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魔族狩りの日  作者: 立川みどり
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 レイヴが目覚めたのは、寝心地のいい寝台の上で、そばにやつれた表情の女がいた。

「ああ、気がついたかね。何があったかよく知らないけど、つらい思いをしたんだろうね」

 女は、淋しげだが温かな笑みを浮かべた。

「この黒髪。あたしたちの息子も、黒髪だったばかりにつらい思いをした。いじめ殺されたようなもんだ」

 ああ、そうかと、レイヴは理解した。

 ここは、自分をかばってくれようとした兵士の家だ。あの兵士は、死んだ息子を思い出して、レイヴを助けてくれたのだ。

 だが、助けてなど欲しくはなかった。クペを殺した一味、魔族の村を襲った一味にだけは、助けて欲しくはなかった。

 これでは、クペを殺した一味のあの兵士を憎めない。それは、今度こそクペやサーニアたちに対する裏切りのように思えた。

 それで、レイヴは、女が部屋を出た隙に部屋の窓からすべり出た。サーニアたちの家と違って、抜け出すのはたやすかった。

 シグトゥーナの城門のすぐ外には、魔族たちの首がいくつも掲げられ、さらしものにされていた。

 レイヴが眠っている間に執拗な魔族狩りが行なわれたと見えて、さらし首はざっと見たところ、二十以上はあった。

 そのなかには、ガンザの首も、ターナの首も、クペの首もあった。見知った者が何人かいたし、ゴルの首もあった。

 レイヴはずっとゴルが嫌いだったが、そんな気持ちは、いまは消え失せていた。サーニアと同じ言葉を口にできる者が魔族には非情になったのを見た今は、ゴルやカザクが自分に敵対心を燃やしたのも、彼らの人柄のせいばかりではなかったような気がしてきたのだ。

 さらし首のなかにサーニアとムガシャが見当らないのは、せめてもの希望だったが、なかには焼け死んだらしくて容貌の判別のつかない首もあったので、ほんとうにこの中にサーニアとムガシャがいないのかどうか、確証はもてなかった。

 レイヴの足は、自然に、クペとターナが殺された場所にと向かった。首をはねられたあとのクペの遺骸がそのままになっていたら、せめて葬ってやろうと思ったのだ。

 だが、その場所に行ってみると、遺骸はなく、頭からショールをかぶった女が、ぼんやりとしたようすですわりこんでいた。

「サーニア?」

 女はショールを取って、レイヴを見上げた。悲しみにやつれたサーニアの顔があらわれた。

「ああ、レイヴ。あなたは無事だったのね」

「クペとターナがおれのせいで……」

「言わないで」

 サーニアは顔を手で覆って鳴咽した。

「だれのせいかと言い出せば、それはわたしのせいだわ。あなたを追い返して、それをクペたちに知らせることは思いもつかなかった。そんな余裕はなかった。わたしの力が足りなかったんだわ」

「違う」

 レイヴは、サーニアのかたわらに膝をつき、 彼女の手をとって、瞳を覗き込むようにして言った。

「サーニアのせいじゃない」

「わたしのせいじゃないと言ってくれるの?」

「ああ」

「それなら、あなたも自分のせいだと思ってはだめよ。あなたが自分を責めれば、 わたしも自分を責めなければならなくなるのだから」

 レイヴはしばらくサーニアを見つめたのち、うなずいた。

「わかった」

 そうすんなり割り切れたわけではなく、クペはどう思うだろうかという気持ちもあったが、それを口に出せばサーニアをよけい苦しめるだろうということは察しがついた。

 レイヴの思いを知ってか知らずか、サーニアは、かたわらの土を掘り返したあとを指さした。

「そこにクペの体が眠っているの。でも、クペの魂は、思い残すことがあって、 ここに留まっている。悔いを残したまま死んでしまったから、死者の国に行けないでいるの」

「クペはおれを殺したがっていた」

「違うわ。あなたにそう思わせたまま死んでしまったのが、クペの悔いになっているのよ」

 レイヴは驚いてサーニアを見つめた。

「そんな慰めはいらない」

「信じてないのね」

 サーニアはため息をついた。

「あなたは、クペを守るのが裏切っていない証だと言いながら、人間の兵士たちに斬りかかったのでしょう? そんな命がけの証も通用しないほど、クペがわからすやだとは思わないでやって」

「どうしてそれを……」

「クペが話してくれたの」

「どうしてクペは、おれには話しかけてくれないんだ? 幽霊でもいいから、話したいのに」

「しかたがないわ。あなたには死者の霊が見えるような力はないんだもの。怨霊じゃないから、力のない人の前にまで姿を現わすことはできないのよ」

「おれにできることはないのか?」

「クペを許して、安心させてやって。クペはあなたを傷つけたけど、それを許して、 クペがつけた傷を癒して生きていくと約束してやって」

「許すもなにも……」

 レイヴは、何の墓標もないクペの墓の上に手をついた。

「クペを恨んでなんかいないよ。許してほしいのはおれのほうだ。クペを殺したやつの仲間に助けられて、そいつを憎めなくなった」

「それでいいのよ。クペもそう言ってるわ。そうやって、わかりあえる人を探しながら生きていかなければならないのよ。わたしも、あなたもね」

「クペ、おまえもそれを望んでいるのか? おれがあの兵士を憎んでなくても、許してくれるのか?」

 レイヴはクペの墓に語りかけた。ほんとうにそこにクペの霊がいるのかどうかは確信がもてなかったが、クペがそう思ってくれるのであればよいと、心から思った。

「おまえが許してくれるのなら、おれは生きていける。おまえは大切な友だちだ。死んだあとまで、おれのために苦しまないでくれ」

 つかのま、温かい空気がレイヴを包んで、ふいと消え失せた。

「ありがとう。あの子は死者の国に行けたわ」

「いまのがクペ?」

 レイヴは目をぱちくりさせ、それからサーニアを見た。

「せめてサーニアはおれが守るよ。北まで送っていく」

「いいえ。わたしたちは別々に生きていくのよ。お互いの安全のためと、なすべきことを見つけるために。あなたは人間だけど、魔族のわたしたちとわかりあえた。だから今度は人間のなかにそういう人を見つけなければならない」

 サーニアはきっぱりと言い切った。

「わたしといっしょにくれば、あなたはまたひとりで生きたくなって、落ち着かない気分になるわ。自分でもそれがわかっているでしよう?」

 レイヴは反論できなかった。たしかにそれで魔族たちの村を去ったのだ。こうなるとわかっていれば去りはしなかったという思いはあったが、もう自分を責めることはしないと誓ったばかりだった。

 それで、万感の思いをこめて、ただこう言った。

「生きのびてくれよ。……でないと、おれは、今度こそ、ここでサーニアと別れたことを後悔して、どうにかなっちまいそうだ」

 サーニアは微笑んだ。

「わたしには力があるから。自分ひとりの身だけなら、なんとでも守れるわ。みんなを守るには力が足りなかったけど。あなたのほうこそ、今度のことで人間に背を向けることはしないでね。でないと、わたしのほうこそ、あなたをひとり残したことを後悔するわ」

「うん。だいじょうぶだ」

 そして、サーニアはいずこかに去っていき、レイヴはシグトゥーナに向かった。以前の、孤独だが自由で、危なっかしい生活をつづけるために。


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