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時の街-3


110405 加筆

 何かが流れているのを感じる。いや、それは流線だ。それが空間に満ちている。

 僕はその中で目を開けた。空はまだ夜。星の明るさで方時計を見れば、まだ四時少し前だ。空気は少しだけ肌寒いくらいだが、何かが満っている。それは、竜の炎の感じに似ていた。

 ジンのほうを向くと、そこにはジンはいなかった。剣も無い様子だと、もう起きたのだろうか。

 僕は軽い羽織を着ると、部屋を出た。薄暗く無音の空気の中にも、何かが織り込まれている。僕はそれを手繰るように進んでいく。やがて、砂地となっている大きな裏庭に出た。どうやら演習場のようだ。半分の月の光が、太陽の代わりに一色の影を作っている。

 その中心に誰かがいる。そう、ジンだ。影から切り取ったと思えるような漆黒の全身鎧を身に付けているが、兜だけはしていない。剣を正面に構えたまま、周りの様子に解けているように微動だにしない。竜玉が赤く燃え上がり、炎が流れ出している。辺りを満たしている炎は、ジンのものだった。

 やがて、その炎は剣身に流れ出し、炎を纏っていく。ジンはそれを、いつもとは全く違う、騎士の眼で睨み続ける。

 完全な炎の剣と化してから、また時間が止まった。色の無い世界で赤い炎の筋だけが揺らめいている。

陽炎なのか、一瞬動いたと思った瞬間、剣は振り下ろされ、斬り返されていた。炎の軌跡が空間を舞い、残像の残るような、それでいて滑らかな速度で動いていく。その様子は、何か見えない敵を次々と斬り捨てているかのようだ。いや僕には、彼の心に映し出された敵さえも、なんとなく見ることができた。容赦なく襲い掛かってくる敵、絶対に回避不可能に思えるところからの攻撃と移動。

僕はその炎に飲まれ、全く動けずにいた。本能がそれに魅入ってしまう。戦のためのものだというのに、美しく感じた。

「君にも、見えるのだな。剣に宿る炎が」

いつの間にか、僕の隣にはバルシュタットさんが同じくジンを見ていた。

「まるで炎の波。その波が全てを飲み込み、斬って突き抜けていくかのようです。どんな炎よりも繊細だ――――」

「そうだ・・・。己は剣に、剣は己に、剣と人が一つになっている。そして空間全てを自らに取り込み、それさえも意のままにする」

 剣と人が一つに・・・。僕とカンザーも、完全に一つになれば、あんなすごいことができるのだろうか。どんなことが、果たしてできるのだろうか。僕は一瞬だけ、テフヌトで魚を射抜いた時のことを思い出していた。

 僕はしばらくしてから部屋に帰ったけれど、満ちた炎が僕に舞の流れを波のように伝え、なかなか眠れなかった。それは嫌なものではなく、どちらかといえば興奮するようなもので、僕の心臓はずっと高鳴って止まなかった。


「お前らいい加減にしろ!」

 僕はその声で飛び起きた。なんだか頭がふらふらする。太陽はとっくに空の上で、もう昼間だ。

 起き上がると、そこにはフェンさんが立っていた。門で会ったときのように鎧姿で槍を持っている。

「全くジンの寝坊癖がフィードにまで移ったのか・・・。おいジン、起きろって」

 そう言ってジンを足で突くが、ジンはよく分からない寝言を言って転がるだけだった。あの時の様子は嘘のようで、気持ちよさそうにしている。

「すみません。もう昼ですよね」

「ああ。まぁ君は疲れているだろうからいいにしても、こいつは許せ・・・ん!」

「ぐはぁ!」

 槍の刃の無い先で腹を突かれたジンは飛び起きた。笑っている僕らを見ながら、今の必死さを一生懸命伝えようとしていた。

「いくらなんでも鳩尾突くことはないだろ!人が折角ぐっすり眠ってるんだからゆっくり起こしてくれればいいのにさ」

「隊長はいつも文句言わないが、お前の寝坊癖は酷すぎるんだ。それにお前、今日は特練だろ?」

「俺はフィードの付き人だからしばらく任から外れていいって話だったはずだぜ?」

「このままじゃ体が訛るだろ。隊長が言ってたぜ。風呂ではしゃぐ暇があったら鍛えたほうがいいかもなってな」

 ジンが呻いているのを満足そうに見ながら、フェンさんは部屋を出て行った。ジンがいつも寝坊しているのは夜中にあれをやっているからだろう。僕もずっと眠れなかったから、寝坊してしまったわけだ。外で十二時を示す鐘の音が鳴り響いた。

 僕らは人のいない食堂で遅い朝飯を取った。僕の村とは違って昼飯はないらしいけれど、ちゃんと用意してくれていた。駆け足で食べ終えると、すぐに中庭の演習場に向かった。

 明るい空の下で、銀の鎧を身に纏った男たちが動き回っていた。いろいろなグループが剣の稽古をしていたり、トレーニングを行っていたりしているようだ。鎧が擦れる音や剣の交わる音、気合の一声が演習場に轟いていた。

