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プリマステラの魔女  作者: 霜月アズサ
3.海亀星の司書の章

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第34話『きみが諦めないようにって』

 私たちの交戦開始からほんの2分前。私とアクシオくんは一緒に呪文を唱えた。


「――《プリマステラ・インヴィクタム(・・・・・・・)》!」


 すると一瞬、眩い白の光が私たちを包み込む。直後、見覚えのある場所――海の国に来るときに訪れた港が目に入って、私は転移魔法の成功を確信した。

 しかし喜びも束の間、西から差してくる強烈な夕陽に、幼なげな顔をしかめたアクシオくんが口を開く。


「計画を立てよう。作戦の候補は2つ。1つはネロ・ヴィブリオを爆破して、鯨の魔獣をその下敷きにする作戦。もう1つはネロ・ヴィブリオ近くのプレートを破壊して、鯨の魔獣を第2層に叩き落とす作戦。どっちがいい」


「えっ」


 アクシオくんの立案の早さと、その内容にぎょっとする。転移魔法が使えるかもってわかったの、今さっきだったよね? 今の一瞬で2個も考えたの? しかも、


「ネロ・ヴィブリオを爆破するって……だ、大丈夫なんですか? その……大事な場所なんじゃ」


「どうしてそう思うの」


「え?」


「……いや、後にしよう。確かにネロ・ヴィブリオを壊すのは嫌だ。でも、そうすることでアサジローを助けられるなら、僕は喜んであれを壊す。……ずっと前から、さっきもアサジローに助けられた。僕も、アサジローを助けたいんだ」


「――」


 アクシオくんの決意に気圧され、目を見開いた私は控えめに『わかりました』と頷く。


「でも」


 ネロ・ヴィブリオを壊すのは、出来れば最終手段にしたい。

 それはもちろん、あの場所を壊すのが嫌だからって理由が1番大きい。でも、それとは別に懸念してることがあるんだ。壊したネロ・ヴィブリオを、動き回る鯨にぴったり当てるのは難しいんじゃないか、って懸念。だから、


「私は、第2層に突き落とすほうがいいと思います」


「……わかった。じゃあ、作戦の流れはこうだ。まず鯨の頭上に転移して、鯨を巻き込みながら地面に光線魔法をぶつける。もちろん鯨には効かないだろうけど、視界を奪って動きを牽制するのと、鯨の真下に穴を作る意味があるからそれでいい」


「はい」


「言っておくけどその間、鯨に足をつけたらダメだよ。そしてプレートを破壊したら、すぐに僕と手を繋いで。僕が適当な大岩を呼び寄せて、鯨の頭に落とすから」


「わかりました」


 こくりと頷くと、アクシオくんは再び私の手を握る。

 呪文を唱えると刹那(せつな)、水面に叩きつけられたような痛みが全身に走った。次いで冷水に包まれる感覚と、身体の渇きが急速に癒えていく感覚を得る。咄嗟に瞑目(めいもく)していた私はおっかなびっくり目を開けて、海の中に飛び込んだことを自覚した。


 目を凝らした先に、鯨の姿はあった。


 墨色を吸った巨大なそれは、大口を開けて吠えていた。直後、周囲に波が立ったように見えたけど……あれはいったい何だろう。


「重力魔法だ」


 私の疑問に答えるように、アクシオくんが声をこぼした。


 重力……確か鮫の死体を見たときのアサジローさんもそんなことを言ってたような。ってことはやっぱり、鮫の魔獣を殺したのはあの鯨ってことでいいのかな。

 鮫の死体を見つけてすぐに鯨と出会ったから、そんな予感はしてたけど……まさか、このタイミングで魔法を使われるとは思ってなかった。


 私は密かに焦りながら、隣のアクシオくんを振り向いた。


「ど、どうしましょう?」


「……いや、作戦は変更しない。見たところ、重力魔法の連発は不可能みたいだ。多分、あれがアサジローの言ってたアイツの『大技』なんだろう。僕たちに影響はなさそうだけど……あの場にいるアサジローが危険だ。急ごう」


 そう言って、なめらかに足をばたつかせて潜っていくアクシオくん。彼の華奢な手に引っ張られてぐんぐん潜っていくと、鯨の背がはっきりと見えた。

 目の前の獲物――ここからは姿が見えないけど、おそらく鯨の前にいるアサジローさんに集中しているためか、鯨がこちらに気づく様子はない。


「プリマステラ」


「はい、行きます」


 顔を見合わせた私は、杖を握りしめて両手で掲げた。


 この鯨が落ちるくらいの大穴を開けるには、これまで撃ったどんなビームよりも大きなビームが必要だろう。私は息を吸い込み――海の中だから実際に吸い込んだのは水なんだけど――新しい呪文じゃなく、言い慣れたいつもの呪文を唱えた。


