第7話『凶悪な死の魔法使い』
その後、私と眷属2人は地面に膝をついて、金髪の少年に淡々と怒られていた。
「全く。異変を感じて駆けつけてみたら、プリマステラが落下死しそうになっている状況に鉢合わせるとは……姫はいっぺん、僕の気持ちになってみてください。ほんと、抱き止めるまで気が気じゃありませんでした」
「はい。驚かせてすみませんでした……」
「シエルとサイカもだ。姫についていながら姫に注意していないとは。プリマステラの眷属失格だぞ、わかっているのか?」
「ごめんて」
「ごめん!!」
肩を縮こめるシエルシータと、はっきり謝ってしゅんとするサイカ。私からは2人とも反省しているように見えたのだが、よほど信頼が築けていないのか、金髪の少年は『反省しているんだか』というような冷めた目で2人を見下ろしていた。
――実は、自分が撃ったビームの爆風で大樹から吹き飛んだ後。私は、突然現れた金髪の少年と、後に『バイク』と呼ぶのだと教えてもらった乗り物で突っ込んできた青年に助けられて、一命を取り留めたんだけど。
助けてもらったお礼を言おうとしたら、烈火の如く怒られ、こうして20分間くらい説教を受けたのである。
……せっかくの綺麗な顔なのに、こんなに怒ってたら変なシワがついちゃうんじゃないかなぁ。
憤慨している少年のお説教を、半ば右から左へ聞き流しながら、私はそんなことを考える。
少年は、10代後半といった顔立ちの、貴族っぽい煌びやかさのある人だった。
肩まで伸ばされ、緩いウェーブがかかった金髪の輝きは、素人が見ても並々ならぬ日々のケアの賜物なのだとわかる。アメジストのような瞳の奥には静かな情熱が宿っており、1度捉われれば心を鷲掴みにされそうだった。
男の子らしい線の硬くてしっかりした体型をしているけど、サイカみたいなスポーツマン体型と比べてしまうと断然細身で、まつ毛が長く爪や唇が綺麗に整えられているのもあって、女性的な印象を受けた。
青と白を基調としたコート風のジャケットと、黒のロングブーツは独特な形をしていて、オーダーメイドなのだろうと伺えた。
「ところで、そろそろ自己紹介をしたらどうかな。プリマステラ、怖がってるよ」
足が痺れてきたらしいシエルシータが、体勢を崩して進言する。と、怒っていた少年は何か言いたげだったが、無理やり溜飲を下げるように溜息をつき、
「えっ」
私の前に、跪いた。跪いたっていうか、私も正座してるからただ目線が合っただけなんだけど。
「申し遅れました。僕はルカ、目の魔法使いでプリマステラの眷属の1人です。普段は劇団オロ・レオーネで役者をしています」
「あと、格好つけたがりだからプリマステラのこと『姫』って呼ぶけど、気にしなくていいからねー」
「シ! エ! ル!」
顔を真っ赤にしてシエルシータを睨むルカ。彼の可愛らしい反応にシエルシータはけらけらと笑うばかりだ。サイカも笑っていた。
でも、なるほど。さっき私に向かって叫んだ時、あんなに綺麗に音が伸びていたのは、劇団の役者さんだったからなんだ。
納得しつつ、私は少し離れたところに居るバイクの青年の方に目を向けた。大樹の上で気絶していた村長さんを地上に運び、介抱をしている。呪文を呟いて、魔法をかけているみたいだった。まだこちらには来なさそう。
それならば、と私は、彼がやってくるまでの話題として、以前から聞きたかったことを聞く。
「その……目の魔法使いって、なんなんですか?」
すると、ルカはシエルシータ、サイカと顔を見合わせた。
――サイカを除き、今のところ名乗ってくれた魔法使いが必ず口にする、『なんとかの魔法使い』って言葉。シエルシータは確か『空の魔法使い』で、アサジローさんは『朝の魔法使い』、そしてルカは『目の魔法使い』と言っていた。
今までは他に聞くべきこと、やるべきことがあったからスルーしてたけど……そろそろ、この口上にどんな意味があるのか気になる。
じっ、と返事を待つ私。少ししてルカは、シエルシータ・サイカと目でどんなやりとりをしたのか、呆れたように溜息をついて、口を開いた。
「得意条件のことです。眷属だけじゃなく、魔法使いにはみな自分が強化される条件があるんですよ。目の魔法使いの僕は、人に見られていればいるほど強くなる。シエルは地上から離れていればいるほど強くなります」
「そうなんですね。じゃあ、アサジローさんは……」
「午前5時から午前9時までの間強化されるんだよ。朝だったら晴れてても曇りでも雷雨でもなーんでもいいみたい」
「へぇ……じゃあ、サイカは?」
「わかんね!」
幼子のように元気よく答えるサイカ。
元気なのはいいことだけど、私は困惑する。わからないとかあるんだ。でも、今さっきルカが『魔法使いにはみんなある』って言ってなかったっけ?
