表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
プリマステラの魔女  作者: 霜月アズサ
2.火鷹星の悪党の章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/49

第17話『地べたから得られることもある』

 オスカーさんの無骨で大きな手に引かれ、私は内心動揺しながら部屋を出た。わざわざ場所を変えるなんて、いったい何の話をするつもりなんだろう。眼鏡を部屋に置いていったから、逃げる気は本当になさそうだし……。


 まったく見当がつかずにいると、扉を閉めたオスカーさんは部屋から少し離れた場所で立ち止まった。


「……プリマステラ」


 全ての音が赤いカーペットに吸収される、静謐(せいひつ)な廊下にオスカーさんの低い声が響いて、私は緊張に固まりながら『はい』と応えた。


 ……というか、改めて見るとオスカーさん身長高いな。

 ここ数日街中を歩いていて、私も女子の中ではそこそこ身長が高い自覚があったんだけど、その私の目線にちょうど彼の鎖骨がある。凄い、オスカーさんの喉が丸見えだ。男性らしい太さと隆起……なんてセンシティブ。


 ちらちらと盗み見る私の正面、気づいていない様子のオスカーさんは呟いた。


「先程の少年の説明は……全て本当のことですか?」


「え、ニナのことですか? 本当ですが……どうかしたんですか?」


 私が質問し返すと、オスカーさんは僅かに俯いた。


「あの少年の青い装束……あれはある民族のもので、彼らは集団で生活するはずなんです。……それに、基本的に風の国にいることはない。ですから、風の国で彼と出会ったというのは……にわかには信じ難い話なんです」


「そ、そうなんですか? でも、強くなりたいって言ってましたし、修行を積むために放浪中とかの可能性も……」


「ないとは言えません。……が、気がかりなのは……彼の民族が『傭兵稼業』を生業としていることで」


「傭兵……?」


「どこの国にも属さない、雇われの戦士です。……雇用条件によっては敵国に寝返ることもありますが、戦争続きで兵士が不足しているときには重宝するとか。……少年の民族もまた、戦争が盛んな時代には猛威を振るったことで有名でして」


 曰く、斥候(せっこう)から暗殺・戦闘までオールマイティにこなしていた彼らは『味方につけた国が勝つ』とまで言わしめ、歴史に華々しい戦績を残していたらしい。

 しかし世界から戦争がなくなっていくとともに、彼らの名前も忘れられていったようで。


「火の国は昔彼らに滅ぼされかけたので、彼らを知っている人が多いのですが……俺を含め、国民のほとんどが彼らは滅んだと聞かされていたと思います。それがまさか続いていたとは……。……少年のことは、一応警戒しておいてください」


「……わかりました」


 戸惑いながら頷くと、オスカーさんは『戻りましょう』と言って、部屋の扉を開けてくれた。ありがたく先に入らせてもらうと、早くもホーエンハイムさんが何品か完成させていたようで、食卓にお皿が並び始めていた。

 話題のニナは当たり前のように着席しており、モグモグと口を動かしながらこちらを振り向いて、再び食事に集中する。


 まさか、彼が悪いことを企んでいるようには思えないけど……騙されてたりするのかな。ダメだ、考えたら今までの全ての行動が怪しく見えてくる。


 私は頭を痛めながら、ニナの隣に座った。気のせいか私の席だけクロワッサンが少ない気がするけど、現在進行形で減ってる気がするけど、隣から青い腕が伸びてる気がするけど、今はそれを気に留めるどころでは――。


 え、待って何してるの?


 私は横から来る青い残像を捕まえた。腕を掴まれたニナが『あ』と零した。





 状況をよく知らないニナへの情報共有を兼ねた昼食を終えると、ホーエンハイムさんは食器を片付けて出て行った。


 ふと、ヴァンデロさんが見計ったように食卓に何かを置いた。それは細かい彫刻が施され、楕円状の鏡が嵌め込まれた金色のプレートだった。


「なんだ、これは」


 眉をひそめたニナが尋ねる。ヴァンデロさんは『撮影機だ』と答えた。


「直近3日間に映った景色を見返すことが出来る魔道具だ。2年くらい前、別のシマを潰したときに押収した。キースがデザインを気に入って、自分の部屋に置いてたんだが……まさかこんなことに使うとは思わなかった」


