010話 冒険者ギルドにて
メッサー冒険者ギルドのフロントの美人受付嬢ソフィー。
私はソフィー嬢の部下、パシリ1号の『ビトー・スティールズ』として、そしてその実態は冒険者ギルドの闇治癒士として、第3の人生をスタートした。
当然のことながら、冒険者ギルド内で治癒を行うことは秘中の秘。
治癒依頼は隠語で行われ、ギルド長またはソフィー嬢に申し出る。
隠語は月毎に変わる。
治癒の代金は教会料金の1/100にした。
浅い傷にヒール 大銀貨1枚 (約1万円)。
深い傷にハイヒール 金貨1枚 (約10万円)。
解毒にキュア 大金貨1枚 (約100万円)。
呪いの解呪にディスペル 白金貨1枚(約1000万円)。
私の魔法はヒールとハイヒールの境が無いので、そこはギルド長またはソフィー嬢の見立てに従う。
冒険者ギルドなので治癒はクエストと同じ扱いとする。
つまり御代は成功報酬。
怪我が治ったら御代を頂く。
特にキュアとディスペルは、そもそも効くかどうか分からないため、ミリトス教会のような非道はできない。
ならば上から下まで成功報酬で良い。
金額はこちらの世界の基準では安すぎるかもしれない。
だが元の世界の自由診療で治療を受けたときはこの程度だろう。
闇治癒バイト。
最初は繁盛するか不安だった。
宣伝は一切していないので、むしろ隠しているので、当初はこれで商売になるのか? というくらい暇だった。
だがギルド長もソフィー嬢も自信満々だった。
絶対当たるという確信を持っていた。
というわけで、当初はソフィー嬢の補佐(ギルドの帳簿整理の手伝い)で日銭を稼いでいた。
◇ ◇ ◇ ◇
冒険者ギルドの業務は実に多岐に渡る。
クエストの発注・受注
難度の高いクエスト・長期にわたるクエストの進捗管理
ダンジョンからドロップした武器の買い取り、卸売り
ダンジョンからドロップしたマジックアイテムの買い取り、卸売り
ダンジョンからドロップした宝石類の買い取り、卸売り
各種ポーション類の買い取り、卸売り
保存食の仕入、販売、在庫管理
領地内の地理・経済情報の収集、更新
領地内の魔物情報の収集、更新
領地の地図販売
ダンジョンの地理・魔物情報の収集、更新
ダンジョンの地図販売
魔物の解体
魔物の肉類・素材の買い取り、卸売り、在庫管理
他領地産のアイテムの相場調査、仕入れ、販売、在庫管理
冒険者の名前とランクの把握
冒険者パーティの名前・構成員・ランクの把握
犯罪者および犯罪者予備軍の名前・能力・活動拠点の把握
徴税代行
納税
まだまだありそうだが、ざっとこんな感じ。
これらは各々が相互に絡み合い、さらにその全てにカネが絡むので、帳簿で管理される。
ちょっと凄みのある帳簿の厚さになる。
そのほぼ全てをソフィー嬢が管理する。
ソフィー嬢はギルド全体のカネを掌握しているのだ。
冒険者ギルドの代表はギルド長だが、裏番長はソフィー嬢だ。
◇ ◇ ◇ ◇
私の上司、ソフィー嬢を紹介する。
ソフィー嬢は、やや赤みがかった濃い茶色の長い髪をアップにまとめ、碧い瞳の美しい20代半ばの美女である。
と書くと「ああそうか」と思われるだろうが、おそらく第一印象でそう感じる人はいない。
まず190cmを超える身長に圧倒される。
顔は小さく、9頭身から10頭身くらいある。
体は引き締まっているが、決してモデル体型ではなく、出るべきところは思い切り出て、引っ込むべきところは思い切り引っ込んでいる。
大変に均整が取れている。
従って、数字以上に大きさを感じる。
もともとB級冒険者(剣士)だったのだが、ひざの怪我が原因で、若くして冒険者業を引退された。
冒険者の生態、冒険者ギルドの業務、ダンジョン、魔物について詳しかったことから、引退後すぐに冒険者ギルドのフロントに入った。
もともと数字には強かったとのこと。
手のひらを見ると皮が厚く、固く、ゴツゴツしている。
爪には細かな傷がたくさん入り、くすんだようにみえる。ネイルとは無縁である。
女性の手に見えない。
完全にドカチンの手。
そして間違いなく世界一腕の太い受付嬢である。
ソフィー嬢は私が整理する帳簿の間違いを素早く見つけ、ギロリと睨む。
