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プリマステラの魔女  作者: 霜月アズサ
3.海亀星の司書の章

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第25話『普通とは、最大の偏見で出来ている』

 翌日。風の国を出発した私とアサジローさんは、船に乗って1日ちょっと移動し、海の国の真上にあるという孤島に到着した。

 孤島には海の国の所有地らしい小さな街があって、私たちはその中にある白い塔に向かった。


 塔の中には、昇降機(エレベーター)がいくつもあった。私たちはそのうちの1つに乗る。昇降機の中は石灰色の壁と金色の装飾で作られていて、とても綺麗だったけど、ところどころ濡れているのが気になった。


「――そろそろ到着します。変身薬の服用をお願いします」


「はい」


 1分くらい経った頃、アサジローさんに促されて、私は塔の受付でスタッフさんにもらった小瓶を取り出した。

 中に入っていたのは、泥かと見間違うくらいどす黒い液体だった。曰く、人魚の変身薬。これを飲めば人間の私でも海の中の水圧に耐えられて、水中で呼吸ができるようになるらしいんだけど……いや、これ、やっぱり泥じゃない?


 私はしかめっ面をしながら小瓶の蓋を開ける。漂ってくる激臭に吐きそうになるけど、鼻を摘んでどうにか飲み干した。……オェェェーーッ、まず!!!


「うっぷ」


 込み上げる吐き気に青くなる私。すると、それを見たアサジローさんが私の顔に手をかざした。


「《ネロフォケト・イラノトゥユ・タフィリガサ》」


 呪文のような言葉を唱えると同時、彼の手のひらが青く光る。私は咄嗟に目を瞑ったけれど、覚えた違和感にすぐに目を開けた。


「……あれ?」


 気持ち悪いのがなくなってる。まさか。


「回復魔法をかけました。……気分はどうでしょうか」


「あっ、ありがとうございます! 気持ち悪いのがなくなりました。……あの、これで私も人魚になれるんですよね?」


「……部分的にそう、と答えるべきでしょうか。ステラさんが飲んだのは、ゴホッ、効き目が弱い変身薬ですから。足が尾びれになることはないですが、ええ。だんだんと、人魚そっくりの海に適応した身体になると思います」


「あ、尾びれ生えないんですね」


「生やすことも出来ますよ。効き目の強い変身薬なら。ただし、強い薬は副作用も強いですから、服用はゴホッゴホッ……おすすめできませんが」


「なるほど」


 私は納得しそうになりつつ、違和感を覚えて首を傾げる。待てよ。

 前に猫に変身したときのニナって、1時間そこらで人間に戻ってなかった? 見た目は余す所なく猫になってたから、効き目の強い変身薬なんだと思うんだけど……その割には効果時間めちゃくちゃ短くない?

 以前、薬の調合が得意とかなんとか言ってたけど……まさか、思い通りの変身薬が作れるんだろうか。今度、聞いてみようかな。


 私は疑問を胸に閉じ込めて、別の問いをアサジローさんに投げかけた。


「アサジローさんって、海の国を故郷って言ってましたけど……その、人魚だったんですか?」


 思い切って聞いてみると、アサジローさんの顔が少し強張ったような気がした。


「……はい。今から150年ほど前……眷属になる前までは、人魚としてここで生活していました。……今まで黙っていて、申し訳ありません」


「えっ!? あ、え、そんな」


 不意に謝られて、私は動揺する。確かに、アサジローさんが人魚だったなんてビッグニュースを、今まで教えてもらってなかったのは不思議だけど……知っていなくても不都合はなかったし、謝らなくたっていいのに。


 というかそれよりも、アサジローさんが150年も眷属を続けていることにびっくりする。150年の間魔獣に倒されなかったってことだよね。え? 強くない? こんなにゲホゲホむせてる人が、ほんとに?


