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2.青い竜と黒髪の少年-下

荒荒〜。


110404微修正

「私は知ったのだ」

 カンザーは、空の上で突然語りだした。僕は風鳴りでよく聞こえなかったから、カンザーの体に耳を当てた。結局残ってしまった背中の傷跡が、ぼくの耳に当たる。

「私は私自身というものが何か。まだ分からないことは多いが、私がここにいるということを知った」

 空を飛ぶ高度がだんだんと下がっていく。行く先には、森の間にできた浅い谷があった。

 カンザーはその谷へと滑り降りてゆく。遠い昔に川が流れていたのだろうか。谷の底にはうっすらと川筋の跡が残っていた。

 そしてずっと向こう。正面のはるか遠くに、何かが見えた。カンザーは乾いた川底すれすれを飛んで、それに近づいていった。だんだんとそれが何か分かる。商隊だ!たくさんの獣車や荷物を運んでいるのが見えた。すぐにそういった獣たちの鳴き声やうめき声が谷に木霊し始める。

「だめだ、カンザー。人を襲ってはいけない」

僕は必死に訴えたけれど、カンザーはあの時と同じように何も言わなかった。僕の心に前のおぞましい光景が蘇る。僕は身震いした。

 商隊は大抵こういった事態のために武装をしている。だから、剣や鎧がきらめく光が見えても不思議ではなかった。竜だ、こっちにくるぞ、という叫び声が聞き取れるようになってきた。

 そこで、カンザーは突然速度を落とした、ぴんと張っていた羽を羽ばたかせて、減速の風を作り出す。地面の砂埃が舞い上がって、僕は真っ白な世界に入り込んだ。

 完全に速度がなくなったようで、カンザーは静かに地面に足をつけた。次第に砂の霧が晴れていく。

 カンザーは商隊の目の前に降り立っていた。護衛隊のたくさんの槍や剣がこちらに向いている。

人が乗っている、早く助けないと、こんなところで死ぬのは御免だ。いろいろな声が飛び交っていたけれど、突然波のように静かになった。カンザーが少しだけ、首を下げたそれだけで。

「大丈夫だ貴兄よ。私は人を襲いはしない。さぁ、降りるがいい」

「なぜ、じゃあどうしてこんなところに――――」

「貴兄は人だ。人は人と生きるべきなのだ。貴兄は私がここに来るまでの間、恐れでいっぱいであっただろう。それが貴兄の心だ。私とは暮らす世界が違う」

 僕はそこでやっと気づいた。この竜は僕に元の、人間の世界へ帰れと言っているんだ。

「いやだよ。僕はカンザーと離れたくない。僕は、僕は君のために生き延びたんだよ。今君と離れたら、僕はこれからどうしたらいいのさ」

 カンザーはずっと僕を見ず、商隊の人たちを見ていた。警戒をしてるからじゃない。きっと僕を見たくないだけなんだ。僕には分かる。

「よく見るんだ。あれが人の世界。お前が属するべき世界だ」

 その時一人の農婦が、護衛隊の間を抜けてゆっくりと歩み寄ってきた。護衛隊の人が制し、少し手前で立ち止まる。他の人たちがさらに息を呑んでいるのが分かった。

「そうだよ、坊や。この竜の言うとおりさ。竜と人は全く違う生き物。だけど、みんな他人のために生きているんじゃない。自分自身のために生きるんだ。そして愛するもの、愛されるもののために、人も竜も生きていく」

「そう、私は知ったのだ。私は貴兄にとって、一番のことを成すべきだと」

 その婦人は、僕に片手を差し出してきた。さぁ、私たちといこう、と。僕はその手を見つめた。

 あの手を握れば僕は元の人間の生活に戻ることができる。だけど、本当に元に戻れるのだろうか。何が戻るのだろう。僕のいた世界に?そしてそれでいいのだろうか。僕はカンザーに、命も心も助けてもらったのに、何も返せず、何もできずに。

 カンザー、君はなぜ僕を助けたのか。僕に、何を求めていたんだい。

 その時不意に心のどこかで、白い花が咲いたあの丘を思い出した。あのとき、誰かがこう言っていた。

彼はずっと一人だったから、ただいなくなるのが悲しいだけなんだよ。

そう。そうだよ、カンザー。君だってまるで僕と同じじゃないのか。僕にずっと言ってきたことは、まるで君にも当てはまる。まるで君は、僕に言うと同時に、自分に言い聞かせていたのではないのか。君は、本当は強くなんてない。だから君は自分についた血の匂いをおぞましく思っている。君は言っていた。私はこの体から逃げ、恐れていたのかもしれない。私はどこから来て、なぜここにいるかは知らない。だが、私はそれでも自分の行うことに恐れていた、と。そんな君を、僕は置いていくことなんかできない。

僕はいつの間にか涙でいっぱいになっていた目をしっかりとこすった。きっと砂埃のせいだ。

「ごめんなさい。でも僕、彼と一緒にいなければならないんです。僕も、きっといろいろと強くならないといけないから」

「――――そう・・・・・」

 他の人のざわめきの中、農婦は手を下ろすと、ゆっくりと後ろに下がって、そして笑った。

「人は強くなるものよ。そしてあなたは、竜の心を知り始め、竜もまた、人の心を知り始めているのね。ならば互いを助け合って生きていくことも、もしかしたら可能なのかも」

 僕はゆっくりと頷いた。そしてカンザーに目を向ける。カンザーは片目で、じっと僕を見ていた。またため息を漏らす。

「人がなぜ苦を選ぶのか、私には分からない」

「僕には分かるよ。それは僕自身のため、そして愛するもののためさ。さぁ、行こうカンザー」

 僕の威勢のいい声にあわせて、大きな羽が広がり僕は空へと舞い上がる。だんだんと遠く小さくなってゆく人たちを見ながら、僕はやっぱり少しだけ、寂しさを覚えずにはいられなかった。

「貴兄は、私と共にいることを願い、私には守るべきものが生まれた」

 カンザーはいつもよりも低く、とてもゆっくりと語りだした。

「私は人を喰うことはない。そうだ、それは約束。だから貴兄よ、約束してほしい」

 まるで返事を待っているかのように、カンザーは何も言わなかった。僕はうん、と頷いた。

「もう、自ら死のうとは思わないことだ。死すれば何も行う事はできない。生きていれば何でも変える事ができる。死んでも構わないという覚悟を持って変えることもできるのだから」

「もちろんだよ。少なくとも今は、僕は君の体にしがみついているんだから、死のうとは思っていない。そうだろう?」

「そのとおりだ、貴兄よ。これは貴兄と私との竜の制約だ」

「竜の制約?」

「互いの誓いを互いで果たすものだ。そう、よく聞くのだ貴兄よ、我が真の名はクヴァシルだ」

 僕は息を呑んだ。

「真の名前、僕なんかに――――」

「これで真の名は交わされた。制約は互いに守られる」

竜はゆっくりとため息をついた。青く光った目が僕を捉えている。

「私は、貴兄がいつかは再び自ら死を選ぶ時がくるのではないかと思っていた。だがこれでもうそのようなことは、ない」

「僕の事、心配してくれていたんだね。ありがとうカンザー」

「“心配”――――私は心配していたのか。そうか・・・・」

「自分で気づかなかったのかい?でも、カンザーなら気づかないような気もするよ」

 僕が笑うと、カンザーも少しだけ口を開けて笑ったような気がした。いや、きっと笑ったんだ。

「カンザー、これ――――」僕は首に下げていたお守りを、落とさないように慎重に取り出した。

「カンザーにあげるよ。僕だって君のことが心配なんだ。だから持っていてほしい」

「しかし貴兄よ。私はそれを身につけることはできない。それは人のためにある」

 僕は少し悩んだけれど、少し考えた末、一旦カンザーに森に下りてもらい、そこで乾いた丈夫そうな蔦を探した。少し細いけれど、引っ張ってもびくともしない蔦を見つけると、それに鍵の石を鎖ごと縛り付けた。

「これをカンザーの首に回せばいいんだよ」

「首では翔けることに支障が出てしまう。脚でもかまわないか」

「うん、もちろんだよ」

 蔦をカンザーの前脚の付け根にくくりつけ、しっかりと縛った。

「少しきついかな・・・」

「いや、これで落ちてしまうことはない」

 カンザーは前に後ろに脚を動かして確認する。蔦が切たり、はずれてしまうこともないようだった。

「よし、これでいいね」

 僕はそう言いながら、なんとなく辺りを見渡した。ここだけ他の森とは少しだけ雰囲気が違う。そう、たしかにカンザーが降りるにはちょうどいい開けた場所だったけれど、この一帯だけ、たくさんの木々がなぎ倒されていたのだ。倒されてからはずいぶん時間が経っているようで、倒れた木は朽ちていたけれど、まるで新しい草や木の芽が生えてくる様子がない。ここだけが荒野のようだ。

「ここ、雷でも落ちたのかな?でも燃えたような様子もないし、何なんだろう」

「分からない。私はここには来ないようにしている」

 カンザーが来ないようにするなんて、やっぱり何かがあったのだろう。そう思って辺りを見回してみる。辺りをしばらくうかがっていると、ずっと向こうの倒木の間に、何かが一瞬光った。何だろう。

