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プリマステラの魔女  作者: 霜月アズサ
2.火鷹星の悪党の章

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第23話『午後10時のティーパーティー』

 昼前にステラたちが乗った船は、夜8時ごろ風の国に到着するということで、それまで4人は好きなことをして過ごすことになった。


 ニナはステラとオスカーに監視されながら、船内の食べ物を買い食いしていた。

 ちなみに、ステラを尾行するための行きは所持金がなかったため、船倉に入っていて食事をとっていなかったらしく、それを聞いたステラをドン引きさせながら、ヴァンデロに買ってもらったプレミアムコースをふんだんに利用していた。


 そしてヴァンデロはというと、『子守りは趣味じゃねェ』『おい。どういうことだ』というやりとりをニナと交わしたあと、1人でどこかに消えていた。


「逃げたんじゃないか、アイツ。もぐもぐ」


「いや、そんなはずは……」


 太陽が水平線に消える頃、甲板でターキーレッグを食べるニナの発言に、ステラが不安を見せた。それを俯瞰(ふかん)していたオスカーは少し迷ったのち、


「俺が探してきましょうか」


 ヴァンデロが消えたのは出港してからで、空間魔法を持たない彼にはこの船から逃げることが出来ない。それに怖気づいて逃げるたちでもない。どうせあの辺りで寛いでいるのだろう、とは思いつつも、ステラの不安を解消するため申し出た。

 ステラは『い、いいですよ!』と手を振ったが、


「ヴァンデロがいそうな辺りに、ちょうど用事があったので……これ、預かっててもらってもいいですか」


 と、オスカーはチュロスを手渡した。ついさっき、ワゴンの店員から受け取ったばかりの温かいチュロスだ。中にはチョコレートが入っており、甘い匂いがする。先程ニナも同じものを食べたはずなのだが、彼はちらりとチュロスを一瞥(いちべつ)すると、


「戻るのが遅かったらオレがもらうぞ」


「はい。どうぞ」


「デェ!?!?!?」


 オスカーのチュロスに対する執着のなさと、ニナの食い意地に驚くステラに別れを告げ、オスカーは下の階に降りた。向かったのは、成人だけが入れるバーだ。


「……やっぱりか」


 オスカーの予想は的中した。シックな葡萄(えび)色のインテリアが、暖色の照明に照らされるそこにヴァンデロはいた。半円を形作るカウンター席ではなく、夕日に灼ける海原が見える、窓のそばの2人用テーブル席に座っている。

 ヴァンデロはバーテンダーとの会話を好む人間なので、あんな端に座っているのは珍しかった。はたしてここの店員が気に入らなかったのか、それとも。


 ひとまず、何も頼まないまま居座るのは気分が悪かったので、オスカーはオレンジのカクテルを1つ頼んで、ヴァンデロのもとに近づいた。


「……座っても構わ……座る」


「断られるの見越してんじゃねェよ。おい、座るな」


「プリマステラが心配していた。……どこかに行くなら、誰かに報告してからのほうがいい。俺にはわかっていても、他の人間にはお前が逃げたように見える」


「ハァ」


 力技で言いたいことを言うオスカーに、ヴァンデロは呆れたように溜息をついた。


「あ〜……そうだった。自分(テメェ)がトップじゃないって、こういうやりにくさあったっけな」


「そうだ。これからお前は、勝手に行動することは出来ない。……後悔したか」


「まさか。まァ、あまりに久しいんでここまでとは思わなかったが……こうなることは承知の上だ。これくらいで後悔してたまるかよ」


 ヴァンデロは嘲笑って、ワインの入ったグラスを傾けた。いったいこれで何杯目なのだろう。彼の血行がほんのり良くなっている気がするから、1杯目ではなさそうだ。相変わらずよく酒を飲む。ディナーの前だというのに。


「……」


 酒に強い彼だから、あまり期待はできないが――今なら聞き出せるだろうか。オスカーは勝負に出た。


「プリマステラとどんな話をした」


「あァ? 話?」


「プリマステラは、お前の好みとは違う。おそらく、20歳も迎えていない子供だ。それに、お前は無条件に力を貸す性格じゃないだろう。……どんな利害があって、どんな契約をした。どうして、プリマステラの眷属になった」


