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プリマステラの魔女  作者: 霜月アズサ
2.火鷹星の悪党の章

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第13話『男子、3年会わざればかなり違う』

 その後、私がカフェの店員さんと弁償の約束を取りつけている間、オスカーさんは病院に行って、肩から銃弾を取り除いてもらったようだった。

 聞けばかなり深い銃創だったらしいけど、オスカーさん曰く半端だという自身の治癒魔法と、病院の技術を併用して、軽い荷物が持てる程度には回復したらしい。


 それらが終わる頃には夕方になっていて、私たちは急いでホテルにキャンセルの連絡をし、ゴンドラに乗って火の国の中央へと移動した。


 暮れなずむ水路の街。街灯の灯りを反射しながらゆらめく水面を見つめ、私はオスカーさんにバレないように吐息をした。


 おそらく、私たちがギャングの男を憲兵に突き出したことがバレたのだろう。昼過ぎごろからホテル周辺にギャングが増え始め、辺りが肌を刺すような緊張感に満ちていたのである。とはいえ、移動しないというわけにもいかない。

 あちらこちらに気を配り、息をひそめ、焦らず、しかし急ぐ――ゴンドラの停留所につくまで、そんなことを繰り返していたから、すっかり息が詰まってしまった。


 ようやく満足に呼吸が出来る。なんて思っていると、


「……すみません、プリマステラ。面倒ごとに巻き込んでしまって」


 と、オスカーさんが零した。私はぎょっとする。もしや今の溜息を、私がオスカーさんに呆れてるみたいに捉えさせてしまっただろうか。私は慌てながら、


「いやいや! い、今のは緊張したなぁ〜っていう溜息で! オスカーさんを責めたわけでは! そもそもオスカーさん、濡れ衣なんじゃないんですか? 謝る必要なんて」


「それは、そうですが」


 黙り込むオスカーさん。ゴンドラが水を掻き分ける音だけが聞こえる空間に、私が肺を潰されそうになっていると、彼はいつも重い口をさらに重そうに開き、


「今朝の男が言っていた、『キース』という人物……あれは、俺がかつて慕っていたボスなんです。ギャングの世界では有名な人で、たくさんの男が彼に育てられました。それは、俺たちが今探しているヴァンデロもそうです」


「……」


 じゃあオスカーさんは今、彼がみんなの育ての親を殺したと思われているんだ。みんなってどれくらいなんだろう。100人くらいいたらどうしよう。その舎弟なんかも敵に回るって考えたら……私、オスカーさんのこと守り切れるのかな。


 勝手に青ざめる私の横、オスカーさんはぽつぽつと呟く。


「俺にはキースを殺す理由がありません。それは俺自身が彼を尊敬しているというのもありますし、何より客観的な理由として、今のように多くのギャングに狙われる危険性があるからです。……ですが、もしかすると殺したのかもしれない」


「え、えっ? どういう……?」


「俺はサイカほどではありませんが、魔法が得意ではありません。以前、俺が『バイク』で遺跡に来たのもそれが理由です。他人の魔力にも鈍感ですから、眠っている人間を操る魔法などがあれば、俺はほぼ確実に抵抗できない。ですから、俺はいま自分の無罪を証明することが出来ません」


「なるほど……」


「プリマステラには、これからも迷惑をかけると思います。先に謝罪させてください。ただ明日、専門家のもとで俺に魔力形跡があるかを調べます。あるなら証明の1つになる。……真犯人を探し出して、必ずや貴方を風の国に帰します」


「……ありがとうございます」


 言いながら、私はうつむいた。


 オスカーさんの方が否定できても、キースさんが殺されたことは否定できない。朝のギャングの発言からして、事故現場はとっくに見つかってるようだし、キースさんが生きている可能性は低いと考えた方が自然だろうか。


 育ての親が亡くなっているかもしれなくて、その犯人に自分が疑われている。オスカーさんの表情は相変わらずだけど、きっとその胸中は穏やかではないだろう。


 何か、私が力になれることはないのだろうか。


 ゴンドラに乗っている間、それだけをずっと考えていたけれど、何も思い浮かばないまま停泊してしまった。

 私たちはゴンドラを降り、新しくとったというホテルがある場所へオスカーさんと歩いていく。薄暗くてもカラフルとわかる街の裏路地をくねくねくねくね……。


「……随分、入り組んだところにあるんですね?」


「はい。訳ありでも利用できるホテルをとったので、こういった目立たない場所にあるんです」


「へぇ……」


 そんなホテルあるんだ。はじめての知識に驚いていると、だんだん辺りが煙草っぽい匂いで充満し始めた。ちょっと治安の悪そうな匂いである。

 い、今から行くホテル、本当に大丈夫なんだろうか。なんて、オスカーさんの後ろをおっかなびっくり歩いていた、そのときだった。


「……! プリマステラ、引き返してください」


 珍しく、オスカーさんが慌て気味にそう言った。理由はわからなかったけど、その緊迫した口調にあてられ、私は言われるがまま引き返した。いや、引き返そうとした。


 来た道が、燃え盛っていた。


「――ッ!?」


 なんで!? いつのまに!? ていうか、これだけ燃えてたら気づかない!?


 私がパニックになって立ち止まっていると、見かねたオスカーさんが私を小脇に抱えて火の中に突っ込む。ウワあっつ!!! ……くない!?


