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プリマステラの魔女  作者: 霜月アズサ
4.???の??の章

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第38話『デカいもののデカさは誇張しがち』

 昼過ぎ。木々の枝葉の隙間から、温かな光が零れる山道を、私は息を弾ませながら歩いていた。


「はぁ、ふぅ、はぁ……」


「……そろそろ、休憩にしましょうか?」


 こちらを振り向き、汗1つない顔で尋ねてくるのはオスカーさんだ。なるべく抑えていたつもりだったんだけど、私の息遣いが聞こえてしまったみたい。

 魅力的な提案に、つい甘えてしまいそうになりながら――私は、歩いてきた道を振り返った。少し離れたところには、サイカとヴァンデロさんがいた。


「っ、大丈夫です……」


 ヴァンデロさんに、筋トレを怠けていたと思われるわけにはいかない。私は出かかった本心を飲み込んで、笑顔を引き攣らせながら断った。


 ――今日。私とオスカーさん、サイカ、ヴァンデロさんの4人は、風の国の南側にある芸術の都『花の国』にやってきていた。


 訪国した理由はいくつかある。1つ目は、私がプリマステラになって初めての、『魔獣討伐依頼』が来たからだ。


 『魔獣討伐依頼』――実は以前からありつつも、先代プリマステラの殉職に伴って最近まで停止していたらしいこのシステム。

 これを、『新しいプリマステラも決まったし、そろそろいいでしょ』ということで、シエルシータが更新してくれたみたいで。


 システムの再開と同時に、世界中から討伐の依頼が届き始めたので、さっそく1件目の討伐に挑戦することになったのである。


 ちなみに人選の理由は、彼らの手がちょうど空いていたのと、ヴァンデロさんの初陣……もとい、正式な魔獣討伐における、彼の実力テストがまだだったからだ。


 そして、2つ目の理由は――と、思い返していたそのときだった。


「イヤーーーーッ!!」


「……あぁ?」


 突然上から降ってきた、耳をつんざくような悲鳴に、ヴァンデロさんが眉根を寄せた。凄むような低音が耳に触れ、私は反射的に凍りつく。

 って、ビビってる場合じゃない。今の悲鳴ってもしかして。依頼書が確かなら、そろそろ魔獣の生息地につくはずだし……十分ありえる。


「誰か、襲われてる……!?」


 そう呟いた瞬間、オスカーさんとサイカがほぼ同時に山道を駆け上がっていった。さながら弾丸のような彼らの足の速さに、取り残された私は呆然。すると、


「ボケっとすんな、行くぞ」


「うわっ!?」


 視界がぐるんと動く。気づけば私はヴァンデロさんに抱えられ、颯爽と現場まで運ばれていた。


「ぐえ」


 開けた場所についた瞬間、荷物みたいに落とされた。いっっってえ! 膝の皿割れたかもしれない。私は膝をなでなでと労りながら、そこにあった光景に目を向けた。


「――!」


 そこにあったのは、依頼書通りの魔獣――高さ3メートルくらいの巨大ガエル、5匹の姿だった。まるで家族かのように、仲睦まじく寄り添い合っている。

 その体表は紫。中にはぺろんと舌を伸ばしたカエルもいて、舌にたっぷりと乗った唾液からは、うっすらと蒸気のようなものが発生していた。


「ひょ……」


 お、思ってたよりキモいかもしれない……! 私は身体を強張らせつつ、もう1つのシルエットに目を向けた。


「あの人が、さっきの……?」


 カエル軍団に立ちはだかる、オスカーさんとサイカの背中側。そこに、丸くなって震えている人影があった。おそらく、男性だ。ワインを零したような臙脂(えんじ)色の制服を着て、半透明の液体にぬめぬめと覆われていた。


 多分、さっき山道で聞いた悲鳴は、あの人のものだと思うんだけど……。


「ヴァンデロー! コイツら、ぶっ飛ばせそうかー!?」


「は、造作もねェ。――《オロウスラ・エロティダルト・リオレクルブ》」


 振り向いたサイカに嘲笑で応え、葉巻をかざしたヴァンデロさんが詠唱する。直後、ヴァンデロさんの背後に5つの火球が発生。リボルバーみたいに並んだそれらは、発射とリロードを繰り返し、次々とカエルたちにぶつけられていった。


