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時の街-1

ここから本格的に冒険編(?)に入ります。各部ジャンルが全く異なるので読みにくいと思いますがご了承ください;

 水。

 僕は、黒い水面に足を浸けて立っている。何も身に纏っていなかったけれど、寒くもなければ暑くもない。風が吹いてもいない。右手には淡く青色に光る、見たこともない剣を握っていて、切先は水面に触れていた。その点から広がる円はどこまでも伸び広がり、無色の空との接線まで、いつまでも進んでいるようだった。水平線の上に、様々な高さの立方体のものがたくさん突き出て密集しているのが見える。いくつかのものは途中で折れたり、傾いたり、崩れたりしているのが、空に映る影のように存在していた。剣の青以外、僕を含めて全てが無色だった。

「あなたは私と夫を殺したの」

 僕がびくっとして声のしたほうへと振り向くと、そこにはあのときの夫婦が、僕を見つめていた。二人とも、不気味に笑っている。その姿はまるで影のようだった。僕は言いようも無い恐怖が体中を駆け巡る。本来ある心の壁や、心の奥底で目をそむけるといった行為が一切できない。僕の心臓は高鳴り、息は荒くなる。体中が震えて、水面を細かく揺らした。

「そう、俺たちを殺したんだ。お前は人殺しなんだ」

 違う、お前らは――――僕の言葉は発せられなかった。幾ら喋ろうとしても、空気が肺から喉を通って出てゆくだけ。

「言い訳をここで発することはできないわよ。ここは真実しか存在しないから」

 そう言って、全く表情を変えないまま、二人は近づいてきた。波も無く、音も無く、僕という物に近づいてくる。

 僕は叫びながら逃げ出そうとしたけれど、実際は声も出なければ、目を二人に合わせたまま、ゆっくりと一歩一歩後退するのが限界だった。まるで体が僕のもので無いかのように、まるで空気が硬いものでできているかのように。

 そして彼らは、僕を飲み込んだ。



 僕は、何かに噛み付かれたかのように、叫び声をあげながら飛び起きた。あまり暑くは無いのに、体中は汗びっしょりになっていた。息も荒い。

「――――悪い夢を見ていたようだな」

 青い瞳が僕を見下ろす。その瞳を見て、僕はやっと安心できた。

「うん・・・あの二人の夢を見たよ・・・。怖かった――――」

 カンザーは、ゆっくり息を吸って、深くため息をついた。心地よい暖かい息が僕に降りかかる。

「あんなものに怯える必要は無い。それに、もしあれが人であったならば、罪があるのは私だ。貴兄ではない」

「でも、僕は――――」

「貴兄にも罪があるならば、それでも私と貴兄は同じだ。私とならば、怖くはあるまい」

 そう言って、カンザーは僕の額に口の先をつけた。不思議だ。恐怖がまるで吸い取られていくようだ。

「貴兄はまた一つ、生きる意味を知った。ただそれだけだ」

「うん。そうだね・・・」

 僕は、カンザーの角のはるか後ろに広がる空を見つめた。たくさんの星星が、きらきらと輝いている。

「明日、ベルタウンに着くけれど、君は街には近づけないね。テフヌトの村とは違って、竜を見たらきっとみんな怖がるだろうから・・・」

「しかし、貴兄が無事かどうか私は心配だ。私が見ることのできる距離にも限界がある」

 カンザーは息を荒くして言った。目の色も変わる。

「ありがとうカンザー、心配してくれて。でも大丈夫さ。そんなに危険がある街じゃないだろうし――――。もし心配なら、毎晩会いに行くよ。無理なら笛で合図する。それなら聞こえるでしょ?」

「ああ・・・」

 実に心配そうな竜の姿を見て、僕はいつの間にかニヤニヤと笑っていた。こんな屈強な竜が僕のことを心配でしょうがなくて、弱気になるなんておかしすぎる。いや、彼もまた変わってきているのかもしれない。そう不意に思った。

「僕は明日が楽しみだよ。どんな街なんだろうか。テフヌトみたいにまた驚かされるような場所なんだろうかってね」

「時の礎となる地。また何かあるかもしれんな」

 僕は心躍らせながら、カンザーの心音を子守唄にして、今度は深く眠りにつくことができた。





時の街



 何度目のあくびだろうか。

 どこまでも青い草原と、空の境界を見ながら、そう思った。

 空はどこまでも青い。そして平原もどこまでも青い。ただそれだけで、人が来るなんてことは絶対にない!今日は商隊が来るという予定も無ければ、騎士団が入ってくるという情報も全く無い。だからこんな日に外門の監視を任された自分は不幸だ。

