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死の谷

ここからはゆっくり投下していきます。一ページのボリュームが激しく多すぎた・・・。


3.旅をする竜たち

3.旅をする竜たち


 死の谷


大いなる空。風が舞い、雲が流れ、地を照らす。その青い空の上をその色に引けをとらない蒼の竜が、大いなる空を舞っていた。空より濃いというわけではない。誰もが息を呑む蒼なのだ。逞しい体に、凶悪な爪や牙、ぴんと張った流線形の羽。竜の象徴の角は片方が半分折れていたが、体中にできている傷の痕とともに、竜の凶暴さを示していた。そんな竜の背には、艶のある青の鱗とは対照的な、赤い鎧を身に着けた僕が、竜にしがみついていた。篭手は左腕にしかなく、右腕は肩から先は人間の肌を露出している。非常に複雑な表示のされた円盤状の首飾り、方時計を首に下げていた。竜のための特殊な鞍が腰から下を固定しているけれど、それでも今にも振り落とされそうで怖かった。

「カンザー――――息が詰まるよ」

 僕は息も切れ切れに竜に訴えた。もちろん普通ならば風の音で何も聞こえないはずなのだが、竜はきちんと反応して、その背に乗る小さな存在を片目で確認していた。

「人間であるフィードにはこの風は辛いのかもしれない。だがこれより進度を落とすことはできない。平行機構が維持できなくなる」

「うん、分かっているよ。それに、街に着くのも遅れてしまうからね」

「しかし、一度休憩したほうがいいだろう。方角と距離も割り出さなければ」

「ごめん僕、迷惑かけてばかりだ」

 そんなことはない、と喉を鳴らしながら、青い竜は高い空から高度を下げ始めた。もう少しで雲に手が届きそうなほどの高さ。僕はもちろん今まで体験したことのない世界を目にしていた。長い間暮らしていた森はすでに眼下になく、代わりにあるのは赤い岩や土。荒れた大地が見渡す限りどこまでも広がっていた。見ているだけでのどが渇いてくる。まるでそこは、生き物をすべて拒んでいる世界に感じた。

 カンザーは谷状になっている岩の上へと滑り降りてゆき、静かに着陸した。乾いた砂が舞い上がり、僕はたまらず腕で目を覆った

 カンザーが羽をたたむのを確認してから、鞍のベルトをはずし岩の上に降り立った。辺りを見回しても、草一本生えていない。空から見た死滅感は、地上に降りても変わりなかった。

「僕の住んでいた場所もあんまり植物は生えなかったけれど、こんなに何もないなんてなんか寂しいな」

「岩と死の砂が、この地から命を遠ざけている。この地は見捨てられているのだ」

僕は青の竜、カンザーから少し離れ、鎧の手で赤い砂を掬い上げて、ぱらぱらと地面に滑らせた。砂は風に乗って流れていく。その様子を見ながら、もう一方の手で方時計の針と、砂の流れを見比べた。

「うん、地図の通りだ。このまま正しく飛べば、後三日で街に着くはずだよ」

「そうか、それはよかった。太陽さえも絶対ではない旅。私には貴兄しか指針がない」

「僕だってまだ自信はないよ。本当に目的地に向かっているのか、心配でならない」

「そうだな。まるで手探りの旅だ」

 そこで突然、カンザーは目線をあげた。警戒のように、少しだけ口をあけ、低い声で威嚇をする。僕はその線に沿って振り返った。そこにはなんと、誰かが下から登ってきていたのだ。人どころか草木一本いない世界に突然現れたその人に、僕らは身を強張らせた。

「私の視界の死角から来たか」

 カンザーは首を下げて臨戦態勢をとる。謎の人のすぐ近くにいた僕は、その人が岩の上に登りきるのをただ見ているしかなかった。

 その人はとても豪華な服を着た中年のおじさんだった。だが服はぼろぼろな上に、ここまで上ってくる間に汚れたらしく、その華麗さは台無しのようだった。その人は登りきって初めて人がいることに気づいたようで、険しい顔を少しだけ緩めたが、後ろにいる青の竜を見て体を強張らせた。そして、引きつった声でこう叫んだのである。

