第10話『旅行前夜は無理して寝ろ』
【あらすじ】
『竜災』真っ只中の街で目を覚ました記憶喪失の少女。どこからか聞こえる声に導かれた彼女は、プリマステラの眷属『シエルシータ』と『サイカ』に出会い、共に竜を追い払う。その後、少女は眷属たちが過ごすオンボロ屋敷、宿舎に案内され、3人目の眷属『アサジロー』と出会った。アサジローからプリマステラの役割について説明を受け、『ステラ』と名前をつけられた少女は、正式にプリマステラとして任命されるため、森の中にあるという遺跡に向かうことになる。
しかし、襲いくる森の幽霊から逃げようとしたステラは、同行していたシエルシータ、サイカ、案内人の村長からはぐれてしまう。その最中、プリマステラの武器である星の杖を落としてしまった彼女は、ポトフを分け与えてくれた少年の野営地にて、シエルシータたちに再会するも、ステラとして認識されなくなるまさかの事態に見舞われる。が、シエルシータにより杖を返却されると、ステラとして認識されるようになり、紆余曲折ありつつも一同は遺跡に到着した。無事に儀式を終えたステラだったが、そこへ無数の魔獣・ファングウルフが乱入。シエルシータ、サイカと共闘しファングウルフを討伐したステラは、残りの眷属『ルカ』と『オスカー』に出会い、『死の魔法使い』の復活を知らされた。
歴代のプリマステラの宿敵である、死の魔法使いの討伐のため、5人の眷属集めを急ぐことにしたステラ。彼女は翌日、ルカ、オスカーと共に生活用品の調達をしに街へ向かった。そこで死の魔法使いに遭遇するステラだったが、ルカの参入によりことなきを得る。その後、ステラは賞金首の張り紙の1つ、火の国のギャング『ヴァンデロ』の張り紙に目を引かれ、彼を探し出すことになるのだが――。
どこまでも広がる青い空。ゆったりと流れる白い雲。日光を照り返す青い海。甲板のデッキチェアに寝そべるこの私――プリマステラ。
これだけ聞くと南国みたいだけど、風の国よりちょっとあったかいくらいで、ここはとても過ごしやすい環境だ。ルカから制服としてもらった白いワイシャツと、黒のプリーツスカート、白のタイツで十分快適にいられる。
でも、カッコいいからサングラスはかけていた。オスカーさんに貸してもらったサングラスだ。これで私も夏の女である。
ここは風の国発、火の国行きの客船の上だ。火の国のギャング、『ヴァンデロ』という男の人を探すため、ヴァンデロさんのことを知っているという、実は元ギャングらしいオスカーさんと一緒に乗船している。
風の国と火の国はそう遠くないそうなので、実はあまりゆっくりはしていられないんだけど……羽目は外せるうちに外しておいた方がいいよ、ってシエルシータに言われて、2人でちょっとお高いコースを満喫中だ。
その名も食べ放題コース。船内にあるレストラン、カフェ、バー、ワゴンなどで販売されている全ての食べ物が食べ放題になる、夢のようなコースである。
ちょうどさっき、オスカーさんと手分けをして食べ物を集めてきたところで、私が持ってきたのはホットドッグ、クリームシチュー、キャロットジュース……他にもたくさんある。
オスカーさんにはスイーツのところに行ってもらったんだけど、はたして彼は何を持ってくるのだろう。
「……そろそろお腹すい」
「お待たせしました」
「ぎゃあっ!?」
突然真横で声がして、私は飛び跳ねながら絶叫する。周囲のお客さんたちが一斉にこちらを見た。あら恥ずかしい。私は冷や汗をかきつつ、声のした方向を見る。そこには、見知ったイカつい男性が立っていた。オスカーさんだ。
褐色の肌に白い短髪を持ち、眼鏡の奥にトパーズのような橙色の瞳を宿して、イカつい身体を黒革のジャケットとジーンズに押し込んだ人物。
物静かで気配もなくて、何を考えているのかいまいちわからないけど、プリマステラの儀式のときには気絶した村長さんを介抱してくれた、料理上手な人だ。
その手のトレーには、アイスやケーキが乗せられていた。ッシャァ!
私はこっそりガッツポーズをし、飛び起きたついでに姿勢を正して、『ありがとうございます』とオスカーさんからスイーツを受け取る。代わりに、取ってきたものを彼に渡した。持ちきれない分はパラソルテーブルに置いて、いただきま――。
「サングラスは……お気に召しましたか」
あ、ヤッベェ返してなかった。
「す、すみません! 凄い良かったです、目に優しくて」
私はサングラスを慌てて外し、折り畳んでオスカーさんに返却する。すると、オスカーさんには予想外、と言いたげな顔をされた。い、いや、そんな気がするだけなんだけど。あれ? 遠回しに返してほしいって言われたんじゃないの?