「すごいにぎやかだ」

「やってるほうは必死なんだがね。傍から見ればただ騒いでる野郎たちだろ」

「ジンは、鎧着ないの?」

「フィードのように鎧好きじゃないからなぁ。それに、俺は自分の鎧、結構目立つ奴だから着たく無いんだ」

 あの夜に見たジンの鎧。あれはここにいる人たちのように白い鎧ではなく、闇のような漆黒の鎧だった。たしかにここで着たら浮いた存在になるだろう。

「そんなこというから特練に出ないのかジン。怪我しても知らないぞ」

 出入り口近くにいる人たちが、僕らの話を聞いていたのか話しかける。そのグループは鎧の修繕をしていた。工具がたくさん広げられ、部品ごとに分解された鎧がきちんと並んでいる。数人が丸太に座って作業に没頭している。

「竜の鱗で作られた鎧でも、手入れしなけりゃ壊れるのさ。お前さんのはちゃんと手入れされているようだったな。俺は鎧師じゃないが、それでも鎧の音で分かるんだ」

「僕、鎧の手入れとかしたことないんですが・・・」

「そりゃまたすごいな。ずいぶん頑丈な鎧なんだな。それとも、まだ鎧が生きているのかもしれんな。竜の名残として」

 その言葉は、妙に合っているような気がした。あの鎧は、もしかしたら本当に生きているのかも。

 そう思いながら振り返ると、なんとジンは隣のグループで一対一の戦いを始めるところだった。互いの刃には布が巻いてある。

 相手はジンの何倍もある屈強な男。もちろん鎧をしているし、持っている剣はとてつもなく優美で鋭い。刃とかそういった問題でなく当たればひとたまりも無いだろう。

 大きな掛け声と共に、両手で剣を振り下ろす。僕が当たると思った瞬間に紙一重でその剣をかわし、懐に入り込もうとする。男も瞬時にそれに反応して後退、ジンの剣は鎧を擦れた程度だ。

「ひさびさに顔出したと思ったら、お客にいいところ見せようってか。だが、そいつは残念だったな。お前には無理さ!」

 そういいながら、今度は剣を片手で横にはらう。ジンは剣を縦にしてその衝撃を受け止めるが、耐え切れずに押し出された。バランスを崩したところに来る追撃を片手で側転し避けた。

「それはどうかな。勝負はどうなるかは分からないさ」

「軽業師のようにちょこまかと!仕留めてくれるわ」

 体重を乗せた一撃を受け流し、流れるように動く。ジンは大男の左肩に手を載せて、なんとそのままそこで宙返りをしながら首に剣を突きつける。そのまま男の後ろに着地した。

「あぶないあぶない。鎧を着てたら絶対負けてたね」

「鎧を着ずに勝負をしたところで練習になどならん。予備のでもかまわんから着て来い!」

 余裕の様子のジンに怒鳴る男。だがすぐにきまりが悪くなったのか、小声で文句を言いながら丸太に腰を下ろした。その人に近づいてみると、一際鎧についた傷が多いようだった。きっと歴戦の人なのだろう。僕が来たことに気づくと、さっと照れくさそうに頭をかいた。

「すごい戦いでしたね。ちゃんと勝負したら絶対勝てたでしょう」

「いやいや、見苦しいところでしたな。どうも勝負になると頭に血が上ってしょうがない。だからあんな小僧にも負ける。ささ、立ってないで隣へどうぞ」

 僕は同じく茶色の丸太に座る。よく見ると一度表面を火であぶって、その後磨いたもののようだ。

 前ではジンが二刀流の小柄な男との二回戦が始まっていた。剣と剣が鈍くぶつかる音が鳴り響く。短剣の素早い対応に、多少ジンのほうが押されているように見えるがどうだろう。

「わしはティラゴス・サー=エンテラス。みなティランと呼ぶがね。今は腕を磨くためにこうしておるが、午前中までは騎士見習いの指導係としてやってきておる」

「騎士見習いの指導ですか。もしよかったら僕にも教えてくださいよ」

「竜に返り討ちに遭わんように、全力で指導してはきたが、あんな小僧にも勝てなくなるとは、わしはもう引き際かもしれんな」

「でも、ジンは強いですよ。僕、夜見たときすごいと思いました」

 その言葉に、ティランさんは予想外の驚き様だった。

「夜だと?あいつ士団規定も破っているのか。だが、夜に訓練しているとは知らなかった。わしらは、夜は外出禁止だからな。まぁあの小僧も、騎士の端くれってことか」

 僕は、今度は負けているジンを見ながらも、ジンは本気を出していないと分かっていた。あの夜の動きに比べればとってもゆっくりだったから。

 ティランさんは剣を横から引っ張り出すと、布を解き目の前で構えた。

 それは傍目から見れば片手のようにも見えるが、両手持ちも可能なように作られた剣のようだった。片刃の表面には青い模様が描かれ、カンザーの鱗のように竜月色に輝いている。斬幻剣はいろいろな人のものを見てきたけど、僕はこの剣が一番好きだなと思った。だってカンザーとかなり似た色をしているからだ。