不思議に思っていると、シエルシータが私の頭の中を覗いたように『そう』と続けた。
「得意条件は、全ての魔法使いにあることは確かなんだけど……サイカみたいな、魔法よりも肉体派の魔法使いは基礎魔力が少ないから、強化状態とそれ以外の時の違いが分かりにくいんだ。あそこに居る彼もそう」
まだ村長さんを介抱中の、バイクの青年を指さすシエルシータ。と、視線を感じたのか、青年が村長さんを木の根元に寝かせてこちらにやってきた。
背の高い青年だった。年齢は30代くらいだろうか。
褐色の肌に、短い白髪がよく映える。黒革のジャケットとブーツはゴツくて、眼鏡はフレームに丸みのないタイプで、第一印象は硬派とクールだった。
事実、彼はここに来てから1度も喋っていなかった。独りでに村長さんを拾いに行って、独りでに介抱を始めたのである。人助けに積極的な辺り、他人との関わりが嫌いなわけじゃなさそうだけど……ちょっと距離感に迷う。
女の人とか嫌いそう。多分この人も眷属だと思うんだけど、私魅了できるんだろうか。
失礼な偏見と不安を並べていると、やってきた彼は私とシエルシータ、サイカの3人からまとめて視線を受けて、どうした、というように首を傾げた。
「やっほ。自己紹介してあげてよ、オスカー」
シエルシータが促すと、オスカーと呼ばれた青年はあぁ、納得したような顔をして、
「……オスカーです」
「それじゃあダメだよ! ボクが言った以上の情報がないじゃないか! ほら、何を仕事にしてるとか、何が好きとか、もっと色々あるでしょ」
「……料理屋を、やってます。好きなことは、機械いじり、です」
シエルシータのあげた例をまるまる使い、自己紹介をしてくれるオスカーさん。あまり喋るのは得意じゃないみたい。しんと静まってしまった空気の中、跪いた状態から立ち上がったルカが『及第点だな』と金髪を耳にかけた。
「……姫。こちらはプリマステラの眷属の1人で、うちの家事を担当しているオスカーです。この通り口数が少なく表情も硬い男ですが、良い奴ですし話も通じる。見た目ほど怖くありませんので、どうかよろしくお願いします」
「は、はい。こちらこそ」
ぺこ、と頭を下げる私。ぺこ、と頭を下げ返される。
……ん? っていうか、オスカーってどこかで聞いたことあるような?
