101話 アノールの視点
――― ヨーゼフ国務大臣の視点 ―――――
王宮内に教会に内通しているものが確実にいる。
内々に調査させようとしたが、鑑定水晶が破壊されていることがわかった。
敵の方が一枚上手だった。
こうなると誰を信用して良いかわからない。
ミリトス教会を擁護する奴らは通じていると見て良い。
だがわかりやすい奴らは下っ端だ。
裏に大物がいるはずだ。
手をこまぬいている内にメッサーの冒険者ギルドが襲撃を受けた。
教会の収入を削っているのがメッサー冒険者ギルドだと気付いたのだろう。
ウォルフガングが傷を負い、何処へか姿を隠した。
メッサー冒険者ギルドは閉鎖に追い込まれた。
いつの間にか神聖魔法使いも姿を消していた。
王宮から追放した女勇者3人組も姿を消していた。
ウォルフガングや神聖魔法使いには申し訳ないが、このときは仕方ないと思っていた。
ミリトス教会の攻撃を王宮から逸らせるなら、何でも利用するつもりだった。
メッサーの冒険者ギルドよりも、先に王宮の混乱を鎮めなければならない。
ところが後にとんでもないことになって返ってきたことがわかった。
◇ ◇ ◇ ◇
メッサーの街がキラーアントの群れに襲われ、壊滅したと報告があがった。
キラーアントの群れ?
生存者ゼロ?
何があった!?
偵察に行かせた騎士団員は帰ってこなかった。
騎士団長が顔を強張らせてやってきた。
「大臣。非常にまずいことになった」
「何が起きたのだ?」
「メッサーダンジョンでスタンピードが起きた」
「何だと?! では扉を閉めなければ・・・」
そこまで言ったところで、自分の言葉に自分で気付いた。
騎士団長が後を引き継いでくれた。
「そうだ。ダンジョンの扉を閉める者がいない。今となっては誰もダンジョンの入口に近づけまいが・・・」
「ウォルフガング・・・」
「仕方あるまい。我々がウォルフガングを見捨てたのだ」
そうだった。
ウォルフガングは王宮での打ち合わせの帰途に襲われたのだった。
そして王宮はウォルフガングをそのまま放置した。
しかし・・・
「他に扉を閉められる者はいないのか?」
「いたのかも知れない。だが今、メッサーはキラーアントに占領されている。もしいたとしても、とっくにアリの腹の中だろう」
「くそっ!」
「それよりも大臣、今後のことだ」
「何だ?」
「キラーアントの群れはメッサーを占領して動いていない」
「・・・」
「どうやら巣を作るようだ」
「何だと・・・」
「そちらはひとまず置く。キラーアントの後からゴブリンが湧き出していると報告があがってきた」
「・・・」
「ゴブリンはここ、アノールに向かっている」
「ゴブリンごとき、皆殺しにしてやれば良い」
「そうだ。ゴブリンの数が万余でなければ、な」
「なんだと・・・」
「今、報告が上がったのは2000だ。まだまだ出続けている。ちなみにアリは4000を超えたらしい」
「・・・」
「とりあえず王宮の武器庫を全て解放して迎え撃つが、戦況によっては思わぬ事を頼むやも知れぬ。全面協力をお願いしたい」
「わかった」
「王都の4つの門は騎士団の判断で開閉する。よろしいか」
「言うに及ばぬ」
「有り難い」
騎士団長は足早に去った。
――― ミハエル騎士団長の視点 ―――――
国務長官と言葉を交わした後、私は騎士団詰所にいる。
ここに情報が集まってくる。
やはりキラーアントはメッサーから動かない。
メッサーに居着くつもりだろう。
魔物に占領されたとは言え、まだ隠れて生きている住民がたくさんいるだろう。
彼らを救うことが出来ない。
そして次に湧き出したゴブリン。
2000体ほど湧き出した後、ホブゴブリン、ゴブリンキングが観察され始めた。
ゴブリンを戦闘集団として指揮できる者達が出て来たということだ。
結局ゴブリンキングが10体、ホブゴブリンが50体、ゴブリンが1000体、追加で湧き出た。
そしてゴブリンの戦闘集団が10個作られた。
ゴブリンの10個中隊がアノールに向けて進軍を開始した。
◇ ◇ ◇ ◇
騎士団はいったんアノールの全ての門を閉め切った。
文句を言う馬鹿共がいたが、門の外を見て腰を抜かしていた。
門は堅く、城壁は高く、ゴブリンごときに抜けるようなものでは無い。
統制が取れていたように見えたゴブリンの集団は、中隊単位でバラバラに動き始めた。
まずは小手調べ。
最もゴブリンの密度の薄い東門を開き、騎士団を突出させた。
門の近くにいたゴブリン1個中隊を全滅させ、すぐに門の中に引き揚げた。
我が騎士団は1人も欠けていない。
敵の実力は読めた。
騎士団員の中に軽傷を負った者がいたのでミリトス教会を呼びだした。
駆け出しの末端治癒士らしい者が来た。
「この者達をすぐに治癒して頂きたい」
「いや・・・この程度でしたらヒールも必要無いかと・・・」
「戦時要請である。すぐに完治させたまえ」
