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プリマステラの魔女  作者: 霜月アズサ
3.海亀星の司書の章

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第36話『マジカルハートはお持ちですか?』

「――離して!」


 青白い光の中で、アクシオくんの指示が聞こえた。言われたとおり破片を手放すと、急激に光が弱まっていく。直後、辺りが真っ赤になった。


 その赤色が、破裂した鯨の血であると気づくのに時間がかかった私は、突然の出来事に悲鳴を上げそうになった。しかし体当たりをするように抱きついてきた、小さな手によって開きかけた口を塞がれた。

 もう、見なくてもわかった。アクシオくんの手だ。彼は私を抱きかかえ、血溜まりから逃れようと泳いだ。


「うわ」


 血溜まりから飛び出すと、私たちの身体に鯨の血がついていることに気がついた。頭から足までベットベトだ。海の中にいるから、ちょっとずつ洗い流されてはいるけど……あんまり気分のいいものじゃないな。精神的にも、感触的にも。


「アサジロー!」


 アクシオくんの叫び声で、私ははっとした。ふと見ると、人魚姿のアサジローさんが海底に立って――いや浮いて、急降下するこちらを見上げていた。

 迎え入れるときの表情に迷っているのか、嬉しそうな顔をしたり、神妙そうな顔をしたり、コロコロと百面相をしている。アクシオくんが呟いた。


「プリマステラ、もしかしたら僕たち怒られるかもね」


「そうですね……」


 鯨の中に入って、自分たちも滅多刺しになりかねない魔法を使ったのだ。当然の展開だろう。でも、アサジローさん凄く穏健な人だから、怒ってるところとか全然想像つかないな……なんか、ギャップでめちゃくちゃ怖そうだな。


「……アサジロー」


「アサジローさん」


 海底に降り立った私たちは、揃ってアサジローさんを見上げた。すると、アサジローさんはウッと苦しそうな顔をした。良心の呵責(かしゃく)に苛まれているような、そんな顔だった。しかし一旦、いろんな感情を押し込めるように眼鏡の位置を直すと、


「鯨の魔獣の討伐、お疲れさまです。お怪我はありませんか?」


「僕は大した怪我はしてない。でも、プリマステラの腕が……その、応急手当はしたんだけど。アサジローのところでもう1度診てほしい」


「……? わかりました。帰ったら、サイカさんにお願いしましょう。……ところで、お2人に言わなければならないことがあるのですが」


 ――ぴきん、と背筋に緊張が走った。息を呑み、ドキドキしながら次の言葉を待っていると、アサジローさんは申し訳なさそうに眉を下げる。


「貴方たちは新人のプリマステラと、巻き込まれた一般人。本来は、私が貴方がたを守らなければなりません。にもかかわらず、それを遂行できず、更にお2人に守っていただくような真似をしてしまい……申し訳ありませんでした」


「――は」


「い、いやいやいや!?」


 頭を下げたアサジローさんに、私たちはそれぞれ強い反感を示した。


「アサジローがいなかったら、鯨の姿は見えなかった。僕たちは正面から殺されていたかもしれない」


「そうですよ! それにそもそも、私たちちゃんとアサジローさんに守ってもらってましたし……! だから地下室に逃げられたんですよ!?」


「十分助けてもらった」

「謝る必要ありませんよ!」


 アクシオくんと私の声が重なる。息がかかりそうなくらい近距離まで迫られ、思わず、といった様子で人間の半歩ほど引き下がったアサジローさんは、


「い、いえ、こちらこそ……」


 と、気圧されたように身を縮こめた。そこへ突然、


「みんな〜、お疲れ〜!」


 ひどく能天気な声が聞こえた。聞いたことのある声だった。声のほうを振り向くと、そこにいたのは白髪ボブの綺麗な少年――。


「えっ、シエルシータ!?」


 この国にいるはずのない存在に、私はぎょっとした。アサジローさんたちも、声には出さないけれどかなり驚いたようで、呆然とシエルシータを見ていた。

 えっ、いつからいたの? 何しに来たの? なんで今出てきたの? 空間魔法で飛んできたの? だとしたら変身薬はどこで飲んだの?