 そう言って、寝かせたプレートに触れるヴァンデロさん。途端鏡が淡い赤色に光って、空中に画面が作り出された。画面に映ったのは、天蓋付きのベッドやシャンデリア風の照明が見える豪華なお部屋だ。

 この鏡はベッド脇の壁にかけられていたみたいで、ちょっと視線が高く、視界の半分が天蓋に隠されていた。


 今はロマンスグレーのご老人が、ベッド向かいの窓辺のソファに腰をかけて晩酌しているようだ。チーズとワインを交互に口にしていた。


 ……このおじいさんが、これから偽物のオスカーさんに殺されるんだ。


 そう思うと、知らない人なのに何故か息が詰まる思いがした。


 ちらりとニナを見やると、彼は新聞紙を眺めるような目で画面を見ていた。情報をあるがままに拾う。そこにある『死』に特別興味はない。そんな顔だった。

 反対にオスカーさんは、これまでになく剣呑な表情だった。目の前の情報を何一つとして取りこぼすまい。そんな決意を感じさせる顔つきだった。


 この映像を見ることに否定的なのは、やはり私だけのようだ。でも、逃げ出しにくい雰囲気が出来てしまっている。


 ……腹を括るか。


 眉間に力を込めながら、私はおじいさんの様子を見守る。そのとき、頭の中で声がした。


《ここでゲロ吐かれたら俺が困る。耐性がないんなら、とっとと辞退するのをおすすめするぜ》


《え、え?》


 な、なんかヴァンデロさんの声がする! なんで!?

 動揺しながら目をやるも、対面のヴァンデロさんはずっと画面を見ている。こっちを気にかける素振りは全くない。え、これヴァンデロさんの声で合ってる……?


《……おい、こっち見てんじゃねェよ。青い方のガキに気づかれるだろ。おら、辞退すんのかしねェのか、どっちなんだ》


《え、あっ、み、見ます!》


 心の中で返事をすると、それ以降ヴァンデロさんの声は聞こえなくなった。


 不意にキースさんが立ち上がり、画面外にいなくなった。間取り的に……ドアの方に行ったんだろうか。なかなか帰ってこないので肝を冷やしていると、突然キースさんの身体が画面内に吹っ飛んできた。それを追って部屋に入ってきたのは、


「……!」


 白髪で褐色肌の男性――オスカーさん、いや、偽オスカーさんだった。

 怒ったような歩き方だけは彼らしくないように思えたけど、それ以外は彼の無実を信じている私ですら一瞬揺らぐほどオスカーさんによく似ていた。


 偽オスカーさんは転んだキースさんを蹴って、蹴り飛ばして、踏みつけて馬乗りになって……あとはひたすら、殴打が繰り返される。


 あ、これ無理だ。私は確信して、目を逸らしてしまった。


 暗器で急所をグサリ、くらいなら耐えられるかと思ってたけど、まさか嬲り殺しにされるとは思ってなかった。キースさんの抵抗が弱くなっていく様子と、オスカーさんの姿で何度も行われる暴力を、これ以上見ていられる気がしなかった。


 ……どうやら、真犯人はだいぶ悪趣味なようだ。


 心に溜まった憎悪と、不快のごった煮に行き場がなくて、私は袖を握りしめた。画面が閉じられ光の粒子となって消えると、オスカーさんがゆっくり吐息をした。その声は震えていたけれど、それは私以上に複雑な感情に由来するように思えた。


 非常に重い、重い空気の中、ニナがオスカーさんを指差して『おい』と言った。


「どうしてコイツが部屋を出るところを映さない」


「それが今回の問題の1つなんだよ。撮影機にはこの後の様子もずっと記録されてるが、ベッドの奥に消えた後偽オスカーは撮影機に映らないんだ。そして次の動きがあったのは、起きてこねェキースを俺が起こしにきたときなんだよ」


「……え?」


「そしてもう1つ問題がある。キースの死体が見つからないんだ」


「――何?」


 オスカーさんが低く唸った。普段の無感情な声とはまた違う、ぞっとするほど冷たい声に私は竦み上がる。けれどヴァンデロさんは気にも留めず『あァ』と返し、


「しかも、血まみれの服は残ってるんだ」


「えっ……?」


「意味がわからないだろ。いや、わかることなんざほぼねェが。キースを嬲り殺した理由、オスカーに変装した理由、部屋を出るところが映らねェ理由、服を脱がせた理由、キースの死体のありか……あげたらキリがねェ。くそが」


