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時の街-4

そこは、彼が知る街ではなかった

 バルシュタットさんの今日と明日の連絡事項を終え、夕食もそろそろ終わるころのことだった。

 突如外から走る足音が聞こえて来て、食堂の入り口に一人の騎士がやってきた。ずいぶん慌てた様子で、荒い息をしているその騎士の鎧には、なんと所々血のようなものがついている。

「た、大変です!」

「どうした、報告せよ!」

 バルシュタットさんが立ち上がり、走ってきた騎士を睨む。その一声だけで、食堂は一瞬にして静かになった。

 やってきた騎士は荒い呼吸をなんとか飲み込み、胸に腕を当て姿勢を正した。

「報告します!市民数名が突如刃物などを所持して暴れ回り、すでに数名が死亡。負傷者はなおも増え続けている模様です」

「そういった治安維持は保安隊の役目であるはず。我ら騎士が出向いては混乱を招くだけだ」

「それが、鎮圧に出動した保安隊数名も、突如暴徒と化したようで――――」

 その声を遮るように、外で地面が揺れるかのような爆発音が鳴り響いた。たくさんの人が叫び声を上げる。

「――――念のために我らも戦闘配備だ!数名は私と共に状況の確認にあたる」

 その言葉を言い終えないうちに、騎士たちは真剣な顔つきで立ち上がり、準備のために食堂を後にしてゆく。

「さぁて、戦闘配備なんて久々だ。俺も鎧着てくるから、外への出入り口で待っててくれ」

「うん、分かった」

「何が起こってるんだろうなぁ」

 ジンは張り切ったように、それでいて半分楽しそうに食堂を出ていった。窓の外では暗い空が赤く色づいている。結構大規模な火事なのかもしれない。

「待つんだフィード君」

 僕が宿舎の出口に向かおうとした時、僕は後ろから呼ばれた。振り返ると、バルシュタットさんが向かって来ていた。誰よりも深刻そうな顔をしていて、落ち着きなさそうに時折左手で剣の柄をなでている。

「君は危険だから部屋の中にいたほうがいい。何かあっては大変だからな」

「でも――――」

「ジーンなら大丈夫だ。あれでも騎士。問題は無い」

 後ろに就いていた騎士に合図をすると、バルシュタットさんに兜を渡す。しっかりと頭に押し込み、堂々した風格で外に出ていった。僕にはなんとなくその相貌と、実際思っている事がずれているような気がしてならなかった。

 僕は急いで部屋に戻ると、荷物から弓を取り出して背負う。カンザーがいなければ矢が作れない。それ以前に、まず試し射ちもしていないということを悔いた。僕はカンザーに少し頼りすぎていたのかもしれないと、少し心を引き締めた。

僕は武器庫に矢がないか探すために部屋を出た。廊下でも騎士たちが無駄の無い動きで準備に追われている。でも、僕の目に留まったのは、廊下の壁にいる妙なものだった。

白くくねくねした棒状のものが、壁から延び出てきていたのだ。それもたくさん。その光景に鳥肌が立った。それらは完全に壁から抜け切ると、なんと浮遊して空間の中を泳ぎだした。なんというのか、それらは壁や柱といったものを全く無視した幽霊のような感じで、実際少しだけ透き通っている。よく見れば顔のようなものまでついていて、本当に気持ち悪かった。

 それなのに廊下にいる騎士たちには全く見えないようで、その異様な光景を無視して作業に追われている。まさに僕だけ幽霊を見ている感覚。だが騎士の鎧に近づき触れると、鎧が瞬いてそれを弾いた。だからただの僕の幻覚ということはないだろう。

そのうちの一匹が、兜をしていない一人の騎士の頭に取り付いた。それでも全く気づく様子は無い。そしてそれはなんと、取り付いた人の頭の中に潜るように入っていってしまったのだ。僕はその瞬間、その人の体にその白い何かが染み込んでいくのが見えた。

 その騎士の動きがぴたりと止まった。その様子に周りの仲間が声をかけるが、一切の作業を止めて、時間が止まったかのように反応がない。

「うぐ・・・・」

「おい、具合でも悪いのか」

「・・・いや、最高にいいさ――――」

(意志を歪められている!今すぐに止めてくれ!)

 その騎士が自分の剣に手をかけるのと、剣の警告の声が聞こえるのは同時だった。そして引き抜かれた剣はそのまま、ちょうど今様子を伺っていた騎士の喉下に突き刺さった。

「――――ちょうどお前の息の根を止めたかったところだからな」

 そう言うと、満足そうな笑みを浮かべながらゆっくりと剣を引き抜く、白い騎士の鎧が真っ赤に染まった。刺された騎士は血を噴出しながらも、何か言いたそうに手をその騎士に挙げ、届く前に倒れた。床に血の輪が広がっていく。

 僕はその様子を理解もせずに呆然と見ていたけれど、腹の奥から何かが込み上げてくるのを感じた。だけどそれよりも早く、僕の身体は今立っていた場所から横に跳躍した。

(横に避けろ!)