 いろんな質問が一気に浮かんで、かえって何も喋れなくなってしまう。結果、ただ凄い形相で口をぱくぱくさせ続ける私を横に、アサジローさんが苦い顔をした。


「……いつからいらしたんですか、シエルシータ」


「ん? さっきだよ。ステラとアクシオが鯨の中に入ったあたり。やー、最初は必要そうなら手を貸そうと思ってたんだけどさ。案外大丈夫そうだから、途中から地下室に行ってコフレを直してたんだ。あ、はいこれ。ステラの靴だよね?」


「えっ、あ、ありがとうございます……」


 コフレくんのパーツの入れ物にしていた靴を渡され、私は困惑気味に受け取る。もう、これ以上失敗は出来ないと思いながら修復魔法を使ったのに、実際にはシエルシータが控えていたんだと思うと、なんだか……拍子抜けしてしまった。


「どうして来たの」


 2番目に聞きたかったことは、アクシオくんが代わりに聞いてくれた。シエルシータはグレーのコートのポケットを漁って、1つの封筒を取り出した。


「アサジローが手紙を送ってくれたでしょ? 予定より帰るのが遅くなりそうですーって手紙。それを読んで、あ〜〜もしかしたらそっちで厄介なことが起こってるのかもな〜〜って思って、暇だったからボクが来たんだ」


「……サボってたの」


「違うよぉ! ルカはまだ合宿中だし、サイカは畑いじりに熱中してるし、オスカーは自分のお店に行っちゃったし。火の国から帰ってきたヴァンデロはぐったりしてるし……ニナは行きたそうだったけど、眷属じゃないから連れてけないし」


「あ、来たがってたんですね……」


 ごねるニナが容易に想像できて、私は引き攣った笑みを浮かべる。すると、アクシオくんが『ニナ』と首を傾げた。そうか、ヴァンデロさんのことは『生存録』で知ってるけど、ニナのことはまだ知らないのか。


「簡単に言うと、凄く……デリカシーのない男の子のことです。眷属じゃないんですけど、訳あってこの前から宿舎に泊まってるんですよね」


「ふーん……」


「はは、ニナが聞いたら怒りそうな紹介だね。それで――かなり大胆に崩壊したみたいだけど」


 シエルシータはからからと笑って、ネロ・ヴィブリオだったものを見上げる。

 上半分が吹き飛んで、殺傷能力の高そうな見た目になったネロ・ヴィブリオ。私が修復魔法をかけた上半分は、筒っぽい形を取り戻して、鯨の魔獣だったもの――山のような血塊にもたれかかってるんだけど、


「この上半分と下半分、くっつけられないんですか?」


「ん? 可能だと思うよ。でも……くっつけたとして、ネロ・ヴィブリオとして運営することは、多分できないんじゃないかな」


「え……そ、そうなんですか?」


 アクシオくんを見ると、彼は悲しむでもなく淡々と答えた。


「そうだね。ネロ・ヴィブリオは僕の魔法ありきの場所だ。魔法が使えない今、存在すること自体が不可能だから……運営は諦めなきゃいけない」


「……そんな」


「それに、地下には壊れた海の書がある。今回みたいに狂わされた魔獣が寄ってくれば、お客さんを受け入れるどころじゃなくなるだろうからね」


「あぁ……そっか……」


 そうだった。壊れた海の書はおそらく、危険なその中身を曝け出していて。誰も近づけないから、壊れたまま放置するしかなくて……そうすると、いずれここは魔獣の集会所みたいになるんだ。そう考えると、なんだか悲しい気持ちになった。

 同じく浮かない顔をしたアサジローさんが、『となると』と重たげに口を開く。


「アクシオくんの新しい住居と、新しい仕事を探す必要がありますね」


「ん、衣食住はしばらく宿舎(うち)でいいんじゃない? 仕事も、風の国に来てくれればステラが斡旋(あっせん)できるだろうし」


「……えっ、私ですか!?」


 突然知らない話を振られ、私は唖然とする。プリマステラって仕事の斡旋も出来るの!? 驚いていると、シエルシータは当然の如く『うん』と頷いて、


「君はプリマステラだからね。どういう形だとしても、君と繋がりを持っておきたい企業は多いだろうし……君がひとたび声をかければ、パン屋も本屋も仕立て屋も眼鏡屋も、みーんな手を挙げると思うよ。ぜひ私の店で働いてください! って」