 苛立たしそうに頭を掻くヴァンデロさん。彼は席を立つと、撮影機を小脇に抱えて、


「次はキースの部屋に行くぞ。既にあらかた調べた後だが、テメェらに見えるものもあるかもしれねェ」





 移動先は8階の一部屋だった。ヴァンデロさんが部屋の鍵を開け、オスカーさんが中に入る。続いてニナも中に入ろうとしたけど、ヴァンデロさんが肩を掴んで止めた。ニナが不服そうにヴァンデロさんを見上げる。


「どうして止める」


「……テメェのことは嫌いじゃねェ。だが、テメェは信用が足りてねェ。ここは俺にとって大切で、事件にも直接関わる部屋だ。部外者に入らせるわけにはいかないんだよ」


「じゃあ、ビーム女も入らないんだな」


 そう言うと、ヴァンデロさんがこちらを見る。私はというと、部屋の出入り口の脇でしゃがみ込んでいた。部屋に入りたくないから、彼らの意識に入らないように息をひそめてたつもりだったんだけど、ニナには通用しなかったみたい。


「こっちはそもそも入る気ねェだろ」


「はい……」


「ったく、プリマステラ様は綺麗好きでいけねェな。魔獣と戦うんだろ? 仲間や魔獣の被害者の死体なんざ、これから飽きるほど見る羽目になるんだ。殺人現場くらい見慣れておいた方がいいんじゃねェの。毎回グロってたら仕事にならねェぜ」


「……酷いこと言いますね」


「その道のプロからのありがたい助言だ。受け取れよ」


 鼻で笑うヴァンデロさん。それに対して私が口を尖らせていると、部屋からオスカーさんが出てきた。捜索に集中したからか、少し落ち着いたように見えた。


「――死体の隠し場所と犯人の逃走経路。どちらも探したが、それらしきものはないな」


「やっぱりか」


「出入り口から堂々と、あるいは魔法でこっそりと死体を持ち出し、正面から逃げた可能性が高そうだ。だが、専門の探偵を雇ったヴァンデロが俺を疑ったということは、この部屋からは誰の魔力痕跡も検出されてないんだろう」


「あぁ」


「つまり……犯人は魔力痕跡を残さないように立ち回った魔法使いか、そもそも魔力を持ってない一般人のどちらかになる」


「ま、ギャングの本拠地に乗り込もうってんだ。殴り殺した辺り武器も持たずに来たみてェだし、いざとなったら魔法を使える前者の可能性が高いだろうな。魔力痕跡が残ってねェから、おおかた犯人の計画通りにことが進んだみたいだが」


「となると、死体は自力で可能な範囲に隠されたことになる。いったいどこに隠されたのか……このビルのどこかか、外に持ち出されたという可能性もある」


 と、そこまで言って2人は黙り込んでしまった。多分、どちらもしっくり来ないんだろう。


 このビルの規模を見る限り、ここには200人をゆうに越えるギャングたちがいるはずだ。そんな場所で死体を隠そうとしてもすぐにバレてしまうだろうし、8階から外へ死体を持ち出すのも途中で見つかる可能性が高くリスキーだ。

 どちらも死体を隠すには適さないだろう。服を脱がせる理由とも結びつかない。


 でも、ここまでの前提条件が間違っているとも思えないし……うーん……。


「……ヴァンデロさん。私も部屋に入っていいですか?」


「あ? 別に構わねェが……吐くんじゃねえぞ。吐いたら……」


「わ、わかってます……!」


 そのプレッシャーで逆に吐きます、と言いたいのを飲み込んで、私はキースさんの部屋に入った。後ろでニナの不服そうな声が聞こえたけど……多分、私もプリマステラの肩書きがなかったら入れてもらえなかったはずだ。贔屓じゃないよニナ。


「……ふー」


 緊張を吐息で和らげる。


 キースさんのお部屋は、モノクロを基調としたシックな雰囲気の場所だった。

 天井から吊り下げられたシャンデリア風の照明や、部屋の真ん中に置かれたベッドの天蓋の金色が、部屋の空気を上品にまとめ上げている。

 気になる家具は、ベッド正面の窓辺に並んだ1人がけのソファと丸テーブル。キースさんが晩酌をしていた場所だ。あとは部屋の隅っこのワインセラー。部屋の主はいないけれど、ワインはまだ保存されているみたい。


