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プリマステラの魔女  作者: 霜月アズサ
3.海亀星の司書の章

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第37話『アイツのハートを奪いたい』

 ステラとの会話の後。シエルシータは、ネロ・ヴィブリオの地下室に現れた。


 地下室は真っ暗だった。シエルシータは握っていた手を開き、火の玉を作って辺りを照らし出す。そしてそれを頼りに地下室を進んでいくと、彼はコフレを置いたキッチン――ではなく、幾何学模様が描かれた扉の前で足を止めた。


「本当に、むせ返りそうなくらい魔力が充満してるね」


 シエルシータは1人呟き、目の前の扉を眺めた。


 扉封じの魔法陣が使われている。しかし術者が魔力を失っているためか、今は効果を発揮していないようだ。一目見て理解したシエルシータは、手の中の火の玉を握りしめた。辺りは一瞬暗くなり、直後、青い光が地下室を満たす。


 シエルシータが手にしていたのは、真っ黒な球体だった。その輪郭に青い光をまとわせている。よく見ると回転しているそれは、次第に回転の速さを増していき、ある速さに到達すると、周囲に風を巻き起こし始めた。


 シエルシータの髪が吹き上がり、コートやマフラーの(すそ)がはためく。魔法陣が描かれたドアはかたかたと震え始め、段々とその勢いを強めていった。

 やがて振動の程度がドアを破壊しそうなほどになると、シエルシータはおもむろに目を瞑ってドアを開けた。


 瞬間、中に広がっていた暗闇から、いくつもの紙が飛んできた。


 黄ばんで、摩耗して、ところどころ破けたそれらは、風に乗ってあちこちからシエルシータのもとに集い、小さくなって黒い球体に吸い込まれていく。


 そうして約1分が経過すると、シエルシータは目を開けた。


 高速で回転する球体を握り潰し、その手に再度火の玉を生成するシエルシータ。彼は灯りを部屋の中に寄せ、室内が(から)になっているのを確認すると、ふう、と大袈裟に額をぬぐう素振りを見せた。そして、


「久々に緊張感のある仕事だったね。まぁ、無事に終わってよかったよかった……それじゃ、コフレを連れて帰るかあ」


 ドアを閉め、その足をキッチンのほうへと向けた。





 翌日の昼過ぎ。諸々の手続きを終えて、風の国に帰ることになった私たちは、海の国の上にある港で船の到着を待っていた。


「……眩しい」


 燦々(さんさん)と降り注ぎ、水面に反射する日の光に、渋い顔をするのはアクシオくんだ。長い間海の中で生活していた彼には、地上の明るさがしんどいらしい。

 サングラスとか持ってたらよかったんだけどな。なんて思いながら、私はアクシオくんの額に文字通りお手製の(ひさし)を作った。これでちょっとはマシになるはず。


 しかし、


「この……何かを忘れてるような……」


「……忘れ物したの」


「いや、荷物は忘れてないと思うんですけど……その、物体じゃない何かを忘れてるような気がしてて」


 うーんむず痒い。放置するのも気持ち悪いし、どうにか思い出したいけど……。

 自力で思い出すのを諦めた私は、記憶を引き出すきっかけを探して、付近のものを手当たり次第に注視した。


 海――空とのコントラストが綺麗だけど違うな。お店? ううん、買いたいものはなかったはず。アクシオくん――ぼーっとしててかわいいけど違うな。じゃあ、アサジローさん? んん、あれ、アサジローさん関係の何かじゃなかった?