 じっと、正面からヴァンデロを見据える。傍目にはわからないだろうが、今のオスカーはいつになく真剣な顔をしていた。3年ぶりの関係でも、旧知のヴァンデロにはそれがわかった。彼はオスカーを眺めたあと、肩をすくめて吐息をし、


「契約はしたが、テメェが恐れてるようなものじゃねェよ。そも、『プリマステラ』相手にそんな強気なことは出来ねェ」


「……」


「眷属になった理由は2つ。1つは組織を守るためだ。今まで俺はキースの意見や力に頼ってきたが、これからはそれが出来ねェ。俺は手探りで組織を守らなきゃならない。そうなれば、真っ先に潰しておきたいのが政府からの干渉だ」


 そう言って、ヴァンデロはクラッカーを摘んだ。スモークチーズと生ハムがのっている。それを口に入れて咀嚼したあと、


「……一応、政府とは互いに関わらねェって決まりを作っちゃいるが……今の火の国は不安定だ。外交先(お得意様)の命令によっては、いつ寝首をかかれてもおかしくない」


「……まぁ、そうだな」


 滅多に狙われないのをいいことに、料理開発にばかりかまけた結果、戦闘民族――ニナの先祖に敗北し、以降強い国に国防を頼らざるを得なくなったのが火の国だ。

 国内にギャングが蔓延(はびこ)っているのも、かつて政府に力がなく、処罰もないまま野放しになっていたならず者たちが派閥を作り始めたのが原因だ。なお、ほとんどのグループは衛兵に代わり、若かりし頃のキースに潰されたようだが。


 そんな国がお得意様に逆らえるはずがなく――お得意様の意向によっては、いつ火の国がギャングとの決まりを破って組織を破壊しにきてもおかしくない、ということだろう。ヴァンデロの懸念点は。


「だからプリマステラの眷属になった。……プリマステラの権力は全世界に通じる。組織を守るにあたって、これほどデカい加護はないだろ」


「……そうか。……もう1つの理由は?」


「もう1つは、まァ、理由の2割にも満たねェが……プリマステラを試すためだ。アイツ、俺の相談相手になるって言ったんだ。あれが頼りになるとは思ってねェが……キースを失くした俺には妙に響いてな。信じてやるのも悪くねェって思ったのさ」


 『それだけ』と締めたヴァンデロの発言の内容に、オスカーは驚いた。彼女が言ったのか、ヴァンデロの相談に乗ると。

 ギャングかつそのボスであるヴァンデロの相談など、ろくでもないものばかりだと思うが――それをわかってて言ったのだろうか。彼女はどこか抜けているから、もしかするとわかっていない可能性もある。


「……キースにするような血生臭い相談を、彼女にするつもりなのか?」


「ギャングの相談に乗るって言ったやつが、友人や恋愛の相談を想定してたら笑い(ぐさ)だろ」


「それは……そうだが」


「心配するな。『プリマステラ』は大事な取引先だ。負担をおっ被せるような真似はしねェよ。それに、今は組織のことで手一杯だ。子供の女相手に意地の悪いことしてらんねェ。キースの死を(いた)む暇もねェんだからな」


「……そう、だな。言われてみれば……」


 言われてみれば、オスカーも同じだった。ヴァンデロや化け猫の動向について考えるばかりで、あまりキースについて考える時間がなかったように思う。

 そしてこれからも、『死の魔法使い』や他の眷属集めについて頭を悩ませなければならない――だとしたら、この気持ちはいつ消化したらいいのだろうか。怒りとも悲しみとも後悔ともつかない、歪な形をしたこの気持ちは。


 オスカーが黙り込んでいると、その胸中を察したのかヴァンデロが口を開いた。


「近いうち……遅くても30日以内にキースの送魂式(そうこんしき)を行う。遺体の代わりに遺品を火にくべる手筈だ。日にちが決まったら声かけてやる。それまでに気持ちの整理はつけろよ。あと、棺に何入れるか考えとけ。臭いものはダメだ」