私は目を瞑り、腕を組んで、眉根に力を入れる。オスカー。確かこの森に来る前に聞いたような気がするんだけど……。
「あ! もしかして、ドーナツを作ってくれたオスカーさんですか!?」
私が突然声を上げると、オスカーさんはぴく、と震えた。ごめんなさい。
「あっ、あの、あれ、美味しかったです」
私が回らない口で伝えると、オスカーさんは少しきょとんとした後、『どうも』とまた頭を下げた。その一連の仕草に、なんだか可愛いと思ってしまう。怖い人かと思ってたけど、ルカの言う通り寡黙なだけみたいだ。
まだ、仲良くなれる見込みはある。ぐっ、と心の中の拳を固めた。
「それで、異変が起きたって言ってたね。詳しい話を聞かせてよ」
「あぁ。――と、言いたいところだが。場所を改めた方が良さそうだ」
そう言って、村長さんの方に目を向けるルカ。見ると、木の根元に寝かされていた村長さんが、寝ぼけ眼を擦っていた。
「あ……ここは……私は何を……ひぃ!?」
目覚めるや否や、オスカーさんが寄ってくるのが目に入って、悲鳴を上げる村長さん。ふとこちらを見て、私達の関係者だと察したのか慌てて笑みを繕うが、
「あ」
私とシエルシータ、サイカの声が重なる。
村長さんの目線の先にあったのは、周りの木々が倒壊し、既に残骸になっていた建物が完全に砕け散り、クレーターまで出来ている元遺跡だった。
――遺跡ボロボロにしたの、村長さんに見られちゃった。
*
事情を説明し、謝り、村長さんを村まで送った私達は、宿舎に戻ってきた。
時刻は午後10時を過ぎたくらい。良い子は寝る時間だ。けど、『異変』の正体を聞かなければいけないので、最低限の寝る準備だけして私は食堂に向かった。
食堂にはシエルシータ、サイカ、アサジローさん、ルカ、オスカーさんが揃っていた。
お風呂からあがった私は、ルカの隣の席に座ろうとして『あ』と声を上げる。
「寝間着、ありがとうございます」
「……いえ」
ふいと目を逸らしてしまうルカ。
身一つで宿舎にやってきた私は、1番背格好の近いルカに寝間着を借りることにしたんだけど――もしかして、機嫌悪い? 貸したこと後悔されてる?
私が不安になりながら席につく一方、シエルシータは無言で爆笑していた。無言だから、そっぽを向いているルカは気づいていない。何が面白いんだ……。
でも、本当にルカがいてよかった。シエルシータは私よりちっちゃいし、それ以外の男性陣はみんな背が大きいから、ルカがいなければ私はワンピースのまま今日1日を過ごすことになっていただろう。
「……紅茶、いりますか」
ふと、背後から声をかけられて、私は背筋をピンと伸ばした。振り返れば、ティーポットとカップを乗せたトレーを手にしたオスカーさんが居た。びっくりした。すごく大きい身体なのにこんなに気配がないなんて。
「いります」
「……どうぞ」
さっと片手で紅茶を注いで、カップを置いてくれるオスカーさん。感謝を述べる前に、彼はさっさとキッチンに戻ってしまった。喋るのは遅いのに動くのが早い。あり……まで言いかけたのに、がとうはどこに行ったらいいんだ。
私が残ったがとうの行き場を考えていると、食堂の入り口付近で談笑していたサイカとアサジローさんも席に着いた。『ステラが遺跡をぶっ壊してさー』みたいな話し声が聞こえたけど、聞かなかったことにする。
――時計が振り子を揺らす中、ルカが『では』と話を始めた。
「異変について説明しよう。単刀直入に言うと、『死の魔法使い』が出た」
「『死の魔法使い』?」
私が思ったのと同じことを、そのままサイカが口にする。
何その簡潔かつ恐ろしい肩書き。
「『死の魔法使い』は、自身の半径数メートル以内に死者がいればいるだけ強化されるという条件持ちの魔法使いだ。彼による被害は計り知れない。1000年近く生きていると言われ、何十代と続くプリマステラのうち……何名だった?」
「えと、記録に残ってるのは8人。『死の魔法使い』と戦う旨を記した遺書を8つ回収してるから、少なくてもそうなるね。アイツの長生きぶりを考えると、もう何人か死んでてもおかしくないけど。遺書を書いてなかった数人が」