「あっ、そうだ!」


 私はぱん! と手を打った。けっこう大きい音が出て、アクシオくんがびくっとした。


「アサジローさん!」


「? はい、なんでしょう」


「そういえば、オミュクリウスさんの件ってどうなったんですか……!?」


 やっと思い出せた興奮で、思わず食い気味に尋ねると、アサジローさんは気圧されたような顔をして固まった。


 そうだった。私たちって本来、オミュクリウスさん――アサジローさんの師匠の男性を見送るために海の国に来たんだ。

 それで、オミュクリウスさんが不審死を遂げてたことがわかって、その原因を調べようとしてたのに、鮫の魔獣に邪魔されてうやむやになっちゃって。


 あの後、改めて調べ物をする時間があったとは思えないけれど……。


「何か、わかったこととかは……」


 と、声のボリュームを下げながら尋ねると、アサジローさんは『あ、あぁ』と間の遅れた反応をした。


「具体的なことまではわからなかったのですが……なんとなく、掴めたことはありました。どちらかというと不愉快な内容ですが……興味がおありですか?」


「……はい。聞けるなら、お聞きしたいです」


 そう言うと、アサジローさんは何故かアクシオくんのほうを気にしながら、内緒話をするみたいに私のもとへ身を寄せた。


「調べた結果ですが――師匠の死因は、他殺と断定していいと思っています。というのも、師匠の生存録がネロ・ヴィブリオから見つからなくて」


「えっ」


「当然、ネロ・ヴィブリオでは生存録の貸し出しを行っていません。ですから、犯行前後に何者かが館内に侵入し、犯行の全貌がわからないよう、師匠の生存録を隠した、あるいは破壊したのだと考えています。……ただ、不審な点もあって」


「不審な点?」


「はい」


 アサジローさんは頷いて、詳しく説明をしてくれた。


 曰く。生存録が奪われたと考えられるその日、アクシオくんはまだ『海の書』を使えていたため、ネロ・ヴィブリオには魔法による防犯システムが作動していたらしい。そのシステムは超難解で、魔法なしに掻い潜るのは不可能なんだとか。


 しかしシステムを破るために魔法を使えば、そこには魔力痕跡が残ってしまう。魔力痕跡が残れば、鯨の魔獣戦で披露してくれたように、魔力への優れた知覚能力を持つアクシオくんにはすぐにバレてしまう。


 そして実際は、アクシオくんは魔力痕跡について一切言及しておらず、館内で魔法を使った部外者はいなかったことが伺える。


「となると、犯人は魔法を使わなければ突破できない防犯システムを、魔法なしで突破したことになり――矛盾が発生してしまうのです」


「うーん……」


 魔法必須の防犯システムを、魔法を使わずに突破した。一体どういうトリックなんだろう。考えてみるけど、やっぱり矛盾しているようにしか思えなくて、予想すら立てられなかった。もしかして、この事件の犯人ってすごく上手(うわて)なんじゃ?


「オミュクリウスさんの身体からも、何も検出されなかったんですもんね……もしかして、もう出来ることって残されてない感じですか……?」


「……そうかもしれません。ですが、本当に師匠を手にかけた人物がいるのなら。私は、彼の弟子として(かたき)を取らなくてはなりません。ですから、任務に支障が出ないようにしつつ、今後も調査は続けるつもりです」


 そう言って、アサジローさんは再びアクシオくんを見やった。アクシオくんは考えごとをしているみたいで、向けられた視線に気づく様子はなかった。けれど、そんな彼を捉えた目を、アサジローさんは慈しむように細めて、


「この調査を続けたら、私は――もしかすると、死ぬのかもしれません」


「え?」


「犯人はおそらく、私と同等かそれ以上に強いのだと思います。嗅ぎつけられていると気づかれ、戦うことになったら……そんな結末もあり得るでしょう。……もしもそうなったら、アクシオくんのことはどうか、よろしくお願いします」


「……アサジローさん」


 私は目を丸くして、彼の横顔を見上げた。その言葉がまるで、アサジローさんの死を決定づける呪いの言葉みたいで。遠くないうちに、それが現実になってしまいそうで。引き止めなきゃ、と思った私は、かける言葉を何度も模索して、


「……」


 結局、何も言わなかった。

 アサジローさんだっていろんな思いがあって、それでも調査を続けることを決めたんだろう。そう思って、出かかった言葉を飲み込んでしまった。





 風の国行きの船に乗ると、アサジローさんは少し休憩すると言って、どこかに姿を消してしまった。一方でアクシオくんは、初めて乗る船に興味津々のようで、甲板にとどまってはじっと波の動きを眺めていた。