「……わかった」


 オスカーは頷いて、カクテルを飲み干した。そして席から立ち上がり、からんと氷が崩れたグラスを手に取ると、


「ディナーの時間が近い。それまでには戻ってくるんだぞ」


「ハァ。わかった」


 面倒臭そうな顔をして、ヴァンデロが椅子にもたれかかった。





 帰りの船内でディナーを終えた私たちは、無事に風の国に到着し、宿舎に帰ることが出来た。


 船の冷蔵庫で保管してもらっていたケーキ類の箱を持って、私たちが宿舎の扉に近づくと、銅製のドアノックの獅子がぱちりと目を開く。そして、ガラスの目玉で私たちを観察した。

 無機物相手なのに品定めされているようなこの緊張感。こちらは宿舎の住人なのに、なんだか無許可で扉を開けてはダメな気がする。というか、


「こんなのありましたっけ……?」


 オスカーさんと宿舎を発ったときには、こんなのなかったような。私が首を傾げていると、


「俺たちが不在の間に、シエルシータかアサジローが取り付けたんでしょう」


 と、オスカーさん。なるほど……? と思ったそのとき、獅子の目が閉じて宿舎の扉が開いた。漏れ出る明かりにふと目をやると、そこには玄関の照明を背負った少年が立っていた。


 編み込みの入った白髪のボブヘアに、春の空みたいな青色の瞳。モノトーンを基調とした格好の、人形みたいに愛らしい顔立ちの少年。シエルシータだった。


「おかえり〜えへ。それ、びっくりした?」


「シエルシータ!」


「これね、おととい花の国で買ったんだ! 僕の魔法がかけてあってね、目のガラスに映った人間を視認して、この宿舎の人間だったら勝手にドアを開けて、そうじゃなかったら、ガラスに映った情報を食堂の水晶玉に送るんだよ」


「へぇ……!」


「ステラとオスカーの情報は登録したんだけど、今回はお客さんがいたから開けなかったみたいだね~」


 そう言って、シエルシータは私とオスカーさんの後ろに控えていた、スーツの青年と青い衣装の少年を見やった。気持ち、後者を長めに見やったあと、


「とりあえず中においでよ! 積もる話もあるだろう?」


「……そうだな」


 肯定したオスカーさんが中に入り、私たちもそれに続く。


 久しぶりに訪れた宿舎は記憶よりだいぶ綺麗になっていて、壁紙や絨毯は新しいものに変えられ、階段やシャンデリアは丁寧に磨かれ、絵画は綺麗な額縁に入れて掛け直されていた。心なしか小物も増えている気がする。

 今はルカが公演のための合宿に行っているはずだから、シエルシータとサイカとアサジローさんの3人で頑張ったんだろう。凄すぎる。


 感動しながら食堂に入ると、サイカとアサジローさんがクッキーを広げてお茶会をしていた。


「あっ、オスカー! ステラ! ……と、誰だ?」


 口からクッキーのかけらをこぼしつつ、嬉しそうに立ち上がったサイカが首を捻った。向かいに座るアサジローさんが、『彼が例のヴァンデロさんではないですか?』と囁くが、ヴァンデロに隠れていたニナが出てきてぴしっと固まった。


「え、ええと? 今回ステラさんが眷属になさったのは……2人……?」


「いえ! 眷属にしたのはこっちのヴァンデロさんだけで、この人は……」


「ニナだ。お前たちに魔法を教えてもらいにきた。復讐したい男がいるんだ。手伝ってくれ」


 ストレートな自己紹介をかますニナ。とんでもねえぞコイツ。警戒されて門前払いになるのでは、とひやひやする私だったけど、困っていたのはアサジローさんだけで、サイカは純粋に驚き、シエルシータはニコニコしていた。


「へぇ〜! 復讐かぁ、嫌いじゃないよ! ものにもよるけど……どんな復讐か聞かせてもらおうかな。気に入ったら教えてあげる! ひとまず、ヴァンデロのお祝いパーティーを開こう。君たちのそれはお土産かな?」


