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プリマステラの魔女  作者: 霜月アズサ
3.海亀星の司書の章

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第35話『ネロ・ヴィブリオ・アターック!』

 ――最初は、気に入らないやつだと思った。


 アサジローの隣にぽっと現れて、彼の凄さもろくに知らず、仲間ヅラをしてヘラヘラ笑っている女の子。それが、プリマステラに対する最初の評価だった。


 無論、『プリマステラ』がぽっと出て、仲間ヅラをするものであることはアクシオも知っている。代々そうしてきたから、世界が存続していることも。でも、気に入らないものは気に入らなかった。だからアクシオは、彼女に質問をした。


 アサジローに迷惑はかけていないか。プリマステラはやめないのか。どうしてプリマステラになったのに笑えているのか。


 最初はおどおどしながら答えていたプリマステラだったが、最後の質問をされたときの彼女は、まとう雰囲気が少し変わったように思えた。彼女はわずかに自信のようなものを持って、『それは眷属のおかげだ』と答えた。


 眷属の、アサジローたちのおかげで笑えている。

 それは過去に『海の書』を読んで脳にダメージを負い、記憶力や感受性が著しく低下したアクシオにとって、他人事ではない答えだった。

 アクシオも、甲斐甲斐しく世話をしてくれたアサジローがいなければ、今もまだ廃人になっていたか、生きることを投げ出していたはずなのだ。


 そうか。この子もアサジローに救われた人間なのか。


 そう考えるとプリマステラには同情したし、今も変わらず誰かを救い続けているアサジローには、幸せに生きていてほしいという思いが強くなった。

 だからアクシオは、自分の願いをプリマステラに託すことにした。


 本音を言えば勿論、自分がアサジローを幸せにしたかった。眷属として仲間の彼をフォローし、友人としてファンとして、彼に尽くしていたかった。


 しかし過去にシエルシータから、たとえ『プリマステラ』に認められたとしても、魔法使いではないアクシオは眷属にはなれない、と言われていた。

 それにアクシオには、『帰ってくるまでネロ・ヴィブリオをよろしく』という父母との約束もあった。つまり、海の国から出ることは出来ず――眷属以外の関係として、アサジローのそばで尽くすことも叶わなかった。


 自分はどう足掻いたところで、アサジローの隣に立つ資格を所有していなかったのだ。


 だから代わりに、アサジローの隣で戦えるプリマステラに魔法を教え、彼女にアサジローを守ってもらおうと思った。


 しかしプリマステラは、『修復魔法を覚えたい』などとのたまった。


 馬鹿だと思った。失望しかけた。

 どうしてそんな初級の魔法を覚えようと思ったのだろうか。世界中の美食を目の前に用意され、なんでも好きなものを1つ食べていいと言われているのに、水だけ飲んで帰るような真似をするのだろうか。

 否、実際そんな状況に遭ったとしたら、アクシオも水だけ飲んで帰るのだが――とにかく、プリマステラの正気を疑った。


 とはいえ、約束は約束だ。アクシオは溜飲を下げて、彼女に修復魔法を教えることにした。


 最初は苦戦した。1日目はプリマステラがフンフン叫んで終わった。


 彼女とアサジローが買い物に行っている間、アクシオは管内のカウンターでぼーっとしながら絶望した。初級魔法すら覚えられないプリマステラの才能のなさと、初級魔法すら教えられない自分の才能のなさに。


 一体どうすれば覚えられるのだろうか。アクシオは考えて、考えて、考え抜いた。そして、初めて初級用の魔導書を読んだ。今までなんとなく理解し、何千回と使ってきた魔法の仕組みを初めて噛み砕いた。


 その後、プリマステラの部屋を訪れたアクシオは、『魔法が習得しやすくなるかもしれない』と怪しい誘いをかけられた。聞いたことのない理論に訝しみつつも、物は試し、と初めてプリマステラの手に触れた。


 結果、魔法は成功した。彼女は、子供の魔法使いでも出来ることを成し遂げて、心の底から喜んでいた。


 そのときに、気づいた。


 誰かが自分の教えを実現するのは、案外嬉しいということと。

 『プリマステラ』は永久に理解し得ない存在であるということに。


 どういうことか、というと。


 プリマステラの『Aという魔法を、Aの使用者と共に発動すると、Aの習得難易度がぐっと下がる』という特質――それを、アクシオは今まで知らなかった。この世の全ての情報が宿るネロ・ヴィブリオ、その司書であるアクシオが。


 これはおそらく、死亡すると世界から忘れられるという『プリマステラ』のシステムのせいであり――このことから考えるに、プリマステラに関する知識は、判明してもいずれ無に帰すのである。永遠に遺る記録にでもされtいない限り。