 僕は恐る恐るそれに近づいていった。カンザーは不思議そうに僕を見守っている。

 それは土の中からすこしだけ突き出した何かだった。ゆっくりと取り出し、土を擦る。すると、それは三角形をした硝子の破片だった。真ん中に斜めの黒い筋があり、それを境に黄色と赤に色づいている。

「これは――――あの夢の中で出てきたステンドグラスの破片・・・」

 間違いない。僕がまじまじとそれを観察していると、カンザーが近寄ってきた。

「珍しい形のものだな。一体それは――――」

 カンザーはそれを見た瞬間カンザーは文字通り固まった。呼吸さえも止まったかのように、ずっとこの破片を凝視している。まるで僕の心そのまま表現しているかのように驚いているようだ。

「僕、ずっと前にこれがたくさん散らばった神殿にいる夢を見たんだ。そこには――――」

「赤い竜が白き槍によって壁に留められていた。赤き血を流して・・・」

「知っているの?そう、そこに落ちていたものだよ。間違いない」

 だけど、カンザーは静かだった。何も言わず、ただずっと何かを考え続けている。

「そう、ここで私は・・・」

 カンザーはゆっくりと、辺りを見回した。あたりを歩き回り、まだ立っている木を見て回る。よく見れば、木の表面の苔の中に、三本の大きな爪跡が残っている事に気づいた。

「貴兄よ。私は知らなければならない。そう、私は行かなければならないのだ」

「行くって、どこへ?」

 カンザーは僕を乗せて、今までにないくらい早く空を飛んだ。僕はできるかぎり体を小さくしていたけれど、そのうちに、いつも寝ている大きな割れ目のある崖に近づいてきた。そこで少しだけ進路を変え、その割れ目からあまり遠くない、崖の下へと降り立った。

 僕がくらくらしながらも降りると、そこには巨大な洞窟が口を開けていた。

「そう、私はここには来ないようにしていた。ここは封じられた場所、来てはならない場所。だが、私は来た。」

 カンザーは、ゆっくりとその洞窟に進んでいった。僕もゆっくりと中に入っていく。

 中はつるつるした床や壁でできていて、いつも寝ている場所よりもとても暗かったから、カンザーの羽の光で中が見えるようになるまで、少し時間がかかった。

 そして、僕を出迎えたのは、壁にびっしりと書かれたたくさんの文字だった。

カンザーはどんどん奥に進んでゆき、やがて突き当たりに達すると、その側面の壁に目を向ける。

 カンザーは、ずっと壁に書かれた文を眺めている。僕も竜の頭の下に入り込むと、文の始まりを読むことができた。

『字は、まだ覚えているようだ。村の商隊駐留所で字を習っておいて――――』


 僕は続けて、それを読むことはできなかった。僕が字を読むのが遅いから、ということもあったかもしれないけれど、僕はただ沈んだ気持ちでずっと読むのは辛かった。だけど、これがカンザーの知らなければならなかったことなのだ。僕は胸が締め付けられる思いをしながら、血で書かれた最後の行を読み終わった。

 僕が外に出ると、空はもう暗く、夕闇が森を支配しはじめている。カンザーはまるでその暗さに溶けてしまっているのではないかと思えるほどに、静かに頭を垂れていた。

 カンザーは元々人間であった。僕はそう頭の中で繰り返したけれど、実感が沸かないどころかどういう意味なのかさえ、よく分からない。今は竜だけど、昔は人であったということ?今も竜の姿をしているけれど、本当は人間であるということ?ずっと考えたけれど、やっぱり分からなかった。

 竜の俊敏さに相応しくなく、カンザーは今頃になって僕がいることに気づいたようだった。暗い中に青い瞳が浮かび上がる。

「読み終わったか、貴兄よ」

 僕は言葉も出ずただ頷いた。なんと言えばいいのか。話が途切れることはあっても、尽きることなんて、一度としてなかった。だから、僕にもこの沈黙が重いものだということを、しっかりと感じ取ることができた。森は虫の声や鳥の羽ばたきさえも大きな音に感じる。

「そうだ、私は人であった。そう、全てではないが、覚えている節もある。間違いはないだろう」

 やがて口にした言葉は、いつもの尊厳ある深い声ではなかった。でも、それがカンザーの心の底から沸く思いなのだと思うと、胸が詰まった。

「カンザーは、人に戻りたいの?」

 青い竜は今、大きな首をゆっくりと伸ばして、青い目で空を見上げている。明るい星がすでに瞬き始めている。その光が眩しいというように、カンザーは目を細めた。

「ずっと考えていた。私の今の姿は真の姿ではないと。だが真の姿が何なのか、私は知らなかった。もはや人に戻ることを畏れるように。自分の影を避けようとするように」

目を閉じ、青の瞳は見えなくなった。

「私はもう竜となり、竜として生きている。いまさら人に戻ることもないだろう」

「本当に?僕はたしかに牙も爪も凶暴そうな、今のカンザーでいい。そう、だけど、このままでも後悔しないのかなって、ただそう思うんだ。」

 カンザーは僕を見下ろすと、ゆっくりと体を近づけた。

「悔い、か。私は異質なのだということを知っていた。言葉を話し、命を生かし、そして考える。それこそ私が感じてきた悔いであり、弱い足掻きだったのかもしれない」

「じゃあ方法を探そうよ。足掻き続けないと。元に戻ろうと思っていなくても、元に戻ることができなくても、どうしてカンザーが竜になったのか、それだけでもカンザーは知らないといけないよ」

 竜のまぶたが少しだけ開いた。僕も自身の言うことに、言ってから驚いた。

「ごめん。いくらなんでも無茶だよね」

「いや、それは正しい。それこそが私の問うべき質問だ。その答えを知らずして、人に戻る意思があるか否かと、考えることなどできはしない」

 カンザーは一旦羽を大きく広げて、そして丁寧に折りたたんだ。言葉も、あの心の底まで低く轟く声に戻った。

「探しに行かなければ。私にはどこにでも行ける羽がある」

 よかった。僕は笑った。カンザーがあんなに落ち込む姿なんて、もう二度と見たくはない。

「じゃあ、あの割れたステンドグラスがある神殿に行くんだね。そしてあそこにいた魔法使いにそれを聞けばいいんだ」

「魔法使い?あの地に誰かいたのか」

 カンザーは知らないようだった。僕は思い出せる限り正確にあのときの夢のことを伝えた。

「竜化魔法陣、竜の王・・・大きな暗示だな」

「うん、だけど僕にもどこに白い神殿があるかはわからないし、探しに旅をするにしても、とっても大変だと思う」

「なるほどそうか旅をするのかぁ。竜が危険を冒して旅をするなんて、まるで伝説の大いなる試練みたいだね」

 そう、突然誰かが会話に入り込んできた。僕が驚いて暗い森の中をぐるぐる探したけれど、見つけることができない。結局、カンザーの目線でどこにいるのか見つけた。暗くてよく見えないけれど、たしかに誰かいる。

「気配も何もなかった。どこから来た」

「うーん、旅をするなら、竜の視界からも姿を隠せる呪文があるということを知っておいたほうがいいよ。それから知識がないと竜でも命を落とすということもね」

 この明るい口調、どこかで話したことがあるけれど、思い出そうとすると掴み取った砂のようにするすると流れていってしまう。一瞬だけ思い出せたのは白い花だった。

 カンザーは半分以上戦闘態勢に入っている。僕はカンザーに両手を当てておし留めた。

「待って。君、どこかで会ったことがあるよね。一体誰だい?」

 相手は突然、子供のようにガッツポーズをとりながら喜んだ。

「竜の護衛波長よりわしの呪文が勝った。こりゃ自慢になるぞー。ああそうだった、分かっているよ。まるで思い出そうとしても思い出せないよね。それはわしに会ったことを忘れてしまう魔法をかけていたからさ。わしの名前はセオだよ。どうだい、思い出したかい?」

 霧が晴れるように、すっとあの花畑の様子が思い出された。いや、覚えていたけれど、まるで思い出す必要がないかのように出てこなかったのだ。僕はもやもやが晴れたような気分になった。

「――――ああ、思い出したよ、セオ!君また立ち聞きしてたのかい?」

「滅相もない。わしはただ村の結界の調整をしていただけさ。そうしたら突然結界の精度が弱まってさ、どうしてだろうとここに足を運んだら君たちがいたというわけさ」

 この間も、カンザーはずっとセオをにらみ続けている。目が少し赤に染まってきているくらいだ。その間にセオはいつの間にか持っていたランプをつけ、僕がしっかりと見えるところにまで近づいてきていた。

「結界の精度って?どうして僕らが君の結界と関係あるの?」

「おおありさぁ!」

 セオは両手を大きく広げて辺りを見回す。

「竜は魔法の根源なんだ。だから竜の心に変化があった時、その思いは周囲にいろいろな影響をもたらすんだよ。だからわしがこの現象を観測したときには、十中十、君たちだなと確信はしていたんだ」

「貴兄よ。この魔法使いとはいつ会ったのだ。村の結界とは何だ」

 セオは実に楽しそうに僕に会った経緯とこの森に人の住む場所があることを伝えた。

「でも、わしの魔法が破られたときは本当にショックだったよ。魔法使いやめようかと思ったくらい」

 そしてセオは一人でつぼにはまって笑っていた。僕は苦笑いするしかない。カンザーもこの魔法使いに肩を下ろしているようだ。

「でも、地の移動というのは本当に危険なことなんだ。何か準備とかした?武器とか、食料とか?旅には絶対必要なものがたくさんあるけれど」

「いや、その必要はない。この旅は私のものだ。私一人でいいだろう」

 突然の言葉に、僕は言葉を失った。そして何か言う前にセオが先にしゃべりだした。

「必要はある。一人で旅をする人なんて見たことがないよ。いくら竜でも地の旅は楽ではないよ。そうそう、君は、そんな旅に連れて行くことなどますますできないと言うだろう?いやそんなことはない。人一人の旅も竜一頭の旅も危険だけど、二人いればその危険はずっと抑えられる」

