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プリマステラの魔女  作者: 霜月アズサ
3.海亀星の司書の章

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第29話『本物の友人になる条件』

 巻き物を空中に広げたアサジローさんは、先端に毛束のついた棒を口元に寄せると呪文を唱えた。


「《ネロフォケト・イラノトゥユ・タフィリガサ》」


 すると、綺麗で真っ白だった毛束に黒が滲み始める。やがて先端からぽたり、とインクのようなものが滴り落ちると、アサジローさんはその黒を巻き物に乗せ、記号のようなものを一心不乱に書き連ね始めた。

 少しして筆が止まると、巻き物は煙を上げて消滅した。アサジローさんは煙の中から何かを掴んで、私に向かって放り投げた。


「ステラさん、これを!」


「わっ……!?」


 図書館の照明を反射し、きらきらと光りながら飛んでくるそれに、私は慌てて受け止める姿勢をとる。キャッチ。おそるおそる手を開き、中身を確認してみると、


「これって……」


 私は目を見開いた。私がキャッチしたのは、黒い液体を閉じ込めた小さなガラスの小瓶だった。この小瓶には見覚えがある。けど、どうして巻き物からこれが?

 不思議に思っていると、声音に焦りを含んだアサジローさんが指示を始めた。


「人魚の変身薬です。もしもこの壁が魔獣に破られ、海水が中に入ってきたら、急いでこれを服用し水中に適応してください。そして館内に入ってきた魔獣を光線の魔法で焼き払ってくだ……ゴホッ、ゴホッゴホッ!」


「だ、大丈夫ですか……!?」


「え、ええ。……アクシオくんは転移陣の生成を。コフレくんはアクシオくんのサポートをお願いします!」


 こくん、と頷くコフレくん。それを横目にアサジローさんは、新しい巻き物を袖から取り出しながら、颯爽と図書館を出て行った。

 残された私も立ち上がり、ガラスの壁に駆け寄る。すると図書館を包む泡の結界の向こうで、いくつもの影が暗い海の中をうごめいているのが見えた。


「あれは……」


 鮫、だろうか。巨大な魚の大群が、結界に突進しては跳ね返されている。苦戦しているみたいだけど、泡は泡だ。どこか1つでも穴が開けば、弾けて防御の役割を果たせなくなる。そうなれば、ガラスの図書館はひとたまりもないだろう。


 けど……どうして魔獣の大群がここへ? 鮫たちは何を目指して結界に突進してるんだろう。泡の結界とガラスの壁の二重構造なんだから、中にいる私たちの匂いを嗅ぎつけてお腹を満たしに来たとは思えないし……。


 わからない。でも、星の杖を取り出す。

 考えるのはあとにしよう。今は、アクシオくんとコフレくんを守ることに集中しないと。そう思って、杖を握る力を強めていると突然、


「――ッ!」


 アクシオくんが、私の背後を駆けていった。そして庭園と繋がるガラスの扉を乱暴に開けて、図書館の外に飛び出していった。


「……アクシオくん?」


 様子のおかしい少年に困惑する私。どうしたのだろう、と彼を目で追いかけていると、私の後ろを今度はコフレくんが、一糸乱れぬ走りで通り過ぎていき、庭の柵に足をかけていたアクシオくんを羽交い締めにした。


「えっ!?」


 同い年くらいに見えた彼らだったけど、並んでみるとアクシオくんはとても華奢だった。彼の体躯はコフレくんの腕の中にすっぽりと収まり、アクシオくんの動きが弱まった。


 えっえっ、何が起きてるの!?


 混乱していると、扉がガラ空きの庭園からアクシオくんの叫び声が聞こえてくる。


「離して!」


 ――とは言いつつ、コフレくんの腕の中でじっとしているアクシオくん。

 まったく振り解けないのか、そもそもアクシオくんに振り解く気がないのかは、ここからではわからない。けれど焦る表情とは裏腹にぴくりとも抵抗しないから、彼の身体はコフレくんに引っ張られて難なく館内に戻ってきた。


 な、なんだなんだ。


 緊迫した空気に、蚊帳の外の私はきょろきょろと視線を彷徨わせる。すると、結界の向こうで動きがあった。密集していた鮫たちが突然、見えない何かに殴られたように散ったのだ。

 それから、鮫たちよりも遥かに大きな影――私の知識が確かならシャチ――が雄大な泳ぎで横からやってきて、散り散りになった鮫の大群を丸呑みにした。


「――ッ!?」


 緊張が身体を走る。新しい魔獣だろうか。今の一瞬でほとんどの鮫を飲み干してくれたようだけど――まだ私たちの味方とは限らない。鮫を片付けて、私たちのことも喰らうつもりなのかも。