 なんて失礼なことを考えていると、昇降機がチンッと音を立てて止まった。アサジローさんが壁のボタンを押すと、ドアが開いて海水がドバドバ入ってくる。


「ウワァァァァァアアアーーーッ!?!?!?」


「ステラさ……」


「エッ!? エッ!? エッ!? エッ!?」


 私が騒いでいる間に、昇降機の中を海水が埋め尽くす。息を溜める暇もなくて、全身を覆う冷たい感覚に私は命の終わりを覚悟した。しかし、


「あれ?」

 

 予想外に苦しくなくて、私はびっくりした。まるで、そこに海水が存在していないみたいに身体が楽だ。……そっか、人魚になる薬を飲んだから、身体が海に適応してるんだ。……え? じゃあさっきの痴態なに? あんなに焦る必要なかったじゃん。


「あ〜〜恥ずかしい……」


「……海の国は初めてでしょうから、取り乱すのも無理はありません。私も変身薬を飲んで初めて地上に出たときは、身体が水に浸かっていなくて、干からびるんじゃないかと不安でしたから。さぁ、行きましょう」


「はい……」


 私は消えたい気持ちになりながら、アサジローさんに続いて昇降機を降りる。すると、既に街の中に入っていたようで、白亜の景色が私たちを出迎えた。


「オッ……」


 壮観な景色に目を見開く。海の中にありながら、地上の国々と変わらず一面に広がる白い街は、海に差す太陽光を目一杯跳ね返していて、輝くようだった。

 目を引かれるのは、往来する人々の存在だ。青や緑の鱗を煌めかせ、すいすいと泳ぐ彼らはまさしく私の知る『人魚』だった。伝説かお伽話でしか聞かないような存在が、目の前に存在している事実に興奮が止まらなかった。


「――って、あ。す、すみません!」


 かなり長い時間、自分が足を止めていたことに気がついて、私は慌てて謝罪した。観光目的じゃないって自分で言ったはずなのに。気をつけなきゃ、と両頬を力いっぱい叩くと、柔らかな眼差しをしていたアサジローさんは『いえ』と言った。


「……?」


 なんだろう。どういう気持ちで見られてたんだろう。私は首を傾げつつ、言及は出来なくて、ただ歩みを始めるアサジローさんの背中に従った。





 その後、私たちはアサジローさんの師匠――霧の魔法使いが住んでいたという家に向かった。


 2階建てのその家は、円柱にドームの屋根を被せたような白い建物で、ドアをノックすると、灰銀の長髪を下ろした人魚が現れた。

 陰鬱とした表情の彼女は、アサジローさんの顔を見るなりはっとした。


「あぁ、アサジローさん。お待ちしておりました。……そちらの方は?」


「プッ……プリマステラです。初めまして。突然訪問してしまってすみません」


「まぁ、初めましてプリマステラ。私はオミュクリウス先生の親戚のセシルです。どうぞ、お2人とも上がっていらしてください。長旅でお疲れでしょう? 今、お茶をお淹れしますから」


「お構いなく。失礼します」


 玄関に足を踏み入れるアサジローさん。続けて私が入ると、セシルさんは『こちらへ』と家の中を案内してくれた。

 そうして連れてこられたのは、広々としたリビングだった。私は天井から吊り下げられた、クラゲ型の照明に見惚れながら、貝殻を模したソファーに座った。


 その後アサジローさんは、別室に安置している遺体を見に行ったり、セシルさんと会話をしたりしていた。会話の内容は主にオミュクリウスさんについてで、故人に関する話に第三者の私が入り込めるはずがなく、私はその間黙って2人の話を聞いていた。


 聞いていてわかったこと、その1。霧の魔法使いオミュクリウスさんは、眷属を辞めた後長いこと静養していて、遠縁の親戚かつ甲斐甲斐しい性格のセシルさんが、4日に1度彼の様子を見に来ていたらしい。


 その2。オミュクリウスさんが亡くなったのは、推定5日前のことらしい。


 その3。亡くなったオミュクリウスさんを最初に発見したのは、セシルさんではなく、海の国の外回りを任されていた兵士らしい。


 その4。つまり、オミュクリウスさんは国の外で亡くなっていたらしい。


 その5。オミュクリウスさんに外傷はなく、臓器に異常もなく、専門家に依頼を出しても魔力痕跡が見つからず、死因がまったくもって不明らしい。


 その6。そもそも、オミュクリウスさんが国を出た理由がわからないらしい。


「……私にはもう、わからなくて。探偵にも調査を断られてしまって……」


 肩を落とし、目を伏せるセシルさん。疲労の滲む彼女の姿に、アサジローさんは1度口を引き結んだ。


「そうでしたか。……師匠のために尽力してくださり、ありがとうございます」


「いえ……こちらこそ、お忙しい中先生を見送りに来てくださってありがとうございます。……あぁ、申し訳ありません。私としたことが長話を。そろそろ送魂式を挙げなくてはいけませんね。最近の海は危険ですし、日が暮れる前に急がないと……」