 どちらも調べてみたけれど、特に変わったところはない。ならば、賭けられるのはここしかない。


 私が近づいたのは、ベッド脇の小さなチェストだった。おそらく、この上に撮影機が掛けられていたんだろう。私は3つある引き出しの1段目を開けてみた。


 1段目には……うわ、拳銃が入ってる。就寝中に不審者が襲ってきたときの護身用だろうか。迂闊に触るのが怖いので、そっと引き出しを閉める。

 2段目には、ファイリングされた書類が入っていた。分厚くて気になるけど、企業秘密的な香りが漂っているので触らないようにする。


 そして最後の3段目を開けると、


「……写真?」


 50枚以上はあるんじゃなかろうか、という量の写真の束が入っていた。パーティーの写真みたいで、いかつい男性たちが揃いの黒スーツに身を包み、煌びやかな会場を背景に、楽しげに、あるいは厳粛な面持ちで撮られている。


 中にはヴァンデロさんやオスカーさんの写真もあったけど、とても枚数が少なくて、必ず年配の男性――キースさんとのツーショットだった。2人ともあまり写真は好きではないけど、キースさんとなら……って渋々撮られてたんだろうか。


 どちらも仏頂面だけど……なんだか、幸せそうにも見える。


「――」


 私は写真を引き出しにしまった。


 うーん、ここも調べて終わってしまった。あと私に出来ることと言ったら、犯人の行動を再現することくらいか。これで犯人の心理がわかったらいいけど……。

 えっと、この辺から部屋に入ってきて……殴る蹴るをしながら撮影機に入らないところにもつれ込んで……ここから死体をドアまで持っていったとすると、こんな感じで床を這う必要が――あれ、なんか急に鼻がムズムズして、


「ビーム女、さっきから四つん這いになって何をしてるんだ。犬みたいだぞ」


「違っ……ックシュン! ヘッックシュン!!」


「? なんだ猫か? 埃か? オレの知り合いにも猫でくしゃみする奴がいるぞ」


「ックシュン!!」


「いや、キースは猫なんか飼ってねェ。あるとしたら埃……テメェ、目ェ真っ赤じゃねえか。外出ろ」


 部屋に入ってきたヴァンデロさんに手首を捻り上げられ、涙と鼻水で悲惨な顔になりながら連行される私。外に出るとヴァンデロさんに押しのけられ、オスカーさんに抱き止められた。ヴァンデロさんは部屋の中に戻っていき、


「失礼します」


 オスカーさんはそう言って、俯く私の頭に触れた。瞬間オレンジの光が淡く煌めく。たちまちむず痒さがなくなった。治癒魔法を使ってくれたらしい。


「あ……ありがとうございます、死ぬかと思いました……」


 誇張なしでお礼を言って、私はキースさんの部屋を振り返った。部屋の中ではヴァンデロさんが私のいたところでしゃがみ込んで、何やら魔法を使っていた。


「《オロウスラ・エロティダルト・リオレクルブ》」


 そんな呪文を唱えるも、傍目には何も起こらなかったように見えた。しかしヴァンデロさんは顔をしかめると、何かを握ってこちらにやってきた。


「浮遊魔法を部分的にかけたが――黒く細い毛が見つかった。キースは白髪だ、キースの髪じゃない。オスカーも偽オスカーも、俺もプリマステラも黒髪じゃない」


「オレじゃないぞ」


 矛先が向きそうだった黒髪のニナが強く否定する。そうだ、キースさんが殺された夜は私の杖を狙ってたんだ。彼にはアリバイがある。となると、


「コイツは猫の毛、しかもデカい猫の毛かもしれねェ。……キースが殺された原因に直接繋がるかはわからねェが、これは俺も知らなかったことだ。この一件を、前提から疑わなきゃならねェかもしれねえ。だが、なんで猫の毛が……」


「――あぁ、わかった」


 突然、ニナがぽんと手を打った。私とオスカーさん、ヴァンデロさんの視線が一斉に集中する。ニナはその圧に臆することなく、平然としたいつもの顔で言い放った。


「オレの故郷に伝わる古い魔獣の話を思い出した。オレの故郷には、人に化けて人を喰らう、化け猫がいるんだ。爺さんを嬲り殺したのは、猫だ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 推理パートわくわくしますね! そしてなんとニナくんが予想外の答えを!! 当たってるのか否か、楽しみです。
2024/04/05 22:37 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