 もしもそうならアサジローさんは――と、先程から姿が見えない青年の安否を気にしていると、期待に応えるように彼は現れた。


 巨大シャチの後ろから、ゆったりと泳いでやってきたアサジローさんは、ぐるりと旋回して近づいてきたシャチの頭部を撫でると、かざした(ぼう)の先端に青い光を宿した。


 その光に引き寄せられるように、ぱり、ぱりと海底の岩の表面が剥がれ、欠片が筆先に集まる。やがてやじりのような形を形成した欠片の集合体は、辛うじてシャチから逃れていた鮫の1匹を穿った。肉塊が四方に弾け、黒い血が海を伝播する。


「え、えぇぇぇぇ!?」


 絶叫する私。その間にも欠片が集まり、2匹目の鮫が爆散した。

 次々と死んでいく同胞を見て、命の危険を感じたのだろう。身を翻し、一斉に逃げようとする鮫たち。しかしその後ろ姿にも岩のやじりが向けられ、あちこちで鮫が爆散した。


「おっ……おぉ……」


 そうして気づいたときには、辺りの海は真っ黒になっていた。





 鮫の魔獣を殲滅したアサジローさんは、その着物をさっぱりと乾かして図書館に帰ってきた。先刻の恐怖さえ覚える『眷属』の姿とは打って変わり、ごほごほと青い顔でむせながらやってきた彼は、私たちを視認すると、


「無事でしたか?」


 と、がらがら声で尋ねてきた。私は細かに震えながら首肯する。


「は、はい。ところであの、さっきの……シャチって……」


「あぁ、あれは私が生成したものです。……申し遅れましたね。実は私は『具現化』の魔法を使うことが出来まして」


「ぐ、具現化……?」


「はい……ゴホッ、ゴホッ。……私がこの筆で書いた言葉は、物体となって現れ出るんです。ある程度大きな紙が必要だとか、私の知らないものは出せないとか、かなり制限のある魔法なんですが……」


「い、いやいや」


 十分強いと思いますけど。だって筆と大きな紙と知識さえあれば、あんな巨大生物でも作り出せちゃうんでしょ? お、恐ろしすぎる。使う人が違ったら大犯罪が起きててもおかしくないよ。使い手がアサジローさんでよかった。


 ほっと安堵していると、私の横をアクシオくんが通り過ぎ、倒れるようにアサジローさんに抱きついた。


「あさじろー……」


 まるで迷子の子供のように、不安で心が擦り切れてしまったみたいに、弱々しい声を発するアクシオくん。自分の胸に顔をうずめるその姿に、アサジローさんは少し驚いたような顔をする。しかしすぐに眼差しを和らげて、


「怖かったでしょう。ですが、魔獣は全て倒しました。もう近くにはいません。ご安心ください」


 と、アクシオくんの青い髪を撫でた。


「とはいえ、どこかで魔獣が大量発生している可能性は捨てきれない。……私たちはしばらく、彼らの住処が周辺にないか調査しなくてはなりません」


 そう言って私のほうを見るアサジローさん。ぴく、と私の肩が跳ねる。けれどすぐに言わんとしていることを理解して、私は頬を引き締めた。


「――ステラさん。魔獣の生息地の調査、付き合っていただけますか」


「はい。もちろん」


 私が頷くと、アサジローさんは『ありがとうございます』と頬を緩めた。


「……それと、アクシオくん。ご相談なのですが……よろしければ、私たちにネロ・ヴィブリオに長期滞在する許可をいただけませんか?」


「――」


「当初の約束を違えてしまって申し訳ありません。ですが、先程の魔獣に仲間がいるとすれば、彼らもここを襲いにくる可能性が高い。そして実際にそうなったときに、すぐに君たちを守れる場所にいたいんです」


 ――長期滞在したい、という、さっきまでのアクシオくんなら喜んで受け入れていただろうアサジローさんの申し出。しかし、アクシオくんの返事はなかった。

 ただ、アサジローさんの背中に回された小さな手には、ぎりぎりと力がこもっていて……なんだか、私には彼が葛藤しているように見えた。


 体感、5分くらいが経った。その間、私たちは誰も返事を急かさなかった。


 やがて、アクシオくんは口を開いた。


「……わかった。――コフレ、準備して」





 その後私たちは、図書館の地下――主にコンクリートで出来ており、図書館が閉館している間、アクシオくんたちが暮らしているらしい――でお風呂を借り、来客用の寝巻きを借りて、各々割り当てられた部屋に泊まることになった。


「失礼しまーす……」


 ゆっくりとスライド式のドアを開けると、正面の壁に嵌め込まれていたガラスに水中が映し出され、白と黒を基調としたベッド、机、クローゼットが輪郭を現す。

 かっこいい。っていうかこのガラス、アサジローさんの部屋でも見たな。これにも投影魔法が使われているんだろうか。だとしたら、この海は誰の思い出なんだろう。アクシオくんは今日は1階――図書館のほうで寝るみたいだし、


