのです?」
「大半がミューロンで再出店しているな」
「彼らは何か知っていますか?」
「いや、知らないようだ。彼らもアノールの状況を探ろうとしている。だが情報を掴めずにいるようだ」
結局アノール陥落の詳しい情報は無かった。
ヒックスの商店街で果物とヨーグルトを買い込んで古森へ行った。
◇ ◇ ◇ ◇
古森。
多分アイシャ情報で事足りるはずだ。
そう思って行ってみたが・・・
アイシャは多くを語らず 「詳しくはアレクサンドラに聞け」 とのこと。
果物とヨーグルトと酒を献上し、ミューロン川を渡った。
◇ ◇ ◇ ◇
岩の森。
アレクサンドラへ挨拶。
すぐに山盛りの果物とヨーグルトと酒を献上。
「久しぶりね。活躍は私の耳にも入っていますよ」
「恐れ入ります」
「アノールの話ね」
「はい」
メッサーから溢れ出た魔物が “間違えて” 岩の森に進軍する可能性があったため、ペネロペに監視させていたらしい。
かなりの情報をお持ちだった。
最初に出て来たのはキラーアント。4000匹。
凄く多いように聞こえるが、メッサーの規模からすると少ないらしい。
「多分オーク、コボルト、ゴブリンと争って減ったのね」
キラーアントはメッサーの街を見つけると、すぐに占領した。
キラーアントはメッサーから動いていない。
次に出て来たのはゴブリン3500匹。
これはアノールへ進軍し、騎士団とぶつかり、全滅した。
次に出て来たのはオーク500匹。コボルト2500匹。
深層階の魔物とやり合って数が激減したらしい。
「ゴブリンに比べると数が少ないですね。騎士団が難儀する敵でしょうか?」
そう聞くと、アレクサンドラはソフィーを見た。
「あなたはどう思う?」
「コボルトの数が多いです。ゴブリン戦の勝利の後、騎士団はどれだけの戦力を維持していたかによるでしょう」
「騎士団長は優秀でしたよ。ゴブリン戦で失った戦力を奴隷で補い、奴隷に奴隷の戦い方をさせました」
「では?」
「戦いの最中にアンデッド共が参戦しなければ勝っていたことでしょう」
「・・・」
アノール陥落後はコボルトとグールで争った。
コボルトとグール。
どちらも脅威度Dだが、臭さでコボルトはグールに弱い。
数はコボルトの方が圧倒的。
結局どちらも数は激減した。
「スタンピードは収まったわ。今なら見に行けるけど?」
「メッサーも見れますか?」
「街の中には入れないけど近くには行けるわ。敵対しなければ大丈夫」
「そうですか・・・」
「女王蟻がいないので、1年もすれば死に絶えるわよ」
行ってみた。
偵察はペネロペ率いるランナバウト隊10名の同行が条件。
スタンピードが収まったとは言え、やはり相当警戒されている事がわかる。
私とソフィーはラミアの背に乗り、昼夜を問わない強行軍で、まずメッサーへ向かった。
◇ ◇ ◇ ◇
メッサーダンジョンは、破壊された冒険者ギルドのダンジョン出張所以外、一見何の変化も無いように見えた。
強大な鉄門扉は健在。
健在と言うところが哀れだ。
さすがに中に入ろうとは思わない。
メッサーの街へ向かった。
ダンジョンから街へと続く冬枯れの草原を縫う一本道は、いつもと変わりない。
メッサーの街。
城壁、城門が健在なので、一見変わりないように見える。
(外から見える)背の高い建物の屋根が壊れているようだ。
放っておくとソフィーは目が据わったまま動こうとしないので、無理矢理アノールへ向かった。
アノールに近づくと死屍累々。
魔物の死体が “これでもか” と積み上がっている。
腐っている。
死臭が凄い。
すぐにでもアンデッド化しそうだ。
焼き払われた死体も山ほどある。
ところが人間の死体はない。
何故?
「魔物に食べられたのよ」
そうペネロペが教えてくれた。
アノールの街に入った。
城壁、城門は多少傷付いているが、破壊されていない。
ラミア達も一緒に入った。
守衛どころか、騎士団どころか、人間がいない。
人間の死体もない。
魔物は?