「――っ!?」


 ぬめぬめから起き上がった青年が、飛んでいく火球を目で追いかける。青年の眼前、火球はカエルに叩きつけられ大爆発。マグマみたいな液状の炎になって降りかかり、5匹の全身を覆い尽くした。

 身体から黒煙を噴き上げるカエルたち。彼らはマグマの中でみるみるうちに形を失うと、最終的に黒い塊を残して消えてしまった。


「う、うわぁ……」


「――」


 ドン引く私を気に留めず、ヴァンデロさんはすいと手を動かす。すると、土の上でふつふつと燃えていたマグマは、黒い砂のようになって消滅した。


 その場に静寂が訪れると、青年は夢から覚めたようにはっとした。


「あっ、あっ……」


「――大丈夫か?」


「ひゃ、ひゃいい!?」


 多分、青年が怯えていると思って、目線を合わせようとしたのだろう。ふと、隣にしゃがみ込んだオスカーさんに、青年は人体的にありえない挙動をしながら飛び跳ねて、彼と距離をとった。眉を上げ、青年が我に返る。


「あ、すみませ……」


「《ラディエボルパ》」


 青年の謝罪と、オスカーさんの呪文が発されたのは同時だった。声が重なっても呪文が聞こえたのか、目を見開いた青年は、これから起こるであろう何かに備えて身を固くした。

 しかし、起こったのはただ1回の、爽やかな風だった。涼しい風は青年の表面をさらい、カエルの唾液を霧のように吹き飛ばした。


「……えっ?」


 そうして、太陽の下に露わになった青年の肌は、未熟なじゃがいものような、毒々しい緑色をしていた。


「……!」


 カエルの毒に侵されている。そう気づいたサイカが、慌てて青年のもとに駆けつける。立て続けにやってくるガタイのいい男性に、青年は怯えたように縮こまったけど、サイカは有無を言わせなかった。褐色の手を、無理やり緑の額にあてて、


「いまっ、楽になるからな……!」


「いま、楽に!?!?」


「《アダブ・コブレガル・ラジェフス》!」


 瞬間、サイカの治癒魔法が強引に発動。サイカの手が淡く光り、青年の肌の緑色が薄くなっていった。代わりにほのかな赤色が頬に差し、


「は……」


 温かな顔色になった青年が、思わず、といったふうに息をこぼした。サイカが顔を覗き込む。


「どーだ? 気持ち悪いのなくなったか?」


「えっ……あぁっ、はい! なくなったっす!」


 透き通ったサイカの黒瞳に見つめられ、青年が激しく首を振る。そして、遠巻きに見ていた私とヴァンデロさんを気にしながら、よろよろと立ち上がった。


 ここ最近で、この言葉を口にするのは何度目だろうか。彼は、美しい青年だった。


 年齢は多分、20歳前後くらい。臙脂(えんじ)色が綺麗な衛兵風の制服を着ている。けど、その割にはヒョロ寄りの一般的な体格をしていて、握っている剣も新品同然の輝きを放っていた。なのに、白いマントだけはやたらくすんでいて、なんともアンバランスな印象を与えられた。

 髪は、肩まで伸びた灰銀色のものが、後ろで1つに結ばれていた。前髪で片側が隠れた瞳は、ペリドットのような爽やかな緑色をしていて、恐怖と好奇心を浮かべていた。


「……あの制服」


 いつのまにか、私の側にいたヴァンデロさんが、ふーっと煙を吐いて呟いた。


 私たちは、あの制服を知っていた。花の国の国境を越える時、同じ制服を着た人たちに見送ってもらったからだ。

 あれは、花の国に仕える騎士団の制服だ。でも、騎士団の人がどうして1人でここに? 私は訝しみながら、勇気を出して彼に近づいた。


「あの……」


「はっ、はいぃぃ!」


 ぴょーん、と青年が飛び跳ねた。絶句。サイカやオスカーさんみたいな、ガタイのいい人たちはわかるけど、自分より小さい私にもビビってしまうんだこの人。

 もしかしたら、私よりもビビりかもしれないな……。


 困惑していると、怒らせたと勘違いしたのか、青年が慌てて言葉を紡いだ。


「あっ、えっと、助けてくれてありがとうございます! その、貴方たちは……」


「……プリマステラと、その眷属です」


「プ!?」


 私の答えに、青年は硬直した。それからみるみる青ざめていって、


「もしかして、上に報告とかされるんすか……?」


「報告?」


「オレが、魔獣を討伐しようとしてたから……」


 居心地が悪そうに肩を狭める青年。彼の発言に、私とサイカは口を開けて固まった。


 えっ、討伐……!? 討伐しようとしてたの!? ぬめぬめになって震えてるところしかわからなかったけど……た、たまたま私たちがタイミング悪く到着しちゃっただけ? 実は寸前までいい勝負だったりした!?


