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プリマステラの魔女  作者: 霜月アズサ
4.???の??の章

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第39話『私服OKは本気にするか悩む』

 魔獣討伐を終えた私たちは、花の国の役所に報告をすると、城下街に繰り出した。


 純白の建物が並び立つ城下街は、あちこちにコスモスの花や旗飾り(ガーランド)、バルーンなんかが飾られていてとても華やかだった。すれ違う人たちもみな、花をあしらった可憐な衣装に身を包んでおり、カラフルな街と一体化していた。


 だから、着飾っていない私たちの浮き彫り具合が凄くて――私は、そわそわしながら街の中を歩いていた。


 街がこうしてお祭りムードになっているのには、理由があった。

 これは、私たちが花の国を訪れた2つ目の理由でもあるんだけど――実は今日、花の国は建国から40年の節目を迎えたそうなのだ。


 ヴァンデロさん曰く、花の国は遥か昔、隣にある『木の国』との戦争に敗れて吸収され、花の国の前身であった国の名前を長いこと名乗れなかったらしく。幾度にも渡る反乱や議論の末、40年前にようやく解放されたそうで。


 今日はそれを記念したパーティーを開くので、プリマステラとその眷属にもぜひ来てほしい――という旨の、国王陛下直筆の招待状をいただいて、魔獣討伐も兼ねて訪問を決めた次第なのである。ただ……


「招待状には、正装はしなくていいって書いてありましたけど……本当に着替えなくてよかったんでしょうか。街を歩いてると、なんか格好が場違いすぎてお腹痛くなってきて……」


「……むしろ、その姿で謁見されたほうが、国王陛下にとっては都合がいいと思います。あまり気にする必要はないかと」


「え? そうなんですか?」


 隣を歩くオスカーさんの発言に、私は驚いて自分の服装を見下ろす。白のシャツにタイツ、黒のプリーツスカートとブーツ。辛うじて胸元の飾りが赤いけど、それ以外なんの面白味もない格好だ。この方が王様にとって都合がいい……?


 どういうことだろう、と意味を考えていると、料理の出店を指差しては、サイカとあれこれ話し合っていたヴァンデロさんが、かったるそうに割り込んできた。


「大方、今日俺たちがパーティーに招かれたのは、他の国にデカい顔するためだろうからな。大事な記念日にプリマステラを招待して、もてなして、仲良くなったんですよーって。風の国がついてるっていうのに、花の王様も大胆だよなァ」


「……えっ? それって、どういう……」


「ハァ。いいか? 魔獣は人間にゃ倒せねェ。どんな国だって、魔獣が湧いたらプリマステラを頼らなきゃ生きていけねェ。だから、自覚がねェようだが……この世界の権力者のトップはテメェだ」


「――」


 いつかも言われたような、しかし自分のこととは思えないスケールの話に、私は絶句する。


 私が、全権力者のトップ。まるで実感も自覚もない話だけど……サイカもオスカーさんも、それは言い過ぎだとは否定しない。感情の読めない顔で、または気まずそうな顔で、ヴァンデロさんの話を受け入れている。


「――テメェを懐に入れれば、その国が世界最高の権力を持ったも同然だ。周りの国から手出しはされねェし、逆にいびり散らすことも出来る。花の王様は、おそらくそれが望みでテメェをもてなそうとしてんだ。で……」


 ヴァンデロさんはサングラスの奥から、ちらりと私の格好を見やった。


「テメェのそれは、プリマステラの制服みてェなモンなんだろ。他国の来賓の前に引っ張り出すには絶好の装いだ。知ってるやつなら、一目でテメェがプリマステラってわかるんだからな。正装しなくていいってのは、そういうことだろ」


「……か、考えすぎとかありませんかね。もっ……もしもそれが本当なら、結構、行きたくなくなってきたんですけど……」


「さァ、どうだか。まぁ、どう思おうとテメェの勝手だが……気は抜くなよ。呑気なことばっかり考えてると、うっかり誰かの手に収められかねないからな」


「は、はい……!」


 押忍、と気を引き締める私。けど、国を仕切るほどの凄い人たちと、丁度いい距離感で付き合っていくなんて芸当……私に出来るのかなあ。

 先行きを案じてげんなりする私。その隣、オスカーさんが汚いものを見るような目で、後方のヴァンデロさんを一瞥(いちべつ)した。


「……よくもそんな口が利けるな」


「あァ?」


「……プリマステラ。彼のことも信用しないでください。今はいい面してますが、現役のギャングのボスです。いつ、後ろから刺してくるかわかりません」


「えっ」


「はん、足洗ったからって常識人気取りか? オスカー。20年遅ェんだよ。テメェも同じ穴の(むじな)だ、犯罪者」


「……」


 険悪な雰囲気をまといながら、バチバチと視線をぶつけ合う2人。足を止めて口論を再開しそうな2人に、私とサイカは『まぁまぁ』と割って入り、私はオスカーさんの、サイカはヴァンデロさんの腕を引いて、無理やり街を歩かせた。