「ひ、人殺しの竜が、なぜこんなところに!俺を追いかけてきたのか。また人を騙して安心しきった人間を残忍に殺す気だな」

 僕には、突然のその言葉が理解できなかった。

「ザンニン・・・残忍って一体――――」

 男はなぜか僕の反応にとても驚いているようだったが、すぐに鼻を鳴らしてカンザーを強く指差す。男の口の端は異様に釣りあがっていた。

「あの青い竜さ。君ももう少しで騙されて食い殺されるところだったな。奴は言葉巧みに人間を信用させて、そしてその人間を裏切って絶望に染まった体を食う悪魔だ。俺のいた町はそれで何人も殺された。お前も危ない所だったんだ」

 僕は一瞬だけ青い竜に振り返るが、カンザーは何も反論することもなく、じっとその人を睨んでいた。その様子に、なぜか僕は、心の奥に何か不安に近い感情を覚えた。

「それに奴はいろいろな理由をつけては人を殺す。“竜の契約”っていうでっちあげをした上でな。俺は知っているぞ。こいつは、今はお前を襲いはしないが、ある日突然目が赤く染まって何もかもを食い殺す奴なんだ。どうやら、その様子ではもう心当たりがあるようだな」

 では、竜の約束も、今までの様子も、全部嘘だったということなのか。竜の約束をしたことは僕以外、知らないはずなのに。フィードが訴えるようにカンザーに目を向けると、カンザーはゆっくりと口を開いた。

「貴兄よ。こいつは生きてはならないものだ」

「ほらきたぞ!そう言って真実を知る俺を殺すつもりだろう。いいさ、殺せよ。お前の正体がそれで暴けるというものだ」

 中年の男はカンザーの前にゆっくりと歩み出てきた。口ではそう言ってはいるが、対照的に体中は震えている。僕はその光景に耐えられなかった。

「カンザー、きみはそんなことしないよね」

「こいつは死ぬべきなのだ、貴兄よ。人としては生きてはいない。私たちを陥れるつもりなのだ」

 青の竜は前脚を大きく振り上げると、その中年の男に逞しい腕を、白い爪を振り下ろした。僕は思わず目を閉じた。

 鈍い、肉が裂ける音が辺りを一瞬だけ濃くした。そう、ただそれだけで、元のように風が砂を運んでゆく音のみがその世界を支配した。いや、一瞬何かが地面にぶつかる音が聞こえた。僕はゆっくりと目を開けた。そこには片足を真っ赤に染めた竜と、赤い血の広がる岩の上に、うつぶせに倒れた男の死体があるだけだった。それを目にした瞬間、僕の体中から力が抜け、その場に座り込んでしまった。

「・・・・カンザー、どうして――――」

「これでいいのだ貴兄よ。さぁ、旅を急ごう。ここは悪い風が流れている」

 でも僕は、その場から動けなかった。言葉巧みに人間を信用させて、そしてその人間を裏切って絶望に染まった体を食う悪魔。そう、僕の頭の中で、その言葉が何度も木霊して、その意味を捉えようと必死になっている。竜の制約。あれも全部嘘だったのか??

「悪いものを見てしまったからな。体は大丈夫か」

 青い竜が一歩、僕に近づく。僕の体は無意識にびくっとなって、カンザーから滑るように離れた。竜の動きが止まる。

「カンザー・・・君は人を殺して何とも思わないのかい。君は人の命を奪ったんだよ」

 だけど、僕はその答えを知っていた。この竜は今までに何人もの人を殺してきた。今だってなんのためらいもなく人を殺した。そう、彼は人ではなく竜。何とも思わなかったとしても、もちろん不思議ではないのだ。まるで人間が意識なく食べ物を食べるように。やっぱりカンザーはただの獣でしかないのだろうか。僕はどうしたらいいのか分からなかった。

「君は、僕を騙してきたのかい?」

「貴兄よ――――」

 カンザーがゆっくりとフィードに近づいてくる。爪についた血が一歩一歩、赤い足跡を残している。僕はここで裏切られながら死ぬのか。そう思うと、僕は耐えられない恐ろしさと悲しみで、いつの間にか竜を見上げながら涙を流していた。

「あなた!」

 突如、男の死体がある場所で声が聞こえた。二人が振り向くと、そこには真っ白な美しいワンピースを着た、若い女の人が座り込んでいた。長い髪が乾いた大地の風になびいている。真っ赤な身体を必死にゆすって声をかけているが、当然のように男の反応はない。僕もカンザーも、その様子をじっと見つめていた。

