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プリマステラの魔女  作者: 霜月アズサ
2.火鷹星の悪党の章

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2章SS『ヴァンデロを知ろう!』

 下半身を覆う生温い感覚に、私はふっと目を開けた。私の目に飛び込んできたのは一面の赤。むせ返りそうに生臭い匂いを放つ血の海が、硬い地面に尻もちをつく私の足を飲み込んでいて、私はぎょっと目を見開いた。

 けど、普通なら死んでいる――というか、私1人分にしてはありえない血の量にすぐに夢だと気づく。私は自分を落ち着けて、辺りを見回した。


 辺りには煉瓦の建物がいくつも建っていた。どうやらここは路地のようだ。煉瓦路地で血の夢――もしかしてこれは、火の国に行く前に見た夢の続きなのだろうか。だとしたら、彼は――死の魔法使いはどこにいるのだろう。


 私は立ち上がろうとした。しかし直後、腐ったみたいに両足がぐちゃっと崩れた。


「うわっ!?」


 バランスを崩して前に倒れる。咄嗟に腕を出したから、血の海に顔を突っ込むことは回避したけど、跳ねた血飛沫が私のシャツを赤く染めた。そこへ、屋根から声が降ってきた。


「あは、間抜け」


「……死の魔法使い」


 探してたような、探してなかったような人物の姿に、私は顔をしかめた。


 夜明けの空みたいな薄紫の髪で片目を隠した、建物の上に乗るにはふさわしくないフォーマルな格好の少年。その人を見下したような笑みさえも、一見魅力に思えるほど愛らしい顔立ちをしているけれど……私はもう騙されない。彼は大罪人だ。


「――絶対、倒しますから」


 ……本当は準備も序の口だけど、夢なのをいいことに啖呵を切る。すると、死の魔法使いは嫌いな虫でも見たみたいに嫌そうな顔をした。


「色欲にまみれた嘘つきの魔女が。思い上がりも甚だしい」


 そう言って、死の魔法使いは何かを唱えた。瞬間、私は内側から爆散して死んだ。





「……はぁっ!」


 掛け布団を蹴って飛び起きる。カーテンが閉まっていても明るい室内と、身体のちょっと気だるい感覚に、寝過ぎたことを理解した。

 机の上の置き時計を見てみれば、時刻は9時12分。宿舎の朝ご飯に定刻はないけど、大体みんな7時から8時に食べているらしいから、ざっくり1時間の遅刻したことを知る。


「まっ……まずい……!」


 オスカーさんのご飯が冷めてしまう。私は布団から降りて、カーテンを開けて、急いで私服に着替えた。この前ルカに選んでもらった服だ。その後髪を整えたり、歯を磨いたりなんだりしながら、昨日のことを思い出した。


 昨日の祝賀会はまず、ヴァンデロさん、ニナから簡単に自己紹介をしてもらったんだ。

 そしてヴァンデロさんには、ギャングと並行で眷属の仕事をする、ということを改めてみんなに伝えてもらったあと、ひとまず諸々の準備のために3日間宿舎に滞在してもらうことになって。

 その後は、シエルシータが花の国で買ったカードゲームで遊んだんだ。それで途中ルカが帰って、朝早いサイカとオスカーさんが部屋に戻って、程なくしてお開きになって……。


 ヴァンデロさんの加入については、思ったより好感触だった気がする。シエルシータ・サイカは大歓迎、アサジローさんとルカは様子見……って感じ。対してニナはやっぱりというべきか、何人か警戒しているようだった。


 おそらく、『復讐のために魔法を教えてほしい』と言いのけたニナの人格と、特徴的な青の衣装から読み取れる彼の出自による感情なんだと思うんだけど……アサジローさんとルカは、彼の存在をあまりよく思っていないようだった。


 と、だいたい思い出しながら1階に降りようとすると、廊下の向かいからサイカがベッドを持ってやってきているのが見えた。あぁ、今日も頑張っ――ベ!?