「そうだよ。それに、君が僕を置いていくなら、僕は一人でも君を追いかけていくからね」

 カンザーは少し考えているようだったが、やがて僕を見て、きっと笑った。

「それはさらに危険な事になりえる。貴兄が共にいたほうがよさそうだな」

 僕はその言葉に抱きついた。カンザーも、ゆるやかに右脚で僕を抱いた。

「よし、じゃあ決まりだ。需要品はわしの村で調達するといいよ。ただし、結界を通り抜けることができたらね」

 入り口はこっちだよ、と言いながらセオはぴょんぴょん森の中へと入っていく。僕はカンザーと共にセオを追った。


 もうずいぶんと森を歩いたけれど、セオはまたずいぶん先で僕たちを呼んでいる。

「もうすぐだから、早く来てよー」

 僕はこの森にいる間にずいぶんと体は鍛えられたと思っていたけれど、もうそろそろ限界だった。対するセオは、まだ僕たちの名前を聞いていなかったとか、竜同士が戦うなんて元凶に近いことだけど何があったのかとか、全く疲れを見せずにいろいろ話しかけてきた。

「私の背に乗るか?」

「ううん、もうすぐらしいし、がんばるよ」

 本当にもうすぐだった。

 それは、僕の背の三倍はある巨大な鉄製の扉だった。それはまるで、白い石でできた建物を取り壊して、その扉の部分だけの壁を残したまま、長い年月のたった感じのもので、試しに裏を覗いても何もなくただ暗い木々が続くばかりだった。

「これがわしの守っている村への門だよ。ここまでの道のりもいろいろな守りの仕掛けがしてあるんだ」

 僕はずっとその扉を見とれていた。ほとんどが緑の苔で覆われて表面を見ることはできないけれど、なんとなく書かれている紋章に目が奪われる。僕は門にゆっくりと触れた。重々しい鉄の冷たい感触が、なぜか僕の体をゾクッとさせた。

「君は門に触れることができるんだね。さすがはわしの結界を破るだけはあるなぁ」

「普通は触れることはできないのかい?」

 セオは、カンザーの方を向いた。カンザーは扉からずいぶん離れたところで立ち止まり、そこから近づいてこようとしない。

「どうしたんだい。早く行こうよ」

 しかし、カンザーはまるで金縛りにあったかのように、その場で固まっている。息が荒くなって、なんと瞳は赤く燃え上がっていた。

「カンザー、一体どうしたのさ」

「この門は、心鏡の扉と言ってね。この中にいる人にたとえ会って、どのようなことがあっても危害を加えない者しか通すことのない門なんだ。君はすごいよ。心からそうは思わないと念じなくても、自然体でこの門は君を認めたんだからね」

「僕は、一度死のうと思ったことがあるから・・・」

「まぁ経緯はどうだっていいさ。問題はカンザーくんだね」

 カンザーは低く呻き声を出し、口から涎を垂らしながらも、そこから進もうと努力しているのは分かる。だが足は一歩としてそこから進んでいなかった。

「カンザーは、僕と竜の制約をしたはずなのに・・・」

「竜の制約?歴史書に残る古の誓いかい?それはすごい!もしそれが、“人に危害を加えない”という条件だったら、絶対にその力のほうが強いから門は通すのだろうけれど・・・」

 しっかりとあのときの言葉を思い出してみる。カンザーの誓いは、人間を喰わないということで、危害を加えないというものではなかった。

「じゃあ、カンザーは入れないということなのかな・・・」

 セオは、カンザーの目の前に近づいた。カンザーはそこに壁があるように、何かにぶつかっているようだ。

「おかしいとは思わないかい?」

 セオはカンザーに語りかけた。カンザーはまるで今にもセオを食い殺しそうな様子で、呻き声を発しながらその場でのた打ち回っている。

「どのようなことがあっても危害を加えない者なんて、この世にいると思うかい?」

 突然、カンザーの動きが止まった。

「人はどのようなときだって愚かだ。そしてそれを決める基準はどこにもない。例えば、他人と仲間、同時にどちらかしか助けることができなかったら?どちらを助けるにしろ、どちらかには危害を加えてしまう。誰かが得をすれば誰かが損をするし、誰かが楽をすれば、誰かが苦労する。ならば誰もこの門に触れることはできないのかな?いや、フィードは触れることができた。ではどうしてか」

 カンザーの足が、とてもゆっくりだけど、確実に一歩進んだ。体中震えていて、まるでものすごい重圧を受けているかのようだった。いや、僕にはなんとなくその重圧が伝わってきているような気がした。

 また一歩進む。それは僕の歩幅よりももっと短かったけれど、確実に進んでいた。セオは一歩、また一歩と下がっていく。

「そう、つまりそれはどうやっても、自分が人を傷つけてしまうことは、起こりえるということをしっかりと認識しているという点にある。自分はたしかに人に危害を加えないようにはする。だけど、どうしても加えてしまうかもしれないということを、心から認めたものにこそ、この門は開かれる」

 また一歩、また一歩とカンザーはゆっくりと門に近づいていった。たまに止まっては体を休み、そして、また一歩ずつ進んでゆく。そして、カンザーはゆっくりと前脚をあげて、そして歩く速度よりもさらにゆっくりと、門に手を近づける。後もう少しというところで、腕の動きが止まった。

「そう、私の心は――――竜となっても弱いままなのだ」

 そして、カンザーの爪の先が門に触れた。その瞬間、全ての重荷から開放されたかのように、カンザーの動きは元に戻った。体の振えも納まり、僕が感じていた圧迫感もなくなった。

「やっぱり君たちはすごいや。じゃあ、改めて歓迎するよ。この門を外の人がくぐるのは数百年ぶりだ」

 そう言うと、セオはローブの下から木でできた古ぼけたお面をかぶった。お面にはたくさんの皺が描かれていて、まるでおじいさんのようだった。

「お面なんてなんで被るの?」

「まぁ入ってみれば分かるって。君たちは来客だからもちろん普通でいいよ」

 そしてセオは門を押した。金属が擦れる深い音を発しながら、その門はゆっくりと開いていった。


 門の向こうも、普通の森だった。何ら変わったところもない。だが、なにか違うような気がした。試しに門を抜けてからくるりと一回りすると、そこには今通り抜けているカンザーの姿はなく、閉じたままの扉があった。

「裏の扉はもちろん結界の外の裏の扉と繋がっているから、開いてなくて当然だよ?」

「じゃあ、ここは結界の中ということ?」

「うーん、正確には違うけれど、まぁそんなところさ。さぁこっちだ。村はすぐだよ」

 今度はすぐではなかった。暗い森の中の獣道をひたすら進み、やっとのことで集落が見える場所に来るころには、僕の足は本当に棒になっていた。

「さぁもうすぐだ。あれが、わしらが暮らしている村、テフヌトさ」

そこには、他の森とは比較にならないほど大きく太い木々が連なり、その高い木々の枝や幹に家がくっついて建てられている。木々の間は長いつり橋で網目状に結ばれていた。地面にも木でできた納屋や家々が点々としていて、煙などがところどころで出ている。

 僕たちが村に近づくごとに村は、少しずつ騒がしくなっていたようで、僕たちが村の外れにたどり着いた時には、夜中だというのに人でごった返していた。それがなんと、ほとんどが僕と同じかそれよりも小さい子ばかりで、みんなセオと同じお面を被っていた。表面がつるつるの人もいれば、セオのように皺だらけのお面を被っている人もいる。

「セオ老師様おかえりなさい。あのそれで――――」

「ああ、彼ら二人はわしの友人なんだ。村で客人として迎え入れたい」

 今にも人を人で倒してしまいそうな勢いだった。みんな僕たちが来たことが物珍しそうで、どこから来たのか、その竜は凶暴でないのか、伝承の竜の双子の生まれ変わりではないのかと、僕にたくさんの質問が一度に飛び掛ってきて、僕は久しぶりに人の活気に出会ってうれしくなった。

「静かにしてくれみんな。客人方はもう疲れているんだ。いろいろな話は明日にして、今日は客人をもてなそうよ」

 その言葉にみなはどんどん納得してゆき、今度は我先にと村の中に走っていった。

「すまないねぇ、こんな村だから退屈はしないよ」

「――――ここには、子供しかいないのか」

「さすがは“竜の視界”だねぇ。その通りだけど、正確には間違い。ここの土地は、人の成長をある一定の年齢を境に止めてしまう力があるんだ。だから、体はみんな子供でも、年老いている人もいる。だから歳を表すためにみんなお面をつけているというわけさ」

「え、じゃあまさかセオも・・・」

「うん、わしはだからおじいさん。今年で102歳になるかな?」

 僕は息を呑んだ。

「あ、あの、いえ。な、なんか馴れ馴れしくてすみませんでした」

「いいのいいの、歳に関係なく体は子供だから。逆に恐縮にされると肩が凝るよ」

「ということはこの村に住む者は不老なのか?」

 相変わらずカンザーは慌しい村の中に目を向けている。

「手厳しい質問だね・・・たしかに多少寿命は延びる傾向にあるけれど、平均はあまり変わりないようだ。寿命を迎えた者は、ある日突然死ぬんだ、ぱたりと。前触れはほとんどない」

