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プリマステラの魔女  作者: 霜月アズサ
3.海亀星の司書の章

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3章SS『アクシオを知ろう!』

 風の国に帰ってきた翌日。秋も深まるこの日の朝は一段と寒くて、私はベッドで寝返りを打ちながら布団を肩まで引っ張り上げようとした。が、


「……?」


 布団が引っ張れなかった。なんなら寝返りも打てないし、っていうかお腹の上重いんだけど。流石に違和感を覚えた私は、重たい瞼を開けて、


「ウッ……ウワァァァァァァーーーーーッ!?!?!?」


 我ながら、寝起きでもよく通る声で叫んだ。


 私のお腹にまたがっていたアクシオくんが、うるさそうに顔をしかめた。





 朝食の時間。食堂に入ってきたヴァンデロさんが、私とアクシオくんを見るなり怪訝(けげん)そうな顔をした。


「なんだコイツら」


「アクシオがステラのこと研究したいんだって。さっきからずっとこんな感じだよ」


 もぐもぐと大きなマフィンを咀嚼(そしゃく)しながら、問いに答えるのはシエルシータだ。彼は、私の椅子とぴったり椅子をくっつけたアクシオくんと、その距離感に困らされながらマフィンを食べる私を、対面から楽しそうに見ていた。


「さっきのデケェ声もコイツのせいか」


「あ、はい……なんか、起きたらアクシオくんが部屋の中にいて」


 肩をすくめる私に、そっと後ろから手が伸びてくる。オスカーさんの手だ。褐色の大きな手でスープのお皿を優しく置いてくれた彼は、


「……プリマステラの部屋って、鍵がついているはずでは」


 と、呟いた。それを拾ったニナ――なんか見ないうちに擦り傷だらけになっている――が、いつもの無表情にうっすらと得意げな色を混ぜ、


「オレが入り方を教えた。ビーム女の部屋の上にある、部屋に通じる隠し通路」


「な、なんでそんなのが……っていうか、教えないでくれません?? アクシオくんも、教えられたからって使わないでください……!」


 そう言うと、アクシオくんは不服げな顔をした。


「じゃあ、今日は一緒に寝てくれる」


「どぅえい!? ど、どういうことですか……!?」


「……プリマステラは常識に囚われない存在だ。寝てる間に発光してるかもしれないし、動物になってたり、消えたりしてるかもしれない。その様子を間近で観察したいから、部屋に侵入するなって言うなら、一緒に寝てほしいんだけど」


「い、いやぁ……」


 子供のアクシオくん相手だし、別に一緒に寝るのは嫌ではないけど……肝心の理由がよくわからない。確かにプリマステラは少し変わった存在だけど、特別な体質もあるかもしれないけど、寝てる間まで一般人との差異はないんじゃないかな。


 っていうか、もしかしてさっきから食事をガン見されてるのも、それが関係してるの!?


「ふふ。ルカやアサジローが聞いたら、卒倒しそうなお願いだね」


 対面のシエルシータが、他人事みたいにニコニコ笑う。


 ルカとアサジローさん――そういえば、合宿中のルカはさておき、アサジローさんがさっきからいないような。サイカもいない。朝に強い2人だから、今まで朝の食卓にいなかったことなんか1度もないんだけど……。

 どうしたんだろう、と不思議に思っていると、玄関のほうからドタバタと足音が聞こえた。そして、


「ただいまー! いっぱい持ってきたぜ!」


「ただいま帰りました」


 噂をすればなんとやら、何かの紙束を抱えたサイカとアサジローさんが現れた。





 2人が持って帰ってきたのは、いろんなお店の求人のチラシだった。役所にたくさん置かれているものを、お店や会社ごとに一部ずつ取ってきたらしい。食事の後、紙をずらりと机上に並べられて、アクシオくんが顔を渋くした。


「農園の手入れ……猪や熊の狩猟……道路の整備……船の製造……」


「なんか、あんまりアクシオくん向けではないような……?」


 曰く、魔力を失って体力強化などが出来ない今のアクシオくんは、一般の同年代の少年よりもちょっと筋肉が衰えているらしい。

 なので、こういった力仕事に就職するのはまだ難しいだろうし、出来ればもうちょっと、頭脳労働的な仕事を見つけたいんだけど……。


「あっ、これ! 給料も保証も良っ……公爵邸の庭園の草刈り」


「俺それやりたいなー」


「そうですね、私もサイカに向いてる気がします……」


 でも、今仕事を探してるのはアクシオくんで、アクシオくんに向いてる仕事じゃなきゃダメなんだ。たくさんあったチラシもほとんど(さば)いて、あとはもう数えるほどしかないけど……そのどれかに、アクシオくんの望む仕事があると信じて。


「時計の修理、ドーナツの製造、衣服の販売……この辺りは比較的体力が必要なさそうですけど、どうですか?」


「――」


「め、目が死んでる……」


 普段から伏し目がちで、光の入らないアクシオくんの目が、心なしかいつもより暗い。ドーナツ屋さんなんて、余り物は持ち帰りOKなんて書いてあって、私は心が惹かれちゃうんだけど……アクシオくんにはピンと来なかったみたい。


