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プリマステラの魔女  作者: 霜月アズサ
3.海亀星の司書の章

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第30話『頭のいい狂人を天才と呼ぶ』

 翌日の朝。私とアサジローさんは調査を開始する前に、海の国の中心地へと戻ってきていた。


「ひとまず国境警備隊のもとを訪れ、昨晩魔獣に襲われた隊員がいなかったか調べます。情報があれば現場に訪れ、なければ1度雑貨屋に寄らせてください。生息地の調査と急な敵襲に備えて、新しい巻き物をいくつか作っておきたいので」


「わかりました」


 停留所でシンカイダイジャザメから降りながら、私たちは今日の活動内容を確認する。そして、警備隊の本部があるという海の国の宮殿に向かった。


 宮殿は白亜の塀で囲われていて、正門には警備服に身を包んだ人魚のお兄さんが2人いた。挨拶しにいくとちょっと警戒されたけど、アサジローさんが私たちの身分と要件を話すと、お兄さんの片方が警備隊の本部と連絡をとってくれた。


 ――結果。魔獣に襲われた人はいなかった。昨晩国境の見回りを行なっていた人たちは、全員無事に朝の当番と交代したらしい。


 ということは、魔獣たちは図書館を挟んで海の国の反対から来た、って考えるのがよさそうだな。


 私は、雑貨屋さんで買い物をするアサジローさんを待ちながら、旅行客向けに貼り出された海の国の簡易マップを見てそんなことを思った。


 マップにはデカデカと海の国の上面図が載っていて、各地の観光名所にピンが刺されていた。国の端っこの閑散としたエリアにもピンが1個刺さっていて、ピンの横には『世界最大の図書館ネロ・ヴィブリオ』と記されていた。


 一口に海の国の反対って言っても、昨日襲われた図書館が端っこにあるから、ほとんど絞り込めてないようなものだ。

 数日かけるとはいえ、私とアサジローさんだけで調査しきれるんだろうか。今朝『帰るのが遅れます』という旨の手紙を宿舎に送ったけれど、一緒に『手を貸してほしい』って手紙も送るべきだったんじゃなかろうか。


 途方もない道のりを想像し不安になっていると、何重にも巻かれた布や紙を覗かせる大袋――宙に浮いている――を引き連れたアサジローさんが、私のいる店の隅にやってきた。


「お待たせしてすみません。ただいま戻りました。……地図が気になりますか?」


「あっ、いえ。なんとなく見てただけなんですけど……あっ、でも。ネロ・ヴィブリオってこうして見るとすごい街から離れてますよね。なんでなんでしょうね」


 嘘みたいに大きいから、国の中心地に建てられないのはわかるんだけど……中心からちょっと離れたところにあれば、図書館の人も観光客も便利だと思うはずだ。図書館の創設者は、いったい何を思ってあんな僻地に建てたんだろう。


 首を傾げていると、アサジローさんは『あぁ』と笑った。


「それは、第2層の入り口が近いからです」


「第2層……って」


「師匠――オミュクリウス先生のご遺体を入れた巨大な穴、あの奥のことです」


 そう言われてあぁ、と思い出した。あのお城すら飲み込んでしまいそうに大きくて、オミュクリウスさんの遺体を棺ごと溶かしてしまった穴の――奥か。そういえば送魂式のときも、第2層がどうのって言ってたけど……。


「ああ、そうでした。申し訳ありません、説明すると言ったのにすっかり忘れていましたね。よろしければネロ・ヴィブリオが町外れにある理由も含めて、第2層がなんなのか、帰り道にお話ししようと思うのですが……」


 忘れていた罪悪感からか、ちょっと申し訳なさそうな顔で『どうでしょう』と問われ、私は頷いた。私も忘れてました。実は。


「お願いします」





 ざっくり5分後。私たちはシンカイダイジャザメに乗りながら、『第2層とネロ・ヴィブリオの歴史』講座を開いていた。なお、声が届きやすいという都合上、騎手のお兄さん・私・アサジローさんの順番でサメに座っていた。


 アサジローさんはまず、『先に海の国についてお話しさせてください』と断りを入れる。


「お分かりかと思いますが、海の国は――世界最低の国です」


「……エッ?」


「そのまま、最も低い位置にある国です。海にありますからね。ですが800年ほど前まで海の国は、今よりもっと深いところにあったんです。別名『知恵の国』とされる海の国は、そのときからあらゆる学問の最先端を進んでいました」