 やがてその行動が無駄だと分かったのか、その人は突然顔を上げてカンザーを睨みつけた。その顔は美しい女性の顔には決して似合わない、恐ろしい憎悪を滲ませていて、僕は息を呑んだ。

「人殺しの竜め。よくも私の夫を!」

 そして、女の人はその顔で僕を睨みつけた。見ているだけでも恐ろしかったその人相の目が僕に向けられ、金縛りのように体が動かなくなる。

「あなたもよ。なぜ夫を止めてくれなかったの。なぜ一緒に逃げてくれなかったの。あなただって夫を殺したのよ」

 その言葉は心の奥底に深く突き刺さった。僕が人を殺した。人形のようにその言葉を繰り返し、それでも分からなくて、ふっと目の前が真っ白になる。頭が痛い。嫌だ、僕は人を殺してなんていない。

 いや殺した。

 直接でなくとも、まるであの竜のように人を殺したのも同じ。

 僕はいつか、頭を抱えて叫んでいた。引きつった声に喉が痛くなるが、全く気にしてはいない。叫びが谷を木霊し、またその叫びが耳に入って新たなる叫びを作り出す、無限の木霊。

「貴兄よ、正気に戻るんだ」

「嫌だ。人殺しのことばなんて聞きたくない!」

 そう、それは僕のことでもある。僕も人殺しだ。ヒトゴロシダ。今この瞬間にも自分の心を崩したい。どうなっているのか分からない。悪魔の竜、死んだ人間、人殺しの自分、自分を恨む女の人――――

 あれ、何かおかしい。フィードの頭で繰り返される光景の数々。思い出したくない瞬間。だが、頭の端が何か違和感があると訴えている。それは何だ。フィードは必死に頭の中を整理する。そう、それはすぐに導き出された。冷静に考えれば、これはおかしいのだと。

 僕の叫びが、糸が切れたように収まった。頭がすっきりと晴れてくる。僕は目を腕でこすり、涙を拭う。ゆっくりと立ち上がったが、足に力が入らないということはなかった。

 カンザーが血の付いていない足を前に出す。僕は何もいわず、ゆっくりと青い竜によじ登った。僕が見たときには、女の人は半分驚いたような、そして半分はさらに濃くなった憎悪を表していた。

「人殺し同士共に行くということね。そして私を殺して、そして裏切って死ねばいいわ」

 だが、カンザーがその人に近づくごとにその声は小さくなり、恐怖に顔が引き攣りはじめた。僕はその光景を、無表情で見つめていた。

 カンザーは大きく息を吸い、業火を女の人に吹きかけた。一瞬だけ叫ぶ声が聞こえたけれど、轟々とした火炎放射の音でかき消される。死んだ男と共に、女の人は炎の中に消えた。

 僕は詰めていた息をゆっくりと吐いた。そう、きっとこれでいいんだ。僕は静かにカンザーの背に体をつけた。

「行こうカンザー」

 カンザーは無言で大きく羽を広げ、その場から飛びたった。崖の上で燃える狼煙は、やがて小さくなって見えなくなった。僕はそれが見えなくなるまで、いつまでも見つめ続けた。

「なぜ、私の背に乗ったのだ」

 カンザーには似合わないほどに恐る恐る聞いてきたので、少しだけおかしかった。

「男の人は登ってくるまでにずいぶんと服が汚れていたけれど、女の人は全く汚れていなかった。まるで幽霊のようだったんだ。それに、そもそもあんなところまでわざわざ登ってくる人なんて、いるはずもないしね。だから、普通じゃなかったんだ」

「貴兄は頭がいいのだな。すぐに見分けることができるとは。だが、私は少し心配した」

「うん。ごめんねカンザー。僕、君の事を疑っていたよ。だってあの時、君は何も言わなかったから」

「すまなかった。私にも、あれが人間なのか、幻なのかは確信がなかったのだ」

「幻・・・」

 旅は厳しいということを、フィードは心の中でもう一度復唱した。

「僕、これからはどんなことがあっても君の事を信じるから。旅の友を信じなくて、ほかに何も信じることのできない旅にいるんだから」

「私のことを信じてくれるのか。それは光栄だ」

「光栄じゃなくて、そういうのはうれしいって言うんだよ」

「そうか――――うれしいというのだな」

 僕の硬かった体はいつの間にかほぐれ、笑ってカンザーにそう答えた。

 カンザーの前脚についていた血は、いつの間にか死の砂となって、さらさらと流れていった。


お疲れ様でした。

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