「……とりあえず、一旦休憩にしてあとでまた考えますか?」


 そう言うと、アクシオくんは頷いた。なんとなく、これは先が長くなるかもしれない、と思った。





 夕方。私は、玄関で赤い運動着(ジャージ)のファスナーを閉めた。


 久々にヴァンデロさんと話して、今日から散歩をジョギングに変えることになったので、服装もそれらしいものに変えたんだけど……結構目立つ赤色でちょっと恥ずかしい。でも、いつもの服で走るわけにもいかないしな。

 と、思いながらドアに手をかけると、


「どこに行くの」


 ふと、後ろから声をかけられた。振り向くと、アクシオくんがロビーの階段に立っていた。


「あぁ、アクシオくん。街までジョギングしに行くんです。一緒に来ますか?」


「うん。……ちょっと待ってて」


 ダメ元で誘ってみると、意外にもこころよい返事が返ってくる。アクシオくんは何かの本を小脇に挟むと、階段を小走りで上っていった。体感3分後、


「――っ、はぁ、はぁ……ごめん、待たせた。行こう」


 やたらと息を切らしたアクシオくんが戻ってきた。膝に手をつき、粗い呼吸を繰り返す少年に、私は『だ、大丈夫ですか』とおずおず近づく。が、そんな私の手を取って、


「……っ、大丈夫。行こう」


 明らかに虚勢を張りながら、アクシオくんはドアを開けた。


 それから。アクシオくんも無理なくついてこれるように、ジョギングから散歩に戻した私は、アクシオくんと一緒に街の中を歩いた。


 いつもなら仕事終わりの人や、友達との遊びから帰ってくる子供たちで賑わっている街だけど、今日は宿舎を出るのが少し遅れたからか、あまり人気(ひとけ)がなかった。


「ここはクリーニング屋さんなんです。ここはお花屋さんで、ここはお皿とかを扱っていて……」


 私は歩きながら、通りかかったお店のことをアクシオくんに教える。


 アクシオくんも宿舎に居候する以上、しばらくはこの街にお世話になるだろう。この辺はお店が集中しているから、最初はなかなか覚えにくいかもしれない。


 そう思って勝手に教えることにしたんだけど、当のアクシオくんはあまり興味がなさそうだった。

 時折『ふうん』と相槌を打ってくれるから、多分聞いてはくれてるんだけど。


「……ふう。結構歩きましたね。そろそろ休憩しますか? ちょうど、あそこに座れそうな場所がありますし」


 しばらくして私が指差したのは、広場の中央に置かれた噴水だった。アクシオくんは考えていたけれど、疲労には抗えなかったのか『うん』と答えた。


 水が絶え間なく落ちる音を聞きながら、私たちは噴水のへりに座る。


 ――やばい。途端に喋ることなくなったな。幸い、水音が気まずさをごまかしてくれてるけど……どうしよう。アクシオくんをちらちら伺っていると、私には一瞥(いちべつ)もくれずに、じっと夕空を見上げていた少年はふと口を開いた。


「――プリマステラは、この星以外の星にも知的生命体っていると思う」


「……え?」


「……さっき、この星の歴史について書かれた本を読んでたんだけど。この星は何億年も前からあるのに、最初に魔獣が現れたって言われてるのは1000年ちょっと前なんだって。なんだか、おかしいと思わない」


「た、確かに……?」


 なんか、急に難しい話が始まったな。既に若干追いつけてないけど……せっかくアクシオくんから話してくれたんだし、もうちょっと聞いてみようかな。私はアクシオくんの話を静聴する。


「しかも、魔獣が現れた理由については誰もわかってないんだって。現状、普通の獣が突然変異を起こしたって説が有力らしいけど……僕は、魔獣は外の星から来たんじゃないかと思ってる」


「どうしてですか?」


「……僕も、魔獣の起源を知らなかったから。この世界のこと、大体なんでも知ってるのにさ。……そう思ったら、あの空を理解したくなったんだ」


 アクシオくんは夕空に手を伸ばした。その指先には、夕方でも煌々と輝く1番星があった。


「――プリマステラ。僕は、天文学者になりたい」


「……!」


「でも、そのためには長い時間と大変な準備がいるし、アサジローたちもいい気はしないだろう。あの人は僕に、安定した仕事に就いてほしいと考えてるはずだ。だから、他の選択をしなきゃならない……けど、どうしたらいいかわからないんだ。」


「……アクシオくん」


「司書以外の自分なんて想像してこなかったし……それに、今は見える星の全てが気になって仕方ない。とても、他の仕事に身が入る気がしない」


 アクシオくんは空から目を離して、私のほうを見た。私の、大体お腹の辺り。今までこっちがたじろぐくらい、真っ直ぐに目を見つめて話をしてきたアクシオくんが、今日、初めて――私と目を合わせようとしなかった。