「いや・・・」
「お前では話にならん。失せろ。 フース司教を呼べ」
「お止め下さ・・・」
「この者を拘禁しろ」
「な・・ 何を・・・」
すぐに騎士団員が末端治癒士を縛り上げ、猿轡を噛ませた。
フース司教が詰め所に入ってきた。
縛られた末端治癒士を見て声を上げた。
「何をしているのです! 彼は皆様にヒールを掛けるために来たのですよ!」
「こやつはその治癒の要請を拒否したのだ」
「そ・・・」
「それどころか司教殿をお呼びすることを邪魔したのだ」
「・・・」
「戦時下における命令拒否、およびサボタージュだ。凡例に則り、騎士団で厳正に処断する」
「・・・」
「こやつのことはもう良い。済んだ話だ。それよりも司教殿。この者達を癒していただきたい」
「・・・はっ。直ちに」
フース司教は左手に聖典を持ち、右手を兵士の傷に向け、長い詠唱を始めた。
騎士の傷が淡い光を纏った。
やれやれ、やっと治癒してもらえる。
兵士がほっとした表情をした。
傷が塞がらない。
10分経過した。
やはり傷が塞がらない。
かさぶたが出来かけているが、これは騎士自身の自然治癒だ。
司教は尋常では無い汗をかきながら、一心不乱に詠唱を繰り返している。
どうやら噂は真実だったらしい。
教会は治癒能力を失った、と。
平衡感覚を失ったのか、上体が揺れ始めた司教をガシッと支え、
「まだまだお時間が掛かるご様子。応援を呼びましょう」
そう言うと、フース司教はうつろな目で頷いた。
◇ ◇ ◇ ◇
結論から言うと、ミリトス教会は完全に治癒能力を失っていた。
フィリップ枢機卿、フリット大司教もヒールひとつ使えなかった。
最後は女神の御力に頼るほかあるまい。
女神の居所を聞くとフィリップ枢機卿、フリット大司教も首を振った。
3日前から姿が見えないという。
ここが切所だろう。
4門の守りに必要な最低の兵力を残し、騎士団の全兵力を上げてミリトス教会総本山および関連施設を制圧し、騎士団の管理下においた。
総本山からは山のような布施が出て来た。
効きもしない治癒魔法で市民からこれほどの大金を巻き上げていたのかと思うと、はらわたが煮えくり返る。
関連施設からは、まともな会話すら成立しない信者と、どこからどう見ても犯罪者にしか見えない冒険者が大量に湧いて出た。
戦時下である。
こやつらを管理するために騎士団員を割く訳にはいかぬ。
全員を犯罪奴隷に落とした。
犯罪奴隷用魔術具で個人の意思を奪い、使い捨ての駒にした。
このとき思いもよらぬ収穫があった。
自分は上と繋がっている、こんなことをしていいのか?
そう匂わせる犯罪冒険者 (阿呆)が出て来たのだ。
恐れ入った風を装い、他に上と繋がっている者がいないか聞き出した。
平時に行えば問題視されるが、今は戦時下である。
犯罪奴隷用魔術具で個人の意思を奪って「上の御方」の名前や地位を聞き出した。
1人の情報では信憑性に欠けるが、3人が同じ人物を指名すれば充分だろう。
侍従長および側近を逮捕拘禁した。
騎士団からも5名の逮捕拘禁を出した。
ミリトス教会総本山を制圧したことで、熱心なミリトス教徒が王宮に押し寄せた。
丁寧に理由を説明したが、誰も耳を貸さない。理解しない。
戦時下である。
有無を言わさず全員に犯罪奴隷用魔術具を装着した。
犯罪奴隷用魔術具が足りるかどうか不安を覚えたのは初めてだ。
◇ ◇ ◇ ◇
ゴブリンどもはバラバラにいると各個撃破されるとわかったようで、纏まっている。
ダンジョンから追加戦力が合流したらしく、更に兵力が増えている。
王都騎士団よりはるかに数が多い。
そのころ我が騎士団はアノール近郊の街に分駐する騎士団と連絡を取り合い、ゴブリンの軍団と決戦するべく準備をしていた。
決戦の日。
我々は門の外に出て布陣した。
戦は我々騎士団から遠矢を射ることから始まった。
ゴブリンどもは弓矢を持たないので一方的に被害を被る。
ゴブリンキングは突撃の命令を出した。
充分にゴブリンの先鋒を引きつけると弓隊が左右に分かれ、走って後方に下がる。
弓隊の後ろから出て来たのは我が騎士団の秘蔵っ子。魔導部隊。
火魔法を全開射撃する。
ゴブリンの集団を炎の槍が絶え間なく襲う。
ゴブリンの先鋒が壊乱し、後続の部隊に雪崩れ込み、混乱に拍車を掛ける。
魔法部隊は魔力が無くなるまで打ちまくる様に命じてある。
ゴブリンの先陣、第二陣を崩壊させ、魔力切れを起こした魔導部隊を後方に下がらせる。
そして出たのが我が騎士団の華、騎馬隊だ。
アノール近郊から集まった騎士団(騎馬隊)がゴブリンの背後から突入し、王都騎士団が正面から突入した。
騎馬隊に蹂躙され、一匹一匹バラバラになったゴブリンどもを、騎馬隊の後から突入した徒士隊がすり潰すように討ち取っていった。
遂にスタンピードで湧いたゴブリンを全て討ち取った。
勝利の雄叫びが3度轟いた。