「お主、剣の言葉が分かるらしいな?」

 まじまじと斬幻剣を見てた僕に、ティランさんはにやにやしながらも微妙な表情で尋ねる。

「え、はいそうです。でも、今はとくに話してたわけではないです」

 ティランさんは剣をひざに置き、ゆっくりと撫でる。まるで自分の愛する子供であるかのようだ。

「そうか・・・そうだろうな。こいつは寡黙な性格なんだ。俺には言葉はわからねぇが、俺らは一心同体だから知っとる。こいつはまるで俺がガキだったころとそっくりでよ。強情なくせに何も言わねぇ。だから俺らは分かり合えたのかもしれんがな」

 つばについた竜玉が緩やかに光る。それはカンザーが僕を見る目によく似ていた。

 僕はその後ジンと再び合流し、いろいろなグループを回り、決闘や剣の手入れなどをしていく様子を眺めていった。僕も鎧の手入れの方法や、戦法についてなどをジンと共に聞いて回った。応急処置や手当てについては僕も詳しかったから訓練に参加したし、トレーニングも一緒にやった。そして僕が一番驚いたのが、馬だ。とっても珍しい動物で、まるで人に乗ってもらうために生まれた存在らしい。つやつやした毛並みに乾いた足音。聞いたことも無い鳴き声に、僕は不本意にも大はしゃぎだった。この騎士団は三頭しか保有していないらしく、伝達用としか使わないらしいけれど、ジンは訓練として少しだけ走って回った。あまり乗る機会はないと言われているのに、馬がジンの意志を知っているんじゃないかと思うくらいに乗りこなしていた。

 あっという間に時間は過ぎて行き、いつか空の色も変わって薄暗くなってきたころ、バルシュタットさんの号令で特練は終了した。

「すっごーく楽しかった。本当にあっという間だったよ」

「そうかぁ?俺にはこれのどこが楽しいのか分からないな。五日に一回のペースでやってりゃ飽きてくるよ」

 飽きるのが早いのはジンだけさ、と皆に言われて文句を言うジンに笑いながら、みんなで食堂に向かった。


 空が赤から紫へと変わるのを、少女は家の中から眺めていた。今日は自分の誕生日。これでやっと、兄と同じ“学校”というところに行くことができる。

「メル。いるかい?」

 少女が振り返ると、部屋の入り口には兄の姿があった。

「お兄ちゃん。早く夜にならないかな。パーティ待ちきれないよ」

 駄々をこねる少女のの頭に、兄の手が伸びる、ゆっくりと長い髪の毛をなでた。

「そうかぁ。じゃあ早いけれどこれ――――」

 兄が取り出したもの。それは小さな箱だった。少女がそれを大事そうに受け取り、恐る恐るふたを開けてみる。蓋の中からやさしい音楽が流れ出した。オルゴールだ。

「こんな高価なもの、どうやって――――」

「一生懸命貯めて買ったんだ。ずっと前から欲しいっていってただろ?がんばってお金貯めて買ったんだ。大事にしてくれよ」

 少女はその言葉を聞いてわっと喜んで兄に抱きつく。

「ありがとう。大事にする」

「そうか。じゃあもう少し待っててくれ。パーティの準備が終わったら呼ぶよ。きっと驚くぞー」

 少女は元気に返事をし、兄は部屋を出て行く。椅子に座ると、再びオルゴールの蓋を開いた。やさしい音楽。これからの期待とうれしさで胸が一杯だった。

 再び入り口のほうで音がした。振り返ると、兄が立っている。

「もう準備できたの?なら早く行こうよ」

「ああ、そうだな」

 兄はさっきとは違う口ぶりでそう言いながらは近づきそして、なんの間もなくナイフを少女の胸に突き刺した。

 何がおこったのかわからない。胸が熱くなって、喉から何かが噴出してきて、何も考えられない。

 刺さったナイフを抜くと、返り血が兄の体や部屋を黒く染めた。

「な・・・んで・・・・」

「メル、おめでとう。僕に一番目に殺された人間だよ。喜んでくれ」

 実にうれしそうに、兄は語りかける。少女の苦しそうなか細い息の音はだんだんと小さくなっていった。やがてしなくなった。兄はその様子をじっと見つけ続けていた。

「愛したお兄ちゃんに殺されてよかったな――――さて、次はお母さんにしようかなぁ」

 そう楽しそうに独り言を言いながら、兄は少女のいる部屋を出て行く。

 床には、血の足跡が続いていた。


お疲れ様でした

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