 文学、数学、化学、歴史学、言語学……と、アサジローさんは指折り数えたあと、『まぁ、ほとんどの学問です』と数えるのをやめた。


「当時の学者たちは鼻高々でした。人類の中で最も神に近いのは自分たちだ、と信じて疑わなかった。しかし程なくして、そのプライドを叩き折る存在が学問の世界に現れました。ステラさんもご存知、『空の魔法使い』シエルシータです」


「――はい?」


 な、なんでシエルシータ!? 彼ってそんなに頭よかったの!? っていうか、昨日もコフレくんの話の中に出てきてたけど……まさか、シエルシータが海の国とこんなに関わっていたなんて。

 いろいろ質問したかったけど、アサジローさんの話の腰を折ってしまうので、私は頑張って静聴することにした。


「彼が当時研究していたのは、魔法と機械を利用した『魔法機械学』でした。魔法機械学とは簡単に言うと、魔力を現存するエネルギー源……石炭や石油などの上位互換と捉え、通常動作が不可能な機械を動かすのに利用する学問ですね」


「上位互換……確かに石炭とか石油じゃ、巨大シャチは生み出せないですもんね」


「はい。――当時、海の国の学者たちはさまざまな発明品を生み出していた。ところが動作に必要なエネルギーが莫大で、効率の悪さに悩まされていたんです。が、魔力を流し込むことで簡単に動くことがシエルシータの発表でわかって」


「え」


発明品(わがこ)が自分たちには再現できない方法で動いている――その様子を見た学者たちは、大層プライドを傷つけられたそうです。そして自分たちにも動かせるよう、魔力に代わるエネルギーを探しました。簡単に利用でき、希少性が低いものを」


 結果として学者たちは、莫大なエネルギーを有する鉱石――後にホワイト・コアと呼ばれる鉱石を海底から発掘したそうだ。

 彼らはこれを大いに喜び、自分たちは魔法使いをも凌駕(りょうが)したと触れ回り、ホワイト・コアをあらゆる研究や発明品に利用したそう。


「しかし彼らは、ホワイト・コアの持つ特質に気付いていませんでした。実はその鉱石は、エネルギーを使い果たすと構成が壊れて別の性質を発現し、有機物を溶かす有害な物質を放出する……という特質を持っていたんです」


「――!」


 有機物を溶かす。聞いたことのある言葉に、私ははっとした。まさか。


「……ホワイト・コアの普及から間もなく、あらゆる工場、研究所からこの物質が放たれました。それによって人も物も、溶けるものは全て溶けていきました」


「……」


「すぐに避難指示が出され、一般の国民は遠く離れた海へと逃げました。そして当時海の国に在住していた魔法使いたちが集められ、海の国は大きな岩盤を魔法で繋いだ、1つの巨大なプレートに埋められました」


 以降、ホワイト・コアによる犠牲者は出なかったらしい。

 しかしそのとき、海の国は既に100万人を超える国民を失っていた。その中のほとんどは、海の国の誇りであった偉大な学者たちだったそうだ。

 つまりこの事件によって、かつて学問の世界の最先端を走っていた海の国は、一気にビリに叩き落とされたのだという。


「それからしばらくして、避難した国民たちは埋められた海の国――『第2層』の上に新しく国を作りました。これが今の海の国です。そして家を建て、道を作り、国としての体制を作り上げた。3年と経たずに安定した衣食住を確保しました」


 けれど彼らは、第2層に置いてきた発明品のことが忘れられなかったそうで。第2層を覆い隠す岩盤の1つを破壊し、使用済みのホワイト・コアに汚染された海水の研究を始め、汚染水に耐えうるボディースーツの開発を試みたらしい。


「第2層に行くための取り組みは、何世代にもわたって行われました。ネロ・ヴィブリオの創設者――アクシオくんのご両親もそうです。第2層、先代が遺した知恵の宝庫に行くことを夢見て、ネロ・ヴィブリオを第2層の入り口の近くに建ててまで、研究に熱中していました」


「……! もしかして、ネロ・ヴィブリオが端っこにあるのって……そこにあったら、アクシオくんのご両親が第2層に行きやすかったからなんですか!?」


「はい」


 アサジローさんに肯定され、私は言葉を失った。研究したいがために、自分たちの家をかつて100万人が死んだ場所に近づけるなんて。いや、仮にもアクシオくんのお父さんとお母さんなんだ、下手なことは言えないけど……。