大変に怖い。
数字でも腕っ節でも絶対に勝てない。
今まで何人も助手が付いたが、誰も育たなかったらしい。怖いから。
睨まれているうちはまだ良いが、改善が見られないと鉄拳が飛んでくる。
相手が男でも女でも一緒なので、女性の助手では勤まらないだろうなぁ、と思う。
本人曰く「これでもずいぶん手加減している」。
わかる。
手加減してくれないと人死が出る。
私はソフィー嬢を「姐さん」と呼び、敬うことにした。
実際年上だし、何よりも人生経験が足下にも及ばないと勘が働いた。
そして帳簿と格闘した。
姐さんから直近の在庫量を聞かれた時は真っ先に倉庫に走り、報告。
ここを叩き出されたら路頭に迷う。
印象を良くしておかねばならぬ。
姐さんは叩いたら叩いた分だけ面倒を見てくれる。
多少頭を叩かれるくらいなら、厳しい上司はむしろ有難い。
一度キラーアントとキラービーを間違えてクエスト報酬を計上したとき、首根っこを鷲掴みにされてキラービーの前まで引き摺られて行き、
「お前の目ン玉はどこに付いているんだ!!!」
と怒鳴られながらキラーアントとキラービーの違いを一々教えてもらった。
この時は怖かった。
羽を毟られたキラービーとキラーアントの見分けが付かなかったのだ。
おかげで冒険者ギルドのモノとカネの流れを把握できるようになった。
魔物についても詳しくなった。
これは後々助かった。
◇ ◇ ◇ ◇
徐々に治療の依頼が増えた。
大きな怪我をした冒険者がこっそり訪れるようになった。
大怪我を負うと、たとえ上級ポーションを使っても現場復帰可能になるまで体を持ち直すのに時間が掛かる。
ポーションは傷を即座に治癒するのではなく、治癒の促進なので、傷が修復されるまでの間に筋肉が衰える。
治癒魔法も治癒の促進だが、ポーションに比べればあっという間に回復する。
筋肉が落ちない。
そして回復に必要なエネルギーは治癒士の魔力が補う。
今ひとつポーションの効きが悪いと思われる方は、ポーションと同時にしっかりと栄養もとること。
酒は駄目です。傷の治りが遅くなる。
冒険者稼業は一攫千金で、皆それなりのあぶく銭を抱えている印象があるが、それは一握りの上級冒険者だけだ。
大半の冒険者はその日暮らしレベルで、怪我で休むと生活が破綻するケースが多い。
だから一か八かで教会に治癒を頼む例が後を絶たないのだ。
ここメッサー冒険者ギルドで闇治療をすると、怪我を負った冒険者とその冒険者が所属するパーティにえらく感謝された。
治療した冒険者数が5人を超えたあたりから、冒険者同士の地下情報網で冒険者ギルドの闇治療の噂が広まり始めた。
噂の要点は、
・とにかく安い
・治癒に失敗したら代金は取らないというが、失敗したためしがない
・ヒールを何回掛けても代金は変わらない
すると流石はダンジョン都市。
ダンジョンに挑んで撃退された冒険者が次々に担ぎ込まれるようになった。
治癒した冒険者たちには守秘契約魔術が使われた。
これだけ治癒を行うと治癒魔法のレベルが上がった。
だが翌朝にはレベル0に落ちていた。呪いが継続していることがわかる。
治癒を行うとMP(魔力量)とINT(知性)も上がる。
これはアップしたままだったので有り難い。
闇治癒を始めて1ヶ月。キュアとディスペルのイメージが固まってきた。
闇治癒を始めて2ヶ月。キュアとディスペルが使えそうな気がしてきた。
◇ ◇ ◇ ◇
ギルド闇治療院を開院して3ヵ月経ったある日。
午前中の治癒要請はゼロ。
姐さんの帳簿整理を手伝っていた。
午後3時。
そろそろ治癒要請がある頃だと思って構えていたとき。
ギルドの扉が乱暴に開けられ、男女2人組の冒険者がなだれ込んできた。
男性冒険者が女性冒険者に肩を貸している。
「闇夜の亡霊は2体」
「リッチは何処へ」
「遺棄された大聖堂へ」
男性冒険者と姐さんがワケのわからない符牒を交わした後、2人は処置室に通された。
「クロエ! ギルドに着いた! もう大丈夫だ!」
「う・・・」
男性冒険者が大声で女性冒険者を励ましている。
治療が必要そうなのは女性冒険者だということはわかる。だが外傷はなさそうだ。
何があった?