「《プリマステラ・ビーーーーーーム》!!!!!」


 瞬間、私の頭上で『星の杖』が青く煌めく。杖を振り下ろすと次の瞬間、眩しい光線が鯨の背に当たって、その肌をこぼれるように広がった。


 うわ、なんか気持ちわる! 真っ直ぐ撃ってるつもりのビームが、水みたいに弾かれるのってこんな感覚なんだ。ちょっとげんなりしつつ、威力で杖が吹き飛びそうになって、私は握る力をいっそう強めた。


 すると、頭の中に声が響いた。


《……っ、ステラさん! 今すぐに退避を! その魔獣に魔法は……》


「……!」


 アサジローさんの声だ。やっぱり近くにいるみたい。彼の安否がわかってほっとする私に代わり、アクシオくんが《ううん》と否定した。


《プリマステラが攻撃してるのは、鯨の魔獣じゃない。その真下にあるプレートだ。海の国と、『第2層』を隔てる石のプレート……それを今から破壊する》


《――!?》


 驚きのあまりか、アサジローさんが言葉を失う。まぁ、当然の反応だよね。過去に海の国の国民を溶かした汚染水を、魔獣討伐に利用しようとしてるんだから。

 もしも魔獣が倒せたら、いったいなんて弁解しようか。言い訳の1つも思いつかない頭に焦りを覚えつつ、私は心の声を張り上げた。


《アサジローさん、聞こえますか!? ずっと戦わせててすみません……! 今――助けます!》


「……プリマステラ、今だ!」


 アクシオくんに叫ばれて、私はビームを撃つのをやめる。そして鯨の背を蹴って上昇し、隣に現れたアクシオくんと手を繋いだ。


 鯨が動き出すと同時、新しい呪文を唱える。瞬間、海の上にパッと大岩が出現。おおよそ雫を逆さまにして粗く削ったような形状のその岩は、激しい波と泡を立てて落下した。

 しかし、大岩は鯨の頭には当たらなかった。状況を把握していたらしい鯨はその場から逃走し、大岩は尾びれだけを掠めて第2層に沈んでしまった。


「っ……」


 辛うじて当たった尾びれは、第2層に突っ込んでじゅわりと溶ける。けど、もちろんそれだけじゃ鯨は倒せない。それにせっかく開けた第2層を大岩でほとんど埋めたのと、私たちの位置が鯨にバレたのとでプラマイゼロ、いやマイナス超過だ。


 アサジローさんと鯨の戦闘から時間が経っている今、鯨の姿もうっすらとしか見えないし……助けると宣言したものの、かなりまずい状況である。


「あ、アクシオくん……」


 聡明な少年に頼ろうとしてしまったのだろうか。思わずこぼれた細い声で、アクシオくんの名前を呼ぶ。と、直後。鯨の魔獣がこちらを振り向き、咆哮を響かせ、見えない力で私たちを吹き飛ばした。


「わっ……!」


 繋いでいた手が、簡単に離れる。私は、顔面やお腹を押し潰されるような圧力を正面から感じた後、ガラ空きになった自分の手に気づいて青ざめた。

 そして、眼鏡のレンズがひび割れた少年を遥か後方に発見したそのとき――白砂に突っ込んでいた彼が、私を見上げて悲痛な声を上げた。


「プリマステラ……!」


「――!」


 その声で、自分が戦線にいたことを思い出す。はっと鯨に向き直った瞬間、刃のように研ぎ澄まされた赤い光が目の前に迫っていた。


「――」


 頭が真っ白になった。それでも、本能的に身体が逃げようとした。そして光が届くまでの1秒間に、私は僅か10センチほど横にずれた。刹那、左肩に()かれたような痛みが走って――私の肩を中心に、周囲の海がどっと赤く濁った。


「……は」


 脳の血管が凍りつくような心地がした。


 左腕が、なくなったんだけど。肩から指先まで全部。


 腕を切られた。その事実が飲み込めなくて、呆然としてしまう。きっと悶絶するレベルの怪我なのに、痛みがないのが――いや、あるんだろうけど全く感じられないのが、思考の停止に拍車をかけていて。


 濁る海を、どこか他人事のように眺める。と、不意に誰かに抱きつかれた。アクシオくんだった。切られたのを拾ってくれたのか、胴体から分離した私の腕を持った彼は、私を抱えて乱暴に海を泳いだ。すぐそばを、赤い光が再び駆けていく。


「――プリマステラ!」


 ネロ・ヴィブリオを挟んで鯨から離れた場所に来ると、アクシオくんは私を砂の上に寝かせ、繋がっているほうの手に『星の杖』を握らせた。


「回復魔法をかけるから。ちゃんと持って」


「……シオ、くん」


 ……まずい、血を出し過ぎたんだろうか。(かすみ)がかかったみたいに頭がぼんやりして、彼が何を言ってるのかよくわからない。でも、とりあえずアクシオくんを逃がさないと。私は多分無理だけど、彼はまだ逃げられるかもしれないし――。