 僕は一瞬その様子を想像してしまって、気分が悪くなった。

「その寿命だって、必ず平均まで生きるとは限らない。自分がいつ死ぬか分からないのは外でも中でも同じだけど、やっぱり突然というのが辛いときもあるよ・・・」

 セオはその時だけやけに元気がなかったけれど、それからは元の調子で僕を宿舎へ連れて行ってくれた。そこははるか下にいる人が小さくなるほどの高さにある建物だった。ここまでは恐ろしく長い橋子を登ってきた。登り用降り用が別々にあるのが面白かった。

「どう、高いところ怖い?」

「まさか。怖かったらカンザーには乗れないよ」

 カンザーは僕のいる宿舎のある木の根元で体を休めていた。遠くから誰かがこっそりと見物しようとしているのが上からよく分かる。あの様子だとカンザーは、夜は眠れそうにないなと思った。

「ここが宿舎。家が壊れて寝る場所がなかったり、酔っ払いとかを寝かしつけたりする場所だけど、普段はほとんど使われてないからきれいだよ」

 セオが持っていた杖を地面につけると、一斉に建物の蝋燭が燃え上がった。

 僕は吸い込まれるようにふらふらと宿舎の中を歩き、ふかふかしたベッドが並ぶ部屋を見つけると、そのままその上に倒れて、死んだように寝てしまったそうだ。


 目を覚ますと、見慣れた岩の裂け目でなく、木でできた天井だということに、僕はまず驚いた。人の作った建物。僕の家も、毎朝起きるとこんな天井が見えた。

 外はまだ日の出前のようで、薄暗く深い霧がかかっていた。僕は宿舎から一歩出て、外を眺める。どうしても、高い所にいるという実感が沸かない。手すりから下を覗いても、ずっと下でほんの少し明かりがともっているかなと思える程度で、それ以外は真っ白だった。白い雲の上に建物が浮いているかのようだ。

 僕はひんやり湿った空気を大きく吸い込んで、ゆっくりと吐き出した。見えるのは二階建ての宿舎と、それを支える大きな木の一部。霧で全てが見ることができないくらいに大きい。今までこんなに大きな木は見たことなんか一度もなかった。一体どれくらいの歳月をここで過ごしてきたのだろうか。いやそもそも普通に育ててこんなに大きくなるだろうか。

 宿舎から誰かが出てくる。僕が振り向いたときにはもう隣に立っていた。

「いやぁ、宿舎で寝るというのも悪くないね。今度からこっちで寝ようか。それにしてもついたとたんに寝ちゃうなんて相当疲れたみたいだね。まるで呪縛の魔法にかけられたみたいだったよ」

 セオだった。相変わらず木のお面をしていて、表情は分からないけれど、きっとにこにこしているに違いない。

「ここ、すごいところなんですね。よく見ると何もかもすごくて、昨日はなんか感覚が麻痺してました」

「言葉遣いは前のままでいいのに――――たしかに、霧のおかげで見るべきものが限定されたから、まじまじと物が見れるってことだね。まぁ朝になれば晴れるからそうしたらまた麻痺するかも。」

 僕はその言葉がなぜかつぼにはまり、少しだけ吹き出した。そしてセオのいた場所、声のした場所を見たとき、そこにセオはいなかった。辺りを見回しても、誰もいなかった。

 僕は宿舎に戻り、中を見て回ることにした。僕が寝ていた部屋はとても広くいくつものベッドが並んでいて、どれもきれいに白い毛布が折りたたまれている。その部屋を通り越して、食堂と思われる広い部屋に入った。とんでもなく長い一枚板で作られた机が三枚も縦に並んでいる。そのうちの一枚の端に、朝食が用意されていた。僕のためにセオが用意してくれていたのだろうか。椅子もスプーンもお椀もすべて温かみのある木でできている。

 僕は久しぶりの料理を味わいながらもあっという間に平らげてしまった。もっとゆっくり食べるべきだったと、水の入った桶でお椀を洗いながら後悔した。その時、太陽の光が壁をくりぬいただけの窓から僕を照らし始める。その場所から外を見ると、霧は下に下がってきているようで、本当に雲の上にいるのではないかと感じた。外の遠くで、笛の音が聞こえる。

 僕がベッドのところに戻ると、ベッドの脇にいろいろなものが置かれているのに気がついた。衣類や食べ物、見たこともないくらい美しい織物などが所狭しと。なんだかとても申し訳なく感じてしまうが、僕の足は簡単に作った古い草鞋だったし、ズボンもぼろぼろだった。正直このまま人前に出るのは恥ずかしい。

 白い麻でできたズボンを穿いて、紐で腰を縛る。上着も用意されていた。僕はずっと鎧を直に着ていたけれど、普通は下に何か着るものだ。でも、いざ鎧を脱いでみると、慣れてしまっていたのか妙に落ち着かなくて、やっぱり鎧はそのまま着た。不思議と中で蒸れることもないし、それに前よりも僕の体にぴったりと合ってきているような気がする。

しっかりとした厚手のブーツを履いて、篭手のない右手だけに鹿の皮のグローブをはめると、急に人間らしくなったような気がして、僕は不意に苦笑いした。昨日、あのはしごを上ったとき、右手は素手だったので、上りきったときには右手は真っ赤になっていたけれど、これなら大丈夫。

外は下のほうを除いてすっきりと晴れ渡っていた。空に浮く家々をつなぐいくつもの橋に人が行き交っているのが見える。まだ朝だというのにこんなにたくさんの人が動き回っているのも僕にとっては印象的だった。

偶然、僕のいる空の通路を通りかかった子供・・・かどうかはわからないけれど二人の人が、僕を見つけるやいなや、走りよってきた。やはり例に洩れずお面をしているが、二人ともセオよりはずっとつるつるしたお面だった。

「竜の使いさん。よく眠れましたか?」

「あ、はい、おかげさまで。ここは本当にすごい村ですね」

「ええ、そうでしょう。ですが外から人が来るなど、今まで一度としてありませんでしたから、みんな大騒ぎで」

 そういっている間に、もう一人の子が手すりにつかまって遊びだした。

「こら、そんなことしたら危ないじゃないか、お父さんの横にいなさい」

 僕はその言葉に心の中では驚いたけれど、表には出さないように努力した。見た目はほとんど変わらないというのに、この二人は親子なのだ。僕の頭は、歳の印象の整理で必死になった。

「この村に来て、僕は驚くことばかりです。こんな世界があるなんて知らなかった」

「それはまた、村の皆も同じです。それに竜と共に来るなど、いまだかつてないことですよ」

 そこで、子のほうが僕の左手を握った。鎧の上から、不思議と触れた感覚が伝わってきた。

「おにいちゃんは“竜の双子”なの?」

「竜の双子?」

「ああ、単なる伝承の話の一つですよ。子供に聞かせるお話なのですが、竜と人が一緒にいるだけで、子供たちはそう騒いでばかりなんです」

 僕は子供の手をゆっくりと握り返して、微笑みかけた。

「ああそうさ。僕は竜の双子だよ。僕たちは大切なものを探しに旅に出でなくてはいけないんだ」

「大切なもの?」

 たしかに身長も体格も同じだが、やはりこの子は子供で、あの人は大人だと、雰囲気が語っていた。

「ああ、僕の一番の親友の宝物をね」

 あと、村長がぜひ会いたいと言っていたよ、と言い去っていく二人を見送りながら、僕は人の心は成長するということを実感していた。

 僕は木と縄でできた揺れるつり橋を何度も渡って、村長の家がどこにあるのかを毎回聞きながら進んでいった。あちらこちらで穴の開いた筒を横にした笛を吹いている人を見かける。皆親切で、案内をしてくれると名乗りを上げてくれる人も多かったけれど、僕はそんなことまではと毎回断った。人が来たことなんてないと言うだけはあって、本当に僕のことは物珍しいらしく、話しかけてきてくれるどころか、時には僕にお祈りしてくる人までいた。おかげで僕が、あまり他の家と変わりない村長の家につくころには、すっかり日は昇っていた。

 この村の家には扉も窓もないから、僕は入り口から遠慮がちに中を覗き込んだ。中から少し強い口調の声が聞こえる。セオだ。

「竜の双子がこの地に召喚されたというのは偶然なんかではない。わしはあの竜の護衛波長を知っている。あの竜はまさしく――――」

 そこで、僕がいることに気づいたようだった。セオは立ったまま、藁の座敷に座る少年と話していたようだった。

「やぁ、きみがフィードか。これから君のところに行こうと思っていたのに、そちらから来てもらうとは、これは失礼した」

 その人は他の村人の着ているような質素な麻に、少しだけ鮮やかな装飾をした服を着ていた。そしてなんと、お面をしていなかった。若い少年が僕に笑いかける。

「俺の名前はレイスという。未熟ながらこの村の村長をしている。よろしくな」

「あの、初めまして、フィードと言います。こちらこそよろしく」

「そんな入り口にいないでこっちに座ろうよ。わしも立ったままで腰が折れるよ」

「ははは、それは絶対にないですよ」

 僕がその場に座ると、僕はレイスさんをじっと見て、辺りを見回す。特に何かすごいもがあるというわけでもなく、この人がいる以外、特に他の家の様子と変わりはないようだった。だけどなんとなく雰囲気が違うように感じる。