 私はサイカを二度見した。その長躯で軽々とシングルベッドを抱えた彼は、私の存在に気づくと『あ! おはよ!』となんでもないように私の鼓膜に攻撃し、私の横をすり抜けて階段を降りていった。耳が痛い。


 そういえばサイカって肉体強化の魔法が使えて、元々ある筋肉をさらにムキムキにしているからとんでもない馬鹿力が出せるんだっけ……。

 と、原理に気づいてもなおそのインパクトのある光景に唖然としていると、サイカの後から浮遊するクローゼットを引き連れたアサジローさんが現れた。


「お目覚めでしたか。おはようございます、ステラさん」


「あ、おはようございます。……何をしてるんですか?」


「ヴァンデロさんが眷属になってくださったので、彼の部屋を用意しているところで。空き部屋から、前の持ち主が使っていた家具を外に出しているんです」


 そう言われて、そういえば、と昨晩の話し合いを思い出す。確か、シエルシータとヴァンデロさんが家具を買いに行くからその間、サイカ・アサジローさん・オスカーさん・ニナ、私の5人で家具を運ぶって決めたんだっけ。


「ハッ……かっ、完全に忘れてました、すみません!! 残ってますか、私の仕事……!」


「いえ、残念ながら家具はこれが最後で……サイカとニナさんが競うように運び出してくださったので、予定より早く片付いてしまって。ですから、朝食の時間になさってください。シエルシータたちの到着もまだでしょうから」


「……わかりました」


 私はしょんぼりしながら、アサジローさんに続いて階段を降りる。そして食堂に入ると、用意されていたはちみつバターのパンケーキとミルクを胃に収めた。


 シエルシータたちが帰ってきたのは、ちょうどお皿を洗い終わったときだった。呼ばれたので外に出てみると、お洒落な調度品がたくさん並んでいた。その多さに驚いていると、新品のクローゼットの向こうからシエルシータが顔を出した。


「やぁ」


 そして彼によって、誰が何を運ぶかが決められた。私は比較的軽い机を任され、シャツの袖をまくって持ち上げようとする。が、


「重っ……!?」


 即座に机を下ろした。えっ? 見た目に反してめちゃくちゃ重いんだけど。2センチくらいしか持ち上がらないし、そのままの歩行にいたっては不可能だ。嘘でしょう? 引き出しに何も入ってない、1人用のデスクすら持てないの私?

 いや、何かの間違いだ、なんかちょっと持ち方が悪かっただけで……重い!!


 苦戦する私の横で、ニナが得意げな顔をしてワインセラーを持ち上げた。中に大人が2人くらい入れそうな大きなそれを、ひょいと。そしてこちらを一瞥して、


「ふん」


 だぁぁぁぁーーーッ腹が立つーーーー!!!


 私は拳を握りしめる。とはいえ、怒りのパワーをもってしても持ち上げられないのが現実だ。新品なのに無理して壊してもいけないし、ここは大人しく誰かに助けを求めよう。

 そう考える私のもとに運悪く現れたのは、なんとヴァンデロさんだった。


「……何してるんだテメェ」


「あの、大変お恥ずかしいんですが、も……持ち上がらなくて。……助けてください」


「……」


 懇願する私を、30センチくらい上から見下ろしてくるヴァンデロさん。おもむろに彼が手をかけると、驚くくらい簡単に机が持ち上がった。


「へっ……」


「……」


「……」


「鍛えたらどうだ?」


「はい」


 否定する余地はなかった。いや、だってこのままじゃ絶対にいけないよ。今日からでも体力つけないと。でも、どうやって? トレーニングって何から始めたらいいの? マッチョのサイカや知識豊富そうなアサジローさんに聞いてみる?


 そもそも、私が鍛えるべきはなんだ。握力なのか、腕力なのか。初心者すぎて困っていると、ヴァンデロさんが口を開いた。


「ひとまず、テメェの実力を測る。握力が弱いのか腕力が弱いのか、どっちも弱いのか全体的に弱いのか……それを調べて苦手な運動を洗い出し、基礎練習のメニューを作る。……家具の搬入が終わったら、中庭に来い。テストしてやる」


「……え? ヴァ、ヴァンデロさんがコーチしてくれるんですか?」


「あァ。なんだ、不満か」


「い、いえ! ただ、私の面倒見てくれようとするのが意外というか……え、ほんとにいいんですか?」


「……ギャングはフィジカルが重要だ。だから、昔からいろんな奴にコーチしてきた。テメェ1人見るのなんざ大した手間じゃない。それよりも、戦いの場で命預けようって奴の運動神経がガキ未満のほうが大問題だ」


「誠にそうでござりまする……」


 やっぱり反論の余地がなくて、若干変な言葉遣いになりながら私はしおしお萎れる。


「……それじゃあ、よろしくお願いします」


 そう言ってぺこりと頭を下げると、ヴァンデロさんは『あァ』と言って机を運んでいった。


 その後、私はシエルシータからの提案で、ルカの練習着(ジャージ)を無断で借りてテストに参加した。テストの内容は全部で10個。腕、肩、胸、お腹、お尻、太腿……他にも4箇所くらい、計10箇所の機能を調べて、記録してもらったんだけど。