 よかったねぇ、とシエルシータはアクシオくんに駆け寄り、ほっぺたとほっぺたををくっつけた。


「お仕事が選べる上に、新居が決まるまでは君の大好きなアサジローとも、ボクとも一緒に寝れちゃう。こんなについてることってないよ?」


「別に、シ……。……」


「ちょっとー、ツッコむならちゃんとツッコんでよぉ! 言いかけてやめるのが1番仲悪そうだろ〜!?」


 むすくれた顔でアクシオくんの両頬をつまみ、もちもちもちもち、と引っ張ったり戻したりするシエルシータ。彼の酔っ払いみたいなダル絡みに、アクシオくんはされるがままだったけど、だんだんと不快そうに眉根を下げていった。


 そこへ、


「そのくらいにしなさい、シエルシータ」


 横からアサジローさんの手が割って入って、シエルシータとアクシオくんの間に壁が作られた。


「ひとまず、今から警備隊に連絡して、魔獣の死体を回収してもらわなければなりません。それからネロ・ヴィブリオの運営を停止する(むね)を周知して、跡地にはしばらく誰も入れないようにして……コフレくんの回収はいつにしましょうか」


「わ、ボクの苦手な分野だ。アサジロー、あとはよろし……」


「ダメです」


「ウワーーーッ!?」


 逃走を試みたシエルシータが、コートの襟を掴まれて悲鳴を上げる。


「私1人では手が回りません。貴方も手伝ってください」


「うわーん」


「ステラさんも、魔獣討伐後の流れを知っておくと、今後役に立つでしょう。1つ1つが複雑ですし、国によって手順の違うこともありますが……わからないことがあればお教えします。今日からゆっくり勉強していきましょう」


「は、はい……!」


 アサジローさんの手元で、つままれた猫のように伸びるシエルシータを見て、見せしめを受けた囚人のような気持ちで私は頷いた。

 ……そっか、私も書類仕事とかあんまり良いイメージないけど、この先そういうのを嫌になるくらいやらなきゃいけないんだな。


 シエルシータに隠れてしょげていると、ぼーっと私を見ていたアクシオくんが、ただ知ってる言葉を取り出したような単調さで『ガンバレ』と呟いた。





 海の国の宮殿から帰ってきた午後9時。私は、急遽アサジローさんに取ってもらった宿屋のベッドに倒れ込んだ。


「つ、疲れた……!」


 いろんな書類と睨めっこして、いろんな偉い人に確認をとって。ようやく帰ってこれたんだけど……なんだか、魔獣討伐と同じくらい疲れたような気がする。シエルシータが魔法を使ってくれたから、移動分の負荷はないはずなんだけどな。


「ほんと、頭いい人たちが揃ってるんだから、頭を使う仕事はそっちでやってほしいよね。ボクたちなんかに構わずにさ〜」


 そう言って、もう1つのベッドに腰を下ろし、足を組んだのはシエルシータだ。彼は宿に泊まるわけではなく、なんなら停止したコフレくんを連れ帰ってもらう役目がまだあるはずなんだけど、何故か中までついてきていた。


 まぁ、魔法を使ってもらった分休んでほしいし、2人きりで聞きたいこともあったからいいんだけど。

 私はベッドから起き上がる。そして血まみれで服屋さんに駆け込んで入手した、白いワンピースの乱れを直して、シエルシータに向き直った。


「……あの、シエルシータ」


「んー?」


「魔法使いじゃない人を、プリマステラの眷属にすることって……可能ですか?」


 そう言うと、だるんだるんに蕩けていたシエルシータの顔が、冷や水を浴びたようにぱっと戻った。かと思えば、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべて、


「へぇ〜? それってアクシオのこと? ねぇアクシオのこと? アクシオに眷属の素質があるって思ったってこと?」


「そ……そうですけど、どういう顔なんですかそれ」


「え? 嬉しい顔だよぉ。ほら、アクシオって一見するとぼーっとしててたまに強気で、アサジロー以外の全てに冷たい子だろう? 彼の本質であるひたむきさ、面倒見のよさなんかは、奥ふかーくに隠れていて滅多に気づけない」