 ……もしかして彼は、今の自分の気持ちに後ろめたさを感じているんだろうか。アサジローさんの望みにそぐわない夢を、うっかり抱いてしまったから。


 でも、アクシオくんの考える『アサジローさんの望み』って、本当にアサジローさん本人の望みなんだろうか。


 確かに、彼がアクシオくんに人並みに不自由ない生活を望んでるのは間違いないだろうけど――それが、アクシオくんの夢を否定するほどのものだとは思えない。


 どうにも、私とアクシオくんのアサジローさん解釈は違う気がする。だから、


「アクシオくん。1回、アサジローさんにちゃんと聞きませんか」


「……何を」


「アサジローさんがアクシオくんに、何を望んでるのかです。アクシオくんが望むなら、私もその場に同席します。だから、はっきりさせて……踏ん切りをつけましょう」


 すると、アクシオくんの頬がぴく、と動く。彼はゆっくりと顔を上げて、オレンジの瞳で私の目を見た。


「もしかしたら、ダメって言われるかもしれません。でも、いいって言われるかもしれません。どっちの可能性もあって……実際どうなのかは、試すまでわからない。なら、試しましょう。試すのは、アクシオくんの得意分野でしょう?」


 私は噴水から立ち上がり、アクシオくんに手を差し伸べた。


「立てますか?」


「……立てる」


 アクシオくんはそっと手を差し出して、私の手に重ねた。ぐい、と私が引っ張ると、アクシオくんの軽い身体はいとも容易く立ち上がる。


 そろそろ夕食の時間になる。その後、アサジローさんが1人で食後のお茶を飲んでる時間……そこが狙い目だ。私はアクシオくんの手を引いた。


「さぁ、行きましょう!」





 夜。ロビーのソファで悶々としながら、私はアクシオくんを待っていた。


 あれから宿舎に帰って、ご飯を食べて、1対1でアサジローさんと話したいというアクシオくんを食堂に残してきたんだけど……アサジローさんの優しさを信じていても、やっぱり結果を待っている時間はドキドキする。


 もしも学者への道が絶たれてしまったらどうしよう。アクシオくんが落ち込んで出てきたら、なんて声をかけてあげるべきだろう。

 仕事探しのこともまた考えなきゃいけないし、最悪、空き枠がなくてもプリマステラの権限で、アクシオくんを希望のお店にねじ込んで――。


 と、思考を若干ダークサイドに陥らせていると、食堂の古びたドアが開いた。私は瞬時に身体を強張らせて、出てきたアクシオくんの顔を勇気を出して見た。


 アクシオくんは、なんとも言えない顔をしていた。表情からだけでは、話し合いの結果はわからなかった。


「ど、どうでした……?」


 心臓をばくばくさせながら尋ねると、アクシオくんは少しの沈黙をもたせて、口を開いた。


「学者を目指すのは応援する、って言ってもらった」


「――!」


 私は嬉しくて、胸が熱くなって、思わずソファから立ち上がった。


「お……おめでとうございます! よかったぁ……!」


「……ふふ、うん。でも、同時に課題も増えた」


「か、課題……?」


「アサジローと話をして、天文学者になるにはまず、この国の都市にある大学の試験を受けるのがいいだろうって言われたんだ。でも、プリマステラとその眷属に定められた決まりによって、授業料の支援は出来ないとも言われた」


「あっ、あぁ……」


 そっか。眷属たちが副業で稼いでる分を除くと、一応プリマステラ周りのお金って、政府からの支援金ってことになってるんだもんな。

 今日の夕食代とか、公的な記録に残らないお金はさておき、大学の授業料は記録に残るし、すごく高いんだろうし……莫大な出費になるから、眷属じゃないアクシオくんに使うのはアウトなんだろう。


「だから、大学の支援制度を利用することにした。受験合格者のうち、成績上位2名の授業料を国が負担するって制度だ。それで、もしも成績上位2名に入れなかったら、入学と同時に天文学者を諦めるって話をした」


「……!?」


 私はびっくりして、思わず息を呑んだ。


 成績上位2名になれなかったら、夢を諦める――アクシオくんは、そんな大きな賭けに出ようとしてるんだ。もし私が彼だったら、絶望して受験すら諦めてしまいそうだけど……彼の自信は、落ち着きは、いったいどこから来るんだろう。


 抱いた疑問に答えるように、アクシオくんはふ、と笑った。


「君が気づかせてくれたんだ。試すことは、僕の得意分野だって。……僕も、難しい課題に直面してるのはわかってる。でも、そこで引き返すのは僕じゃないから。僕は挑戦するよ、プリマステラ」


「……!」


 その微笑みは、先刻後ろめたそうな素振りをしていたアクシオくんと、同一人物とは思えないほど眩かった。私は胸が温かくなって、ふっと笑みをこぼした。


「そうなんですね。……わかりました。私、アクシオくんが天文学者になれるように応援してます。……ところで、受験までの日数ってどれくらい――」


「3ヶ月後」


「えっ?」


「3ヶ月後。だから、急いで勉強しなきゃいけない。じゃあね」


 そう言って、アクシオくんは慌ただしく階段を駆け上がっていく。……多分、行き先は宿舎の図書室だ。


 温かかった気持ちが、急速に冷めていくのを感じながら、取り残された私は大声を上げた。


「さ……3ヶ月後ーーーー!?!?!?」

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