魔物もいない。
魔物の死体もない。
「コボルトが少し隠れているわよ。でてきたらブッ殺すけど」
ペネロペは感じ取れるようだ。
「アンデッドはいないわね」
アンデッドは魔力が残っている間だけ活動可能な “死体” なので、ダンジョンを離れて長時間活動すると、ただの腐った死体に戻るらしい。
王宮へ行ってみる。
放火したのか、されたのか。
焼け落ちた廃墟になっていた。
門が残っている。
中に入る。
なんとか焼け残っている部屋を見て回る。
騎士団詰所。
謁見の間。
食堂。
食料庫・・・
ペネロペが私を引き戻した。
「気配がある」
重厚な食料庫の扉の向こう側。
人間の気配があるらしい。
ペネロペが軽々と分厚い扉をこじ開けると、中に一人だけ人間がいた。
見覚えがある。
私が親指の傷を治した女料理人だ。
料理人は見る影も無く痩せこけている。
目がうつろ、髪はバサバサで亡霊のようだ。
何日も風呂に入っていない臭いがする。
食料庫に食料は全く無かった。
彼女はラミアを見ても何とも思わない様子。
精神がおかしくなっているらしい。
他に人はいない。
ペネロペの指示で私とソフィーは近づかない。
こういう人間は危ないらしい。
ペネロペが少しずつ水と非常食を与えながら、辛抱強く情報を引き出していく。
彼女は自分のことを「伝令」と言った。
料理人だったはずだが。
よくよく聞くと、食材が無くなってすることが無くなったこと、死者が増えて軍が人手不足になったことが相まって、伝令の役目を与えられたらしい。
騎士団は優勢に戦いを進めていた。
だがアンデッドが出てから思うように行かなくなった。
食料が尽きて籠城できなくなった。
騎士団は突撃し、勝利した。
騎士団は帰ってこなかった。
いつの間にか城門が開かれていた。
魔物が城内に入った。
王はじめ王族は全員魔物に食われた。
大臣や長官も魔物に食われた。
官僚も魔物に食われた。
ミリトス教信徒は、枢機卿以下全員が魔物に食われたか、奴隷として魔物と戦って死んで食われた。
ただ、女神アスピレンナだけが逃げた。
街の人はどこにいるかな?
わからない。
たぶんいないと思う。
イプシロンに王都を移転する、そんなことを聞いた。
彼女の前に3日分の水と非常食を置いて、このまま置き去りにすることにした。
「貴重な情報をありがとうございました。御礼にここに食料をおきました」
そう声を掛け、別れを告げようとすると様子がおかしい。
彼女は死んでいた。
ミリトス教会総本山へ行った。
完全に焼け落ちていた。
生存者ゼロ。
壮麗な大聖堂、社務所、信者の宿舎など、全て灰燼に帰していた。
ペネロペに聞いた。
「アスピレンナの気配はありますか?」
「いや、無い」
◇ ◇ ◇ ◇
イプシロンへ行った。
ここはミリトス教会から逃げるとき、ミューロン行きの馬車に乗った街だ。
ソフィーと2人で街に入る。
ソフィーは顔を隠している。
酒場、食堂、冒険者ギルド、商業ギルドで聞いて回る。
結論。
アノールから政府関係者は来なかった。
商人達は来たが、素通りした。
そして街全体が不安になっている。
誰も情報を持っていない。
◇ ◇ ◇ ◇
岩の森に帰る前にミューロンにも寄って貰った。
ペネロペと一緒にミューロン近郊の草原の中に佇むと、最初に出会ったときのことを思い出した。
思わずペネロペを抱きしめて「じ~ん」としていると、ソフィーに耳を引っ張られた。
ソフィーと2人で街に入る。
やはりソフィーは顔を隠している。
酒場、食堂、冒険者ギルド、商業ギルドで聞いて回る。
アノールから商人は大量に来た。
だが政府関係者は誰も来なかった。
アノールから逃げてきた商人に話を聞くと、だいたいこんな返事が返ってきた。
「スタンピードは知らない」
「メッサーの景気が異常に悪くなってな」
「犯罪が激増したんだ」
「アノールも引きずられて景気が悪くなった」
「アノールも極端に治安が悪化した」
「他国の商人との取引がな・・・ アノールに本店を置いている商会に対しては支払いを待ってくれなくなった」
「そこにきて『アノールは危ねえ』という噂が流れてな」
「今思うとスタンピードを予測していたんだな」
「思い切ってアノールの店を畳んで正解だった」
「王家? どうなったか知らねえな」
「教会? まあ、どっかでよろしくやってんじゃねえの」
無政府状態になったことを確認し、岩の森へ帰った。