 だから、プリマステラは永久に理解し得ない存在なのだ。


 そう考えると、ぞくっとした。恐怖ではない。

 『海の書』を読んでから初めて取り戻した感情――興奮だった。


 あらゆる事象が解明されてきたこの世の中に、その実態のほとんどをアクシオに把握されたこの世界に、まだ新雪のように綺麗な、未解明の存在がいたのだ。海の国の民として、これほど探究心をくすぐられることはなかった。


 それからアクシオは、プリマステラを気にかけるようになった。

 しかし特質についての新しい情報は得られず、代わりに彼女の人格に対する理解だけが深まっていった。


 彼女は、馬鹿そうな割に賢かった。長い説明もおおむね理解しているし、周りの人間の状態にもよく気づく。指の変色に気づかれたときは、キモとすら思った。新しい知識に対する食いつきも、海の国の人間ほどではないがいい。


 好きではない。でも、嫌いでもない。彼女は、そういう人間になった。


「やっぱり、惜しいと思うよ。眷属になれないのは」


 アクシオがぽつりと零すと、手を繋いだプリマステラは『え?』と聞き返した。

 ここは鯨の口の中。光が完全に遮断されており、彼女の顔は見られない。でも、間の抜けた顔をしているのだろうな、と思った。


 アクシオはううん、と答えた。


「なんでもない。手始めに、灯りをつけよう」





 呪文を唱えると、『星の杖』がぼんやりと光って、口の中が照らし出された。


「どうですか? 魔法、効きそうとか効かなそうとか、わかりますかね……?」


「……体表と違って、完全に効かないというわけではなさそうだ。ただ、やたらと粘膜が分厚い。もしかするとこの鯨の口は、ここで魔力を練る都合上、高いエネルギーで焼けないように保護されているのかもしれない」


「つまり」


「エネルギーの純粋な発露で成り立った光線魔法は、おそらくこの鯨には効かないだろう。他の攻撃手段を用いる必要がある。また君を経由して、『星の杖』の魔力を貸してもらわなきゃならなそうだ」


「まぁ、それは別に……」


 と、言いながら奥の方を照らす私。すると、鯨の舌にキラキラしたものが散らばっていることに気がついた。何これ。ガラスの破片? っていうか、よく見ると刺さってる。血が出てるようには見えないけど、すごく痛そうだ。

 もしかして、ネロ・ヴィブリオを壊したときに口の中に入ったんだろうか。


「アクシオくん、足元気をつけてください。割れたガラスが散らばってるので」


「……本当だ。気をつけるよ。でも、真に気をつけるべきは、素足にタイツ1枚の君のほうじゃないかな」


「確かに」


 そうだった。コフレくんのパーツの入れ物にしちゃったから、私いま靴履いていないんだった。泳いでばっかりで歩かなかったから、すっかり忘れてたけど。


「何の魔法なら通用するかな……」


 考えるアクシオくん。エネルギーをぶつける魔法じゃなく、鯨に有効かつ、魔力の中継地点である私が疲れない魔法となると、ほとんどの魔法が潰されるらしい。

 あれでもない、これでもない、と思考にズブズブ入り込むアクシオくんを、私はただ何も出来ずに見守る。と、突然、足場が動いた。


「わっ……!?」


 大きく角度をつけられ、すっ転んだ私たちは、ボールのように奥へ奥へと転がっていく。そのせいで繋いでいた手は離れてしまい、『星の杖』の灯りは消え、辺りが真っ暗闇に包まれた。行き先のわからない恐怖に、私は身体を緊張させた。


 も、もしかして胃の中に直通する……!?


 怖い想像をしたのも束の間、私は何か壁のようなものにぶつかった。そっと触ってみると、ぬるぬるとした粘液の感触があった。


「あ、あれ? 胃……じゃない。あっ、アクシオくん、大丈夫ですか……!?」


「……っ、うん。平気だ。鯨の喉は案外細いからね。飲み込まれることはほぼないから、安心していいよ。ただ、鯨もいい加減口の中の違和感に気づいたみたいだ。本格的に暴れられる前に、致命傷を与えなきゃ……そうだ」


 ふと、何かを思いついたらしいアクシオくん。少しすると、頭の辺りをぺしぺし叩かれた。真っ暗で何も見えないから、手探りで探されていたようだ。触られた場所に手を置くと、小さい手にしっかり握られた。『星の杖』に光が戻る。


