102話 王宮の視点
――― ヨーゼフ国務大臣の視点 ―――――
騎士団がスタンピードを制圧した。
ダンジョンから湧き出した3000匹を優に超えるゴブリンを、1匹漏らさず討ち果たしたのだ。
空前の大戦果に今、王宮は興奮と熱気に包まれている。
一方でミリトス教会の闇が白日の下に晒されつつある。
まずミリトス教会は上から下まで治癒能力を完全に失っていた。
にもかかわらず、市民に “治癒行為” を行い、不正に報酬を得ていた。
その行為により、奴隷にされた市民が多数存在する。
侍従長およびその取り巻きが教会に内通していた。
騎士団の一部も教会に内通していた。
教会が犯罪者を匿っていた。
教会の一大事に女神アスピレンナは逃亡している。
この機会にミリトス教会に対する支配を確固たるものにするため、騎士団が教会関係者の捕縛に当たっている。
教会から押収した鑑定水晶で、王宮内の内通者を洗っている。
我が国の積年の頭痛の種が今、取り除かれようとしている。
問題はエルンスト王だ。
信任の厚かったマルクス宰相が殺され、同じく信任の厚かった侍従長が教会に王国を売っていたことが判明した。
公私両面の腹心を失い、王は覇気を失い、一日中ぼんやりとされている。
犯罪者(ミリトス教徒)の処断はこちらでやるが、今後は国政からミリトス教色を排除して、政策の大方針転換をしなければならない。
ミリトス教会の新たな支配体制の人選も難しい。
それには王の認可が要る。
どうしたものか。
――― ミハエル騎士団長の視点 ―――――
スタンピード第一波 (キラーアント)はメッサーの街にとどまり、第二波 (ゴブリン)は騎士団が殲滅した。
この機会にダンジョンの入口を閉めてしまいたい。
だが国務大臣の要請で、今、騎士団は既存のミリトス教会組織の殲滅に掛かりきりになっている。
今を逃せば二度とミリトス教会を掌握するチャンスは無い。
特に王宮内に巣くう隠れ信者の炙り出しは手を抜くことは許されない。
ダンジョンを偵察させている。
今はダンジョンから魔物が湧き出す気配は無い。
今がダンジョンの入口を閉めるチャンスだ。
だが閉める方法がわからない。
メッサー冒険者ギルドに閉める方法を心得た者がいたが、メッサーの街自体が壊滅した。
調べていくと、騎士団にもダンジョンの扉を閉める方法が伝えられており、手順書や道具が保管されているらしい。
だが騎士団一の古株に聞いてもその様な物は見たことがないという。
手当たり次第調べさせているが、まだそれらしき物はみつかっていない。
手詰まりになった。
メッサーを偵察させている。
アリは4000ほどいたはずだが、殆ど見えないようだ。
巣を作って潜っているものと予想される。
こちらはどこから手を付ければ良いかわからない。
――― 商務庁長官の視点 ―――――
私はヨーゼフ様配下、商務庁を預かる者です。
商務庁とはノースランビア大陸に勃興しつつある “商売” という摩訶不思議な業界を管理・監督する役所です。
商人というのは実に興味深い者達です。
彼らの生態を簡単に言えば「安く買って高く売り、利を得る」となります。
理屈はわかります。
そのためには情報が重要になります。
ある商品がどこで、いくらで売られているか、最新の情報を掴まねばなりません。
それどころか、ある商品が、どの時期に、どの場所で、いくらになるかをあらかじめ予想し、値が上がらぬうちに先行購入しています。
驚くべき者達です。
その商人達が王都アノールを去り始めました。
気付いたときには7割の商人がいなくなっていました。
残っていた3割の商人のうち、2割は支払いや商品引き取りのためにいるだけで、店自体は閉店していました。
残っていた商人をつかまえて、事情聴取のために王宮に参内するよう申しつけましたが、全員理由を付けて王宮に参内することを断ってきました。
まだ王都に残っていた商人を手当たり次第につかまえて事情を聞いたところ、
「近々メッサーで大変なことが起きる。アノールも巻き込まれる。すぐにアノールを去れ」
という噂が流れているとのこと。
そんなあやふやな怪情報で店仕舞いするものでしょうか?
そう言って更に問いただしますと、
「メッサーの冒険者ギルドが酷いことになってから、アノールもだいぶ景気が悪くなりましたからね。商売の拠点としても見切りを付けたんじゃないですかね」
そんな他人事のようなことを言いました。
それに商務庁長官たる私の前で「王都の景気が悪くなった」とは何でしょう。
思わず、
「その物言い、不敬であろう」
そうたしなめたのですが、返ってきた言葉が
「こりゃ失礼しました。なんせ私はお貴族様のお声掛かりなんて初めてでして。失礼がありましたら何卒ご容赦を」
ここで私は気付きました。
彼はいつも私が話を聞く商人ではないのです。
その商人に足代を握らせ、送り返してから、いつも話を聞く商人に片っ端から接触させました。
しかし、誰一人として王都にいませんでした。
驚くことに本人だけで無く、妻子、親類、縁者、使用人、すべて王都から去っていました。
そして程なくメッサーダンジョンでスタンピードが発生しました。
メッサーの街は魔物に飲み込まれ、壊滅しました。
商人が言っていた “噂” とはこのことだったのでしょう。
なぜ商人はメッサーダンジョンでスタンピードが発生することを予想できたのか。
じっくりと問い詰める必要がありそうです。
しかし騎士団が魔物を殲滅し、アノールを守り切りました。
アノールは健在です。
無責任な “噂” は外れました。
なんて誇らしいのでしょう。
臆病な商人など王都には要らぬ。
商人も勇敢な者だけが残れば良い。
このときはそう思っていました。
――― ヨーゼフ国務大臣とミハエル騎士団長の密談 ―――――
「騎士団長にお伺いしたい。スタンピードはこれで終わりだろうか?」
「そう言い切れぬ・・・」
「今、魔物は出てきていないらしいが」
「これまでキラーアントとゴブリンしか出て来ておらぬ。これでオークとコボルトが出て来ていれば、私もだいぶ安心できるのだが・・・」
「そうですか・・・ ではやはり仮王宮を検討しなければならんか」
「仮王宮とは?」
「陛下をスタンピードから遠ざけねばなりません。王都から離れていただこうと思うのです」
「おお。それは良いお考えだ」
「王宮防衛の観点から推奨できる街はあるでしょうか」
「アノールに比べればどこも大して変わりませぬ。ただしスタンピードを考えればコナハラは避けるべきでしょう」
「わかりました。今イプシロンを考えております」
「適切なご判断と思います」
「ありがとうございます。あとは陛下の説得だけか・・・」
「?」
「実は陛下が反対されておってな・・・」
政府はここで間違いを犯した。
セカンドラッシュの勝利の後、政府中枢は王族を連れて、無理矢理アノールを去るべきだった。
だが、王の優柔不断のせいでアノールにとどまり続けた。
そしてサードラッシュが始まった。