「確かに」


 私も、無視までされてた最初の最初は、まさかアクシオくんがあんなに根気よく魔法を教えてくれて、命まで救ってくれる人だなんて思ってなかったもんな。


「そんな彼を仲間にしていいと思ったのは、君が彼の本質に気づいた、あるいは彼が君に本質を明かしたからなのかな? と思って。どちらにせよ、赤子のときからアクシオを見てきた身としては、それが嬉しくて仕方ないのさ」


 でもね、とシエルシータは声のトーンを落とした。


「残念だけど……アクシオは眷属にはなれない。理由はお察しの通り、彼が魔法使いじゃないからだね。いや、もっと正確な言い方をするなら、彼の魔法使いの『心臓』がないからだ」


「……心臓?」


 何それ。なんか生々しい単語出てきたけど、魔法使いみんなが持ってる、そういう名前のアイテムがあるんだろうか。それとも、本物の『心臓』なんだろうか。


「『心臓』は魔法使いをそれたらしめる大事な器官だ。若干形は違うけれど、人間の心臓と同じ場所にあって、役割もほとんど人間のものと同じさ」


 シエルシータは流暢に喋りながら、手のひらに青く光る半透明のナイフを生み出した。それをペンでも扱うような気軽さでくるくる回すと、


「血液を動かして、酸素を回して、ボクたちを日々生かしてる。緊張すれば高鳴るし、回復魔法を使えない状況なら、こんなちっぽけなナイフで止まる」


 光るナイフを自分の胸元に刺して、笑った。刺した場所に傷はなかった。シエルシータがナイフをさらりと撫でると、ナイフは光の粒子となって消えていった。


「ただ、魔法使いの『心臓』は人間のものと違って、自分で魔力を生み出せるんだ。眷属なら、『プリマステラの恩恵』を受け取るための資格にもなる」


「……恩恵」


「そういえば話してなかったよね。まぁ、恩恵はそのときのプリマステラによって若干変わるから、具体的にこうって説明は出来ないんだけど……基本的にどのプリマステラにも備わっていた力について話そうか。ずばり、『蘇生』だ」


「そっ……!?」


「発動する条件はかなり残酷で、術者の任意でもないから、あんまり期待できるものではないんだけどねぇ」


 シエルシータは哀しそうに笑って、青空のような瞳に影を落とした。


「条件って?」


「残念ながら言えないんだ。プリマステラが自覚していないほうが、作用する可能性の高い『恩恵』でね。……ふふ、怪しい話だと思うかい? でも、確かに『恩恵』はあるよ。この力はいろんな眷属を――前年度はオスカーを蘇らせた」


「――え」


 まるで、時が止まったような感覚に陥った。オスカーさんの無愛想な顔を思い浮かべながら、どうにか言葉を捻り出そうと口を開閉する。


「……お、オスカーさん、1回亡くなってる……ん、ですか……?」


「うん。オスカー自身も覚えていないことだけどね。本当は去年、オスカーを含めて6人の眷属が亡くなったんだ。でも、その中でオスカーはある条件をクリアし、『プリマステラの恩恵』に蘇ることを許された」


 情報を上手く飲み込めない私に、シエルシータは容赦なく言葉を注いだ。


「オスカーが蘇ったのは、条件への適性ももちろんあるけど……それ以前に、彼が魔法使いの『心臓』を持っていたからだ。わかるかな。せっかくなら低確率で蘇れる『心臓』持ちがなったほうが、お得なんだよ眷属って」


「……それは、アクシオくんは知ってるんですか?」


「いいや、知らないよ。プリマステラとその眷属の機密情報だからね。いくらアクシオがボクらと親密だって言っても、部外者である以上彼には明かせない」


「えっ、機密情報……こんなところで喋ってよかったんですか!?」


「ふふん、ボクを甘く見てはいけないよ。ボクの声が届く範囲内に、ボクの声が届いて不都合な人間がいないことは、会話の前と最中にしっかりチェックしてるさ。――まぁ、アクシオを眷属に出来ない理由は、ざっとこんなところだね」


 よっこいしょ、とシエルシータは腰を上げ、向かいに座る私を見下ろした。


「そういうわけだから、次の眷属を探すときは、魔法使いかどうかを確認してくれると助かるよ。それじゃ、ボクはここらでお(いとま)するね。じゃあね、いい夢を」


 《スオーブセヴァス・ロージョットセレイセル》。

 その言葉を最後に、シエルシータは部屋から姿を消した。

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