103話 アノール陥落
メッサーダンジョンを監視していた騎士団員が警告を発した。
「スタンピード発生! サードラッシュ確認! 魔物の主力はオーク」
監視役はすぐに伝書鳥を騎士団本部へ飛ばし、引き続き監視を続けた。
オークはすぐにメッサーあるいはアノールに向かうのでは無く、ダンジョン背後の森をウロウロしていた。
3時間後、騎士団員が再度警告を発した。
「スタンピード発生! サードラッシュに追加あり! 魔物の主力はコボルト」
監視役はすぐに伝書鳥を騎士団本部へ飛ばし、今度は馬に乗ってアノールへ退却した。
コボルトは足が速いため、退路を断たれる恐れがあったためである。
◇ ◇ ◇ ◇
ヨーゼフ国務大臣とミハエル騎士団長の間で作戦会議が持たれた。
「ゴブリンを殲滅した作戦で行きましょう」
「う・・む、コボルトの足の速さが難点なのだ」
「それは一体どのような・・・」
「弓隊が矢を射る間に、魔導部隊が魔法を撃つ間に、肉薄されてしまうだろう」
「では作戦はどのような・・・?」
「今回は弓隊、魔導部隊は城壁の上に配置し、1箇所だけ門を開けて、徒士隊で敵をおびき寄せるのです」
「上からの攻撃で殲滅するのですな」
「ええ。ある程度これでいけると思います」
戦いはミハエル騎士団長が描いた通りに進んだ。
騎馬隊の出番は無く、徒士隊は決して突出せず、自分を守ること、味方を守ること、怪我を負わぬ事だけを念頭に、東門の前で戦いを展開した。
積み上がった魔物の死体は風魔法で門の前からどかし、火魔法で燃やして嵩を減らして戦いやすくした。
魔物は一時の狂騒状態から覚め、城壁に近づくと魔法や矢で一方的に攻撃されることを知り、アノール街を遠巻きにし始めた。
時間は掛かるが、このままサードラッシュも撃退できそうに思えた。
◇ ◇ ◇ ◇
予想外の警報は王宮の厨房からもたらされた。
ヨーゼフ国務大臣を、おずおずと王宮総料理長が尋ねてきた。
「戦時下にこのような質問をすることをお許し下さい」
「うむ。何かな?」
「次の食材の搬入はいつ頃になりそうでしょうか?」
「・・・当方では制限をしていないが・・・」
「さようでございましたか。では商務庁長官殿の方へ確認致します」
「うむ」
商務庁長官と王宮総料理長が話した結果、王宮に食材を搬入していた商人は、全員1ヶ月以上前にアノールを去っていたことが判明した。
王宮総料理長は、最近搬入業者が来ないな、と思っていた。
だが、まだ食料庫に食材があるから良いだろう、と様子見をしていた。
いくつかの食材が底を突きそうになった為、出入り業者に連絡を取ろうとしたが連絡が取れなかった。
なんらかの粗相があって王宮から出禁を受けたのだろうと思った。
以前にもその様なことがあった。
大方「戦だから」といって値段を釣り上げたのだろう。
そう思った。
代わりの業者はいつから納品を始めるか確認しようとして、事態が明るみに出た。
急遽アノールに残る全商人を王宮に集めたが、片手で足りる数しか集まらなかった。
複数の仕入れルートを持っている商人は既に一人もおらず、王都で細々と小売り業を営む零細商家に過ぎなかった。
先日商務庁長官が事情を聞いた “貴族に慣れていない商人” すらアノールを去っていた。
その場にいた全商人に、王宮へ食材調達の指示を出したが、全員首を振った。
この期に及んで足元を見る気か!
商務庁長官がそう問い詰めると、
「いえ、王家に逆らうなんて滅相もありません。無理なんです」
「城外の野菜や家畜は取りに行けません」
「もう魔物に食われちまったでしょう」
「今、城壁の内側にある肉と野菜しかありません」
「魔物に囲まれちまったので、他の街から運び込むこともできません」
「わっしが今晩楽しみにしていたステーキ肉を献上するくらいならできまさぁ」
「いつ頃魔物を退治できますかね」
可能な限りの食材を納入させ、商人達を帰した。
◇ ◇ ◇ ◇
コツコツと魔物を減らしていく作戦は頓挫した。
ミハエル騎士団長は早期決戦を立案し、即実行に移された。
◇ ◇ ◇ ◇
作戦行動は犯罪奴隷隊から始まった。
犯罪奴隷に落とされ、個人の意思を縛られた者達。
これらを2隊に分けた。
数は多いが戦闘は未経験のミリトス教徒隊。
数は少ないが戦闘経験豊富な犯罪冒険者隊。
作戦第一段階。
ミリトス教徒隊をコボルトが多い西門から城外へ出し、西門を閉じ、陣地を構築させ、専守防衛を命じた。
ここの戦場の目的は、
1 個々の戦闘能力は低いが、数が豊富な隊に拠点防衛を命じ、時間を稼ぐ
2 コボルトを西門周辺に引きつける
十分に目的を達した。
作戦第二段階。
東門周辺のコボルトが西門までおびき寄せられたのを確認し、東門から犯罪冒険者隊を突出させ、続いて騎士団も出た。
こちらはオークが集中している。
ゴブリン同様にオークを壊滅させる作戦だった。
オークはゴブリンよりも頑丈なため、遠矢攻撃がゴブリンほど有効に働かない。
そこで犯罪冒険者隊を弓隊の盾役にした。
当初戦況は予想通りに推移した。
遠矢攻撃、魔法攻撃を受けたオークの先鋒が壊乱し、後続の部隊に雪崩れ込んだ。
後続部隊の混乱に拍車が掛かる・・・ はずだった。
だが後続の部隊は混乱とは無縁の連中だった。
奴らは感情を持っていないので混乱のしようが無い。
そこにいたのは大量のゾンビ、そしてグールだった。
作戦が裏目に出た。
弓隊は矢を打ち尽くしており、魔導部隊は魔法を撃ち尽くしていた。
ゾンビ、グールとの戦いは、接近戦は悪手。
接近戦をして傷を負うと毒にやられる。
前衛は専守防衛で傷を負わないのが鉄則。
そして後衛の間接攻撃で討ち取るのが基本。
間接攻撃を使い果たしていた騎士団には攻め手が無かった。
そして数はゾンビ、グールのほうが多い。
城壁の上に配置した戦場監視隊が警鐘を鳴らした。
騎士団と東門の間に入り込むべく、スケルトン部隊が移動していた。
このままでは騎士団は戦場で孤立する。
ミハエル騎士団長は犯罪冒険者隊をゾンビ、グールに突撃させた。
騎士団はスケルトンに突撃した。
騎士団とスケルトンでは、個々の能力は騎士団の方が圧倒的に高い。
特にダンジョンでは無く、屋外なので、騎馬隊がスケルトンを蹴散らす。
スケルトンは数で勝負。
膨大な犠牲を出しながら、騎士団と東門の間に入り込もうと悪戦している。
コボルトはまだ来ない。
西門のミリトス教徒隊は責務を果たしているようだ。
騎士団はスケルトンに突撃。
また突撃。
更に突撃。
もう一度突撃。
力ずくで血路を切り開き、東門に雪崩れ込んだ。
東門を閉めるため、少なくない数の騎士団員が外に残り、門を閉じる時間を稼いだ。
東門を閉じた。
生き残った騎士団は約6割だった。
犯罪冒険者隊は全滅した。
西門から、ミリトス教徒隊は任務を全うして全滅した、と連絡が入った。
この日、アノール攻防戦の趨勢は決まった。