 着ている鎧のはめ具を点検命令と同じ順序で確認し、それから持っている槍の刃先を確認する。曇り一つない、歪みも全く無い刃。その下に緑に輝く竜玉も、時折自分に暇だと告げる。

「なんでよりにもよって実施演習の日に門番なんだ?これじゃあ腕を磨くどころかなまっちまうぜ。お前もそう思うだろ?」

 緑の玉は一瞬きらりと輝いて、まるで気にしていないような感じだ。それを見てますますこの暇な時間をどうしようかと考えた。

 不意に振り返れば、そこには目にも余る巨大な鉄の門が存在していた。ベルタウン唯一の出入り口。だが街を出入りする人などそうそういない。外には騎士でしか倒せない幻獣や、よくわからない植物とかがうようよしているからだ。よってこの扉が開くのは門番を交代するときだけだ。

 そう、そのはずだった。

 はるか向こうに何か赤いものが見える。あきらかに普段とは違う何か。いままでの緩んでいた気持ちは一瞬で消し飛び、緊張の糸がぴんと張る。一体何だろうか。幻獣?だとしたら大事だ。時計塔の対幻効果を無視してくるやつがいるということか。

 だんだんとそれが近づいてくる。そのうちに、それが人間であることが分かる。着ている服が赤いのか。いや、あれは鎧―――では騎士?いやいや一人で旅をするような馬鹿はいないだろう・・。第一歩いて来るなんて異常だ。頭の中でいろいろな憶測がぐるぐる回りだし、結局結論が分からないまま、その者は顔がはっきりと分かるくらいまでやってきた。なんと子供だ!それも一人。背中には大きな背嚢と、弓を背負っているのがわかる。普通ではない。槍を握る篭手に力が入る。

 その少年は、自分がいることに気づいたのか、足早に近づいてきて、堀がある石橋を渡ってきた。

「何者だ!」

 軽く槍を少年に向け、威嚇する。その声に少年は足を止めた。

「すみません。驚かせてしまって」

「一人か?どこから来た?」

「えっと・・・ずっと北の森にある村から・・・」

 北にある森といえば、トルネスの森・・・。たしかにあの森のふもとには、ネイブラル村が存在するが・・・ここまではとてつもない距離な上、途中には幻獣の住む荒野も存在する。騎士でもないただの子供がこんなところまで来れるはずがない。もしかしたら、人の姿をした幻獣・・・だが着ているのは騎士の鎧・・・。

「お前、騎士か?たしかにこの街にもお前くらいの問題騎士が一人いるが、騎士なら竜玉を持つ装備があるはずだか?」

 威圧的に言い過ぎたのか、少年は下を向いてしまった。

「すみません・・・騎士ではないですが、この鎧は特別にもらったもので・・・」

 とりあえず、幻獣かどうかは確かめてみるしかあるまい。

「少年。この槍の刃先に触れてみよ」

「刃先・・・ですか?」

「そうだ。別にお前を刺すわけじゃない。お前が幻獣でなければ、斬幻剣に触れても何も起きないはずだ。それを確かめる」

「はい、分かりました」

 少年は、恐る恐る槍の刃先に触れた。すると突如、緑の竜玉が強く輝きだした。ものすごい光に直視することができず、左手で目を覆う。やはり幻獣だったのか!そう思った矢先、なんと竜玉から声が聞こえてきた。

(我ら同志よ。汝に会えたことを光栄に思う。我らは汝を歓迎しよう)

 そうして、竜玉の光は消えた。

なんということだ。こんなことは一度として起こった事がない。普段も、竜玉の意思を知ることはできても声まで聞くことは無かった。声を聞けるのは隊長くらいだ。自分は一度として聞いたことは無かった。