 セシルさんはゆるゆると頭を振って、ソファーから立ち上がった。『準備をしてまいります』と部屋を出る彼女を見送り、私は隣のアサジローさんを見やる。そして彼の表情に、


「……ッ!」


 出かけた言葉を、すんでのところで飲み込んだ。


「……」


 言えるわけがない。オミュクリウスさんの死因を解明しませんか、なんて。私が言うべき言葉じゃない。私はアサジローさんより賢くないし、オミュクリウスさんのことを知らないし。部外者が、口を出せたものではない。


 ……でも。


 私は口を結んだ。セシルさんが戻ってくるまで、悩み抜いた。

 けれど、口を開くことはなかった。





 セシルさん曰く、海の国から少し離れた場所にあるらしい送魂式の式場に向かうため、私とアサジローさん、セシルさんは海底を移動していた。

 ちなみに、参列者は私たちで全員らしい。寂しい気もするけれど、アサジローさんによると、長寿である魔法使いは親族や友人のほとんどが先に亡くなってしまうので、積極的に人と関わらないと大体の人がこういう最後を迎えるらしい。


 ……そういう魔法使いを、アサジローさんは見送ってきたんだろうか。考えていると、先導してくれていたセシルさんが立ち止まった。


「ここです」


「……!」


 セシルさんが示したのは、大きな穴だった。何もかも飲み込んでしまいそうに暗く、お城1つ入ってしまいそうな巨大な穴。歪な形をしていて、自然に出来たものだと推察できた。


 驚く私のそば、セシルさんはここまで引っ張ってきたソリから白い棺を下ろし、送魂式の準備を始める。いそいそと手を動かす彼女の代わりに、アサジローさんがこっそりと教えてくれた。


「海の国では、この穴に棺を落として魂を見送ります」


「えっ……!?」


 そ、それっていろいろ大丈夫なの!? 死体遺棄と何が違うの!? 心配になりつつ、異文化に口を挟めないでいると、アサジローさんは私の考えを読み取ったように言った。


「問題はありませんよ。遺体は残らないようにするのが、送魂式ですから」


「……?」


 どういうことだろう。不思議に思っていると、セシルさんが『準備はよろしいですか』と声をかけてきた。アサジローさんが私に囁いた。


「ステラさんは、私のポーズを真似していてください。――ええ、お願いします」


「はい。それでは、始めましょう」


 セシルさんは頷いて、棺を挟むように私たちと向かい合った。そして両手の指を不思議な形に組み、ぶつぶつと呪文のような言葉を唱え始める。アサジローさんも同じように手を組んで沈黙したので、私もそれに従った。

 体感3分ほどして、セシルさんが唱え終わると、アサジローさんが呪文を唱えた。


「《ネロフォケト・イラノトゥユ・タフィリガサ》」


 ――何も起きない。多分、今のは魔法をかけたわけではないんだろう。


 ぼんやり察していると、セシルさんが手を解いて、『運びます』と棺の頭側に手をかけた。アサジローさんが足側に回って、2人で棺を持ち上げる。……アサジローさん、なんか体力的にしんどそうだな。私は急いでアサジローさんのフォローに回った。


(ほら)に落ちないように気をつけてください」


 セシルさんに注意されながら、3人で棺を穴のそばまで持っていく。そして、息を合わせて棺を投げ入れた。

 ゆっくりと飛んでいった棺は、穴の中に沈んでいく。それを何とも言えない気持ちで見送っていると、突然、棺を飲み込んだ深淵からゴボボボッと泡の柱が立った。


「えっ……?」


 それは一瞬のことだったけれど、直感的に理解した。棺が、泡に変わったんだ。


 いや、自分で言ってて意味がわからない。棺が泡に? なんで?

 悼む気持ちより、動揺で頭がいっぱいになる。けれど2人にとってはなんの驚きもないようで、当たり前のように穴から遠ざかった。


「……ありがとうございます」


 セシルさんが声を絞り出す。その後、彼女とアサジローさんは今後の予定だとか、泊まる場所だとかを話し合っていたみたいだけど、私は欠片ほども内容が頭に入ってこなかった。ただじっと、深淵に広がる暗闇を見ていた。


 ――なんなんだろう、この穴。

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― 新着の感想 ―
[良い点] なるほど、人魚だから死後は泡になる……。 これは重要そうなポイントですね。
2024/07/07 14:06 退会済み
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