「もしかして、コフレくんがこの海を映してるんですか?」


 そう言って振り向くと、ここまで案内してくれたコフレくんは首を横に振った。


[これはアクシオの魔法です。ネロ・ヴィブリオの魔法の全ては、アクシオの魔力に依存しています]


「あっ、そうなんですね」


 ってことは泡の結界も空中を泳ぐ魚も、石板を踏むと服が乾く仕組みも、全部アクシオくんの魔法なんだ。改めて考えると凄いなアクシオくん。こんなに大きな図書館のシステムを1人で管理してるなんて。


「……え、ちなみにこのガラスって、私が寝てる間ずっと光っててくれるんですか?」


[はい。もしも眩しくて眠れないようでしたら、僕がアクシオに伝えますが]


「いえ! 大丈夫です。ただ、アクシオくんが疲れちゃわないかなーって」


 そう言うと、コフレくんは少し考えるように黙り込んで、


[いえ、ご心配なさらず]


 と答えた。妙な間がちょっと引っかかったけど、特に言及はしなかった。


 それから私は施設の説明を受けた。部屋を出て左の通路にトイレがあるとか、右の通路に階段があるとか、入ったらいけない部屋はどこだとか、アサジローさんの部屋はどこにあるとか、そんな説明。そしてキッチンの説明を受けた後、


[僕はキッチンにいるので、喉が渇いたり、何か困ったことがあればいつでもいらしてください]


 と、当たり前のように言われて、説明を終えられた。私はえっ? と目を丸くする。


「ね……寝なくて大丈夫なんですか?」


[はい。僕は休眠を必要としない、からくり人形ですので]


「……エェッ!?」


 想定以上の言葉が返ってきて、私は思わず大声を上げる。けれどコフレくんはちっともうるさそうにしていなくて、それが彼の発言の信憑性を高めていた。


 ――からくり人形、って。えっ、なに? 人間じゃないってこと? こんなに普通の会話が出来ているのに? しかもおかしい、だって、


「さっき、一緒にご飯を食べて……」


[はい。僕には食事を消化する機能があります。ですが、僕は魔力で動きますし、食事をエネルギーに変える機能はないので、特に意味はありません。ただ、アクシオと食事を共にするように設定されているので、それをこなしています]


「設定? アクシオくんが……ですか?」


[いえ。設定なさったのは、『空の魔法使い』シエルシータ様です]


「シッ……シエルシータぁ!?!?」


 予想だにしていなかった名前の登場に、私は素っ頓狂な声を上げる。頭の中ではシエルシータが、得意げな笑みで出てきてはすぐに消えていった。なんでシエルシータが、と問おうとすると、それより先にメモの紙面を見せられる。


[ですから、ステラ様にお願いがあります。僕の代わりに、アクシオの友人になってください]


「……え?」


[食事のことを含め、僕はあらゆる状況においてアクシオの友人として振る舞うように設定されています。僕はその設定を守っているだけで、そこに僕の意思はありません。ですから、僕はアクシオの本物の友人にはなれません]


「そっ……」


[そして、アクシオには同年代の友人がいません。アサジロー様のような、年齢の違う知人すら僅かです。彼にはネロ・ヴィブリオから離れてはいけないという、強迫観念がありますから、きっとこれからも出来ることはないでしょう]


「――!」


 強迫観念。その言葉に私は押し黙った。

 アサジローさん以外の全てに興味がないような、あんなに冷たい表情をしている裏側で、この図書館にそんな気持ちを抱いていたのか、彼は。


 いや、確かにいろいろと頷けるところはある。


 ずっと気になっていたのだ。アサジローさんを信奉し、今の眷属に文句をつけるアクシオくんが、1回でも『自分が眷属になる』と言わなかったことが。この図書館の滞在中に、私に魔法を教えると言ってくれたことが。


 なんでなんだろう、って。でも、アクシオくんにそういう気持ちがあったのなら納得はいく。納得はいくけど……どうして、図書館を離れたらいけないんだろう?

 そんな私の疑問をよそに、コフレくんはぺらりとメモ帳をめくり、一定のリズムでペンを走らせた。


[ですが、同年代の友人と友情を育むことは、健全な人間生活を送るにあたって大きな意味があります。ですから、ステラ様。無理にとは申しません。ただ、ステラ様がよろしければ、アクシオの友人になっていただけませんか]


 そのためのサポートなら、なんでもいたします。


 最後にそう書かれた紙面を見せられ、私は息を飲んだ。


「わた、しは……」

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