「――ふん」


 後ろで、ヴァンデロさんが不機嫌に鼻を鳴らしたような気がした。





 お城に到着すると、私たちは衛兵の人――リッカと同じ制服を着てたけど、こっちは凄く着こなしてた――に招待状を見せ、中に入れてもらった。

 通された大広間には、年齢も性別も国籍もバラバラな、たくさんの人たちがいた。彼らに共通しているのは、豪奢な衣装をまとっていることだった。


「すげー! 目がチカチカする!」


 広間をぐるりと見回したサイカが、私の言葉を代弁する。その陰に隠れながら私も首肯し、


「や、やっぱりみんな偉い人なんでしょうか? 王様とか、貴族とか……」


「……いえ。見た感じ、上流階級の方々だけではありませんね。全員を知っているわけではありませんが……たとえば、あそこにいるのは海の国の天才学者。向こうにいるのは、火の国の政治家と氷の国の有名建築家です。それから、あそこ」


 オスカーさんに手で示され、私は並々ならぬ来賓たちに恐縮しながら目を向ける。すると、王様らしい格好をした壮年の男性、その隣に驚くほど背の高い女性がいた。


 彼女は、インパクトのある女性的な身体を、黒のマーメイドドレスに包んでいた。ウェーブがかった黒髪が隠していて、その横顔は伺えない。けど、自然と絶世の美貌を想像してしまうくらい、立ち姿と仕草に品のある人物だった。


「彼女は、とある絵画のモデルになったことで有名な、魔道具のコレクターです」


「……魔道具」


 そのワードに、私はぴくりと頬を動かす。頭によぎったのは、今頃机に張り付いているだろうアクシオくんの顔だった。

 アクシオくんは今、入学試験の勉強と並行して魔道具を探している。けど、簡単に手に入る代物ではないようで、かなりの長期戦になると踏んでいた。


 ……あの人に、魔道具について尋ねたら、何か手がかりを得られるだろうか。


 そんなことを思いながら、黒ドレスの女性を見つめる。と、不意に彼女は、私の視線に気がついたようにこちらを振り返った。


 ――距離が離れていたから、確信は出来なかった。でも、一瞬。彼女が私に笑いかけたような気がした。夕闇を具現化したような、妖しげな美貌で。


「……っ!」


 心を見透かされたような気分になって、どきりと心臓が高鳴る。私が思わず胸を押さえると、ヴァンデロさんが背中を軽く押してきた。


「ほら、王様の手が空いたぜ」


「あっ、え?」


 はっとして見ると、女性の姿はなくなっていた。王様とのやりとりを終えて、どこかに消えてしまったみたいだ。私の胸には、モヤモヤした感情が(くすぶ)った。


 彼女はいったい、誰に微笑みかけたんだろう。私かな。眷属の誰かかな。それとも私たちの後ろにいた、まったく関係ない人だったのかな。


 あの微笑みが、私に向けられたものだったらいいのにな――なんて、恋する少年みたいに悶々としながら、私は王様に向かって歩き出した。


 王様との会話は、下手くそな私の挨拶から始まった。けれど、好々爺(こうこうや)という感じの柔らかな笑みをたたえた王様は、息をするように重ねられる私の無礼を一切咎めることなく、ははは、とシワの入った頬を緩めた。


「そう緊張なさらず。どうぞおくつろぎください。今日は良い日です。マナーなどには縛られず、友人のように過ごしていただければ、私も嬉しいです」


「あっ、ありがとうございます……」


 私は感謝を述べつつも、引き攣った笑みで王様と接し続ける。


 そうしてしばらく話していると、不意に視界で何かが光った。小さかったし一瞬のことだったけど、目も眩むような強い光だった。

 私は口を止め、反射的にそちらを見る。すると来賓の中に1つ、バタバタと動く人影があった。何かを抱えた人影は、来賓の合間を縫って遠ざかっていき、逃げるように広間を出て行った。


 ……え、今、何された? なんか、されたよね?


 ようやく緊張がほぐれてきた心に、ざぁっと不安の波が押し寄せる。私は怖くなって、オスカーさんたちの姿を探した。が、見つかるよりも早く『そういえば』と王様が声を上げ、


「特設ミュージアムはご覧になりましたか?」


「と、特設ミュージアム……?」


「はい。建国40周年を記念した、国立施設です」


 王様は頷いて、動揺冷めやらぬ私に詳しく説明をしてくれた。


 聞くとそのミュージアムは、花の国が大切にしている『芸術』を表現する場所をテーマに、美術館やコンサートホール、劇場なんかを取り揃えた複合施設らしく、


「今晩にはその各エリアで、40周年を記念したイベントが開催されるんです。私も内密に訪れるつもりでいるのですが……中でも1番楽しみにしているのが、劇団オロ・レオーネの『スタープリンス』という演目で」


「……ほ、ほう?」


 なんか、聞いたことのある名前が出てきたな。劇団オロ・レオーネって……確か、ルカが所属してる劇団じゃなかったっけ? そういえばここ最近の彼って、舞台前の合宿があるとかで何かと不在だったけど――。