 結果から言うと、私の運動能力は最低だった。


 クランチではそもそも上体が上がらず、プッシュアップでは2回目から腕がガクブルし、スクワットは10回できたけど太腿がお亡くなりになった。他のテストも惨敗で、1時間後ボロボロになった私は手入れの行き届いた庭にうつ伏せになっていた。


「はぁ……はぁ……」


 母なる大地に私の汗が染み込んでいく。ごめん大地。大人しく大地に体重を預ける私のそば、涼しげなヴァンデロさんはメモにペンを走らせていた。そして書き終わると、1枚ちぎって私にくれた。紙面にはテストの内容と、身体の部位の名前と、数字がたくさん。


「これが今日の記録だ。とっておくといい。それから今後のメニューについてだが、そもそもテメェには練習する分の体力すらねェことがわかった。だから、今日から毎日1時間歩け。テメェは今基礎体力を作るのが先決だ」


「はい、ヴァンデロコーチ……」


「やめろその呼び方」


「……ちなみにヴァンデロさん、どこ歩いたらいいとかありますか?」


「強いて言うなら、物があるルートがいい。山道は気が滅入る。……あぁ、そうだ。さっき白髪の奴から聞いたが、テメェプリマステラになって10日も経ってないんだろう」


「あ、はい」


「なら、自分の顔を知らしめるためにも……街中を歩くのを勧める」


「なるほど」


 確かに、フルぺの街には1回行ったきりだ。まだ会えていない人がたくさんいるし、顔を覚えてくれた人も少ないだろう。プリマステラがどんな人間かわからないのは、守られる側としては不安があるかもしれないし、トレーニングがてら訪れるのは悪くないかも……。


「……」


 なんだかんだ色々考えて、面倒を見てくれるヴァンデロさんに少し温かい気持ちになりながら、私は『ありがとうございます、街にします』と立ち上がった。そして庭の草をはらって、


「そうだ。ヴァンデロさんも来ますか?」


「あ?」


 ペンとメモをしまいこみ、新しい葉巻を取り出していたヴァンデロさんが眉を動かした。


「せっかく街に行くなら、街の人たちに新しい眷属の紹介がしたいなって思って。あ、もしかしてさっき買い物行ったときに済ませちゃいましたか?」


「……いや。だが、俺は行かない。誰かに会うわけにはいかない」


 そう言って、慣れた手つきで葉巻に火をつけるヴァンデロさん。人差し指の火をふっと吹き消すと、彼はお茶会用の白いチェアに座って葉巻を吸い始めた。


「え、どういうことですか? さっき、シエルシータとお買い物してきたんじゃ……」


「さっきは変装して街に出たんだ。眷属になったとはいえ、街の認識はギャングから一変してない。顔を出せば、揉め事が起きるだろうからな。だから……俺はテメェらが言った、人間を黙らせる『強さ』の証拠を得るまで街には出ない」


「……!」


 私は驚き、彼の名をぽつりと口にした。そうか。彼は、ニナと私が提唱した『強さを示せばギャングでも眷属になれる』説を、これから実証しようとしてくれているんだ。


「――」


 口をつぐむ。ヴァンデロさんに言ったことを後悔しているわけじゃない。ニナの意見に乗っかる形をとったけど、私は本気でその説を信じている。

 だけど、いざ実証すると思ったら……少し、怖くなった。……もしもヴァンデロさんが証拠を手に入れたその先で、人々から受け入れられなかったら。


《嘘つきの魔女》


 今朝、夢の中で『死の魔法使い』に言われたことが蘇る。そうだ。受け入れられなかった、『受け入れられる』と言って連れてきたヴァンデロさんを、裏切ることになってしまう。


 私は無意識に手に力を込めた。そして、くしゃ、と曲がったメモ用紙の音にはっとする。


 ……いいや。ヴァンデロさんなら大丈夫だ。こんなにも丁寧で優しい人なんだから。


「……わかりました。じゃあ、早めに証拠を手に入れましょう。次の魔獣討伐は、ヴァンデロさんに声かけますね。とびきり悪名高くて、強いやつを探しますから」


 そう言うと、ヴァンデロさんは驚いたあと、煙を吐いて、愉快そうに口の端を吊り上げた。


「あァ、よろしく」

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