「村の長だけがお面を外すのを許されるのだ。さて、君はこれから旅に出るのだな。一体どういう理由でかね?」

「あの、それは・・・言わないといけないことでしょうか」

「いやいやそんなことはないよ」

村長は多少慌てながらも、まるでセオのように微笑む。

「竜の旅だ。我々が知る必要のない、理解し得ない理由がそこにはあるのだろう」

 僕は答えられなかった。長はすでにそのことは理解していたようだった。

「旅をするためには準備がいる。村総出で君たちのために準備をしよう」

「いえ、そんなことまでして頂かなくても――――」

「いいかい。この村が偉大な竜の旅の始まりの地となるのだ。それがどれだけすごいことか分かるかね?竜の飛び去った地は恵みがもたらされる。その始まりに、この村がなるのだ。これほどすばらしいことはあるまい」

 僕はどういったらいいのか困り、セオを見た。セオはきっとにこにこしながら僕を見ていた。

「さて、早速だけど調度品をそろえないとね。わしと共に来てフィード。いいものをあげるよ」

「老師はせっかちなお方だ。何か必要なものがあれば村の誰かに訪ねるといい。君のためなら誰でも用意してくれるだろう」

「あの、本当にいろいろとありがとうございます」

「何、あなた方の願いを聞くことのできる私たちの幸運ですよ」

 僕は何度も深くお礼を言った後、村長の家を出た。セオは相変わらずすたすたと歩いていき、梯子を降り始めた。僕も後に続く。今突風が吹いたらきっと落ちるだろうな、という変な考えを振り払いながら地面に降り立つと、笛の音がいたるところで聞こえてくる上とは一変して、小さく金属を叩く音や何かを削る音が聞こえてきて、妙にゆったりと静かな雰囲気が漂っている。下は木でできた家や石でできた家がぽつぽつと立ち並んでいた。

「上は生活区、下は作業区というわけさ。さぁこっちだ」

 赤くなった金属を叩く家もあれば、何かを縫っている人がいる家もあった。でもどちらかと言えば皆静かで、黙々と作業をしているといった印象が強かった。

「さぁ、ここがわしの家だ。とはいってももちろん職場だけどね」

 それは宿舎と全く同じように木で作られた家だった。唯一違うところといえば、この村の中で初めて目にする扉があることくらいだ。

 ぼくはその時やっとあることに気づいて、そこで辺りを見回した。だけど、見当たらない。

「ああ、カンザーくんは一本向こうの官舎だよ。ちょっと体の大きさを測りたくてね。さぁ中に入った」

 中は他の建物の部屋とは違って薄暗く埃だらけで、僕の息は一瞬つまった。山積みになった本が外との外気を遮断して、空気を篭られている。セオはその中にあるランプに火をつけ、椅子に座った。机の上にある本や紙やいろいろなものを下に降ろした後、どこかから引っ張り出した紙を広げた。

「これが大陸の地図だ」

「地図?」

 セオは僕の反応ににやりと笑った。僕が見下ろすと、そこには青や緑で塗りつぶされた場所や、いろいろな地名が点で描かれていた。

「自分の町を出る必要のないものにとっては無縁のものだから知らなくても当然だね。商隊も自身の地図は決して公開しないものだし。これはいわば世界の略図さ。ここがわしらの今いる場所、トルネスの森の中・・・」

 そういって指をさす。そこには緑に塗りつぶされた場所があった。

「エイルという村は、どこにあるの?」

「エイル・・・高い処方と調合のできる村であるということは知っているけれど、場所は分からないよ。この地図はわしがたまに買出しで出歩く範囲しか正確じゃないからね」

「そう・・・」

 僕は少しだけ寂しいような、懐かしいような、それでいて悲しい思いに襲われた。

「生まれ故郷?育った場所?」

「うん、僕が住んでいた村だったんだ。今はもうどうなっているかは分からないけれど――――」

 あの日、僕のいた村は襲撃に会い、そして・・・・。

「まぁ、過去は聞かないよ。そうそう、そしてこれが“銀の槍”だ」

 地図の中心。セオは肩をすくめながら、茶色く輪になっているところの中心にある、黒い点へ指を移動させる。

「銀の槍って、あの伝説の?」

「そう。なかなか博識だねぇ――世界を創りしグランが世界を揺るがないように打ち付けたもの。それがここにあるとされているが、実際はどうか分からない。誰も行ったことなんてないからね。だけど、世界の風が銀の槍を中心に回っていることくらいは知っているだろう?」

 僕は頭を横に振った。

「そうかぁ。じゃあ説明するとね。世界に吹く風は不思議と、この銀の槍を中心に右回りに回転しているんだ。風は銀の槍に近づくほど強くなり離れるほど弱くなる」

 セオの指が地図のうえでぐるぐると回る。

「なぜ風の話をするかと言えば、理由は二つある。まず一つは、君たちはこれから空の旅に出るからだ。よって、この風に逆らって空を飛んだ場合、場所によっては全く進まなかったり戻ったりしてしまう場合もあるんだ。だから、君たちは原則として、この風に沿って旅をしなければならないだろう。だから自由にとはいっても、ルートは限られてくるはずなんだ」

 セオは近くの棚に行くと、そこから何か金属でできたの物を取り出した。それは手のひらに乗るくらいの円盤状の首飾りみたいで、たくさんの目盛りとそれにあわせたたくさんの針が、いろいろな色で何かを示している。

「そしてこれが二番目の理由。これは“方時計(ほうじけい)”という貴重なもので、ありとあらゆることを計測することのできるすぐれものなんだ。なおかつ、旅をするものには必須のものとなる」

 セオは再び地図に目を戻した。不意に見たセオの影が、積み上げられた本に映るのが不気味だった。

「この方時計はまずその土地の時刻を指し示す。この時刻と太陽の位置で、方角を求めることができるんだ。そして次の目盛りは、その土地の風速、まぁつまり銀の槍からの距離を表す。これは方時計に風を当てたりしなくても自然と表示されるから便利だよ。そう、そして現在の風の向きを正確に測ると、この地図上で、自分達が今どこにるのか正確に把握できるというわけさ」

「え、それだけで分かるの?」

「そう、暫定的だけど、ずいぶん正確な割り出しができるはずさ。まぁ慣れればだけどね。少し例題を出してあげるよ」

 そう言って、セオはいくつかの例で、方時計と地図の見方を教えてくれた。僕は意外と複雑な計算をするのが得意だったから、覚えるのにはそれほど時間はかからなかった。

「そうそう。ずいぶん飲み込みが早いね。これなら示陸士にもすぐになれそうだ」

「まだ、方時計には針があるけれど、後は何を示しているんだい?」

「そうそう、まだ言ってなかったね。ここからはさらに難しいよ。この赤い針は時間の倍率を示すんだ」

「時間の・・・倍率?」

「うん、だけどこの話は難しいから、また後でね。わしはそろそろ結界の監視に行かないとけいないから」

 そうだ、セオはこの村の結界を作っているのだ。すっかり忘れていた。そしてもう一つ忘れていることもあった。

「うん、いろいろありがとう・・・ございます」

「だから普通のままでいいって。わしにはそうやって普通に話しかけてくれる人がいないから、少し気が滅入るときもあるんだ。だから君たちが来て本当に楽しいよ。そうそう、もちろんその地図と方時計は持っていっていいよ。そしていつか、返しにきてね」

 セオはお面を一度だけ外して僕に笑いかけると、杖を持ってさっさと出かけてしまった。


 僕が村の下の様子を見たり、カンザーを探したりするために歩いていると、やがて木の間を流れる川にたどり着いた。川岸ではなにやらにぎやかに人が集まっているようだった。  

「おお竜の使いさん。こんなところまで来るとはおなかがすいたのかな?」

 女の子の声だった。男性と女性でお面の模様は微妙に違うようだったけれど、ぼくにはさっぱりよく分からず、声を聞いて初めて分かる。

 集まった人たちはみんな弓を持っている。僕が知っている弓よりも少し長めで、形も違う。そして何より、その対となるはずの矢や矢筒を誰も持っていなかった。

「狩りの帰りですか?」

「いやいやこれからさ。、川射ち、つまり魚を射抜くんだ」

 魚を?僕は驚いた。地上にいる生き物を射抜くならまだしも、水の中の魚を射抜くなんて難しすぎる。その女の人は川に顔を向けて楽しそうに説明してくれる。

「たしかに釣りなどもしますが、これは弓矢の練習の一環なんですよ。どうです、やってみますか?」

 弓には自身があったけれど、今はその自信も揺らぐ。

「僕なんかにはできませんよ」

「いえいえ、まずは試しですよ。さぁさぁ、これを持って」

 僕はとてもしなやかな木でできた弓を手渡された。ずっと軽く、それでいてとても丈夫そうだ。弓にはたくさんの不思議な文字が刻まれていた。

「矢はないんですか?」

 その言葉に、その女の人だけでなく近くにいた人までもが驚きの声を上げる。

「風の矢を使ったことがないのですか?」

「風の矢?」

「説明するよりは、見てもらったほうが早いですよ」

 そういって周りを見回すと、いろいろな人が矢をつけず素引きで川を狙う。するとなんと、引き分けていくうちにだんだんと光り輝く白い矢が、何もないところから現れた。手を離すと、甲高い音を発し、矢が川の中にとんでいった。