私は首を傾げたけど、こうしている間にアイスが溶けたらまずいので、早速アイスの乗ったグラスを手に取った。水色と白色が縞模様を作る、爽やかな見た目のアイスだ。白はバニラってわかるけど、水色の部分は何で出来ているんだろう。
シエルシータみたいな色だな。
そんなことを考えていると、同じくアイスを手にしていたオスカーさんが、パラソルテーブルを挟んで私の隣のデッキチェアに座り、ぽつりと零した。
「プリマステラは、シエルシータのことが好きですか」
「ファ!?」
不意を打たれ、素っ頓狂な声を上げてしまう。え、なんで、なんでそう思われたの、もしかして私アイスのこと見つめすぎた?
「シエ、シシシシエルシータのことが好きだなんて、そんな、そんなわけけけ」
否定しようとしたけど、びっくりしすぎて声が震えていた。なんか、凄い、本当は好きなのを誤魔化したっぽくなってる……! オスカーさんもめちゃくちゃ察したような顔だ。いや、全然表情筋が動かないから気のせいかもしれないけど……!
私はアイスを見つめるのをやめ、スプーンでアイスをかきこんだ。シエルシータのことなんて、全然意識してないんだってことを伝えるために。けど、その焦る姿で余計に勘違いしたらしいオスカーさんは、ゆっくりとこう言った。
「……プリマステラが、魔法使いの誰かに、恋をした事例はあったそうです。ですが、プリマステラの性質上……プリマステラが誰かに恋をすると、魔法使い同士で殺し合いが起きるのだとか」
「――え」
「それを防ぐためにも、プリマステラは誰かと恋に落ちたら、プリマステラをやめなければなりません」
……ちょ、ちょっと待って、プリマステラって実質恋愛禁止なの!? いや、確かにプリマステラの性質――魔獣との戦いに赴かせるために、魔法使いを魅了して指揮するって仕組みのことは聞いてたし、予想できたことかもしれないけど……!
……マジか。かなり受け入れ難いけど、とにかく、迂闊に恋愛とかしない方がいいみたいだ。
「ありがとうございます、わかりました。でも、ホントのホントに、シエルシータはそんなんじゃないですから……!」
「……」
やはり察したような目をされた。なんで!? アイスを見つめてて、ちょっと動揺しただけでそんなに怪しい!? それとも他に疑う理由があるの!?
よくわからないけど、まぁ、なんでも言いふらすサイカと違って、オスカーさんは口が硬そうだし、彼だけの勘違いで終わるなら別にいいか……?
そう思って黙々とご飯を食べ進めていた私だったけど、ふとその手が止まった。
こ、このお腹の感覚……まずい、何かが来てる!
「お、オスカーさん、お手洗いってどこにあるかわかりますか……!?」
私が切羽詰まった声で尋ねると、オスカーさんはグラスをテーブルに置いた。
「このデッキの下の階にありますが……酔われましたか?」
「た、多分……なんか、食べたら急に吐き気が……やばいかもしんないです」
「こちらです」
オスカーさんは立ち上がり、慣れたように船内を案内してくれた。もう船内の間取りを覚えたんだろうか。早すぎる。っていうか、ダメだ、今にも胃の中のものが出てきそう。でも、オスカーさんの前で醜態を晒すわけには……!
くそう、あんなに美味しそうな料理だったのに!
デッキに置いてけぼりの料理たちを想って、私が心の中で泣いていると、先を行くオスカーさんが口を開いた。
「もしかして、プリマステラ……寝不足ですか」
「あ、実は、はい……」
「……プリマステラが手洗い場にいる間、俺がスタッフに話をつけます。休憩できて人目につかない場所を貸してもらいますから、プリマステラは到着までおやすみになってください。……火の国に到着したら、俺が起こしますから」
「はい……すみません……ありがとうございます……」
申し訳なさでいっぱいになりながら、私はオスカーさんを置いてお手洗いへ。
割愛。やることをやったらスッキリしたけど、まだ快調には程遠かった。私は鏡の前で口を洗い、鏡越しにトイレの内装を見回した。
――いない、ここは大丈夫だ。私は安堵する。
実は、私が今日寝不足になったのにはちゃんとした理由があるのだ。今日が楽しみで仕方がなかったとか、読んでいた小説が面白すぎて全部読んでしまったとか、そういう理由じゃない。もっと、自制心ではどうしようもない理由。
私、ステラは今、心霊現象に見舞われているのである。




