鬼の聖域編1話 対立する世界
「っぅ、っぅ……………みんなぁ……どこにいるの?」
小さな髪の長い着物の女の子が泣いている。暗い森の中で。女の子はその場にしゃがみ込みずっと泣いている。どこからかフードを深く被ったガタイのいい男性らしき人が現れる。その男性は何かを喋るもなく手を女の子に差し出した。その差し出された手を女の子は取ったんだ。
「う〜ん……………ふわぁっ……」
昼休み、教室で居眠りをしていた祈が目を覚ます。
(変な夢だったな………)
はっきりと鮮明に覚えている夢。彼女にとって夢をはっきりと覚えていることはとても珍しい。それも相まってあの夢のことが気になって仕方がなかった。
今日は琉と直人は部活、里恵は学級委員の集まり、他の話す子達も教室いないということで久しぶりに1人の昼休みだ。1年の始め頃はほとんどの時間を1人で過ごしていた祈だが最近では1人で学校にいることなんてほとんどなくなっていた。
(私1人の時どうやって過ごしてたっけ?)
考えて出た結果は屋上に行くこと。祈は席から立ち上がって1人屋上へと向かった。
ガチャリと屋上のドアを開けると同時に夏風が祈を撫でる。青く、鮮やかな空。制服は半袖へと変わり、夏を感じる。祈はあたりを見渡しコンクリートの隙間から花が咲いているのを見つける。近寄って見てみるとその花は
「スズラン?」
今の季節は7月。スズランの開花季節は主に4月から5月。季節外れだ。祈も
(スズランって今の季節だっけ?)
と不思議がる。そもそも学校の屋上にスズランなんか咲くだろうか。どんどん出てくる疑問が祈をこんがらがせる。不思議がる祈はそっとスズランに手を伸ばす。風に吹かれ指に触れた瞬間、風は強くなり思わず祈はぎゅっと目を瞑った。ゆっくりと目を開けるとそこは屋上ではなく、暗い森だった。
***
驚きを隠せない祈はしばらくの間そこにしゃがみ込んでいた。数秒、いや、数十秒がたち、祈は自分の服を見てここが聖域であることに気がついた。
(あのスズランが聖域に入るトリガー?)
立ち上がりあたりを見渡す。高い木が沢山あり明かりがほとんどない。こんな森を歩いたらすぐに迷子へとなるだろう。
(どうしよう……)
そんなことを考えていた時遠くの方から足音が聞こえてきた。
(誰かきた?)
足音は二つ。馬の足音だ。一体どういう状況だろうか。やがてその二つの足音は祈を挟んだ。
「!!」
祈は剣に手を伸ばし構える。右には短刀を持った一つ結びの女の子が乗った馬。左には長巻を持ったマントをつけていてもわかるガタイのいい男が乗っている大きな馬。
(この二人は味方同士?それともここの戦いに巻き込まれた?)
祈は左右を同時に見る。二人は祈に攻撃を仕掛ける様子はない。目の先には相手、ただ一人である。だが先に気づいたのは女の子だった。
「!…………」
女の子と祈は目が合い、祈はさらに気持ちを引き締める。だが女の子は祈のことを全く気にせず男との戦いにまた集中する。そんな女の子の目線の変化に気づいたのだろう。男も祈の存在を認識する。だが祈を相手にしない。二人は一定の距離を保ちながらずっと奥まで走り続けていた。
二人が通り過ぎたのを確認した祈は構えるのをやめる。
(確かに私の存在に気づいていた。でもどちらも襲って来なかった。なんなの、この聖域。)
またぐるりとあたりを見渡す。一つの足音が近づいてくることに祈は気がつく。祈はまた剣を構え、足音のする方を見る。
(あの短刀の子?それともあのガタイのいい男?)