 って、本題はそこじゃない。私は頭を振るって、花の国に出かける前、シエルシータに教えてもらったことを思い出した。


《面倒臭いんだけどね〜。いちおう現時点では、目の前で人的被害が出ていない限り、プリマステラとその眷属以外による魔獣討伐は禁止されてるんだよ》


「――知ってて手ェ出したのか?」


 全体を俯瞰(ふかん)していたヴァンデロさんが、長い脚の映える雄大な歩みでやってくる。サングラスに黒スーツ、葉巻と震えるような低音ボイス。完全に裏社会の風貌をした人間の接近に、青年の振動は最骨頂に達した。


「は、はいぃぃ……」


「ふぅん。テメェ、名前は」


「な……名前は……」


 青年は言いかけて口籠る。これを言えば、所属する騎士団に報告されると直感したのだろう。一瞬言いたくなさそうな表情を見せるが、悔しそうに歯を噛むと一転、ヴァンデロさんに声を叩きつけるように彼は叫んだ。


「オレは……リッカです! 苗字はありません! ……っ、報告でもなんでも、してもらっていいんで……オレはこれで!」


「えっ、ちょ……」


 目を見張る私の手前、マントを翻して去っていくリッカ。ひょろっとした身体に反して、脚力は結構あるらしい彼は、さーっと風のように下山してしまった。取り残された私たちを、長めの静寂が包み込む。


「アイツ……どうしたんだ?」


「さァ」


「お前が脅したんだろう」


「脅してねェよ。アイツが急にキレただけだ」


 首を傾げるサイカの横で、オスカーさんとヴァンデロさんが口論に入る。彼らはしばらく何かを言い合っていたみたいだったけど、時間が経つと口をきくのも馬鹿らしくなったようで、別々の方向を向いて距離をとってしまった。


「あ、あの……報告は、しなくてもいいですかね」


 なんか、可哀想だし。そもそも、討伐してるようには見えなかったし。そう思って、いつもよりムスッとしているオスカーさんに話しかけると、彼は怒りを飲み込むためか、少し沈黙してから『はい』と頷いた。


「ただ……1つ、気になることがあって」


「気になること?」


 私が目を瞬かせると、オスカーさんはリッカが降りていったほうを見た。


「彼はおそらく……俺たちと同じ、魔法使いです」





 ――舗装された山道を、泣きながら駆け抜ける。涙で視界が滲んでいたが、泣きながら走るのには慣れていたから、それほど困りはしなかった。


「くっ……」


 リッカは歯を食いしばりながら、胸に(くすぶ)る屈辱を振り払うように、大きく腕を、足を動かした。そこに、


「おい」


「うわぁぁぁーーーっ!?!?」


 ニョキっと頭上――生い茂る枝葉の中から人が現れ、リッカは正面衝突した。額と額がぶつかり合い、衝撃に脳が揺れる。受け身がとれず、転倒するリッカの上に謎の人物も落下してきて、リッカは計3度悲鳴を上げることになった。


 泣きっ面になんとやら。リッカは、赤子のように大声で泣きたい気持ちを、なけなしの理性で抑えつけながら身体を起こした。すると、同じように身体を起こす青装束の少年が目に入った。


「えっ、誰――」


「クソ」


 額を押さえた少年――ニナは、苛立たしげに立ち上がる。そして、リッカに指を突きつけた。


「おい、お前。何があっても眷属にはなるなよ」


「はい?」


「あのビーム女。オレがちょっと目を離した隙に、魔法使いのガキを連れてきてたんだ。まだ眷属にはならないみたいだが……このまま眷属の席が埋まっていったら困る。お前、魔法使いなんだろ。じゃあ、アイツと関わるな。いいな」


 強く念押しして、茂みの中に消えるニナ。リッカが見上げると、もうそこに彼の姿はなかった。


「――う」


 リッカは、ギャン泣きした。

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