竜玉の言われるままに体が反応した直後、僕のいた場所には見覚えのある青い剣が突き刺さった。あの訓練の時にジンと決闘をした人、ティランさんが、人ではない目をして僕を睨んでいた。口からは野獣のように涎を垂らし、興奮したように荒い鼻息をしている。

(同志よ。主はもう止められない!早く逃げるんだ)

 剣の竜玉が荒くそう告げるが、僕は沸き起こる恐怖で体が動かなくなってしまっていた。まるで氷の上に座り込んでいるかのように足が地面を掴むことができない。廊下はまるで戦場と化していて、目に入るものは仲間同士の争い。廊下はすでに返り血だらけで、あちらこちらで気が狂った仲間を留める叫びと、狂った歓喜の声が入り混じっていた。

 入り口からは同じく変になってしまった街の人々が入り込んできて、手当たり次第乱闘に参加し始めている。

「ガルルルルル・・・」

 僕は剣を持っている騎士から漏れる獣のような声で我に返り、慌てて落とした弓を拾うと、何も考えずに窓から飛び出た。勢いあまって回転し、地面に体を叩きつけるが幸いにも下は雑草の生えた地面。僕はすぐに体を起こすと、目の前の光景に息を呑んだ。

そこにはいつもの町並みは存在せず、代わりにいつかの光景が広がっていた。燃え盛る家、それが写る血溜り、必死に助けようとしている人々。そう、この光景はまるで、僕の村が襲われ、焼かれた時とまるで同じじゃないか。違うのは、襲っているのは兵士ではなく普通の人。それから宙を水中のように泳ぎまわっている謎の物体だけ。それが助けたり手当てをしたりしているものに取り憑けば、今度は人を襲いだす。もしくは互いに争い合い、建物や者を壊し始める。炎の轟々とした音、泣き叫ぶ声、獣の声のような狂喜が街中を満たしていた。

 空気が異様に熱を持ち、見ている景色が揺らめいている。ああ、そうだ、僕の村の時もそうだった。見ているものがまるで幻のよう。人が斬られる瞬間も、絶望する様子も、燃えていく子供のおもちゃも、今までの平和全てが消えていくのが、全てがただの絵ではないかと思えている。自分はただそれを見ているだけなのだと。

揺らめく陽炎の中で、僕は泣いている子供がいる。服はすでに煤に塗れ、どうしたらいいのか分からずにうずくまっているようだ。そんな少年の後ろの炎の中に、ぼんやりと影が見えた。そこから現れたのは、何か棒のようなものを持った男だった。服の一部が燃えていても気にも留めない様子で、まるで獲物を獲たかのような目で少年を見つけると、まるで悪魔のように笑いながら、ふらふらと少年に近づいていく。僕は身震いした。それが合図かのように僕の体は無我夢中でその少年へと走り出していた。間に合え!

 狂気の棒が振り下ろされるまさにその瞬間に、僕はその人を突き飛ばした。不意打ちが功をそうし、男は大きく飛ばされ転がった。と同時にたまたまそこに漂っていた白いくねくねしたやつが僕の足に取り付いたが、僕がはっとした時にはなぜか燃え上がっていた。奇怪な叫び声を発しながら、跡形もなく消滅する。それはまるで――――そう、僕の体に流れる炎が、そいつに燃え移ったかのようだった。

 僕は少年に声をかける暇もなく抱きかかえると、すぐにその場から走り出した。あの男が怒りに満ちた呻き声と共に立ち上がろうとしいたからだ!とにかくここ以外のどこかへ!少年は僕の腕の中で暴れながら泣き喚いている。助けようとしている僕さえも怖いのだろう。分かるよ、昔の僕もそうだったから。僕は意識せず少年を強く抱きしめていた。周りに漂う邪魔な奴らを手で払って燃やし、突き進む。

すでに宿舎は轟々と燃え上がり、到底戻ることはできそうにない。中で身を省みずかたっぱしから荷物を外に放り投げている人がいるようで、窓から物が飛び出してきている。

「大丈夫かフィード!」

 立ち止まり声の主を探すと、一人の騎士が僕に走り寄ってきていた。兜をしていて誰か一瞬分からなかったけれど、いまだ威勢のいい声でやっと認識する。

「無事だったみたいだな!全くとどうなってるんだ。仲間同士で殺し合いなんてまっぴらだ」

「フェンさん!あの白いやつは一体――――」

「白い奴?どいつのことだ?――――まぁとにかくまずは正常な者を避難させることが第一だ。中央広場に集めろと隊長が言っている。私も君たちを護衛しよう」

 僕以外にはあの白いやつは見えないということなのだろうか。

 僕はフェンさんと共に時計の穴がある広場へと走り出した。街の窓からは炎が噴出し、あちらこちらで乱闘が続いている。その間もフェンさんは街の人たちに中央広場に集まるように叫んで伝えていた。だけどみんな混乱した様子で、広場とは逆に、門のほうへ向かっている者さえいる。