奥の森から姿を現したのは短刀の女の子だ。祈は構える。女の子も少し警戒を見せながら祈を睨む。
「ねぇ!」
「!!」
女の子は祈と一定の距離を保ってとまり話しかける。祈も警戒を止める気はさらさらない。そしてそれは女の子も同じだ。だが女の子は祈に話しかける。
「貴方人間?変な格好してる。」
「?…………………人間だけど……」
(変な格好?人間であることを確認してくることから人間と何かが過ごしている聖域。袴、馬、短刀、人間達は昔の日本って感じかな。だったら私の格好を変な格好ということにも納得できる。)
「あなたは何者なの?!」
「………………………」
祈の問いには無言で睨みつけ答えるかがないように見える。だが祈は質問を続けた。
「ここは一体なんなの?さっきのは何?」
「………………………」
またしばらく無言を続けたが睨み警戒を外さずそこに疑問の表情を加えて問いかけてきた。
「貴方こそ何者なの?人間ではあるんでしょうけど、この場所を知らなくてさっきのやつも分からないなんて…………」
「私は………………そうだね……能力者、だよ……」
「能力……?者?」
「そう、まあ私の能力は剣だから能力っぽくないけどね」
「…………………能力って何よ……」
その言葉に祈は少し驚く。外の世界を知らない聖域があることに。だがすぐにその驚きは無くす。
「能力は…………特別な力、かな……」
「特別な、力……」
ずっと祈にむけていた短刀を女の子はおろす。祈も少し驚き構えを緩める。
「よく分からないけど、貴方、人間なのよね?……なら私達の味方ね……」
「味方?」
「本当に何も知らないのね……まぁ、もうすぐ夜になるし、私の家にきなさい。どうせその様子じゃ泊まれる場所なんてないんでしょ。夜にこの森でうろつくっていうのは自殺行為よ。」
「………………………」
「後ろ、乗りなさい……」
女の子は首をクィッと動かし合図をする。祈は悩んだ末、とりあえずはその女の子のことを信用することにした。
***
この聖域はなんなのか、その疑問が消えないまま馬に揺られて森をしばらく歩いた。数分歩いて奥に見えてきたのは村だった。みんなの服装は和服、建物は木造。横切る人からたまに
「おっ!お疲れ〜!」
なんて女の子は声をかけられていた。それに対して軽く「ありがとう」と礼をして進んでいった。
数分後についた家は一人で暮らすのにちょうど良さそうな大きさの家だった。女の子は馬を小屋に帰した後、扉を開ける。
「どうぞ」
と軽く言う女の子に対して祈は「おじゃまします」と小声で軽く言う。中はきちんと整頓されており他の人は住んでいなさそうな家だった。女の子は真っ先に台所へと向かう。
「お腹空いてる?」
「ぅへ?」
急な問いに思わず祈は変な声が出たがすぐに気を取り直して「大丈夫」だと返事をする。何かを振る舞ってくれようとしたのだろう。しかし祈はさっき昼休みでお昼ご飯を食べたばっかりだ。時間帯的にこれは夜ご飯になるのだろうが、お腹が空いていないためその好意は断るしかなかった。祈が断ったからか女の子はもう台所には用がなくなったらしく座布団へと座る。「ほら」と軽く女の子は合図をして祈も座るよう指示をする。祈が座ったのを確認すると女の子は口を開いた。
「それで、貴方は一体何者なの?」
「あ、えっと………なんて言えばいいかな……」
祈は少し口籠った。おそらく人間界や地球人に日本人と言っても伝わらないのだろう。聖域という概念はあるのだろうか。でもまあある程度伝われば問題ないだろう。そう祈は考え口を開く。
「こことは別の世界……かな?」
「別の世界?そんなのあるの?それにあったとしてもどうやって…………」
「まあまあ、細かいことは気にしないの。それでだから私この世界のことわからなくて……教えてもらえますか…。」
「………………」