「・・・・今の声は――――」

「聞こえたのか!自分の槍の声が!!」

「はい、僕を歓迎すると・・・」

 他人の斬幻剣の声を聞くことができる者がいるとは・・・。

「――――自分の槍がお前を歓迎すると言った。ならば一心同体である自分もお前を歓迎しよう。門を通るといい」

 槍で石の地面をトンと突く。すると、巨大な鉄の扉がその大きさにも関わらず静かに、ゆっくりと少しだけ開いていった。

「ありがとうございます」

 少年は微笑みながらお辞儀をし、門の中へ足を進める。そう、なんだかその少年からは、不思議な気配がしてならなかった。

「少年よ。名は?」

「フィードといいます」

「自分はフェン。フェン・サー=バルシュタットだ」

「はい、ありがとうございます、フェンさん」

 そういうと、少年は門の中へ入っていった。門が再び閉まるのを見ながら、自分は不思議な高揚感に襲われていた。

「――――もしかしたら自分は、今日は一番についてるのかもしれないな・・」

 その言葉に、竜玉は一瞬瞬いた。



 驚いたのは、人の多さだった。

 石ともなんとも言えない、見たことも無い材料でできた建物の間をたくさんの人が歩いている。右を見れば肉の叩き売り、左を見れば果物をどれにしようか悩んでいる主婦、初めて見る四本足の毛の生えた動物と戯れる子供、久しぶりの人の中と、初めての市場に、僕は飲み込まれていた。

 巨大な城壁に囲まれた街、ベルタウン。その門の大きさにまず驚き、この市場を歩いている間も驚きの連続だ。時には人が多すぎて進むのが大変な時さえある。何度も商人に声をかけられて、そのたびに足を止めては果物についてなどの話を聞いて、丁重に断る。

 やがて、久々の人との対話に疲れ始めたころ、その市場の路地を抜け、大きく開けた場所に出た。その場所にはなんと一周回るのに15分はかかるのではないかと思えるほどの巨大で深い丸い穴が開いていたのだ。柵がぐるりとその周りを取り囲み、その外周は石畳の広場になって、そこで人々が店を開いたりくつろいだりしていた。

 僕は恐る恐るその柵に近づき、下を覗いて見た。ずいぶんと深い穴だ。円柱状の穴の側面に、何かがたくさんぶら下がっている。よく見れば、それは教会などに取り付けられている鐘だった。数え切れないほどの鐘が隙間なく無秩序に取り付けられていたのだ。微妙に大きさも形も色も違うが、すべてが磨き上げられたかのようにきらきらと風に揺らめいて輝いている。その穴の底には、丸々穴の円を時計の淵にしたような巨大な白い時計があり、下に降りられるらしく、人が一分ごとに動く時計の針をベンチ代わりにして座っているのが見える。

「すごいや・・・」

 まさに別の世界に来た感じだ。いや、旅というものは、こういう見たことも無い世界を飛び歩くということなんだと、改めて痛感した。

 この広場がどうやら街の中心らしく、どの道もここから放射状に広がっているようだ。僕はしばらくその光景に感動しながら、街の雰囲気を楽しんでいた。

「待て小僧!!騎士だからって物を盗むとは唯ではおかんぞ!!」

 その穏やかな雰囲気をぶち壊したのは、後ろから聞こえてきたその一声だった。一瞬僕のことかと体を硬くするが、その声はずいぶん遠くからであった。

 振り返ると、路地のほうから人ごみを掻き分けて広場へ向かってくる人が見える。僕と同じくらいの年だろうか。白の半袖服で、腰に黒のベルトを巻いている。腰にはこの街では珍しく剣を下げているようだった。手には赤い果物が一つ。走っている割に顔は余裕そうで、走りながらそれをかじって食べている。その後ろから、青いエプロン姿の男の人が、ものすごい相貌で追いかけてきていた。一歩足をつけるごとに地震でも起こるかのようだ。

「いつも隊長には・・・・・ただであげてるじゃんよ?!」

 少年は陽気そうなよく通る声で後ろを追いかける相手に言う。

「バルさんだからいいのだ!今日の実施演習さえサボっている鈍らに食わすものは無いわ!!」

「別にサボったわけじゃないって!ただちょっと調べ物してたら――――」

「小賢しい!!」

 剣を持った少年は広場に出ると角を直角に曲がった。そして同時に、少年は左手を剣の柄に触れた。突如剣のついた赤い玉が、瞬き光りだした。その途端、諦めたかのように少年は走るのを止め、歩き始める。当然間はすぐに詰まり、エプロン鬼はすぐにその角を曲がった。だがそこでなんと、今度は商人のほうが足を止めた。すぐ目の前に少年がいるのにだ。

「くそう。また逃がしてしまった。逃げ足だけは一流だな・・・」

 まるでそこにいないかのような反応だった。目も少年を捉えているようには見えない。それどころか、捕まえるのを手伝おうとした人や、周りの人々も、全く少年の存在を無視している。一方少年は勝ち誇った表情でりんごをかじり、辺りを見回しそして、僕と目が合った。見てはいけないものを見てしまった、と直感で思った。