「あー外したか。やはり客人を前には心も乱れるな」

 頭を掻きながら照れている人を見ながら、僕は目に見える魔法というものを初めて目にしたことに、深い感動を覚えていた。

「僕は、魔法なんて使えませんから――――」

「いいえ、この弓にはこの森特有の力を集める文様が刻まれていますから、普段どおりに引けば大丈夫ですよ。弓が矢を導きますから」

 それでは試しにと、僕はしぶしぶと体を川に対して垂直にして、足を広げて胴を固定する。ゆっくりと弓を引くと、なるほど、たしかに矢がそこにはあった。

 しかし、川の中にいる魚をどうしても見ることができない。じっと川の中を眺続けるけれど、ゆらゆらと揺れる川底が見えるばかりだ。

 一瞬、その川の中で何か銀色のものが揺らめいた。

 僕は矢を放った。白い筋が、一直線に川の中のそれに向かって飛んでゆく。川に小さな水しぶきが上がったけれど、それだけだった。

「さすがですね。たった一回で魚を見分けることができるとは。とてもおしかった」

 僕は自然ともういちど弓を引いていた。悔しかったというわけではない。そう、それは獲物を捕らえられなかった時のための次の条件反射のように、僕はまた川を狙っていた。

 一瞬だけ、突風が僕の傍らを吹きぬける。

「下に指二本分、右に髪の毛一本分だ」

 僕はその言葉どおりに、その銀の目標から矢をずらし、そして放った。矢はたしか目標からそれて飛んでいったけれど、水しぶきが上がったその場所には、白い矢が刺さった一匹の魚が浮き上がっていた。

 誰もが静かだった。僕が弓を下ろして後ろを見ると、そこには大きな青の鱗の壁がそそり立っていた。

「ありがとうカンザー、おかげでいい射ができた」

「水には光屈折が存在する。後は流速による軌道のずれ、風の影響もある。見えるものが全てではない」

 周りの人たちは、カンザーの姿に感嘆の声を上げていた。夜に見かけたひともいるらしいけれど、鮮やかな青の鱗は昼のほうが美しいと、誰もが目を離せないようだった。

「さぁ、川射ちを再会しよう。昼に食べる魚がなくなってしまう」

 そういって、一人が弓を引いた。しかしなぜか、完全に弓を引ききっても白い矢が現れなかった。

「あれ、おかしいな・・・」

 他の人も何度も試していたけれど、誰一人して風の矢は現れなかった。困惑の声が広がっていく。みんな慌てているようだった。

「それは竜がこんなところにいるからだよ」

 その声には聞き覚えがあった。僕が目を向けると、そこにはレイス村長の姿があった。

「竜は魔法の根源と同時に強い安定の力を持っているからね。人の使う魔法というものは世界を歪めて不安定にするもの。こんなに近くに竜がいれば、あまり強くない弓の呪文は消え去ってしまうということさ」

「安定の力とは、どのようなものなのだ」

 カンザーは長がお面をつけていなかったり雰囲気が違ったりするためか、いつものように少し警戒しているようだった。

「カンザー、この人はこの村の長なんだ。だから間違いではないよ」

「貴兄よ、この村の風はどうも変だ。まるで私が作り出す風のように波がない」

 そう?と言いながら試しに風を感じてみるが、実際には風はしっかりと強弱があるし、不可思議な風は吹いてはいない。

「私に乗るのだ。少し様子を見たい」

「カンザーがそう言うならば、そうするけれど・・・」

 カンザーが何を言っているのかは、僕には分からなかった。だけどその“風”に関係あるのか、カンザーは歩いたまま村のほうへと進んでいく。

「弓のほう、ありがとうございました」

「いやいや、こちらこそいいものが見れたよ」

 カンザーが離れていくと、再び矢が使えるようになっていることを確認してから、僕は前を向いた。

「今までどこにいたのさ。上を歩いている間もずいぶんと探したんだよ」

「ずっと鞍について話していた。もし突風で貴兄が飛ばされたら困る。身体に縛り付けてでも行こうかとも思ったが・・・」

「まさかそんなことはされたくはないよ。それで身体の大きさを測るって言っていたのか」

「そうだ。馬の鞍を延長したものらしい。もしかしたら使い物にならないかもしれないとは言っていた。貴兄は何をしていた。その首に下げているのは何だ」

「そう、これ、方時計って言うんだ」

 僕は方時計と、これの使い方について、自分自身の暗記の確認も兼ねて説明した。

「場所の正確な確認は、私も考えていたことだ。また知識なく危険な土地に飛び込むことも避けたい。この式は役に立つ」

「うん、だけどこの方時計には、まだ教えてもらっていない針もあるから、また後で教えてもらうんだ」

 その時、カンザーの足が止まった。僕は話に夢中で、カンザーが今どこを歩いているかを気にしていなかったから、辺りを見回す。

 そこは村の中心となる広場のようだった。真ん中には大きめの焚き火が燃えていて、その周りでいろいろな人が話したり、また遊んだりしている。僕たちがいることに気づいた人たちは、近づいて挨拶をしてくれたりした。

 広場は円形の石畳でできていて、他の土の踏み固められた場所とは少し違う。その円には不思議な模様が描かれていた。

「不覚だ、機能してしまう」

 カンザーは早口にそう言うと、突然、耳鳴りがするほどの音量で咆えた。そして焚き火に近づくとそれに火を吹きかけた。小さく燃えていたそれは突然大きき炎の柱となり、轟々と燃え出す。

 周りの人たちは、叫び声を上げながら逃げ出していた。

「カンザー、なんてことをするんだ。門でのことを忘れたの?」

「間に合ったか」

 カンザーは僕の言っていることが聞こえないかのように静かに言った。

 その瞬間、広場の地面に書かれていた模様が突然白く光だした。そして、次の瞬間、広場はお碗状に大きくへこみ、そして石の地面はゆるやかに消えた。カンザーが羽を広げる間もなく、僕たちは開いた大きな穴に落ちてゆく、穴の側面も石でできているようで、そこにも同じようなたくさんの模様が書かれているようだった。

 僕はただひたすらカンザーの背中につかまっていた。カンザーが羽を広げるには、この縦穴は狭すぎる。カンザーの身体がひるがえると、もう点に近い白い穴の入り口が一瞬だけ見えた。それに比べて下はどこまでも深く暗く、その中に吸い込まれるように、僕らはただ落ち続けていた。

 やがて、突然その縦穴の直径が大きくなった。すかさずカンザーは羽を広げ、ゆっくりと落下速度を落としていく。すると、壁に書かれていた模様がカンザーの羽の光と同じ色で輝き始め、それとともに下から風が吹き始めた。やがて、カンザーはただ羽を開いているだけで、ゆっくりと降下してゆくほどになる。

「あれは竜のための門だ」

「竜のための門?」

「不覚にも踏み込み、展開をしてしまった。」

 なるほど、この穴に落ちる人を出さないために、カンザーは人を脅かして逃げてもらったのだ。僕ならとっさには思いつかない行動だ。

「そしてこの門は、開く意思なく開くことはない」

 その時僕は、下が妙に明るい事に気づいた。落ちないようにしながらも下を見ると何かがあるのが分かる。

 そして、僕の視界が開けた。今まで縦穴だった場所は、薄暗くとても広い空間となる。天井も下もたくさんの突起物が生えていて、たまにそこから水が滴り落ちている。

カンザーが底に降り立つときになって、初めて光っているものが何か分かった。そこには、あの広場と同じような円形の石畳の上いる、一頭の白い竜からだったのだ。カンザーよりも大きく、そして美しい。身体は羽を大きく広げたままその石畳に伏していて、少しだけ錆びた鉄の鎖で何重にも押さえつけられていた。

「カンザー、あれは一体・・・」

 カンザーはただ答えず、じっと静かにしているだけだった。ずっと白い竜を凝視している。このままずっと沈黙が続くかと思ったけれど、カンザーはすぐにそれを破った。

「この竜はラルヴァンダド。世界を支える竜。悪い者ではない」

「じゃあ助けないと。あんな風じゃ動けないじゃないか」

 カンザーはまた少しの間無言になった。まるであの白い竜と話しているかのように。いや、きっと話しているんだ。

「彼の身はもはや器にすぎず、彼自身はもう世界に溶けてしまっている。彼はもうここにいて、ここにはいない。なるほど、この村の者が魔法を使えるのは、君の強い影響なのだ」

「そう、この竜は言っているの?」

「そうだ貴兄よ。ラルヴァンダドは貴兄を歓迎している。竜の双子の生まれ変わりと」

竜の双子・・・村の人も言っていたけれど、僕にはよく分からない。

「そうだカンザー、君の身体のことも聞いてみたほうがいいよ。何か知っているかも」

「私が一番初めに聞いたことだ。だが、君は知らぬと言う。人を竜に変える術など、この世界にはないはずであるし、あってはならぬものだと」

 白い竜の上の辺りがまばゆく光りだした。僕は腕で光を遮っていたけれど、少しずつ目が慣れてくる。その光は、三角の面だけでできた結晶から放たれていた。

(あなたが旅に出るというのならば、あなた方を祝福しましょう)