 もしかして、とあることに気づいた私を、肯定するように王様は頷いた。


「はい。プリマステラ様の眷属でいらっしゃる、ルカ・アトリーシェさんが主役の舞台です」





「――そういえば、プリマステラには話していませんでしたね。……実は、ルカがここしばらく不在だったのは、今日のためだったんです」


「し、知らなかったです……」


 お城を出た後。オスカーさんから新事実を聞かされながら、私たちは話に聞いた特設ミュージアムの中を歩いていた。


 中といっても、一般客向けに開放されているエリアではない。関係者専用の、楽屋が並んでいるエリアだ。どうやらこの辺にルカが控えているらしく、今からみんなで会いに行くのである。サプライズで。


 スタッフさんや、役者さんと思しき人たちとすれ違い、彼らが漂わせる緊張感にドキドキしつつ、私はオスカーさんに従ってある部屋の前で足を止めた。


 オスカーさんがノックをする。そして、名乗りを上げた。


「オス」


「うわぁぁーーっ!?」


 2文字目まで喋った辺りで、ドアの向こうから悲鳴が聞こえた。ルカの悲鳴だ。何事かとびっくりしていると、ドアがバーンと開け放たれた。直後現れた美少年に目が眩み、私はうめきながら1歩後ずさった。


 元々、美人揃いの魔法使いたちの中でも、特に抜けていると思っていたけど――今日のルカは、いつにも増して綺麗だった。


 春の陽のような淡い金髪を結い、アメジストの双眸の周りに、星粒のような銀のラメを散りばめている。見惚れるほど背筋の美しい身体には、白と青を基調とした王子様風の衣装をまとっていて、腰には金に輝く豪奢な剣を携えていた。


 絵画の世界から飛び出したような、現実離れしたルカの美貌――それをぴしりと強張らせ、彼はよく通る大きな声を上げた。


「どうして……何故ここに来た!?」


「……ルカ、声デッケェけど大丈夫か? ここの人にはあんま怒鳴ってるとこ、見られたくねーんじゃなかったっけ?」


「ハッ……」


 サイカの言葉に、慌てて口元を押さえるルカ。悔しそうに私たちを睨みつけた彼は、『……入れ!』と小声で、しかし力強く楽屋への入室を促した。


 ドアを閉めると、ルカはふうと息をついた。


「……それで、どうしてここに来た。国王陛下もご覧になる舞台だ、絶対に失敗したくないから、お前たちは来るなと言いつけたのに……」


「そ、そうなんですか? なんで……?」


 まるで、オスカーさんたちを疫病神のように扱うルカに、私は純粋に困惑する。と、私の問いかけに俯いたルカは、気を紛らわせるように剣の柄をなぞって、


「……茶化されるのが嫌なんです」


「茶化される?」


「はい。昔は、ちゃんと皆を招待していたんです。ですが……閉園後、劇中のダンスシーンやキスシーンについて、散々掘り返されたのが嫌になって……それきり、眷属を招待するのはやめたんです」


「あぁ……」


 ぽやーんと、どこぞのシエルなんとかがピースを作る姿が浮かんで、私は納得してしまった。いや、なんとかシータだけじゃなく、みんなを拒絶している感じ、いじったのは彼だけじゃなかったのかも。

 女性が苦手らしいルカだから、演技とはいえ女性の愛を囁いたり、触れたりするルカが珍しくて面白くて……結構みんな、いじってしまったのかもしれない。


 正直、どっちの気持ちもわかるんだよな……とルカのいじりやすさを思う私の横で、オスカーさんが淡々と釈明をした。


「あぁ。だから俺たちは観ない。俺たちはお前を応援しに来ただけだ。観るのはプリマステラ1人だ」


「――え?」


「あっ、えっと……元々、私も観ない予定だったんですけど。さっき舞台監督にお会いして……プリマステラだって言ったら、関係者席用のチケットを譲ってもらったんです。だから、その……観るの、楽しみにしてますね」


「――」

 

 打ち震えるルカ。怒りか恐怖か、込み上げた感情に立っていられなくなったらしい彼は、ふらふらとドレッサーに吸い寄せられていくと、陽だまり色の頭を抱え込んだ。そして、切実な声で訴えた。


「……姫。お願いがあります。今日の僕のことは、完全にルカ・アトリーシェとは別人と思って――」


 と、そのときだった。不意にノック音が響いた。私たちが視線を集めると、白いドアの向こうから、のんびりした青年の声が聞こえた。


「ルカ? 僕だよー。王冠修復したから、チェックしてほしいな」


「……フェリックか」


 重たく顔を上げ、『入っていいぞ』と許可を出すルカ。すると、ドアが開いた。現れたのは、大粒の宝石をたくさんあしらった、金の王冠を手にした青年だった。


 その青年を見た瞬間――ドッ、と強く、私の心臓が脈打った。


 私は目を見開き、フェリックと呼ばれた彼を食い入るように見つめる。このとき彼に感じていたのは、初めてヴァンデロさんを見たときと同じ、一目惚れみたいな強い衝撃だった。


 もしかして、この人。普通の人間じゃ……ない?


 疑いをかける私の眼前、フェリックさんは疑念を肯定するような甘いマスクで、呑気に首を傾げた。


「あれ、随分お客さんが多いね。ルカのお友達?」

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