「……暫定8名が『死の魔法使い』の討伐を試みたが、全員死亡している。凶悪な魔法使いだ」
「――」
言葉を失う。救済の乙女に選ばれたプリマステラが、8代以上にわたって立ち向かっても倒せないなんて。
『死の魔法使い』――近くに死者がいればいるほど強くなる男。それが現れたということは、いずれ私も立ち向かう日が来るんだろうか。
胸が詰まって、何も言えなくなる私を横目に、シエルシータが話を続ける。
「氷の国にしか生息していないはずの、しかも呪いをかけられた魔獣がどうしてあの森に……って思ってたけど、納得したよ。アイツの仕業だね。……一応、挑んだ中じゃ1番最後――100年前のプリマステラが、アイツを氷の国の谷に落として相打ちで終わったはずなんだけど……どうして生きてるの?」
「つか、なんでソイツが出たってわかったんだ?」
立て続けにされる質問。
ルカがアサジローさんに目配せをし、2、3度咳をした彼が説明を継いだ。
「彼が生きている理由はわかりません。ですが昨晩、氷の国の谷の側にある村が一夜にして壊滅したそうで。通報を受けて明け方、氷の国の調査隊が入ったところ、『死の魔法使い』の魔力痕跡が検出されたそうなんです」
「それで氷の国の国王からここ――風の国の国王に連絡がいって、国王の使者が僕達のところに来たんだ」
それを受けてルカとオスカーさんは、もしも私に何かあったら……と思い、急いで遺跡まで来てくれたらしい。なんか申し訳なくなってきた。ごめん落下死しそうになってて。
「問題は、『死の魔法使い』が今どこに居るかわからないことです。わからないが故に、ほとんどの国がゴホッ、警戒体制にある。交易もストップしつつあるとか。せめて、どこの国に居るかだけでもわかればいいのですが……」
「んー、まだ氷の国じゃない?」
「ほう。その理由は?」
「地獄の入り口って言われてるほど深くて、吹雪で呪文も唱えられないだろうあの谷からどう這い上がったか知らないけど……もしあの谷で100年も過ごしてたんなら、体力も魔力もだいぶ消耗してる。しばらくは海を渡れないだろうからね」
とはいえ、とシエルシータは言葉を紡ぎ、
「『死の魔法使い』はボクにも予想不可能な男だ。今日は氷の国でも、明日は風の国に来ているかもしれない。急ぐ必要はあるだろうね」
そう言って、くーっと紅茶を飲み干した。あまりにも適当な飲み方にルカ辺りが小言を言うんじゃないかと思ったけど、今のルカは考えるのに夢中でそれどころじゃないみたい。少し経って、『そうだな』と背もたれに身を投げ、
「ということですので、姫」
「はっはい」
「我々は早急に残りの眷属を見つけなければいけません。早速ですが明日、フルペの街に行きましょう。衣類やシャンプー、その他諸々必要なものを買いに。物がなければ、活動することも難しいですから。……おい、シエル。何笑っている」
「いやぁ〜、ルカが女の子をショッピングデートに誘ってる〜って思って〜」
「デッ……!?
途端、硬直して喋らなくなるルカ。
――あれ、もしかしてこの子、姫とかキザっぽいこと言ってるけど、実は女子に慣れてない……?
隣で驚いていると、紅潮したルカはわざとらしく咳払いをして、
「デートじゃない。ただの買い出しだ。オスカーにもついてきてもらおう。君、革靴用のワックスが不足しているだろう。買いに行かないか」
「む」
急に話を振られて、キッチンから戻ってきたオスカーさんが唸る。
「……そうだな」
圧に押し負けたのか、頷くオスカーさん。ルカが小声で『よし』と言った。
「それじゃあ姫、明日10時にここを発ちましょう。かなり長い『買い出し』になると思います、よく寝て体力を温存しておいてください」
「は……、はい……っ」
デートじゃないと否定しつつ、そう言われては緊張するのか、オスカーさんを誘って3人になろうとするルカに笑いが堪えきれず、震えた声で答える私。
そんな態度にルカがムッとしたように見えて、私は慌てて咳払いをした。