 そうしてかれこれ20分くらい経っただろうか。なかなか飽きる様子を見せない少年に、私はずっと隣で付き合っていたんだけど、


「ねぇ」


 不意に、アクシオくんから話しかけられた。


「どうして、僕を眷属に勧誘したいと思ったの」


「……ン!?」


「昨日の夜。シエルシータと話してたでしょ。魔法使いじゃない人を眷属にする方法はあるのかって」


 『違った』と首を傾げるアクシオくん。その堂々とした態度と内容に愕然とし、私は持っていたドリンクを落としかけた。


 ――え、もしかして昨日のやりとり聞こえてたの!? シエルシータ、周りに人がいないかチェックしたって言ってなかった!? 嘘つかれた……いや、アクシオくんに気づかなかった? 何にせよ、よりによって本人に聞かれてたなんて。


「……はい。話してました」


 ファイアオパールみたいなオレンジの瞳に見つめられ、私は肩を縮こめながら告白した。


「理由は」


「り、理由はいろいろあります。アサジローさんのそばにいさせてあげたい、と思ったのもありますし……あとは、アクシオくんみたいな人がいたら、みんな心強いだろうなって思ったんです。実際、鯨の魔獣と戦ってたときの私がそうでしたし」


「……」


 ぴんと来ないのか、僅かに眉根を寄せるアクシオくん。そんな反応をされると、私が見当違いのことを言ってるみたいで恥ずかしいんだけど。でも、これは間違いじゃない。確実にあのときの私は、アクシオくんに支えられてたんだ。

 引き下がりそうになるのをグッとこらえ、私はアクシオくんを見つめ返した。


「心強いっていうのは、もちろん戦力的な意味でもあります。けど、それ以外にもあって」


「はぁ」


「私、アクシオくんの言葉には周りの士気を高める力があると思ってて。絶望的だった鯨の魔獣との戦いで、私が『まだチャレンジできるな』って思えたのも、アクシオくんに『試そう』『行こう』って言ってもらったからで……」


「……そんなの、誰にでも言えるんじゃない」


「それはそうかもしれませんが……多分、アクシオくんほどの効力はないと思います。何が違うんでしょうね。言葉にこもった自信の違い……とかかな」


 なんでも、当たり前みたいに話すアクシオくん。自分が常識そのものであると言わんばかりの彼だからこそ、前向きな言葉の数々が、その場凌ぎの励ましっぽく聞こえなくて……特別強く、私の心を支えてくれたのかもしれない。


「そんなアクシオくんが、これからもそばにいてくれたら、きっとみんなも救われるだろうなーって思ったんですけど」


 昨晩のシエルシータとの会話を思い出し、私は苦笑しながらアクシオくんから目を逸らした。


「……結局、ダメって言われちゃいました」


「……そうだね」


 アクシオくんは視線を海に戻しながら、なんてことのないように答えた。


「魔法使いの『心臓』がないから、僕は眷属にはなれない。――だから、他の魔法使いから『心臓』を奪うしかない」


「はい……ん、え?」


 今、恐ろしい言葉が聞こえてきた気がするんだけど……なんて?


「心臓を――奪う?」


「そうするしかないでしょ」


 アクシオくんは私を見て、さも当然のように言った。そう、この物言いに救われてたんだけど、そのはずなんだけど、ちょっと事情が変わってきたぞ。


「え、物理的にってことですよね……?」


「もちろん。……君の反応もわからなくはないよ。でも、『心臓』があれば眷属になれるかもしれないんだ。だったら、僕は試すよ」


「――」


 彼の言葉から、冗談を言うような軽快さは感じられなかった。彼が、本気でそう言っているのが私にも察せられた。『心臓』がないから他人から奪う。それは、いろんな問題に目を瞑れば、理に適った話のように聞こえるけれど、


「そ、そもそも……アクシオくんは、誰から奪うつもりなんですか?」


「それは決めてない。でも、これから何十年何百年とアサジローの隣に立つんだ。それなりに生命力が強くて、殺されても文句が言えないくらい悪い人がいいよね。善良な魔法使いだと、バレたときに揉めるかもしれないし」


「そ、それって、勝つのも難しくなるんじゃ」


「そうだね。なかなか死ななくて凶悪な魔法使いなんて、生半可な用意じゃ勝てないだろう。『海の書』ほどじゃないにしても、それなりに強い魔道具を手に入れないといけない。風の国にいる間は、それを探そうと思うよ」


 そう言われて、私は彼の目をじっと見た。レンズの奥の目には、恐怖も楽観も浮かんでいなかった。恐れてはいないけれど、浮かれてもいない。彼は、自分がやろうとしていることの難しさをわかった上で、真っ直ぐに向き合っていた。