「は、はい。こっちがブルーベリーチーズケーキで、こっちが焦がしプリンタルトで……」


「いいね~。よーし、《スオーブセヴァス・ロージョットセレイセル》!」


 シエルシータが呪文を唱えた瞬間、食卓の上に4人分のティーカップとお皿が追加され、ケーキ類の入った箱が私たちの手をふよふよ離れて机上に着地した。そして、


「ワァァァァーーーッッッ!?!?」


 突然、私の目の前に白い何かが出現した。びっくりして転倒しそうになると、私の腕をオスカーさんが掴んで止めてくれる。ありがとうございます。

 しかし、なんだ今の。人型をしていたような気がするけど。私がおそるおそる見てみると、私の前に現れていたのは、


「――シ・エ・ル!」


 ここにはいないはずの、怒りに声を荒げるルカの背中だった。シエルシータが魔法で呼び寄せたらしい。

 呼び寄せられるのは何度か体験しているらしく、『毎度毎度……』と説教を始めるルカだったが、ハッとしてこちらを振り向き、私たちの存在に気づくと、何かを理解したようだった。途端に真っ赤になって、


「しゅ……祝賀会ならそうと言ってくれ、恥ずかしい。……0時には合宿所に帰してくれ」


 と、静かに着席した。近くにいたニナが、シエルシータとルカを交互に見て『眷属って変なのが多いんだな』と私に囁く。眷属じゃないはずの貴方が1番変だよ。私がじとりと目を細めると、


「さ! 全員揃ったことだし、君たちも座りなよ」


 と、シエルシータが促した。


「オレは端っこの1番偉そうな席でいいか」


「それはヴァンデロさんの席じゃないですか!?」


「どこでもいい。ここに座るぞ」


「ダメだ。そこはサーブをする俺の席だ」


 などと、言い合いながら席につく私たち。結局誰も端っこには座らなくて、左列が奥からサイカ・ニナ・私・ヴァンデロさん。右列が奥からアサジローさん・ルカ・シエルシータ・オスカーさんの順になった。


 全員が座ると、ひとりでに開いた箱からケーキやタルトが次々に出てきて、みんなのお皿の上に並ぶ。ティーポットが浮いて、カップにアップルティーが注がれた。


「――よし、ボクが進めさせてもらおうかな」


 パーティーの準備が整うと、シエルシータが得意げな顔で立ち上がり、『それじゃあヴァンデロ』と呼びかけた。何人かの視線が彼に集中して、ヴァンデロさんは眉をひそめる。けれど、シエルシータは楽しそうに笑って、


「これから君には、いろいろ面倒な手続きをしてもらわなきゃいけないんだけど……今日は一旦置いとこう。そして君の仲間入りを記念して、祝福を送ろう。君に星の導きあれ。《スオーブセヴァス・ロージョットセレイセル》!」


 シエルシータが唱えた瞬間、ぱっと天井で光が弾けて、金色の光の花びらが辺りに舞った。






ここまでお読みくださりありがとうございます。これにてプリマステラの魔女、第2章『火鷹星の悪党』完結です! やったー!


今回のお話いかがだったでしょうか?

たくさん怪我をして、怖い目にあったステラでしたが、無事にヴァンデロさんを眷属にすることが出来ましたね。オスカーさんの理解も深まり、プリマステラとして少し成長できたんじゃないでしょうか。

これからもステラの成長や、眷属たちとの関係の変化を見守っていただければ幸いです。


そして次の第3章ですが、タイトルは『海亀星の司書』で舞台は海中になります。

アサジローさんの知人の『送魂式(そうこんしき)』に同行しようとしたステラが、海中図書館で大変な目に遭うお話です。後半はいつものことですね。怪我はこっちのほうが多いですが、気持ちは2章より楽なはず……?

投稿開始日は6/7(金)を予定しております。来週のSS『ヴァンデロを知ろう!』も合わせてよろしくお願いします。


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