 りんごを持つ手が止まった。にこやかな顔が一瞬で無表情になる。そしてゆっくりと、僕に近づいてきた。左手は柄に触れたままだ。光り輝く玉は色こそ違うが、門番の人の持っていた槍についていたものと同じようだった。

 少年は僕の目の前までくると、僕をまじまじと見た。黒の髪の内側に光る瞳が僕をじっと見返す。

「な、なんですか?」

 恐ろしげに答えると、少年は突然笑顔になって僕の左手をつかむと、無言で走り出した。

「うわなにを――――」

「静かに・・・声を出さないで」

 実に静かに小声で言われたので、僕は不意に静かになってしまい、ただ引っ張られるまま別の路地に引き込まれた。

 そこはさきほどの大きな路地ではなく、家々の間の小さな隙間のようなところで、右に左にと建物の間を進んでいく。まるで迷路に入り込んだかのようだったけれど、引っ張る少年は迷いも無く進んでいく。何度か人とすれ違ったが、やはり全く関心が無いかのようだった、それも僕も含めて。

 やがて郊外の壁際の噴水のところまでくるとやっと足を止め僕から手を離し、少年は噴水の淵に立つと、右手で水を一すくいして飲んだ。そして、僕のほうを向いた。

「君、俺のこと見えてるよね?」

 かなり荒い息をしながらも、じっと見据えている。なんなんだろうかこの人は。

「はい・・・。それでなんで――――」

「いやはや、やられたよ。本当にすごいな」

少年は左手を柄から離した。すると、玉の輝きは収まっていく。

「ごめんごめん、驚かしたね。まぁ座るといいよ」

 そう言って淵に座り、横を指差す。僕はその場所に座った。

「俺の名前はジーン。ジーン・サー=バルシュタット。ジンって呼べばいいよ」

「サー=バルシュタット・・・。フェンさんと同じ・・・」

「あー・・・そうだよ。同じ騎士団だからね一応。奴と知り合い?隊長を知らないって事はずいぶん辺境の土地の生まれだね?」

「はい、北にある森――――」

「あーむずむずする!敬語とかさん付けは一切合財やめてくれ。隊の中だけでたくさんだよ。普通に話してくれないか?」

 ぶっきらぼうにそう言うと、ジンは水を両手ですくい、もう一度飲んだ。飲むといいよと進められて、僕も一すくい。

「それで、名前は?」

「あ、僕の名前はフィード。探し物があって旅をしているんだ」

「旅って、一人でかい?」

「もう一人いるけれど今は別行動で・・・あの、それで、ジンさん・・・じゃなくてジンは、なぜ僕を?」

「ああ、ここへ連れてきたか?それはフィードが俺のことを見ていたからさ」

「見ていたから?」

 そう言うと、ジンは腰の剣を机の上に出した。

「これは?」

「これは騎士だけが持つことのできる斬幻剣。って知らないのか・・・まぁいいや、俺はこれで姿を隠す魔法を使ったのさ」

「え、魔法!?」

「まぁ、普通は魔法なんて使えるものではないから驚くわな。だけど俺の斬幻剣はすこし特別だからね。ちょっと見ててごらん」

 ジンは右手で水をすくって、左手を剣に据えた。

「原始の揺篭よ、その姿を星の欠片とせよ」

 一瞬だけ、また剣の玉が光る。それとともに、水が光り輝いた。すぐに右手を閉じるが、光った水がこぼれて落ちるようなことはなかった。

 僕が不思議そうに見ているのに少しだけニヤッとし、ゆっくりと手を開く。なんとそこには水の代わりに、白や青といった星のような形をした粒があった。

「食べてみてごらんよ」

 ジンは早速一つ取って食べ始めた。僕も恐る恐る手に取り食べてみる。

――――甘い。

 果実とかそういった甘さとは格が違う初めて食べるものすごい甘さだった。まるで蜜で作った飴のよう。頬が解けて落ちてしまいそうだ。

「すごいおいしい。こんなもの食べたことが無いよ!」

「これは金平糖って言うんだ。昔街に来た魔法使いが使って街で配ってくれた。その呪文を覚えてたのさ」

「すごいや!ほかにも魔法とか使えるの?」

「残念ながら。俺は魔法使い紛いのことができるだけで、いわばモグリなんだ。それで、なんで君が僕の魔法を破ったのかってことなんだけど。破ることができるのは腕利きの魔法使いか――――」