考えた女の子は少し納得した様子で話し始めた。
「確かに、貴方が別の世界から来たのだとしたらこの世界のことについて何も知らないこともその変な服装のことも納得がいく。…………分かった。とりあえずはその言葉を信じる。」
「!………ありがとう!」
「それで、ここのことについて話す前に貴方の名前を教えて。その方が呼びやすい。」
「うん。………私の名前は草薙祈。よろしく。」
「えぇ。よろしく。祈。」
「あなたは?」
「私?私は茜凛。木崎茜凛よ。」
「茜凛ね。分かった。……年は?」
「年齢なんて聞いてどうするのよ……。まぁ、14とか15とか、そこぐらい。」
曖昧な返事に祈は不思議がる。
「どうして曖昧なの?」
「どうだっていいじゃない、そんなこと。貴方は?」
「私は14」
「そ。じゃあ早速ここのことについて話す。」
「う、うん……」
「…………ここは、人と鬼が暮らす世界よ」
「人と……鬼?」
「そう。祈、貴方がいた森は言わば人の世界と鬼の世界の境界線。あの森よりこっち側は人間の世界。森の奥が鬼の世界。この村は人間の世界で1番端の村。森から離れればもっと栄えた町があるわ。」
「なるほど…人と鬼は別々に暮らしているの?」
「………………えぇ。ずっと前から別々に暮らしている。少なくとも私が生まれた時はもう既にこの世界はこの形だった。だから森から離れた町や村に暮らしている人の中には鬼とは空想の生き物だと考えている人もいる。」
「……………………じゃあ、森にいたあの男の‘人’は…」
「あれも鬼よ。あんなの人じゃない。」
「…………………」
「人の中には鬼狩り、鬼の中には人狩りがいる。そいつらが互いを殺し合っているの。平和な暮らしのためにね。」
「……あのフード男も茜凛も人狩りと鬼狩りってこと?どうして鬼狩りと人狩りがいるの?」
「そ。鬼狩りと人狩りがある理由は鬼が人間を食べるから。それから守るために鬼狩り、人狩りが出来たって聞いてる。」
「殺したの?鬼のこと?」
「………………何が言いたいの。」
「いや別に……ただの質問。」
祈だってドラゴンなんかの異種族を殺している。そして狙っているのは同族の人間である殺人ギルド。他人を殺し屋と言えるほどのものじゃない。
「………えぇ。私にとって大事なものを守る。ただそれだけよ。」
「うん。そうだよね。私も一緒。」
「…………貴方のことはよく分からないわね」
茜凛はそう言いながら立ち上がり襖を開け布団を出す。祈もすぐに立ち上がり茜凛を手伝う。無言のまま寝る準備を進めていたが祈はそっと口を開く。
「ねぇ。」
「何?」
「もし私が急にいなくなったりしても心配しなくていいからね。多分その時は私がもといた世界に帰っただけだから。」
「………………そ、分かった。」
ボソッと応えた茜凛の言葉はギリギリ祈の耳に入った。布団の準備を終えた茜凛は軽く息を吐いてから立ち上がった。
「それじゃあ私は鬼狩りの会議があるからちょっと出てくる。お風呂は………くるとき通った道、覚えてる?」
「うぇ?う、うん。」
なんともまあ情けない声のでた祈を見て茜凛は驚いた表情を露わにしたあと、小さく口角を上げた。その小さな変化に祈は気づき何かを茜凛に言おうとしたが祈が言う前に茜凛が先に話し始めた。
「ならその道を道なりに進んでいけば銭湯があるから、そこで入っておいて、茜凛の知り合いって言えば言いから。」
「分かった…」
祈が理解したことを確認した茜凛はそそくさと部屋を、家を出て行ってしまった。祈も家を出ようと玄関までのそのそと歩き始めた。
祈は玄関の扉を開けてはじめに来た道へ行こうとした時、陰から出てきた大きな体格の人に後ろから話しかけられた。
「なあ。」
「!?」
祈が振り返りその目に映したのは、森で茜凛と睨み合っていた長巻を持った鬼だった。