 私たちの目の前には、確かにごうごうとゆらめく炎の世界があるのに、全然熱くない。火の中を走るオスカーさんの足も、まったく燃えていない。狂う五感に目を白黒させる私の頭上、オスカーさんが『やられた』と呟くのが聞こえた。


「オスカーさん、これってなんなんですか!?」


「……幻です。ヴァンデロの、得意魔法」


 ――ヴァンデロの得意魔法!?


 復唱してしまった。ヴァンデロのってことは、つまりこの路地にはいま……。


 私がある答えに至ったとき、走り抜けた炎の先に袋小路が現れた。オスカーさんは減速し、正面に現れた壁を叩く。ただ乾いた音がしただけだった。

 横の壁を叩こうとする。手がスッとすり抜けた。オスカーさんは、私ごと壁に突入した。痛みはなくて、そのまま通り抜けることが出来た。


 固く瞑っていた目を、おそるおそる開く私。そこへ、どこかから頭1つ分くらいのサイズの火球が降ってきた。これも幻かと思ったけど、オスカーさんが飛び退いた瞬間、着弾した火球が爆発した。弾ける熱風に顔面を押し潰されそうになって、火球が幻でないことに気づく。


 さっと青ざめる私。そこへ次々と火球が降ってくる。


「プッ……《プリマステラ・ビーム》!」


 オスカーさんの小脇に抱えられたまま、私が杖の先端からビームを放つと、私たちのもとへ飛んできていた火球が全て飲み込まれて消えた。


「オ、オスカーさん! 私が火の玉を消します! オスカーさんは走ってください!」


「……わかりました、お願いします」


 私の提案に頷いて、オスカーさんは再度走り始める。急いでいるけれど、どっしりとした走りで私も杖が構えやすい。私は降ってきた火球の群れに杖を向け、もう1度呪文を唱えた。光線が命中し、火球が掻き消える。


 火球、ビーム、火球、ビーム。その繰り返しをしていたら、いつのまにか大通りが見えていた。人の姿はない。あそこへ出れば、もっと自由に動くことが出来る。私はオスカーさんに抱えられつつ、無意識に拳を握りしめていた。


 しかし、突然オスカーさんは失速し、膝からくずおれた。


「オスカーさん……!?」


 ハイハイみたいなポーズで降ろされ、何事かと彼を振り返ると、オスカーさんは額を抑えていた。その手からは優しいオレンジの光が溢れ出している。魔法で何かしているみたいだった。けれど、彼が応答してくれるよりも先に、


「――驚いたか? 俺がジョバンネ以外の銘柄を吸うなんて」


「……!」


 近づいてくる低音の男声に、私は全身を強張らせた。なけなしの勇気で己を奮い立たせ、オスカーさんを庇うように立って杖を構える。けど、声の主はゆったりとした歩みを止めなかった。止めたのは、私の目の前に来たときだった。


「俺もショックさ。俺の血液の5パーセントはジョバンネで出来てた。……廃盤したんだよ。今どき、煙草は葉巻より紙巻だからな。けど、紙巻はどうも好かなかった。だから違う銘柄を探したんだよ。で、今はコイツに落ち着いてる」


 ――現れたのは、黒いスーツの高身長の男。ルカのものよりも色味の落ち着いた、ブロンドカラーの長髪を細い1つの三つ編みにして下ろしている。薔薇みたいに赤いシャツの首元を開けて、無骨な指先に葉巻を絡めていた。


 かけたサングラスの奥で、ガーネットみたいな赤い瞳が私を見下ろす。いや、正確には私の後ろで膝をつくオスカーさんを見下ろしていた。


「前の俺はこんな甘ったるいの、受け入れられなかっただろうな。でも、今はそれほど悪い気はしねえ。キースはよく『人は変わる』って言ってたが、ありゃ嘘じゃないみたいだ。俺は身をもって実感したよ」


「……」


「――でもよ、人の変わり方にも良い悪いってのはあると思うぜ? オスカー」


 そう言われたとき、ふと足の力が抜けた。私は先刻のオスカーさんのように膝をつき、前に倒れ込む。咄嗟(とっさ)に出そうとした手が前へ出ず、私は鼻を強打した。


 身体が、思うように動かない……!


 焦っていると、誰かの足音が聞こえた。頭が動かないから、誰かはわからない。けど、葉巻の男の仲間だろう。


「女の方を連れていけ」


「はい」


 葉巻の男に命令されて、私はスーツの男に持ち上げられる。暴れようにも暴れられない。私はぷらんと手を垂れさせて、ただ男の肩に乗っかっていた。スーツの男が立ち上がった瞬間、星の杖が私の手からするりと抜け落ちる。


「……!」


 裏路地の地面にかたん、と冷たい音を立てて落ちる杖。遺跡の森での出来事がフラッシュバックして、私は声を上げようとした。けど、


「あうあ」


 絶望的なまでに、口が動かなかった。歯のない乳児のような声が零れた。いろんな意味で言葉を失う私の背後、最後に聞こえたのはこんな言葉だった。


「安心しろオスカー、あの女は殺さない。まぁ、テメェの返答次第ではあるが……テメェがどうして親父を殺すクソ野郎になったのか、じっくり聞かせてもらうぜ」

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[良い点] ヴァンデロさんの底知れない能力が恐ろしいですね。圧倒的な登場シーンでした。何がどうしてこんなことになったのか、未だ明らかではありませんが。誤解がずんずんと先へ進んでいく感じも、読んでいて面…
[良い点] 敵の台詞ではありますが、煙草が廃盤になった件がかっこよかったです! The大人って感じがしました。あの台詞でキャラに深みが出ていると思います! [一言] 気になる引きに続きがたのしみでワク…
2024/03/12 01:14 退会済み
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