 その光を通して、僕の頭に声が響いた。その声はやさしい女の人の声だった。

(その石を噛み砕きなさい。そうすればこの身の力はあなたに流れ、必ずあなた方を助けるでしょう)

 カンザーは僕を乗せたままゆっくりと飛び立ち、光り輝く石に近づくと、ためらうことなくそれを噛み砕いた。鈍い音と共に洞窟の中は再び真っ暗になり、声も聞こえなくなった。いや、光が途切れる瞬間に、こう聞こえた。

(クロノスの鉄槌よ。その力を以って正しき秩序を築き給え・・・)

「私たちの旅を祝福してくれたのだ」

「うん、僕にも言葉、聞こえたから・・・」

「貴兄にも聞こえたのか。ならば最後の言葉は貴兄に宛てたものだったのだな」

「僕に?」

「そうだ。私は確かに聞いていたが、その言葉を覚えることはできなかった。竜には覚えることができない。私の中にある式が、それを邪魔してしまう。だからそれは、貴兄に宛てた言葉なのだ」

 クロノスの鉄槌よ。その力を以って正しき秩序を築き給え。意味はわからないけれど、その言葉を心の中で繰り返すうちに、なんだか元気が沸いてきた。

 それから、出るのはあっという間だった。というよりも、あの縦穴は竜の羽と同じように風を作り出すらしく、僕らはその風にのって押し出されるように外に出ることができた。そして、地上に帰ってきた瞬間、大きな穴があった場所は、何事もなかったかのように元に戻っていた。


 僕は村長の家で、事の経緯を説明していた。カンザーが暴れた理由や現れた大穴、そして洞窟の底にいた竜のこと。僕が話し終わると、なぜか不穏な空気は明るい空気に変わっているようだった。じっとしていたセオが立ち上がる。

「みんな聞いたかい。この村の守護神にこの二人は会った。まさにこれはめでたい。わしらの土地に恵み、与えるものから祝福された者、そして村の人たちの命を助けようとした竜など、この世にいるだろうか。いやいやいまだかつてないぞ。これはすばらしいことだ」

「あの、でもカンザーはみんなを怖がられてしまったようで――――」

 その言葉を村の長は手で制した。

「命を助けるための最善の行動であったし、あの咆哮がなければ怪我人がでていたかもしれなかった。村一同の代表として感謝する」

 村の重役会議は事もなく終わり、僕は宿舎に戻る前に、少し靄のかかる木の下に降りていった。下にはカンザーが木の根元で横になっているのがすぐに分かった。

「どうした。特に悪いことは言われていなかったようだが」

「やっぱりカンザーは耳がいいね。こんなに遠くでもものが聞こえるなんて」

「それが竜だ」

 僕は丸まったカンザーの体の真ん中に座って、体全体でカンザーに触れた。鱗のごつごつした感覚が心地よい。

「やっぱり僕、こうやっているほうが落ち着くや」

「それは、凶暴な竜に囲まれ守られているからな」

 明らかに冗談だ。僕は吹き出した。そのまましばらくしてから、木の上にある村の様子を見た。星の下にあるすばらしい場所だ。

「でも僕、もういかないと、ずっとこの村の人たちに頼ってしまいそうで怖いんだ。みんなずっと優しいし、話していても楽しいから。でもずっとそれに甘えてはいけない。この外は僕のいた村のように過酷なことがたくさんある。そして僕らは、行かなければならないんだ」

「過酷な道へ進むことが、時と共に畏れるようになる。幸福な地に慣れてしまえば、それだけ過酷な道がより過酷になるということだな」

 僕は頷いた。カンザーは、深く息を吐くと、空を見上げる。いっぱいの星空に、はぐれ星が流れていた。

「上で笛の音が聞こえる。町全体で祭りが行われるようだ。行ってくるといい。私はここで、この村での最後の夜を聞いている」

 僕は立ちひざになると、カンザーの口に僕の額を当てた。

「――――何か意味があるのか?」

「ううん、なんとなく。じゃあいってくるよ」

 僕はカンザーの尻尾を飛び越えて梯子を駆け上る。なるほど、たしかに上はお祭りのようににぎやかだった。

 僕は今まで食べたことのないような美味しい料理を前に圧倒されていた。家々で料理が作られては外で振舞われている。そしてなんと酒まである。子供ばかりの村に酒があるのは少し妙な感じもしたけれど、いろいろしているうちに結局僕も飲んでいた。とても甘く、それでいてすっきりしたその飲み物は、本来なら収穫祭にしか出さないものだと言う。僕はたしかにふわふわした感じにはなったけれど、周りの人に比べればあまり酔うことはなく、セオに大酒飲みだなと言われた。やがて村中で笛の合唱が始まると、僕もセオに横笛の吹き方を教えてもらいながらそれに参加した。みんな踊ったり歌ったりしていた。僕はたしかに楽しかったけれど、ぽったり開いた心の穴をどうしても塞ぐことができず、僕は気を紛らわすために、同じくどう考えても大酒飲みのセオに質問した。

「ねぇ、セオ。方時計の残りの針は、何を指し示すんだい?」

「ああ、そうだった説明するの忘れてたね。いいかい、酔って忘れちゃダメダヨ。この大陸は、場所によって存在する魔法も生きている生き物も全く違うけれど、なんと時間の進む早さまでも場所によって違うんだ」

 時間の進む早さ。僕はとっさに想像したけれど、場所ごとに時間の早さが違うなど想像もできない。

「この赤い針は、現在の位置の時間の早さと、ベルタウンと呼ばれる時間の基準となる町との、時間の進む速度の倍率差を表している。これが1よりも小さくなればベルタウンよりもいる場所の時間はゆっくり流れているし、大きくなれば早くなっている。もし君がこの倍率の差が大きいところを往復すれば、時間の進み具合の差に混乱するだろうね。横にあるのは、その基準となるベルタウンの今の時刻。現在いる場所の時刻を示す針と見比べれば、少しずつずれていくのが分かるよ」

 僕は突然の難しい話に頭がいっぱいいっぱいになる。カンザーがこの話を聞いていることを願った。なんとか頭の中で復唱して理解しようと努力するけれど、やっぱりぼけっとしてくる。

「辛くなってきたみたいだね。もう少しだから頑張るんだ。最後の重要な点だからね。問題なのは君たち旅人の体調なんだ。歩いて進む商隊の人たちならまだ無視できる範囲だけど、君たちは空を飛んで高速で移動する。それはつまり、時間倍率の変化がはげしい中を飛ぶということで、進路によっては一日中、ずっと太陽が出続けて沈まないということだってあるし、移動中は現在時刻の針が逆戻りすることだってある。つまり、いつ休んだらいいのかわからないことになる。これは非常に危険なことで、旅人たちの体力を著しく消耗させる要因なんだ。だから、最後のこの針は君たち自身の、君達のためだけの時刻だ。この時計が夜を指し示すタイミングで、夜になる地を選んでは休み、そして次の場所へと進んでいくといい。周りの時刻に惑わされてはいけないよ。たとえ昼でも、針が夜だったら寝なければならない。これが、旅をする上での重要な点だ」

 僕は最後のセオの真剣な説明に圧されて酔いは吹き飛び、しっかりとそれを頭に叩き込んでいた。

「まぁいいさ。明日もう一度ちゃんと説明するよ。心配は要らないさ。もう竜の鞍もできているし、旅の間の食料もみんな宿舎に準備されてる。今日は全てを忘れて楽しもうよ」

 セオはそう言うと、もう一杯と酒を注ぎに行った。僕はゆっくりと宿舎に戻ると、方時計を眺めた。僕はこれから、これを指針に旅をしなければならないんだ。

 僕は、まだ村が祭りで盛り上がっている間に眠りについた。


 僕はまだ星が出ている時に目を覚ました。外はもうすっかりと静まり返っている。宿舎の中は結構な人が寝ていて、かなり散らかっている。なるほど、酔いつぶれた人はここで一夜を明かすということだ。

 僕は用意されていた背嚢に地図や、必要なものを詰めた。ふとみると、祭の時に吹いていた笛もある。僕はそれも中に入れた。革でできた丈夫そうな特注の鞍も手にする。ゆっくりと廊下を出て食堂に行くと、乾燥した食料などが山済みになっていた。ここまでたくさんなくてもいいのに、と思いながらも、村の人たちの親切に感謝した。僕はもう一つの背嚢にできる限りの食糧や水を詰めた。

「それを下まで、まさかひとりで持っていく気はないだろうね」

僕が驚いて振り返ると、そこには光る杖で、少しだけあたりを明るくしているセオがいた。

「ごめん、こんなこそこそと――――」

「いや、旅人はいつどんなときでも自分の意思でそこを出発するものだ。それがいつなのかも、例え突然でも不思議じゃないさ。さあ、一つはわしが背負ってあげるよ。梯子を2往復するなんて出発する前に疲れてしまうよ」

 僕はセオと二人で梯子を降りた。外はもう深い霧に覆われている。

「人間なら出発にはとんでもない悪天候だけど、竜なら問題ないね」

「竜には遠くの物が見えるからね」

「おお、よく分かってる。でも気をつけたほうがいいよ。竜は音で遠くのものを見るんだ。だから竜の角が濡れてしまうと、竜は目隠しされたも同然。知っておいたほうがいいよ」