「プリマステラ」


「――」


「もしも魔道具が見つかって、僕が魔法使いを倒して、『心臓』を手に入れられたら……そのときこそ、僕を眷属に勧誘してほしい。必ず君の手を取って、アサジローと君たちのために力を尽くすって約束するから」


「……う」


 心の底まで見通すような、淀みのない眼差しで言われて、私は一瞬ためらってしまった。


 私が彼の要求を聞き入れたら、アクシオくんは魔法使いを倒すために準備を始めるのだろう。口ぶり的に、おそらく1人で。


 アクシオくんは強いから、案外簡単に倒しちゃうのかもしれない。でも、強いから勝てるわけじゃない。相手に経験の差で負けて、凄惨な結末を迎える可能性だってなくはないし、もしもそうだった場合、私はすごく後悔するはずだ。

 なんで送り出しちゃったんだろう。アクシオくんの気持ちを無視してでも、引き止めるべきだったんじゃないかって。


「……はぁ。命を懸けてまで眷属になってほしくない、って感じの顔だね。変なプリマステラ。君が誘おうとした『眷属』だって、命を懸けるものなのに」


「……それは、そうですが。でも、『眷属』は眷属同士守り合えます。アクシオくんがこれからやろうとしてる討伐は」


「1人でやるよ」


「なら、難易度が違うじゃないですか。死ぬ可能性だって断然……」


「そうでもないよ。確かに僕は誰の手も借りれないけど、君たちの討伐と違って、相手も準備期間もタイミングも選べる。引いて、足して、ゼロだ。難易度は大して変わらない。だから、君は気負わないで。ただ頷いてくれればいい」


 『ほら』とアクシオくんは両手を伸ばし、うつむく私の顔を挟んだ。


 緊急時でもないのに、アクシオくんから進んで触られた。その事実につい驚きの声をこぼすと、彼は私の顔をぐいと動かして目を合わせた。そうして、その瞳に私の暗い顔を映したアクシオくんは、僅かに口元を緩めて、


「変な顔」


「へっ……」


「そんな顔しなくても、僕は負けないよ。絶対アサジローの隣に立ちたいからね。だから、僕の夢を叶えると思って、お願い、頷いて」


「う……それは、ちょっと卑怯じゃないですか?」


 私は眉を困らせて、思わず笑った。夢を叶えると思ってて――なんて、まるで私が夢の障壁になってるみたいじゃん。そんなこと言われたら、もう。


「ぐ、ぅぅぅぅ……」


「プリマステラ」


「うぅぅぅぅ……」


 アクシオくんに見つめられながら、ぎゅっと目を瞑って、悩んで、唸って――私はようやく決心をする。


「……それじゃあ。アクシオくんが『心臓』を手に入れるまで、眷属の席は1個空けておきます。だから絶対、『心臓』を手に入れて帰ってきてください」


「わかった。ありがとう」


 ふっ、と破顔するアクシオくん。その子供らしいあどけなさと、アサジローさんを連想させる気品の混じった独特な笑顔に、私は思わず見入ってしまった。


 この先、どうなるかはわからないけれど。


 今は、私の知ってるアクシオくんの強さと、アサジローさんへの想いの強さを、信じていようと思った。






ここまでお読みくださりありがとうございます! これにてプリマステラの魔女、第3章『海亀星の司書』完結です! わーい。


オミュクリウスさんの死因を解明するのかな? と思いきや鯨とゴリゴリのバトルを始めた今回の章でしたが、いろんな意味でステラ嬢が成長できた回だったんじゃないでしょうか。あと、アクシオくんがずっとかわいいかったですね。


さて、次章である4章ですが、投稿まで少しお休みをいただきます。11月中には始める予定ですが、間に受けないほうがいいかもしれません。

内容としては、現在合宿中のルカくんに誘われた『花の国』で、やばめの魔女に絡まれる感じのお話になっています。ステラ嬢の家族や、先代プリマステラについても掘り下げたいなーと思っています。


改めまして、ここまでお付き合いくださりありがとうございました。ブクマください。来週更新予定の『アクシオを知ろう!』もお楽しみに。


何かありましたら→Twitter(X)【@Simotsuki_Neko】

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