「私だけだ」

 その声を聞いて、僕もジンも横の路地を振り向き、そして驚いた。そこには、白の鎧を纏った大男が左腕を壁に持たれ掛けさせながら僕らをにらみつけていたからだ。

「バ、バルシュタット隊長・・・演習はまだ途中では・・・」

「隊の中で、街で盗みを働いた者がいると聞いてな。私だけ演習を抜けてきたのだ」

「いえそれは・・・」

 低いゆっくりとした、それでいて威圧感のある声。短髪で額から耳あたりに大きな傷がある。鎧も門番の人のものよりもずっと繊細に作られていて、腰にはジンの倍近くの大きさの剣が据えられていた。腕を組むと、鎧特有の擦れる音が辺りに響く。

「まぁいい。まずは武器庫の掃除からやってもらいたいものだな」

「はい!いますぐにやって参ります」

 そう言うと、ジンは剣をすぐさま取って、大男の横をすり抜けて出て行った。行く間際、すまないまた後で、と言ったのが分かった。

 そして、水の音と僕と巨人の騎士が残った。

「――――さて、君が今日街に入った不思議な少年か」

驚いた。やっぱり一人で来たことは不審に思われたのだろうか。僕は緊張しながらもその人を見ていた。

「そんなに驚くことは無い。外から一人で来る者などそういないからな。実は私が演習から抜けてきたのは、不思議な少年を門に通したと報告を受けたからだ。まぁ、見つけるのはそう難しくなかったがね」

 そこで初めてその人は、ここに来て初めて少しだけ微笑んだ。額の傷が引きつって皺の影を作っている。

「初めまして少年よ。私の名はバルシュタット=ナイト。及ばずながら、時の街ベルタウンの常駐騎士団の指揮をしている者だ」

 僕はその儀式的な挨拶に一瞬で呑まれ、慌てて立ち上がった。

「えっと・・・僕の名前はフィードといいます。ある場所を探して旅をしているのですが・・・」

「ほう、君のような子供が地の旅とは、最近の外の世界はずいぶん平和だな・・・まぁいい。君のおかげかどうかは分からないが、私の剣が最近落ち着かない様子でね――――そう、まるで竜との決戦の直前のように・・・」

 僕は喉がからからになるような、それでいて息がしにくいような、とにかくものすごい圧迫感が僕を押し付ける。もしかしたら、カンザーのことを知ったらこの人はカンザーを殺しにいくかもしれない。それだけで、今度は唾を飲み込んだ。

「――――いや、失礼した。こんなところで立ち話とは難であろう。続きは兵士宿舎で話すとしようか。ジーンも今はそこにいるしな」

踵と床からなる乾いた音を鳴らしながら、バルシュタットさんはゆっくりと僕に近づいてきた

。僕はあと少しでも何かあったら叫び声を上げそうな感じになっていたけれど、なんとその鉄の手は、僕の背嚢にかけられた。

「一人でこれは重かったであろう?宿舎までは私が持とう」

「あ・・・ぇ・・・は、はい・・・・」

 状況も予想も反したバルシュタットさんの言葉に、僕は一瞬頭が真っ白になってただ肯定することしかできなかった。

 白い騎士は僕から荷物を取ると、軽々と持った。懸命に持ってきたものがまるで物をつまみあげるかのようだ。

「宿舎はそれほど悪いところではない。男ばかりでむさ苦しいがな・・・」

 そう言って身を翻したその時、一瞬だけ騎士の腰にある剣の玉が瞬いた。

(我らの同志よ。我も汝に会えて光栄だ)

「・・・今の声が聞こえたか?」

「あ、はい・・・我らの同志よ。我も汝に会えて光栄だ、と」

 僕の言葉に、バルシュタットさんの顔が一層にらみ顔になる。

「持ち主以外の竜玉の意志を聞くことなど、誰にも不可能なはず。話は本当だったのか・・・」

 これも竜の血の力なのだろうか・・・。僕はやはり少し変わったような、変わってしまったような、妙な感覚になった。もう声を聞いても口には出さないほうがいいかもしれない。

「あの・・・すみません」

「いやいや。別に謝ることではない。ただ興味深いと思っただけだ」

 僕は小さくお礼を言うと、宿舎に向かいだしたその大きな背中を追いだした。


お疲れ様でした。

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