「音で物を・・・知らなかった。ありがとう」

僕が地面に降り立つと、霧の中には青い二つの光点が浮かび上がっていた。

「ああわしらは今、霧の幽霊ににらまれているな」

「ではその幽霊はその荷物ごと喰らってやろうか」

「カンザー、そんなことしたら僕の食べる食料がなくなっちゃうよ」

 そう言うとカンザーはため息を漏らした。目が慣れてきたのか、カンザーの影をなんとなく捉えることができるようになった。白い中に蒼い体が浮かび上がる。

 僕はカンザーに鞍をつけた。どういう設計なのかはカンザーが良く知っていて、よく見れば僕が乗っている間は振り落とされないように、腰から下をがっちり固定できるようになっているようだ。しかも必要に応じて自由にその固定幅を変えられる複雑な設計になっていた。

「私自身が動きやすく、なおかつ貴兄がどんなことがあっても落ちないようにした。これで今までのように貴兄が落ちないよう集中する必要はなくなる」

「カンザー、ごめん負担をかけてばかりで」

「いや、私の唯一の示陸士よ。これからは貴兄がいなければならない」

 僕はその言葉に少しうれしくなりながらも、背嚢を鞍の左右にある止め具にとめ、縄でさらに固定した。さらに僕の手が届きやすいところにあの模様の入った弓を止める。

「よし、これで準備は完了。矢はカンザーくんの護衛波長を用いて生成されるように書き直したよ。まぁ試してないから分からないけれど。後はあの扉まで飛んでいって、くぐり抜けるだけだよ」

「そういえば、行きも空を飛んでくればよかったのに・・・」

「結界の力でそうもいかないんだよ。帰りは大丈夫だよ。この霧の中道を間違えなければ」

 セオはお面を外し、にこにこ笑っている。

「場所は覚えている。霧の中でも物は見える」

僕は足から順番に鞍に体を固定した。すこしきついかもしれないと言うと、落ちるよりはましだとカンザーに怒られた。

「最後に、君たちは竜の双子の話は聞いた?」

 僕は首を横に振った。

「そうか、じゃあとりあえず聞いておいてくれよ。この子供しか知らない伝承を」



ある山に、一匹の邪悪な竜が住んでいた。竜は人を襲い、家畜を奪い、村々を壊した。

ある日、その山にとある騎士がやってきた。彼は男の赤ん坊を連れ、旅をしていた。

そして彼は何も知らずに山に入り、竜と対峙した。竜は命を賭けて戦い、その騎士も幼い子のために命を賭けて戦った。

その戦いは三日三晩続いた。

そして竜は死んだ。

騎士は赤ん坊を連れて竜のいた洞窟に入ったが、そこにあったのは一つの竜の卵だった。竜はこれを守っていたのだ。

騎士は負った傷で間もなく死んだ。


山に平和が訪れ、それから数年の時が流れた。

ある日、狩りをしていた農夫が、竜に乗った少年を見かけたという。

人間は知恵と技を以って竜を支え、竜は羽と牙を以って人間を支え、互いに元気に育っていたのだ。

竜の名をポルックス。人の名をカストル。

彼らの心は一つしかなく、体のみが二つある存在。


彼らは旅を続け、世界を恐怖に陥れていた闇を殺し、安定を作り出した。


竜は長い寿命を全うし、人間もその寿命を大きく上回って竜と同じ日に死んだ。


 僕はその話と今の僕たちに、なんとなく似ている気がしてならなかった。邪悪な竜、やってきた騎士の死、そして竜に乗った少年。

「そして、また旅を始める。心を分かち合い、体のみが二つある存在として」

「うん・・・セオ、本当にありがとう。いつか、必ず戻ってくるよ」

「もちろん、あの方時計はわしのものだ。いつかは返してもらうさ」

「うん、もちろん」

 それから、僕たちは静かになった。霧がさらに濃くなり、セオの顔がよく見えなくなる。

「さぁいくんだ。汝らの道に往くべき光があらんことを!」

 カンザーは大きく羽を広げ、空に飛び立った。すでにセオも地面も見えず、ただ風を切る音だけが、僕を包んだ。

「この霧は、あの魔法士のものだな。姿を隠すためのものであろう。だが、私には見えてるということだ」

「うん、村の人に出発する僕らが見つかったら、なんだか騒がしくしちゃうからね」

「――――そのとおりだ」

カンザーは僕が鞍に固定されているのを確認しながらも、今までにない曲がり方をしながら、出口の扉に向かった。


 僕が門を抜けたとき、僕が驚いたのは、そこは昼間の森であったということだ。方時計を見ると、こちらの現在時刻は午前九時。もともと2と3の間にあった赤い針が、1より少し小さいところまで移動している。

「時間の倍率が変わったんだ。この表示が正しければ、僕らが村にいた間でも、こっちではまだ――――大体10時間しか経ってないよ」

「では、私たちのためだけの時刻は村の今の時刻にしておいたほうがいいな」

僕が慣れない鞍から足を外して降りるのは時間がかかるので、カンザーにもう一度門をくぐってもらい、結界の中の時間と、僕たちのためだけの時計の針を合わせた。午前四時四十分だ。

「始めにどこへ行くのかは決めているのか」

「うん、ここのちょうど風下に、この方時計の基準になるベルタウンがあるんだ。ベルタウンまでだったら、時間倍率が1になるように進めばいいし、本格的な旅の肩慣らしになるって、セオが言ってた」

「それがいいだろう。基準となる大きな町であれば、それだけ情報が集まりやすい。聖堂の情報が得られる可能性は十分にある」

「うん、じゃあいこうか」

 その時、カンザーは静かになった。空を見上げ、じっと何かを見つめている。そう、白い竜ラルヴァンダドと聞こえない会話をしていたときのように。

「貴兄よ。私に会いたい者がいるそうだ。先にそちらに行っても構わないか」

「うん、大丈夫だよ。でも、誰なんだい?」

「行ってみなければわからない」

 カンザーはその場で浮き上がって、目的地の場所へ飛んだ。そこは、いつもカンザーが羽を休めている崖の上だった。そこには、あの緑の竜と、なんと人がいたのだ。緑の竜はカンザーのようにその人に襲いかかろうとする様子はない。カンザーは、緑の竜とその人と距離を開けて降り立った。僕は急いで鞍のはめ具をはずそうとしたけれど、カンザーはそのままでいいといった。

「青のカンザーよ。この子供が、用があるそうだ」

 その人は、体格のよい若い騎士だった。銀の鎧を全身に纏い、兜のみを外している。腰には剣を下げ、それに片手を乗せている。もう一方は、強く握られていた。堂々と足を広げて立っている。

「何だ、少年よ。私に何用がある」

「お前は六年前、この森の麓にある村で、俺の兄と両親を食い殺したか」

 カンザーは目を細めた。僕もすぐにこの人が何をしたいのかが分かった。僕は沸き起こるように緊張したけれど、何もできなかった。

「ああ、殺した。忘れてはいないぞ、あれは雨の日のことだったな」

「そうか。ならば、今ここで仇を討つ!」

怒涛の叫びでそう宣言しながら、剣をすばやく抜き構える。その目は、本当に憎しみを滲ませていた。

「怒りの鬼人よ。よく聞くがいい。今お前と戦ったところで、お前が勝つことはないだろう」

「なぜそんなことがいえる。俺はお前を殺すことのためだけに今まで剣を鍛えてきたのだ。竜も何頭も退治した。そうだ、お前なんかに負けることはない!」

 青年はカンザーに向かって走りこんできた。カンザーはただその様子を眺めているだけで、じっと動かない。青年はカンザーの首の下に入り込むと、切っ先をあごの下につきつけた。しかし、そこで刃は止まった。

「なぜだ、なぜ何もしてこないんだ。このままお前は死ぬのだぞ。それでもいいのか」

「私は、死を畏れぬ者に会ったことがある。彼も私も同じなのだ。死ぬべきことに価値がある。そして汝には私を殺す権利がある。だがな、鬼人よ。汝が私に勝てぬということは、今そこで刃を留めた時点で分かっていることなのだろう?」

 青年は不思議と剣を落とし、その場に崩れ落ちた。ここからは見えないが、青年は泣いているのだろうか。悶え苦しむような声が聞こえる。僕にはこの展開がよく分からなかった。

「だから青年よ。時が来たとき、私は汝と会おう。その時に、汝の復讐は果たされる」

「それは・・・・いつのことだ――――」

「それは分からん。もしかすれば、私は途中で命を落とすかもしれない。だが生きていれば、いつか必ず」

 カンザーは、一瞬だけ緑の竜を見た。ラグースは青年に近づいてくる。

「さぁ、私たちはいこう。これでますます時が貴重なものとなった」

 カンザーは何事もなかったかのように、崖を滑り降りた。大きく空を掴み、森の上を静かに滑っていく。緑の竜とその人は、すぐに見えなくなってしまった。

「僕、本当に怖かったよ・・・」

「だが死ぬことはなかった。貴兄と同じだ。死を恐れぬ者は、相手を畏れさせる」

 カンザーは死のうとしていたわけではない。そのことを知っていたから、わざと動かなかったのだ。僕は笑った。

「僕が例題だったってこと?」

「そういうことだな」

 でも、カンザーは今までもたくさんの人を殺しているんだ。僕は不意にそう思った時、カンザーはあの時、本当に自ら死のうと思っていなかったのか、確信が揺らいだ。

 そうして僕らは、静かに深い森を飛び立った。

お疲れ様でした。三部はさらにジャンルが冒険へとシフトしていきます。

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