「アクシオくん、私、多分もう」


「いらない。呪文を唱えるのが先だ」


 アクシオくんは言葉を被せて、私の手の上から『星の杖』を握る。


「……『不屈のプリマステラ』」


「……?」


「それが、君にあげた呪文の意味だ。呪文負け(・・・・)したら、僕は君をプリマステラとして、アサジローの仲間として認めないから」


「っ……」


 ――頭がクラクラして、彼の言ってることはほとんどわからない。なんとなく怒られているな、としかわからない。


 でも、こんな頭でも彼の表情はわかる。


 泣きたそうな、怒りたそうな、けれど耐えている顔。冷静を取り繕っているけれど、ここに来た1日目の彼から考えると、別人みたいにひどく感情に乱された顔。


 子供にこんな顔をさせておいて、私は何を諦めているんだろう。


「――ごめ」


「違う」


「……《プリマステラ・インヴィクタム》」


 呪文を唱えると、肩の辺りが優しい青の光に包まれる。重ねていた傷口がじわじわとくっついて、光が消えた頃には綺麗に腕が繋がっていた。

 おそるおそる持ち上げると、さっきまで分離していたとは思えないくらい、意思のままに腕が動く。神様の力にも等しいような魔法に、私は息を呑んだ。


 しかし。肩の生地が裂かれ、赤く染まったブラウスと、


「あれ……」


 どうしても曲がらない薬指と小指だけは、鯨の攻撃が幻覚ではなかったことを示していた。


 アクシオくんが眉を下げる。


「完全にとれた部位の接合は、回復魔法の中でも高等な技術を要する。悪いけど、これが限界だ。ひとまずこの戦いはそれで(しの)いでほしい」


「……わかりました」


 腕をくっつけるついでに補血もしてもらったのか、次第に頭がクリアになっていくのを自覚しながら頷く。と、そのときだった。


 突然、ネロ・ヴィブリオに亀裂が入った。そしてそれが目に入った。


「え」


「まずい」


 アクシオくんは私を起こす。同時、横から何かにはたかれたようにネロ・ヴィブリオが崩壊して、中から大量の空気が溢れ出し――私たちの頭ほどのサイズから、普通の家ほどのサイズまで、さまざまなガラスの破片が降り注いできた。


「ッ……!?」


 アクシオくんに抱えられながら、私は破片からネロ・ヴィブリオ本体に視線を戻す。筒状のガラスの館は、上半分が吹き飛ばされたような姿になっていた。

 鯨の姿は見えないけれど……多分、すぐ横にいるんだろう。私たちが裏にいることに気づいてて、魔法か何かで図書館を壊したんだ。


《――ステラさん! アクシオくん! 無事ですか!?》


 泳ぐアクシオくんに運ばれていると、頭の中にアサジローさんの声が響いた。まるで口で話しているみたいに震えている。焦っているのがよく伝わった。


《アサジローさん! こっちはなんとか……アサジローさんは!? 大丈夫ですか!?》


《はい……1度重力魔法にかかってしまったのですが、幸い時間経過で少しずつ解けるようで……今使える魔法だけで、どうにか自衛しています。……そうだ、少々お待ちください。今ならあれも使えるはず……》


 アサジローさんがブツブツ呟いた直後、突然私たちの隣に墨色をした巨大な鯨の横腹が現れた。そのあまりの近さに私はひっと悲鳴を上げる。い、いつのまに!?

 心臓が跳ね上がる私のそば、アクシオくんが冷静に状況を分析した。


「僕たちの進路に先回りしようとしてるね。……プリマステラ、作戦はある」


「さ、作戦ですか? 作戦……ええと、作戦っていうか、気になってることはあるんですけど……」


「言って」


「ウェ!? え、ええっとその、この鯨って口の中も魔法を弾くんですかね? もしかしたら、魔法を弾くのは体表だけなんじゃないかと思ってるんですけど……」


 でも、試すわけにはいきませんよねー。あの鯨が口を開いてくれるのって、攻撃をしかけてくるときだけだし。なんて言ってなかったことにしようとすると、アクシオくんが存外色のいい反応を見せた。


「わかった。じゃあ転移しよう。アイツの口の中に」


「はっ、エッッ、な、中……!? い、いや、まだ攻撃が通るかどうかは」


「試せるものは全部試すよ。何が正解かなんて、やるまでわからないし。……あ、そうだ。海の国の魔法使いと関わる上でのアドバイスだけど」


 僕らってけっこう命知らずだよ。


 そう言って、アクシオくんは泳ぎを止めた。そして腕の中から私を解放し、薬指と小指の感覚がないほうの手に割と強制的に指を絡めた。


 と、こちらが急停止したことに気づいたようで、鯨がぐるんと旋回して私たちに向き合う。私たちが手を繋ぐと魔法が使えることは、もうあちらにはバレているのだろう。何度目かの咆哮を上げようと、鯨が大きな大きな口を開いた。


 その奥に覗く黒い穴に、全てを飲み込んでしまいそうな口腔に、私はごくりと息を呑む。


 ……逃げられないみたいだ。


「いくよ」


「……っ、はい」


 短いやりとりの後、恐怖を飲み下して呪文を詠唱する。同時、鯨の咆哮が海に(とどろ)いた。

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