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13.


 夜な夜なうなされ目を覚ます。


 夢はいつも、兄の顔をしている。



 ——代替品のくせに——



 夢の中の兄は、いつしか顔を母に変え、罵る。



 ——どうしてあなたじゃなかったの……——



 兄の葬式に参列していた時、イブリースを見下ろしながら呟かれた母の言葉は忘れられない。


 周囲からも、賢く理想的な王太子だったラスールが死んで、愚かで怠惰な王子が残ったと密やかに語られる。


 兄が亡くなる前はよかった。


 兄が王になり、王太子となるための子が生まれるまでの代替品として弁え、将来の兄の家臣としての出来であればよかった。


 兄に比べ、出来が良くなかったイブリースは、それでも兄の役に立とうと兄の後を追っていた。


しかし、無理をしていることを悟った兄は、イブリースが興味を持って学問できる環境を整えてくれた。


 菓子が好きで、つい制限されている以上に食べてしまうイブリースのために、どこからかレシピ本を手に入れてくれ、厨房でこっそり菓子作りができるように取り計らってくれた。


 外国語が苦手だったイブリースのために、数か国語のレシピ本を手に入れ、学習に取り入れてくれたことで、今のイブリースは外国語を得意になった。


 プロの菓子職人が作った菓子よりも、イブリースの作った菓子を好きだと食べてくれる兄のために、レシピ本を更に読み解き、新しい菓子を作ったりもした。


 レシピの成り立ちに踏まえて各国の歴史を教えてくれたのも兄だった。


 出来が悪い王子として家庭教師たちに扱われていたイブリースは、兄の存在で救われたのだ。


 けれど、一つだけ、誰にも言えない罪がある。


 兄と彼の婚約者であるアンジュ・ラベー公爵令嬢が定例のお茶会をしているとき、兄を探して迷い込んだイブリースは、兄と共に笑い合っていたアンジュを一目で好きになってしまう。


 兄が優しくイブリースを受け入れてくれることに甘え、菓子を作りお茶会に乱入した。


そのたび、優しく微笑み作った菓子を頬張っては褒めてくれる兄に、多少の罪悪感を持ちながら。


 ある日、ついに兄から婚約者とのお茶会には来ないようにと言われた。


 これまで温かく迎えてくれていた兄とラベー公爵令嬢だったが、おつきの侍女から注進が母である王妃に行ったのだ。


 兄の邪魔をしてはいけないと伝えられた日、母の部屋から飛び出したイブリースはすれ違った兄に呼び止められたが無視して部屋に閉じこもった。


 アンジュは兄の婚約者で、イブリースのものには決してならない。ただそれだけのことが無性に悲しくて部屋から侍女たちを追いだしベッドに潜って泣いた。


 聞き分けのないイブリースは、様子がおかしかったから部屋を訪れた兄に任された。


 こんもりと盛り上がったシーツの側に座った兄は、イブリースに何も問わなかった。


 何も問わず、ただ泣きたいまま泣かせてくれた。


 瞳から涙が零れ落ちるたび、胸の痛みが少しずつ楽になっていく。


時折背を撫でる、布団越しの掌のぬくもりに複雑な思いがした。


 次第に涙も枯れてきてそっとシーツから出ると、いつもの笑顔でイブリースを出迎える兄の姿があった。


 優し気な笑顔を見て、同時に強い劣等感が胸に飛来する。


 王子ともあろう者が、感情をみだりにだしてはいけないと常日頃言い聞かせられていたというのに、いつもの通り表情を崩さない兄の前で感情を露わにしてしまったことが、許しがたいほど恥ずかしかった。


 兄がなにか声を掛けようと口を開いた瞬間、その言葉を遮るように言ってしまった。


 兄なんていなければよかった。と。


 自分のように傷つけば、いつも笑顔のままの兄の表情も動くかもしれない。そんな浅ましい思いから出た言葉だ。


 酷い言葉を吐いた。


 明確に、相手を傷つけようとした。


 それなのに、兄は、そうか。と穏やかに笑った。


 ああ、やはり代替品とは出来が違うのだ。と痛感し、再びふてくされてベッドに潜る。


 それからは、どれほど兄が語りかけてきても顔を出すことはなかった。


 それが最後の兄との邂逅とも知らずに。

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