「思いついたよ。鯨に通用して、君が疲れない魔法」


「えっ、本当ですか!?」


「うん。――でも、使うのは君だけだ」


 そう言って、アクシオくんはへたり込む私を引っ張り上げる。私を立たせてくれようとしたんだろう。しかしその瞬間、わずかに彼の顔が歪んだ。

 まるで痛みを我慢するような表情に、私は驚いて声を出しそうになる。しかしすぐにいつもの表情に戻ったため、出かけた言葉が引っ込んでしまった。


 ……え、なんだったんだろう、今の。


 掘り返していいものか迷っていると、アクシオくんは口腔の中央に歩いていった。華奢な腕に牽引(けんいん)された私は、『星の杖』で再びガラスの破片を照らし出す。


 ……うん? この感じ、破片をどうにかするんだろうか。でも、魔法を使うのは私だけって言ってたし、きっと私でも使える魔法をかけるんだよね。となるとビームか修復魔法になるけど、破片にビームを浴びせるとは思えないし……。


「もしかして、修復魔法……あれ?」


 ちょっと待って。修復魔法って確か、魔法をかけたパーツを中心に、他のパーツが集まってくるんだよね。そしてこの破片はネロ・ヴィブリオの一部だ。つまりこれに魔法をかけると――。


「え、えっ? い……いいんですか?」


「何が」


「い、いや、だってこれ……いや……」


「……特に異論がないなら始めるよ。ほら、破片を持って。あぁ、あと、魔法を使ったらすぐに破片を手放すように。じゃないと、君の手が傷だらけになるから」


 ……アクシオくんの口ぶり的に、予想してることで合ってるっぽいな、彼の作戦。でも、本当にいいんだろうか。ネロ・ヴィブリオをこんな……こんな……。


 困惑しながら、私は鯨の舌からガラスを引き抜く。結構大きい、手のひらくらいの破片を。すると、刺さっていた場所からうっすらと血が滲んだ。

 直後。痛みを感じたからか、はたまた別の理由なのか、再び足元(くじら)が動き出した。


「うわっ……!」


 再度ひっくり返される私たち。手が離れて、灯りが消えて、周囲が暗闇に包まれる。そしてぬめった壁に叩きつけられ、声にならない悲鳴を上げた瞬間、


「――プリマステラ!」


 見えないけれど、どこかから、アクシオくんに名前を呼ばれた。

 覚悟の決まった、力強い声だった。


「……っ」


 そうだ。そうだった。アクシオくんは、とっくに決めてるんだ。

 守るべきものの順番を。


 なら、私が気にしてたって仕方ない。


「くっ……うう、フンッ……!」


 私は転がされながら、暴れる鯨の頬の肉に、ガラスの破片を突き立てた。これで自分の位置を固定。『星の杖』を握り直して、何度も練習した修復魔法の感覚を思い出す。


 ――いや。今度の修復対象は、あの練習用の紙とは比べ物にならないくらい大きい。


 思い出せ、ネロヴィブリオの大きさを。

 捻り出せ、あの建物を直せるくらいの強い魔法を……!


「《プリマステラ》――」


 先端の宝石が、青白く輝いた。火傷するくらいの熱が放たれ、杖を握る腕がびりびりと痺れた。


 もう失敗はしない。必ずここで打ち倒すんだ。


「――《インヴィクタム》!」


 瞬間、失明しそうなくらいの眩しい光が爆ぜた。





 突然、鯨の魔獣がのたうちまわり始めたことに、アサジローは驚いていた。


 アクシオたちとの意思疎通(テレパシー)が途切れてからそうなったので、彼らの仕業なのだろうとは思っていた。しかし、具体的に何をしているのかは、アサジローには見当もつかなかった。――まさか、口の中に入っているとは思いもしなかった。


 もう1度意思疎通を試してもいいが――今が彼らの策略のうちなら、気を乱すのはよくないだろう。アサジローはそう考え、重力魔法が解けかかった身体で海底を這って移動し、岩の隙間から様子を伺った。


 ――ふと。


 辺りに沈んでいたネロ・ヴィブリオの残骸が、カタカタと震え出した。

 細かいガラスの粒が凄まじい速さで鯨に吸い寄せられ、次第に浮き上がった大きなガラスが、鯨に向かって矢のように飛んでいった。


 1つ、2つと破片が刺さる。鯨が身悶えした。3つ、4つと破片が刺さる。鯨の身体から赤い煙のように血が噴き出した。5つ、6つ、7つ、8つ――そして、数えきれないほどの破片が刺さった瞬間、


「――っ!?」


 アサジローは目を見開いた。

 全方位から破片を突き立てられた鯨が、耐え切れずに爆散したのだ。


 直後、大量の血が海を支配する。夕陽は黒い血の幕によって遮断され、辺りは一瞬にして夜の世界へと姿を変えた。

 しかし、血が拡散する間のひと時、瞬き1つ分の時間だけ――アサジローは海に青白い輝きを見た。どす黒い海に瞬くそれは、夕闇に現れた1番星のようだった。


 何が起きているのかはわからなかった。けれど、1つわかったことがあった。


 アクシオとステラは、鯨の魔獣を撃破したのだ。

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