「処置室では小声でお願いします。何があったのですか?」
「蛇だ。蛇に噛まれたんだ。早く何とかしろ」
私に掴み掛かってくる男性冒険者に対し、姐さんが眉一つ動かさず、その顔面に水魔法で出した水球を叩き付けた。
「ぐわっ!!!」
「うろたえるな、ジークフリード。何があったのか簡潔に言え」
「ソフィー・・・ 蛇だよ蛇、蛇に噛まれたんだ。早く」
「どこで噛まれた? ダンジョンか? 蛇の種類は? 何時間前に噛まれた? 噛まれた場所は? 周りに他の魔物はいたのか? 周りに他の冒険者はいたのか?」
「あう・・・ 蛇は・・・ グリーンのボディに黒の細いストライブが入っていた。1mくらいの蛇だ。名前はしらねぇ。噛まれたのは足だ。3時間くらい前だ。ダンジョン背後の森の中だ・・・ 他に魔物はいねぇ」
女性冒険者は師匠より一回り小さいが、女性としては間違いなく背が高い方だろう。
少なくとも私より一回り大きい。
中級ポーションを使って毒の回りを抑えているようだが、顔は青ざめ、汗をかき、呼吸が速く浅い。
かなり危ない感じ。
「グリーンフォレストマスター、またはグリーンブッシュマスターかと」
(注:この世界に生息する毒蛇。森林に生息し、木の間で見つかりにくい保護色と模様を持つ。毒は強い)
「いい判断だ。間に合いそうか?」
「おそらく・・・」
姐さんのお墨付きをもらって処置に掛かる。
「クロエさん。台の上に横になってください」
「う・・・」
「右足ですね。スパッツの裾を破きますね」
ふくらはぎに牙で付けられたと思われる傷痕が2箇所ある。
そしてその周囲がどす黒く変色して、足がパンパンに腫れている。
腫れが膝下で止まっているのはポーションが効いている証拠だろう。
すぐに治癒を始める。
傷口にどれほど毒が残っているかわからないが、傷口周辺からキュアを掛け始める。
蛇毒の化学式などわからない。
だから毒の構造をほんの少し変えて無毒化するイメージ。
蛇毒が強壮剤(緑マムシドリンクDX)に変わってくれたらいいなと勝手に想像する。
そんなイメージで魔法を掛けて行く。
既に毒が全身に回っているとの予想から、全身に魔法を掛ける。
2度、3度と掛けて行く。
右足の腫れが引き始めた。
苦しそうな呼吸が落ち着き始めた。
いい感じだ。
思わず魔法を掛ける側も力が入る。
時計を見ると30分を経過していた。
毒の方はもう大丈夫。
続いて毒で破壊された組織の修復。
外傷は小さいが、内部は外傷より惨い状態だろう。
ふくらはぎの筋肉組織の修復をイメージしながらヒールを掛けて行く。
皮膚の内側は目に見えないのでどの程度効き目があるかはわからない。
魔法を信じてじっくりとヒールを掛けていく。
時計を見ると1時間も経過していた。
クロエさんは安らかな寝息を立てている。
傷口のあった場所に手をかざしても蛇毒の痕跡は感じられない。
「ジークフリードさん、もう大丈夫ですよ・・・」
ジークフリードが私の前に跪いて号泣し始めたのでびっくりした。
「この恩は一生掛かってでも返す。ソフィーの前で約束する。絶対に・・・」
「そんな・・・ ダンジョンで『ちょっといいもの』が手に入ったらそれでお願いしますね」
「『ちょっといいもの』って、おまえ、そんな簡単に見つかるわけ・・・」
「ジークフリード。大金貨1枚(約100万円)だ」
「え・・・」
「大金貨1枚だ」
「ソフィー、そんなわけ・・・ 1時間もキュアを掛け続けてくれて・・・」
「ジークフリード。もう一度言う。キュアは一律大金貨1枚。何度掛けても金額は変わらない」
「・・・」
ジークフリードがまた号泣し始めた。
クロエさんには冒険者ギルドに泊まってもらった。
ジークフリードさんには一晩中クロエさんに付き添ってもらった。
「何かありましたら遠慮なく呼び出してくださいね」
そう言って二人きりにした。