 だとしても、なぁ。


 私が言葉に迷っていると、いつのまにかネロ・ヴィブリオに到着したようだった。泡の結界の前でシンカイダイジャザメが急停止し、私は上半身を前に持っていかれた。

 私たちはサメを降り、乗鮫(じょうこう)代を支払って、お兄さんとサメの後ろ姿を見送った。


 昼間のネロ・ヴィブリオは、そこそこお客さんがいるみたいだった。

 泡の結界を出入りしている人魚たち――違う、図書館に入るほうは薬を飲んで人間になっている――を遠目に見ながら、私はアサジローさんを見上げた。


「アサジローさん。その、最後に聞きたいんですけど……アクシオくんのご両親って今、生きていらっしゃるんですか?」


 そう尋ねると、アサジローさんの赤い瞳がレンズの奥で揺らいだ。彼は胸が痛そうに目を細めたあと、ゆっくりと首を横に振った。


「いえ。彼らは第2層の調査に失敗し、9年前に命を落としました。遺体は確認していませんが、これは確実です。……お2人の生存録が、完結していましたので」





 図書館に入ると、私たちは何食わぬ顔でそれぞれの部屋に戻った。そして暇だった私は、アサジローさんからもらった紙を一定のサイズに切り揃えていた。


「……あ、1センチ大きい」


 切ってから再度測り直し、指定のサイズより大きかったので、余計な分をハサミでざくざく切り落とす。完成すると私は立ち上がり、いつのまにか床に落ちていた他の紙も拾い集めて、紙の横辺をトントン机に叩きつけた。

 これでとりあえず10枚。キリがいいし、別室で布を切ってるアサジローさんにまとめて渡してこよう。


 そう思ってドアを開けると、目の前に人が立っていた。アクシオくんだった。


「ドゥワーーーーッ!?」


「うるさい」


 私の馬鹿みたいな悲鳴に、可愛い顔をしかめるアクシオくん。彼は勝手に部屋の中に入ってくると、すとんとベッドに腰を下ろした。


「練習、しないの」


「えっ?」


「修復魔法の練習。アサジローの巻き物が出来るまで、調査には出かけないんでしょ。時間があるんだったら、少しでも練習したほうがいいと思うけど」


「そっ、それはそうですが……図書館の閉館時刻って」


「18時。まだ3時間あるけど、今日はもう閉めた。お客さんがいる間に図書館がまた襲われたら困るし」


「な、なるほど」


 私は納得させられてしまい、ひとまず完成した紙をアサジローさんの部屋に届けてきた。戻ってくるとアクシオくんは机の前に移動していて、私が使っていたロール紙から紙を1枚切り落としていた。……魔法で。


 え、わ、私が1枚あたり2分かけてやってたことを、2秒でやられたんだけど。こっそり落ち込んでいると、アクシオくんは横に避けて『座って』と促してきた。私はホルダーから星の杖を取り出し、言われた通り椅子に座った。


 それからもアクシオくんは、切り落とした紙をさらに何等分かにわけていた。その作業を横目に見ながら、私は昨晩コフレくんと話したことを思い出す。


 ――アクシオの友人になっていただけませんか。そのためのサポートなら、なんでもいたします。


 コフレくんにそうお願いされたあと、私は考えたのち首を横に振った。


 ――そのお願いは聞けません。ごめんなさい。


 ――。


 ――あっ、いや、違うんです。その、友達になりたくないとかじゃなくて……友達って、相手の価値観とか趣味を知って、一緒にいたいなと思えたら自然となるものだと思うんです。だからその、アクシオくんのことを知るまで、彼と友達になれるかわからない、というか……約束はできない、というか……。


 ――なるほど、失礼いたしました。それでは、アクシオの生存録をお持ちしましょうか。


 ――あっ、いや、ええーっと……!


 なんて、いまいち噛み合わないコフレくんに苦戦して。とりあえずアクシオくんのことは自分で知るから、生存録はいらないって言って終わらせたんだ。


 ……正直アクシオくんから彼自身のことを聞ける気はしないけれど。


 私は目を瞑って思い出す、図書館に襲われたときの、アクシオくんの動揺ぶり。今朝アサジローさんから聞いた、ネロ・ヴィブリオのこと。

 アクシオくんにはきっと、抱えているものがあるんだろう。彼をネロ・ヴィブリオに留まらせる何かが。でも、私には正直――アクシオくんがここに留まることが、彼にとっていいことだとは思えないんだ。


 だって、アサジローさんが言っていた。オミュクリウスさんの送魂式のとき――人と積極的に関わらなかった魔法使いの最後は孤独なんだ、って。


 アクシオくんのこと、まだよくわからないけれど……もし彼が自分の意思じゃなくて、何かに心を囚われてここにいるのなら、彼にはそんな寂しい結末を迎えてほしくない。彼にはもっと、世界の多くを知ってほしい。


 だから私は、私が彼と友達になれるのか知りたい。私に、彼の世界を広げる力があるのか知りたい。私は、


「準備は出来た」


「はい。よろしくお願いします」


 アクシオくんのことを知りたい。

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