「これじゃあ、まるで戦争みたいだ・・・」

 僕は上がる息の中で、無意識のうちにそうつぶやいていた。地獄のような光景を走り抜けていく。見える視界のどこにも動かない人影があり、時にはまるでゴミのようにそれを踏みながら殺し合いを続けている人たち。それは決して兵士や戦士というわけではなく、子供から老人まで、男女問わず、今まで平和に暮らしてきた人たちなのだ!僕が時々踏みつける、その町を写す地面の水溜りのようなものも、赤い光源のせいでよくわからないけれど、多分血だろう。そう、街中が血だらけだ。

「な、なんだありゃあ・・・」

 僕は、前を走るフェンさんが突如立ち止まり、呆然と眺めている光景を見た。

道の上で、逃げ惑う人を襲っている者。それは人ではなく、よく分からない、見たことも無い四足の獣のようなものだった。目にも留まらぬすばやい動きで、次々に人を食い荒らしている。

「野獣が、防壁を抜けてきやがったのか?――――いや、そんな馬鹿な・・・」

いや、違う。よく見れば、獣の姿をして入るが二本足で歩いている人、腕や足だけといった一部だけ異形化している人もいる。そう、あれは――――人。まるで行動や心だけでなく、体までもが変化したかのように、一部の暴徒はその姿を変えていっているようだった。

「こんなこと・・・あ、あるはずがない・・・。とにかく抜け道に迂回しよう。あそこを抜けるのは危険すぎる・・・」

 驚愕しながらも、騎士の冷静な判断が体に染み込んでいるのか、フェンさんは僕が頷く前に横道に向かって走り出した。燃えた柱が横倒しになっているなど、ずいぶんと危険な道だったが、裏道は不気味なほどに人気がなく、ただ炎の煽る音だけが辺りを支配していた。

 そして、いつまでも続くかに思えた迷宮は突然開け、僕の視界の中には、あの巨大に穴が目に飛び込んできた。が、僕は本当にここが、元の時の街ベルタウンなのかどうか疑った。もしかしたら迷宮に迷う込んだ間に別の世界に迷い込んだのではないか、と思えるほどに。今までの道のりも異世界だったが、ここはまさに戦場だった。死体は山のように積み上げられ、その向こうで騎士たちが狂ったように、同じく狂った人々に剣を振るっている。無事な人たちを守るように輪になってはいるが、その人たちに白い物体が取り付けば、守るべき者が今度は敵になる。酷い有様だ。

「我らバルシュタット騎士団は覚悟した!彼らとて操り人形のままいるよりは、同志に殺されるほうが本望であろう!我らはもう躊躇いはしない!」

 気合を入れるような掛け声に戦っているものたちが声を返す。奇声と咆哮が入り混じる戦場の中を掻い潜って人が集まっているところへ今行くのは不可能に近い。

 フェンさんは襲ってきた住民を蹴って倒し、喉を槍で貫いた。痛いくらいに苦渋の呻きを発しながら。僕を守るために、次々と向かってくる者に槍を振り回してゆく。このままでは、僕もどうにかなってしまいそうだ。

 ほんの15分前までは何事も無かったはずなのに、一気に世界が変わりすぎている。あのまままた風呂場ではしゃいで、眠れるものだと思っていた。そう、昔のあの日だって、僕は何の疑いもなく次の日が訪れるとばかり思っていたんだ。だけど、ほんの一瞬の狂気で変わってしまう。僕は不意に足の力が抜けて、自分と少年の体を支えきれず座り込んでしまった。フェンさんはその様子に驚いたようで、僕を背に次々にやってくる人々を相手しながら叫ぶ。

「まだ気を抜いてはいけない!勝負はこれからなんだ。ここは私が食い止めるから、君はなんとかして安全な場所へ行くんだ!」

「で、でも――――」

「これは命令だ。さぁ、走れ!」

 号令のような強い一声と共に、槍の元で石畳を叩く。僕は城門を空けた時のそれにびくりと反応して、そして甲高い音に圧されて、弱弱しくも立ち上がると同時に広場の外側を回るように走り出した。左は燃え盛る建物、横は戦場。これからどうすればいいのだろうかとか、もう考える余裕はなかった。

 そうやって何かから逃げるように必死に走っていたから、僕は前に人がいると気づくのに遅れた。慌てて避けたその場所に、鋭い音と共に刃先が通過して、僕の髪がぱらぱらと落ちる。その剣には見覚えがあった。ああ、まさかそんな――――

「――――ジン・・・まさか、君も・・・・」

 僕が顔を向けると、さもうれしそうに笑いながら、振り返るジンの姿があった。


お疲れ様でした。

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